戦姫絶唱いない<Infinite Dendrogram> 作:haneさん
□王都アルテア 【戦巧者】防人
何とか無事に就職出来た。これでニートから卒業だ。
「ふむ、他の下級職のジョブスキルを覚えるにはポイントが必要なのか」
脱ニートを喜ぶマスターの横で、相棒の<エンブリオ>アマノムラクモは職員から渡されたパンフレットを丁寧に読み込んでいる。
「マスター、ポイントはレベルアップの他、ジョブクエストの難易度に応じて入手出来るようじゃ。難易度1のクエストなら1ポイント、難易度2なら2ポイントとクリアした難易度レベル数分のポイントが手に入るからジョブクエストは積極的に受けた方が良いぞ」
私が就いた【戦巧者】は他の下級職のジョブスキルを習得出来るが、【戦巧者】自身のスキルは1つしかない。
それが【技巧修練】というスキルで、アマノムラクモが言うようにポイントを使用する事で他の下級職のジョブスキルを習得出来るスキルだ。
「ジョブスキルを習得する為の消費ポイントは、覚えるスキルレベルの二乗だからポイントのやり繰りが大変だ」
「マスターはどんぶり勘定な気がするしの」
「失礼な。これでも会社経営に関わっているんだぞ」
しかし、覚えるスキルレベルの二乗分のポイントが必要と言うのは大きな制約だな。レベル1のスキルを習得するのに必要なポイントは1だが、レベル2なら4ポイント、レベル5なら25ポイントも必要になる。
本当に器用貧乏になりやすいジョブのようだ。
「その分、他のジョブに転職しても【戦巧者】のジョブクエストは受けられますから、理論上は全ての下級職のジョブスキルをレベル5に出来ますよ」
「それ、どれだけのクエストを受ければ良いんです? そもそも、そんなにクエストあるんですか?」
ここの受付をしているタルトさんが微笑みながら話しかけてきた。
確かにタルトさんの言うようにクエストを受け続ければ、いずれば全ての下級職のジョブスキルをコンプリート出来る。
しかし、それまでにどれ程の時間が必要なのか? そもそも、スキルをコンプリートしてどれ程強くなれるのか?
「この、90分ほどの講義を行う戦技教導官クエストなら常時発注していますのでおススメですよ」
「でもこれ、難易度1だから1ポイントなんですが」
「騎士の皆様が学ぶ重要な機会ですから、お国の為にも宜しくお願いします」
タルトさんは微笑み続けるが、それは心からの笑みではない。所謂、打算付きの笑みだ。
ここは王都アルテアの騎士学校内の受付なのだ。
なんと、【戦巧者】のジョブクリスタルは騎士学校内にあり、ジョブギルドも騎士学校内にあった。ジョブクリスタル自体は一般に公開していたので就職出来たのだが、【戦巧者】についてアマノムラクモと話している所をタルトさんに見つかり、この騎士学校業務課に連行されたのだった。
「そもそも、なぜ戦技教導官を?」
「【戦巧者】は他のジョブの闘い方も出来ますし、他国特有のジョブスキルも使えるので大変ありがたい人材なのです」
「それってアグレッサーと言う事ですか?」
アグレッサーとは航空軍事用語で、軍の演習・訓練において敵部隊をシミュレートする役割を持った者の事だ。
要するに模擬戦において敵役を行うのだが、子供のヒーローごっこの敵役と違ってアグレッサーはエリートしかなれない。
普通の戦闘機パイロットなるのにも厳しい訓練があり、普通のパイロットも十分に精鋭と呼ばれるレベルにある。そんな精鋭を相手に、相手よりも強いという前提で教導を行うのがアグレッサーなのだ。
そして、敵役を演じるので敵の装備、戦術を熟知している。
「その通りです」
こちらではジョブがあり、スキルがあるのでアグレッサーは大変だろう。リアルであれば装備があり、知識があれば訓練次第で敵の動きを完璧にトレースする事が出来る。
しかし、<Infinite Dendrogram>では騎士に魔法使いの真似が出来ないように、取得しているジョブ以外の事が出来ないのだ。
「【戦巧者】は成り手が極端に少ないジョブですので、是非ともご協力を」
【戦巧者】は人手不足だろう。
なにしろレベル0でモンスターを狩らなくては就職出来ないジョブなのだから。だれが好き好んで最弱のレベル0で、そんな危険な真似をしたがるのか。
この就職条件もステータスに依存せず、プレイヤースキルのみでモンスターを狩れるか見ているのだろうが、どう考えても頭が可笑しいジョブだ。
