戦姫絶唱いない<Infinite Dendrogram>   作:haneさん

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プロローグ 第一次騎鋼戦争(後編)

 □2045年1月【大君主】防人

 

 歌が、リアルで良く耳にしている聖句が聞こえる。

 なんて口に出せばカッコいいかもしれないが、戦場の喧騒で静の”歌”は聞こえない。

 

「副官殿は大丈夫みたいですね」

「神話級悪魔を呼び出されていたら静も危なかったかもしれないけど、召喚される前に介入できたみたいだから大丈夫さ」

 

 静の<超級エンブリオ>は凶悪だ。

 特にジョブスキルの使用を前提とした【魔将軍】とは相性が良い。先制出来れば静に敗北は無い。

 

「心配なのは【天騎士】ラングレイさんかな?」

「どうやら無事みたいですよ。……副官殿の一撃でボロ雑巾具合がレベルアップしてますけど」

 

 ボレルが自身の<エンブリオ>で収集した情報を教えてくれる。

 やはり情報収集という意味では有用な<エンブリオ>だ。

 女性陣の前で言おうものなら覗き魔扱いなので言えないが。

<上級エンブリオ>に進化してから子機の隠蔽能力が強化されて、半端な看破能力だと見破れないのが仇となり”悪魔の証明”並にボレルが無実を証明するのは難しい。

 

「それじゃ、後は私が国王陛下を助けるだけか」

「頼みますよ、団長閣下」

「一応保険はかけているけど、皇国も無理してでも国王陛下の首は欲しいだろうから頑張るよ」

 

 残念ながら王国に皇国を退ける力は無い。正確に言えば、この戦場において、という限定的なものだが。

 この戦場において皇国は圧倒的に優勢だ。ティアン同士の戦力は拮抗していても、<マスター>の戦力差がありすぎる。

 

「保険というか、アレは脅迫では?」

「失礼な。アレは立派な外交交渉だよ。それを脅迫なんて言うとジョンブルに笑われるぞ」

「団長閣下こそイギリス人の<マスター>に怒られますよ」

 

 皇国との戦争に勝とうと思うなら、王国は<マスター>を動員すれば良い。

 もちろん無報酬とはいかないが、我々も財政的にバックアップする準備はしているので皇国並みに<マスター>を動員する事は可能だろう。

 しかし、国王陛下の私人としての想いが<マスター>の動員を許さない。陛下は特別な”力”を持っている事を神聖視しすぎるきらいがある。

 娘が【聖剣姫】であるし、特別な”力”を理由にすれば娘も戦場に連れ出す要因になってしまうからだろう。

 もし【聖剣姫】では無く【聖剣王】なら、姫では無く王子であれば王族の義務とやらを言い訳に出来たのかもしれない。

 

「それに私が”お願い”しなくても彼らは安全保障上必ず介入していたと思うよ」

 

 王国の戦力を期待出来ないのであれば、外の戦力を呼び込むしかない。

 そして、都合が良い事に王国を併合されると困る国が一つある。七大国家のうち、島国である天地を除く五つの国全てと国境を接するカルディナだ。

 カルディナにとって、国家間のパワーバランスの崩壊は安全保障問題に直結する。

 

「介入するにしても、王国に侵攻してくる可能性もあるじゃないですか?」

「確かに王国を仲良く半分こ、と言う可能性もある。だからこその脅迫、もとい“お願い”なんじゃないか」

 

 幸いな事にカルディナは各都市の市長による合議制で国政を動かしている。

 つまり、何人かの市長を動かせればカルディナを動かせる、という事だ。

 

「物量チートは【魔将軍】閣下の専売特許じゃないからね」

「流石に経済テロを仄めかされればカルディナも動かざるを得ないでしょうけど」

「失礼な。ただ過剰生産された物を薄利で市場に流すかも、と提案しただけだ」

「殆どコストゼロで大量生産しているから、ダンピング価格で一定量供給出来ますよね?」

「適正価格の10分の1で、カルディナの年間需要の3割は供給出来る」

 

 カルディナの役人を招待し、わざわざ生産から在庫状況まで説明している。

 特に在庫量は生産が好きすぎるクランメンバー達のおかげで、過剰というより過剰過ぎて処分に困っている物が大量にある。

 これをカルディナに流せばカルディナ経済は確実に混乱する。

 と言うより、混乱を避けるために市場に流せなかった物が在庫となっているのが真相だ。

 

