【完結】テイルズ オブ ファンタジア ~交差する歴史~ 作:鉄鎖亡者
光に包まれ、時間転移特有の無重力感から解放されると、次に見えた光景は、薄暗い地下墓地の中だった。
懐かしい、というほど思い入れもないし、むしろ忌々しく思える場所でもある。
そのうえ、墓地から脱出する時は、落盤と崩落から逃げる時だった。
余裕を持って墓地内を見れた筈もない。
それでも、これで見納めかと思えば、感慨深くもなるものだ。
そして、自分が現界した場所が封印の間だと気付くなり、苦笑が漏れた。
──よくよく、この場所には縁がある。
時間の束縛が意味を成さない身とはいえ、時間を無駄にする気もない。
ダオスはウィノナの墓が、最奥の間……そのすぐ手前にあったと言っていたのを思い出していた。
封印の間の入り口となる扉を抜けて歩くこと暫し、通路を抜けると大きな墓石が目に付いた。
これだろうか、と正面に回ると、果たしてそこにはウィノナの名前が刻まれていた。
あの時、ウィノナ達が語っていたように、生年と没年が逆になった碑文が彫ってある。
A.D.4290~4210と刻まれた数字を見て、思い返すように計算する。
一緒に旅したあの年は4201年だったか。
そして、現代から再び過去へ戻ったのは4203年。
その時は十八歳だったはず、本当にそれから僅か七年で……。
「僅か二十五歳での他界、さぞ無念であったろう……。許せ、ウィノナ……」
墓石の前に屈み込み、ダオスは涙を落とす。
それから労わるように、墓石に刻まれたウィノナの名を撫でた。
すぐにその場から動くことも出来ず、放心したように固まる。
そうしていると、ふと手向けの花も用意してなかったことに気づき、どこからか調達しようかと悩んだ。
外に出なければ花もないだろうが、かといって人目に触れる可能性を作る事も憚られる。
そういえば、とダオスは墓前を窺った。
そこには哀悼に訪れた者が置いていって当然の花束もなければ、供える物も何一つない。
既に撤去されたところだとしても、花びら一つ落ちていないのも不自然に思えた。
よくよく掃除をしていたとしても、土を踏んだ跡も見えない。
思えば、アーチェが言っていた事にも違和感があった。
──墓石を作る事になったんだ。
この言い回しは少し変ではないだろうか。
ウィノナの死について伝えるならば、その死を悼む内容であったり、埋葬する事になったと伝えるのが自然に思う。
わざわざそれより先に、墓石について言及する必要はない。
思い悩む間に、入り口方面から足音が聞こえた。
その音を耳が拾うなり、ダオスはぴくりと身を強張らせる。
哀悼に来る者がいたとしても不思議ではないが、ダオスにとっては余りタイミングが悪すぎた。
ダオスは念のため、言われた日付よりも一週間、時間を後ろにずらして飛んできた。
当日や、その近日では花を捧げに来る者も多いだろうと思っての措置だったが、あまりに間が悪かったのだろう。
ダオスは短い時間しか滞在しないつもりだったから、本日何者かがやって来たとしても、遭遇率は低いと思っていた。
後悔するほど長居したつもりはなかったが、何をするにも遅すぎる。
厄介な、と思いながらどこか陰に隠れようとし、それから体が固まった。
部屋の入り口から姿を現したのは、ウィノナとよく似た女性だったのだ。
「……一体、どうして」
ダオスは驚愕のまま、喘ぐように声を漏らした。
もしも、ウィノナが順当に年を重ね、少女からおどけなさが取り払われたなら、目の前にいるような女性になるに違いない。
快活さよりも女性らしさが目立ち、髪型にも若干の変化が見られる、年相応の美人。
当時はしていなかった化粧も、今は薄っすらと見えた。
ダオスのよく知るウィノナとは違う。
しかし、決定的に違うとも言い切れない容姿。
何より死んだはずの人間がいる筈もない。
それなのに目の前の女性は、かつてダオスが渡したマントを羽織っていた。
経年劣化を感じさせる色素の変化や小さな汚れと染み、そして解れを修繕した痕などが、女性の正体を言外に語っているかのようだ。
それが更にダオスを困惑させる。
その女性は、ダオスの姿を認めると、泣く様な、あるいは笑う様な……複雑な顔をして近づいて来た。
ダオスは近づいて来る女性から逃げる事も出来ず、成り行きを見守る。
逃げようと思えばいつでも逃げられたが、しかし身体が動かない。
動く事を身体が拒否しているかのようだった。
「ひどいよね」
そう言って、女性は笑う。
その仕草が、あまりにもダオスのよく知るウィノナのものだったので、これは幻ではなく、本当に現実のウィノナなのだと実感してしまった。
──しかし、何故。
それだけが、ダオスには分からない。