取得した私が言えた立場では無いが。
「そこまでマスターが必要なのかの? マスターで無くても良い気がするが?」
「敵国独特のスキルを使える、それが大事なのさ」
やはり知識のみで知っているのと、体験して知っているのでは理解の質に違いが出る。
これはリアルにおいて錬金術で体験しているので間違いない。知識として炎を出すなど、魔法的な技術だと学んではいたが、いざ錬金術師と戦ってみると発動のタイミング、攻撃の軌道や速度、効果範囲など学びなおす事が多かった。
「常勤で無ければ良いですよ」
「ええ、ご自身の鍛錬もあるでしょうしご都合が良い時で構いませんよ」
と、タルトさんの頼みを快く引き受け、私達は騎士学校を後にする。
「安請け合いして良かったのかの?」
「ああ、恩を売るなら今だから」
国特有のジョブがあるのは、国が転職の為のジョブクリスタルを管理しているからだ。
また、職業ギルドなど人材を管理する仕組み、法で国民を縛っている事もあり、国特有のジョブについている人材の他国への流動性は極めて低い。
エドワードさん情報だが、商人としてそれなりに他国との貿易に携わっているらしいので間違いないだろう。
「今は人材の流出は起きていないから貴重な人材けど、これからは<マスター>が増えるから」
「なるほど、<マスター>を縛る法は無いからの」
「いずれ他国のジョブに就いた<マスター>がアルター王国にやって来る。そうなると相対的に私の価値が下がるから、その前に色々と恩を売っておきたい」
相手は騎士学校だが、その上層部は騎士団と交流があるだろう。【聖騎士】になるには騎士団関連の主要人物の推薦を受ける必要があるから、上手くいけば推薦状を貰えるだろう。
「マスターは意外と計算高いのじゃな」
「打算的じゃないと防人一族の長はやっていられないのさ」
私なんて可愛い方で、現当主の訃堂なんて真っ黒だ。
訃堂は真っ黒だが、護国の実績もあるし実力もあるから誰も文句を言えないし、一部の政治家などからは頼りにされている。
我が父ながら、本当に化け物である。
「って、どうしたの?」
気が付くとアマノムラクモが立ち止まり、後ろを振り向いていた。
「……クマが歩いておった」
「こんな街中でクマ?」
「クマの着ぐるみじゃった」
クマの着ぐるみ?
もしかすると未来の【破壊王】だろうか。
「そのクマは危ないから」
もし未来の【破壊王】なら、あのヤバい人の弟ということだ。あの人の危険度はシェム・ハ先生と同等、好き好んで出会いたい部類ではない。
「可愛いのう」
「……え?」
「マスターは着ないのかの?」
アマノムラクモが可愛らしく上目遣いで尋ねてくる。
単純に可愛い。凄く可愛い。
The日本文化な風鳴宗家に生を受け、和服美人と接する事が多い私が言うのだから間違いない。私より背の低く、和服のアマノムラクモに胸キュンしている自分がいる。
「いや、そんな目で見ても着ないよ」
「……え」
「そんな、この世の終わりみたいな目をしても着ないよ」
「……可愛いのにのぅ」
何がアマノムラクモの琴線に触れたのか、彼女はクマが立ち去った方を頻りに振り返っている。
無いと思うが、マスターとしてはアマノムラクモが着ぐるみ型エンブリオに進化しない事を祈るしかない。
「ほら、もう少しで集合場所につくから」
「うむ」
私の仲間達に初めて会うので緊張しているのか、アマノムラクモの表情が何処か浮ついた雰囲気から緊張感のある顔に変わる。
「しかし、どうやって集合場所を指定したのじゃ? 全員初ログインじゃろ?」
「そうだよ。だから具体的な場所を指定している訳じゃないんだ」
リアルと同じように〇〇の前に集合。そう言えれば良かったのだが、土地勘も無いし地図も無い状態で集合場所を決められるはずが無い。
しかも、風鳴関係者が選択するのはアルター王国だけでなく、他の国を選択する者達も大勢いる。
「所属国の紹介ムービーで最初に映る場所、それが集合場所だよ」
「もの凄くアバウトじゃな」
「別に初日に集合する必要は無いから。会えなかったらリアルで再調整すれば良いし」
無茶苦茶な計画なのは自覚している。
そもそも事前情報が無い初見のゲームで知人と合流する方が無茶なのだ。相手のキャラクターネームも、どんな容姿にしているのかも分からないし。
どちらにしろ、ちゃんと合流するにはリアル側で集合場所、集合時間を調整しなくてはいけないのでこれで良いのだ。