「リアルなら団長閣下は確実に逮捕されますね」

「リアルに<エンブリオ>無いから低コストで大量生産出来ないから。あと、こっちにも独占禁止法的な法律はあるよ」

「<マスター>同士の取引は対象外のザル法ですけどね」

 

<Infinite Dendrogram>内のルールでは、<マスター>同士の争いは犯罪にならない。このルールを上手く使えば、争いの賠償という名分のもとダンピング価格で大量に物を販売しても犯罪にはならないのだ。

 

「汚い。団長閣下汚い」

「護国の為なら仕方ない、それが家の家訓だ。それに、この手は【魔将軍】閣下にも出来るから切りたくないカードなんだけど」

 

 皇国がその気になれば、【魔将軍】ローガンに大量生産させたモノをダンピング価格で販売し、王国の経済をガタガタにする事も可能だ。

 皇国が誇る“物理最強”は強敵ではあるが、力で対応出来るので対処しやすい敵だ。

 しかし、【魔将軍】ローガンは経済という<マスター>の力が及ばない部分を攻められる非常に厄介な敵なのだ。

 

「それで、カルディナは動きそう?」

「情報収集は継続していますが、目立った軍事行動はありません。ただ、複数のキャラバンが皇国との国境に移動しています」

「キャラバンに偽装した侵攻部隊と考えて良いかな? 問題は介入してくるタイミングか」

 

 カルディナの議長なら今の状況を読んでいるだろう。国王陛下救出前に介入してくれるのがベストなのだが、カルディナとしても王国側の損害が一定程度あった方が後々の都合が良い。

 そして、目に見えて分かりやすい被害は国王陛下が戦場で討たれる事だ。

 

「国王陛下を救出してティアンの被害を拡大させるか、ティアンの損害を抑えるために国王陛下を見捨てるか迷うな」

「王国の勝利を目指せれば一番何ですがね」

「いくら<超級>とは言え、基本は個人戦闘型だから戦争イベントは無理」

 

 はっきり言えば、皇国を撤退させるにはカルディナの介入が絶対条件だ。それ以外だと勝てなくは無いが、それは私個人の勝利であって王国は深刻な被害を免れない。

 だからこそカルディナには早期に介入して欲しいのだが、王国の被害が少ない内は介入しないだろう。私が逆の立場だったらそうするからだ。

 

「……こういう時に原作知識があると動きやすいのだが」

 

 転生者なので<Infinite Dendrogram>の原作知識もあったのだが、そんなモノはエネルギーに錬成してしまっている。キャロル曰く、想い出の燃焼だ。

 原作知識を燃焼したからこそ、死亡率の高いシンフォギア世界で生き延びてきたので文句は無いが、それでも愚痴は言いたくなる。

 思い出すとアダムを殴りたくなってきた。だいたい<Infinite Dendrogram>の原作知識無くしたのは、アダムと一対一で決闘したせいだし。

 まあ、その後に仲良くなって黄金錬成教えてくれたからプラマイゼロかもしれないが。

 

「……このまま国王陛下を救出する」

「カルディナの介入が遅くなるかもしれませんよ?」

「カルディナへのお願いを信じることにするよ」

 

 国王陛下を助ける事で介入が遅くなり、ティアンの被害が増えるかもしれない。

 しかし、いくら後継者がいるとは言え、王国は君主制の政治体制なのでトップの死亡は政治的動揺が大きすぎる。

 

「リアルなら迷わず救出するのだが、ゲームだと色々迷ってしまうな」

 

 カローンの船縁に足をかけ、国王陛下救出の為に空に身を投げ出そうとする。

 

「いや、まだ国王陛下がいる上空じゃないので、まだ座っていてください」

「……この流れなら到着済みじゃないの?」

「まだ到着してないですよ。だから色々悩んでいる団長閣下を急かさなかったじゃないですか」

「それもそうだね」

 

 シンフォギア奏者なら今の流れでヘリから飛び降りているのだが、リアルなゲームだと都合良く行かないようだ。

 

 

 

 

 

 

 □【???】ギルガメッシュ

 

 ああ、ついに僕が英雄になる時が来た! 

