戦姫絶唱いない<Infinite Dendrogram> 作:haneさん
□2043年8月 【騎士】防人
王都アルテアを出発してから12日。
もちろん<Infinite Dendrogram>での時間だが、リアル時間では水曜日に出発して今日は土曜日なので4日目だ。
普通に移動出来れば5~6日の距離で、実際に<Infinite Dendrogram>内で移動した時間はその程度の時間だ。
これは移動式セーブポイントという便利アイテムを持っていないが故に、セーブポイント毎にログアウト&ログインを繰り返し、全員のリアルでの予定を合わせる必要があったからだ。
悲しいかな、全員がログインして移動しないと置き去りにしてしまうメンバーが出てしまうが故の苦肉の策だ。
「このペースなら昼前には到着するかな?」
「ええ、若とクリス嬢の頑張り次第ですが」
「フランクの尻が死ぬ前に着くと良いのだが」
現在はニッサ辺境伯領に入り、最終目的地である村へ向かっている途中だ。
傍らのセバスチャンとスケジュールの確認を行い、事前計画と齟齬が無いかを確認しながら足を進めている。
エドワードさんから聞いていた通り山道は荒れ果て、道は石や穴でデコボコしており馬車での移動には適していない。
いや、馬車で進む事は出来るのだが振動が酷く、とても馬車に乗っていられないのだ。現に大型バイク型の<エンブリオ>、カローンに乗っているフランクの顔は苦痛で歪んでいる。
「障害物が大岩と倒木程度だったのが救いだな」
交通インフラの崩壊は、大嵐を原因とする落石と倒木による物だった。
この程度なら人手をかければ復旧可能なのだが、ニッサ辺境伯領でも辺境にあたる村なので放置されているようだ。
あ、辺境伯領と言っても必ずしも辺境にある訳では無い。辺境伯は元々国境付近に防備の必要上置いた軍事地区の司令官が発祥で、この軍事地区が辺境伯領となっている。これはリアル準拠の知識なので、<Infinite Dendrogram>ではどうか分からないが。
国境地帯なので王都などから見れば辺境なのだが、逆に言えば国境地帯という事で他国との貿易がやりやすい立地でもあるのだ。
それと辺境伯は通常の伯爵よりも格上で、けして”辺境の伯爵”という意味では無い。そもそも、日本でよく言われる「公・侯・伯・子・男」の爵位は中国由来で、ヨーロッパの貴族位を無理矢理当てはめているので注意が必要なのだ。
「モンスターの出現数も増えているので注意してください」
周囲を警戒しているランスロットが注意を促す。
人の往来が無くなった為か、モンスターの生息数が増えて襲われる機会も増えているのだ。これもエドワードさんに事前に教えてもらっていたので対策はバッチリだ。
非戦闘職のマークさん、ソネットさん、大岩破壊要員のクリス、倒木切断要員の私、カローン操縦員の馬鹿、この5人を除いた静、ランスロット、セバスチャン、リーラの四人が交代しながらツーマンセル体制で常に周辺を警戒している。
「どうやら次は若の出番のようですな」
デコボコの道に難儀しながら進んでいると、数本の倒木により道が塞がれていた。
太さは60センチ、長さは20メートル程だろうか。重さは不明だが、見た目はそれなりの大きさなので、それなりの重量はあるだろう。
これを普通に道からどけようとすれば重労働なるはずだ。
「《一閃》」
しかし、それは元の大きさのまま動かした場合の話だ。
《一閃》による固定ダメージを利用し、巨木を手ごろな大きさに斬り揃えていく。
「お見事です」
「木材に使えそうな物だけ回収して、後はどかしておこうか」
倒木してから数年経過しており、それなりに乾燥しているようなので良い木材になりそうだ。
使う目的がある訳では無いが、村の復興作業に使えるかもしれないので回収出来る物はなるべく回収しておく。
「次はクリス嬢の出番のようですな」
「任せとけ!」
クリスの気合と共に放たれた矢が、道を塞ぐ落石を粉々に吹き飛ばす。
道を塞ぐ大きさの岩は無くなったが、とりあえずの除去作業なので拳大の石は無数に残っている。
が、我々は徒歩なので移動に支障は無い。カローンに乗るフランクの尻が振動で凄いことになっているが構っている時間が惜しい。
……いや、馬車が壊れると不味いから多少は気にしているが。
「痔になったら労災出るんですかね?」
「リアルじゃ健康体だから対象外だろ」
そんなフランクにとって地獄の行軍を続けること2時間。
よくここまで荒れていると感心するレベルで道を塞ぐ大岩、倒木を処理し、襲い掛かるモンスターを狩り続け、ようやく目的の村が見えて来た。
王都アルテナを出発した時は転職直後だったこともあり、【騎士】のレベルは一桁だった。が、今では32まで上がっている。合計レベルなら132なのでそれなりの戦力はあるはずだ。
「思ってたよりも廃墟ですね」
「お前の尻よりはマシだと思うが」
限界を超えたフランクの尻は破壊され、【痔】の状態異常を患っている。
状態異常の効果としては、歩行速度の低下、継続的にHPが減っていく、この二つらしい。ダメージの減る量は【毒】よりも少ないらしいが、歩行速度の低下が地味に痛い。
「建物の痛みは酷いですが、村民の飢餓は想定よりもマシなようです」
「エドワードさんの支援物資の成果か」
遠目に見える建築物は荒れ果てているが、住民の方は元気なようだ。
今も村を守る様に設置されたバリケードの内側から槍や弓を手にこちらを警戒しているので、飢餓状態で動けない、なんて最悪の状況では無いのだろう。
しかし、武器を握りしめる拳に力が入りすぎているのが気になる。警戒されるのは想定していたけど、これは問答無用で襲われるパターンか?