「ゆるいのぅ」
「まあ、ゲームだし。一応リアルではグループウェアを導入したし。機能制限無い有料版だから結構お金かかった」
「変なところで本気だのぅ」
なんだろう、アマノムラクモが呆れている気がする。
しかし、仕方ないのだ。前世でMMORPGにハマっていた頃はギルドでブログを開設するのが流行りだったし、他のプレイヤーに知られないように情報交換したいという防人的セキュリティ意識が普通の企業が業務に使用するようなグループウェアを求めてしまうのだ。
特に<Infinite Dendrogram>はデスペナで24時間のログイン制限がある、だから万が一の為の連絡手段がリアル側に必須なのだ。
「世界中のメンバーとリアルで情報交換出来るのは良いんだけど、みんな母国語が違うから面倒なんだけど」
基本は風鳴関係者なので大半は日本人だが、中には日本語を理解出来ない現地協力者もいる。
言語の壁を越えてのコミュニケーションがリアル側での課題だ。
そういう意味では、勝手に翻訳してくれる<Infinite Dendrogram>はチートである。
「それで、人が多いがどうやって待ち人かを判断するのじゃ?」
「あんまり興味無い?」
「リアルの事には関われぬからの」
確かに<エンブリオ>であるアマノムラクモにとってリアルの話題は退屈か。
「顔も名前も知らない相手と待ち合わせなんだ、そこはちゃんと考えているさ」
「何か目印でもあるのかの?」
「正解。ほら、あそこ」
「あれは旗かの?」
私が指差す方を見たアマノムラクモが疑問に思うのも仕方ない。掲げられているのは暖簾であり、旗と似ているが微妙に違う。
そして暖簾なので棒の両端をそれぞれ持っており、その周りに何処かで見た顔が何人かいるのが確認出来る。
「アレは暖簾って言うんだ。店先とかに吊り下げる布なんだけど、よく屋号・商号や家紋を染めたりする」
「それでは、あの書かれているマークは」
「実家の家紋だね」
そう、これが集合場所の目印。風鳴の家紋だ。
予め絵が上手い者が<Infinite Dendrogram>ログイン初日に作成し、この時間に掲げる手はずになっていた。
「良かった、無事に合流出来たみたいだね」
「坊っちゃんもご無事なようで何よりです」
「ゲームの中でも坊っちゃんは止めてくれ」
坊っちゃんと話しかけてくる初老の男性。どう見てもリアルで私付きの執事を勤めてくれているじいだ。
と言うか、まったく容姿を弄っていないのか、見た目が服装以外リアルと同じだった。
「さて、まずは自己紹介。あまり容姿を弄ってないので分かってくれるとありがたいが、リアルではこの家紋の次期当主をやっている。こっちでの名前は防人だ」
ここで、お前だれ、みたいな反応をされたら泣いていた。
幸いな事にみんな相槌を打ってくれているので、ちゃんと私が風鳴終止だと理解してくれているのだろう。
「それと、こっちは<Infinite Dendrogram>での相棒、<エンブリオ>のアマノムラクモだ」
「メイデンwithアームズのアマノムラクモだ。マスター共々よろしく頼む」
アマノムラクモが小さく頭を下げた。
うん、最低限礼儀正しい性格で助かる。誰と比較する訳じゃないが、世の中には野良猫みたいな子もいるからな。
「それでは、次は私が。リアルでは坊っちゃんの執事を勤めております。こちらではセバスチャンと名乗っておりますので宜しくお願い致します」
「……その容姿でセバスチャン。スタートダッシュ組の特権だな」
<Infinite Dendrogram>がどういう仕様かは不明だが、この手のゲームだと同名のキャラクターネームは設定出来ないようになっている。
だからセバスチャンなど、オーソドックスな名前は早い者勝ちで取られてしまう事が多い。
しかし、我々は<Infinite Dendrogram>のサービス開始直後にログインしているので、この手の勝負に負けることは無い。
「次は私が。リアルでは坊っちゃんの女中頭を勤めています。こちらでは、リーラと名乗っています」
うん、こちらは若返っている。リアルでは50代の上品な女性なのだが、こちらでは20代後半の仕事の出来る女性って感じだ。身近な女性だと友里がもう少し成長(?)した感じだ。
なんで若返っているのかは触れない方が良いだろう。