 古の英雄の名を名乗った甲斐があったよ。

 

「と、勝利を確信した瞬間に邪魔をするのがシンフォギアだ」

「シンフォギア? なんだいそれは?」

「僕が英雄になるのを邪魔する宿敵さ」

 

 この<Infinite Dendrogram>にもシンフォギアもどきの<エンブリオ>は存在するし、あの忌々しい防人がいる。

 今は姿を現していないが、あの騎士かぶれの防人は必ず現れる。

 

「【大賢者】は【獣王】様が始末してくれたし、国王陛下も僕達のモンスター軍団の前に風前の灯火。閣下(笑)の方には邪魔が入ったみたいだけどねぇ」

「ああ、彼女が来たのなら”一発屋”様もココに来るだろうね」

 

 僕達<叡智の三角>はクランオーナーのMr.フランクリンを筆頭に戦闘は苦手だが、それを補って余りある技術力がある。だからこの戦場の情報は当然把握している。

 だから敵からは”一発屋”と呼ばれ、味方からは”騎士王”と呼ばれる宿敵が来ている事も既に知っている。

 

「宿敵だから分かるのかい?」

「愛、ですよ」

「何故そこで愛なんだい?」

 

 シンフォギアの適合には愛が必要だったが、宿敵との関係は少し違う。

 リアルで敗れ去った後から、僕は宿敵に二度と負けない為に研究を続けた。この研究を続けるモチベーションは愛と呼んでも良いだろう。

 負けない為の研究、その想いの強さがフランクリンと意気投合した理由でもあるから人生何があるかわからない。

 

「ほら、来たみたいだですよ」

「ホントに来たねぇ。”一発屋”一人で何が出来るんだろうねぇ」

 

 フランクリンが言うように、いくら<超級>といえども個人戦闘型ではモンスター軍団を倒しきる前に王国は敗北する。

 だからこそ、その瞬間こそ僕は英雄となるんだ。

 ここで王国に勝利し、ゆくゆくは【邪神】をも倒し最高の英雄になるんだ。

 

「しかし、シンフォギア関係者は空から飛び降りる趣味でもあるのかねぇ?」

 

 ヒーローは空から登場する。そんな理由ならオツムのプロセッサは何世代前なんだい、と問い詰めるのだがね。

 空から舞い降りた騎士を前に、こんなバカな事を考える余裕がある。リアルなら緊張と戸惑いを隠せなかったが、この<Infinite Dendrogram>なら違う。

 ここでなら僕は英雄としての力を存分に示せる。

 

「”騎士王”陛下がたった一人でお越しとは。円卓の部下はどうしたんです?」

「残念ながら全員出張中なんですよ、博士」

「それは本当に残念だ。今度こそ僕が英雄になる瞬間を見せようと思っていたのに」

 

 シンフォギア奏者達程ではないけど、彼の部下達にもリアルでは世話になった。その礼をしたかったのに。

 

「うちのサブオーナー達とリアルで顔見知りなのは本当なんだねぇ」

「もう一人の教授とは違って、博士は嬉しい顔見知りでは無いけどね」

「あのオバアサンの方が良いなんて、君がソッチ系の趣味なんて知らなかったよ」

「オバサン?」

 

 ああ、フランクリンはオバサンのリアルは知らないんだった。コッチでは自身の若い頃の姿を元にアバターを作っているからね。

 もっとも、気に入っているのか眼帯をそのまま付けているから、科学者と言うより女海賊みたいな見た目だけど。

 

「それで、僕達相手に一人で、それも剣一本で勝てると思っているのかい?」

「あまり甘く見ないで欲しいな。これは振り抜けば風が鳴る剣だ」

 

 ああ、知っている。知っているとも。

 リアルの僕はシンフォギアと、その風鳴の剣の前に敗北したのだから! 

 しかし、ココはリアルとは違う<Infinite Dendrogram>。勝つのは僕達だ。

 

 

 




プロローグ三部作完結
ついでにシンフォギア初登場。VRMMOなのでアバターですが。

次回は時を戻して2043年7月14日の話になります。
いちおう明日の15時頃の投稿予定です。

面白かったら評価頂けるとありがたいです。

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