「このまま進むと無用な争いに発展しそうだな」
「そうですな。まずは村民の警戒感を解かないと交渉も難しそうです」
傍らのセバスチャンと現状の確認を行い、自身の考えが間違っていない事を確認する。
村民は子供を守る野生動物と同じように奪われまいと必死になっている。
このまま我々が近づけば、その警戒心の高さから矢を放ってくるだろう。
「まあ、想定の範囲内ではあるけど」
この村の現状はエドワードさんから聞いていた。
だから、顔見知りでは無い我々が村にやってくれば警戒される事は当然だし、こういう事態の為にエドワードさんの紹介状も持参している。
問題は、この警戒されている状況でどのように紹介状を相手に渡すか、だ。
「ここは”音楽の力”の出番だ」
「そうだね、こういう場面こそ私達”音楽家”の出番だ」
ヴァイオリンを片手に持ったマークさんが前に出る。
その後ろにはソネットさんが続くが、クリスは続かない。
「……なんだよ」
「クリスは歌わないのかなって」
「あたしの歌じゃ力不足だからな」
マークさん、ソネットさんに続いて前に出る事無く、私の横にいるクリスは悲しそうにつぶやくのだった。
「そんなこと言って、ホントは恥ずかしいだけなんじゃない?」
「んなわけあるか!」
そんなクリスを励ます為だろうが、落ち込むクリスを静がからかった。
からかわれたクリスも表面上は元気に反論するが、内心はどうなのだろうか?
……まあ、シンフォギアを纏って戦うクリスの歌は攻撃的で、あまりこういう場面では歌わない方が良いのかもしれないな。
「お二人の邪魔になりますからお静かに」
「申し訳ございません」
「わ、わりぃ」
リーラの一言で静、クリスのじゃれ合いが止まる。
流石、風鳴のメイド長。その威厳は伊達では無い。
「坊っちゃん、私は坊っちゃん付きのメイドを束ねる立場ですが、風鳴に仕える全メイドを束ねる立場にはありません」
「お、おう」
リーラは出来るメイドなので、主の考えがある程度読めるらしい。
ついでにリーラの夫であるセバスチャンもこの特技を持っている。
「若の味方をさせて頂ければ、我妻はメイドの中では確かに風鳴のNo2。しかし、若が家督を継げば風鳴全体のメイド長に就任する予定ですので、あながち間違いではございません」
「フォローありがとう」
次期当主付きのメイドを束ねる立場だから、リーラは偉いし有能なのだ。
それはセバスチャンにも同じ事が言える。
「始まりましたね」
「そう緊張しなくても大丈夫だって」
マークさんとソネットさんが音楽を奏で始める。
音楽を奏でるマークさん、ソネットさんが攻撃された際にフォロー出来るよう、気を緩める事無く警戒しているランスロット。真面目な性格なので油断する事が出来ないのだろう。
「二人の音楽なら通じるさ」
二人の音楽は平和への祈りだ。その祈りを聞けば警戒している村人と心を通わすことだって出来る。
これは願望などでなく、確定した未来だ。
「まあ、パパの<エンブリオ>はそういう<エンブリオ>だからな」
「身も蓋もない事を言えばその通りだけど」
音楽で世界を平和にすると誓い、しかし、バルベルデ共和国での事件から飢えを無くす事で世界を平和にすると方針転換したソネットさん。
そんなソネットさんと違い、マークさんは音楽で世界を平和にするという想いを貫いてきた。
だからこそ、そんなマークさんの<エンブリオ>は音楽で世界を平和にする<エンブリオ>なのだ。
「パパの<エンブリオ>、モチーフ的には弱そうなのにな」
「一応、ストラディバリウスは世界の名器だろ」
マークさんの<エンブリオ>はストラディバリウス。世界的な名器をモチーフにしたヴァイオリン型のエンブリオだ。
「でも、パパがリアルで使ってるヴァイオリンもストラディバリウスだぞ」
「まあ、神話に出てくる武器に比べると弱そうだけど」
モチーフ自体は神話由来の物と比べると格が落ちるように思われるが、モチーフによって<エンブリオ>の性能は決まらない。
「ほら、相手の警戒心が弱くなっている」
弓や槍を持ち、こちらを警戒していた村人達。村人の中には敵愾心を隠さない者もいた。
しかし、そんな彼等は徐々に脱力し、マークさんとソネットさんが奏でる音を楽しむ心の余裕が生まれている。
これがマークさんの<エンブリオ>の力だ。音楽を聴いた相手の精神系状態異常を回復し、強制的に精神系状態異常【恍惚】を与える。【恍惚】は【魅了】と似た状態異常で、これにかかると一切の行動が取れなくなる恐ろしい状態異常だ。
音楽を聴いている間しか効果を発揮しないデメリットはあるが、それを補って余りある効果を持っている。
「スキルの効果範囲、出力も一緒に演奏する人数が増える毎に増加するんだから、チート臭い<エンブリオ>だな」
「パパをチート扱いするな。それにコスト次第で無限に攻撃力が上がるお前の方がチート臭いだろ」
「それを言うなら<マスター>は全員チートだから」
武器を捨て、涙を流しながら音楽を聴く村人を見ていると<マスター>のチートぶりがよく分かる。
あ、拝んでいる人がいる。
うん、なんかシンフォギアって感じがする。
シンフォギアと言えば、「拝む人」
スタンプ購入するか悩み中
途中まで親子三人で音楽の予定でしたが、和平の使者なら槍は持たない、という某有名アニメの小噺を思い出したので止めました。クリスの歌って平和なイメージゼロだし。
次回更新は8/30の予定です