ちなみにセバスチャンとリーラはリアルでは夫婦だ。晩婚だったので子供は無く、二人は良く研修と言って高級リゾートに旅行に行っている。おそらくは出会いが遅かった分、二人の時間を持ちたいのだろう。
もちろん私的な旅行なので自腹だが、二人の年収を合わせれば3000万円は余裕であるので金銭的な問題はないだろう。
「この流れだと私かな。防人のリアルでの幼馴染、こっちでは静御前にあやかって静って名前にしました」
リーラの次に自己紹介したのは凛とした武人、そんな雰囲気を持つ少女だ。
こちらも容姿を殆ど変えていないのでリアルでの幼馴染、柊律だと直ぐに分かった。
……リアルよりも少し胸が大きい気がするが、やっぱり指摘したら不味いよな。
そして、気になる事がもう一つ。静の後ろに知らない少女がいる。こちらはリアルで全く面識がないので初対面か、容姿をフルカスタマイズした誰かだろう。
「それと、こっちが」
「始めまして! マスターの<エンブリオ>、メイデンwithアームズのガングニールだよ!」
「ガングニール?」
「……はい、ガングニールです」
「?」
元気いっぱいなガングニールと名乗る少女とは逆に、静の表情は曇っていく。
ガングニールは自身の<マスター>が何故沈んでいるか不思議そうだが、この場の人間はリアルでの彼女とガングニールの因縁を知っている。
だからこそ、その事に誰も触れない。
「次はあたしだな。リアルでは客人やってるクリス・スノーシンフォニーだ」
こちらは容姿だけで無く、名前もリアルの名残を残している。
気持ちリアルより背が高い気がするが、こちらも触れないようにしなければ。
「客人って、野良猫が勝手に住み着いた、の間違いでは?」
「野良猫だぁ!?」
クリスに突っかかる静。リアルの風鳴家で良く見る光景だ。
そして静を猫のように威嚇するクリス。これも良く見る光景だ。
だが、本当は姉妹の様に仲が良い事を、ここにいる風鳴関係者は良く知っている。
それと、どちらが姉か妹かでもめている事も知っている。
「いや、娘が何時もお世話になっています」
「クリスちゃんと仲良くしてくれてありがとう」
何時もリアルで良く見る静とクリスのじゃれあいだが、今日は一つだけ違う事がある。
それは、クリスを見守る男女がいるということ。
「クリスの父、マーク・スノーシンフォニーです。娘共々よろしく」
「クリスちゃんのママ、ソネット・スノーシンフォニーよ。クリスちゃんの普段の様子、いっぱい教えてね」
「ママ、パパ」
静に頭を下げる二人を恥ずかし気に見つめるクリス。普段離れ離れで暮らしているので、こういう両親に愛されている系のイベントは苦手なのだろう。
本来ならバルベルデ共和国で亡くなるはずだった雪音雅律とソネット・M・ユキネ夫妻。
そして、シンフォギア奏者である雪音クリスは現地武装組織に捕らわれ約6年も捕虜生活を送るはずだった。
「もう、照れちゃって。可愛いんだから」
しかし、そんな運命を知っていて黙っているなど”防人”じゃない。風鳴宗家の権力を使い、慈善活動に従事する雪音夫妻の護衛を強化し、当時OTONAになっていた私も護衛の為にバルベルデまで同行した。
結果的に爆弾テロは防げたが、ほんの僅かな隙を突かれてクリスを現地武装組織に誘拐されてしまった。幸いだったのかは不明だが、身代金目的の人質ではなく、麻薬栽培の為の労働力として誘拐された為、監視は逃亡防止の最低限だったので一週間で奪還する事が出来た。
しかし、身体的には怪我も無く無事だったが、心に傷を残す結果になってしまった。
「うん、仲良くやっているみたいで安心したよ」
「パパの目は節穴なのか! 何処を見ればあたしとこいつが仲良しこよしに見えるんだ!」
事件後、雪音一家は日本に戻り風鳴家に身を寄せる形で一年を過ごす。
そして、クリスの精神が安定した頃を見計らって雪音雅律とソネット・M・ユキネ夫妻は再び世界に旅立った。
一人娘のクリスを日本に残して。
「うん、親子関係が良好なようで何より」
「終止! お前も何言ってんだ!」
おっと、野良猫姫様の矛先がこっちを向いたようだ。
しかし、ゲームの中でリアルネームを呼ぶのはマナー違反だ。
まあ、クリスのマナーが残念なのは今更か。
デンドロ仲間との合流回。ついでに未来の【破壊王】ともニアミス。
そして、ついにシンフォギア奏者も登場。その名もクリス・スノーシンフォニー。
なんでシンフォニーなのかは次回ちょろっと書きます。
次回更新は7/31の予定です。