ウィノナはダオスの傍まで近づくと、そのまま倣うように墓石の前に屈みこんだ。
泣き笑いに似た表情はそのままに、ダオスへと一切顔を向けずに、墓石を指差す。
「この名前の下の文言、やめてって言ったのに、気付いたら彫られた後でさ……。これ、将来クレス達に見られちゃうンだと思うと、複雑な気分になるよね……」
そう、照れたような、拗ねたような声音で言った。
「ウィノナ……、ウィノナ、でいいのだな? これは、一体……」
未だ動揺を抑えきれないダオスが、請うように問うと、ここで初めてウィノナがダオスに顔を向けた。
「ダオス、アーチェを責めないであげて。ここにダオスが来たっていう事は、これからアタシが置く手紙の内容を、きちんと覚えていてくれた、っていう事だから……」
ウィノナは自らが言った通り、懐から一つの便箋を取り出す。
「この墓地が完成したその日から、毎日ここにやって来ては、一日中ここにいたンだよ。手紙を持って、いつダオスが来てもいいように。……そして落胆して帰るのが、ここ一週間のアタシの生活」
我ながら酷い生活だ、とウィノナは笑った。
「でも、ようやく来てくれた」
「ああ、いや……」
ダオスは何と言っていいのか分からず、ただ言葉を濁したが、それすらもウィノナにとっては些事に過ぎないようだ。
ウィノナはむしろ笑みを浮かべ、それから再び墓石に顔を向ける。
「この墓石はね、地下墓地が完成したその日に設置されちゃってね……。前から親友二人に話してた決意を、こんな風な悪戯心で形にされた。それが、ここにアタシの墓があった真実……ってことになるのかな」
ウィノナの言わんとしている事がダオスには判然とせず、それが思わず表情に出る。
ウィノナはそれを見て察し、苦笑しながら続けた。
「こんな墓石があったから、アタシは過去に戻る事になった。実際、それは必要なことだったけど、墓石がある理由はアタシの死じゃなかった。──真実っていうのは、時として予想もつかない所から来たりするんだね」
ウィノナは首をカクリと傾けた。
両膝を合わせて屈んでいた姿勢だったので、その膝上に顎を乗せるような形になる。
ウィノナは墓石に遠い目を向け、見るともなく見つめた。
「だからね、これはアタシの決意を聞いた親友たちが、その時に作った物。ここに刻まれた命日は、それを決意した日」
「……決意、とは?」
何気なく思った疑問がつい口に出た。
無遠慮かと思ったが、ウィノナは気にした風もなく続ける。
「アタシも自分が幸せになれる為に、頑張ってみようかなって……。そういう、決意」
ダオスは自らの表情が引き締まるのを感じた。
目の前の女性は、かつてから強い心根を持つ人間だったが、それは今も変わっていない。
むしろ、より強くなっているように思う。
「故郷を救いたいダオスを助けるのはね、アタシにとっても大事だけど……あくまで目的であって、アタシの夢じゃなかった。──アタシの夢は、ダオスの隣で一緒に生きること。だから、それを叶える為にちょっと我侭をしてみた」
それがあれだよ、とウィノナは手紙に指を差す。
ダオスは混乱していて、頭がついていかない。
ウィノナの登場も、そして決意の言葉も、今のダオスには刺激が強すぎる。
ウィノナはその場から立ち上がり、ダオスへ身体を向けた。
つられてダオスも立ち上がり、身体を向き合わせる。
ウィノナの視線は真剣そのもので、緊張からか、その瞳は熱く潤んでいた。
「だから、今度こそ──あの時、言えなかった事を言わせて下さい」
ウィノナはダオスに一歩近寄り、両手を広げ差し出す。
「アタシも、一緒に、連れて行って下さい……!」
ダオスの身体はわなわなと震え、涙が止め処なく溢れた。
身体の内から沸き上がる情動は、とても抑えることが出来ず、感極まって抱きつく。
「勿論だ……!」
ダオスはウィノナの耳元でささやき、更に強く抱きしめた。
ウィノナもダオスの広い背中を抱き返し、呟く様に言う。
「もう、傍から離さないでね」
抱き締めながら、ダオスは頷く。
ウィノナとダオスは、どちらからともなく身体を離すと、ウィノナは顎を上げる。
ダオスを潤んだ瞳で見つめて、そっと目を閉じる。
ダオスも目を閉じると、その柔らかな唇に自らの唇を重ねた。
情感をたっぷりと含んだ口付けを交わしながら、抱き合った二人は光に包まれる。
二人は重なり、合わさり、一つの光球へと姿を変えた。
次の瞬間には、眩い光が辺りを照らし、幾秒も過ぎぬ内に二人は完全に姿を消す。
後には静寂と、一つの手紙、そして一つの墓石が残された。
『ウィノナ・ピックフォード
愛する男が救われることを願い、ここより旅立つ』
A.D.4290~4210