戦姫絶唱いない<Infinite Dendrogram>   作:haneさん

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3話 大地に立つ

 □2043年7月15日 王都アルテア南門前 防人

 

「空が飛べないって新鮮だった」

 

 リアルで錬金術を学んで5年。学んだ当初は結構な集中力を必要としたが、今では飛ぼうと思えば自然と飛べるレベルまで鍛え上げている。

 飛ぼうと思えば飛べるので、強制的に自由落下する体験は久しぶりだ。

 

「しかし、知識としては知っていたけど本当にリアルなんだな」

 

 落下する感覚はリアルと変わらないものだった。全身に感じる風の感覚、雲を突き抜けていく感覚、そして目の前に広がる美しい大地。

 全て現実世界と同じだった。違う事と言えば、大地に激突しても怪我一つない事くらいだ。

 

「さて、今日は自由行動だから適当にぶらついてみるか」

 

<Infinite Dendrogram>の内部時間は現実時間の3倍の速度で進む。

 某龍玉で有名な1日が1年になる謎空間程では無いが、<Infinite Dendrogram>で3日過ごしたとしても現実世界では1日しか経っていない。

 明日は風鳴宗家の権力を使って学校を自主休校、仕事も休みにしているので遊ぶ時間は十分に確保している。

 だから少しくらいの寄り道は許されるだろう。

 

「<Infinite Dendrogram>に慣れる意味でも自由時間は必要だし」

 

 風鳴宗家の権力と、個人的な財力を駆使してかき集めた<Infinite Dendrogram>デバイスは100台。サービス開始初日なので100台全てを稼働させており、100人の風鳴関係者が<Infinite Dendrogram>にログインしている。

 しかし、ゲーム開始時に選択する所属国家は7つあり、獲得するジョブの網羅性も考慮する必要がある。なので各国に最低10人が所属するように調整しており、アルター王国からスタートする風鳴関係者は20人程しかいない。

 ここはゲーム開始地点なので探せば周りに風鳴関係者がいるかもしれないが、今日は合流しない。まずは自由に<Infinite Dendrogram>を遊んでもらい、<Infinite Dendrogram>を経験してもらう事を優先したのだ。

 

「全員の合流は<Infinite Dendrogram>内時間で3年後の予定だし、1日くらい誤差だし」

 

 殆ど燃えカスだが、原作知識もあるので活動本拠地はアルター王国。

 アルター王国以外を初期所属国家に選んだ風鳴関係者はジョブビルドを整え次第アルター王国に移動してもらう予定だが、現実世界で1年、<Infinite Dendrogram>内の時間で3年後には全員合流して”国盗り”の本格的に開始する。

 

「それじゃ、行くか」

 

 大きな白色の城壁と城門、城門を守る兵士に背を向け、王都に入ろうとしている集団とは逆の方向に足を向ける。

 心の中で『メインメニュー』と唱えれば、ゲームらしいメニュー画面が表示される。その中から『詳細ステータス』を選択して現在のレベルを確認、ゲーム開始直後で何のジョブにも就いていないので私のレベルは0だ。

<Infinite Dendrogram>は個人では無く、ジョブ毎にレベルがある。なので、レベルを上げるにはジョブに就く必要がある。

 

「せっかくのレベル0なんだし、この状態で戦闘しないと損だ」

 

 レベル0は大変貴重だ。ジョブに就いてしまったらレベル1になってしまうので、ゲーム開始直後でないとレベル0という状態にならない。

 この状態で戦ったらどうなるのか、個人的に大変興味深い。

 

「ただでさえリアルと比べると弱体化しているし、折角の機会だし」

 

 錬金術を使用出来ないし、気で身体を強化する事も出来ない。本当に一般人と変わらない能力しか無い。

 ならば、ジョブに就き力を鍛える前に、この一般人の感覚を楽しみたい。

 

「この感覚、OTONAじゃないと分からないだろうな」

 

 レベル0の戦闘は楽しみだ。原作主人公のレイ君もレベル0で戦闘していたし、そこまで無茶じゃないだろう。

 そういえば痛覚設定もデフォルトでオフになっているからオンにしておこう。そっちの方がリアルと同じで面白そうだ。

 

「しかし、本当に中世って感じの文明レベルなんだな」

 

 入場の為の行列に並んでいるのは徒歩か馬車の2パターンで、自動車などの機械的な乗り物は目に入らない。

 もっとも、馬車を引いているのは馬だけでは無く、様々なバリエーションの生き物が馬車を引いている。珍しい部類で言えばトリケラトプスっぽい動物が馬車を引いていた。

 

「竜が引いているって事は馬車じゃなくて竜車って言えば良いのか?」

 

 平安時代、貴族が乗っていたのは牛が引く牛車だった。その例から考えれば竜車と呼ぶのが相応しいだろう。

 しかし、本当に”騎士の国”なんだな。機械文明に慣れた身としては不便に感じる事もあるだろうが、この国で機械に強いジョブに転職する事が出来ない。

 そういった機械系のジョブはドライフ皇国の特色なので、ドライフ皇国を所属国家に選んだ風鳴関係者が合流するまでは中世ファンタジーから逃れられないだろう。

 そんなことを考えながら、街道を王都から離れる方向に向けて足を進めていく。

 

「王都周辺は結構治安が安定しているな」

 

 王都へ向かう主要街道だからか、この辺りではモンスターや野盗などの類はいないようだ。1ゲーマーとしては残念な事だが、治安安定を生業とする家の人間からすると当然だろうという感想しか出てこない。

 

「秩序を持って列に並んでいるし、人心が荒廃している訳でもなさそうだ」

 

 人心が荒れていれば革命などの手段で”国盗り”するのだが、荒れていないのであれば仕方ない。真面目に立身出世して持てる権力を増やしていくしかないだろう。

 

「たしか原作知識では王家には女子しかいないから、最悪婿入りという手もあるし」

 

 “国盗り”の手段を考えながら5分程度歩くと入場待ちの行列は見えなくなり、さらに5分歩くと人影もまばらになってくる。

 

「お、モンスター」

 

 見た目はウサギだが、【パシラビット】とウサギの頭上に表示されているのでモンスターなのだろう。

 少し距離があるので足元に落ちている石を拾い、拾った石を【パシラビット】めがけ投擲する。放たれた石は120キロ程の速さで【パシラビット】に襲い掛かるが、全力で投擲したにもかかわらず思った程の威力は出ていない。

 

「やっぱり弱体化しているな」

 

 投擲した石は【パシラビット】の頭部に直撃したが、残念ながら倒しきれていない。リアルなら鹿の頭くらいなら吹き飛ばせる威力があるのだが。

 頭部の衝撃により意識がぐらついているのだろう、フラフラと歩いて逃げない【パシラビット】に駆け寄り木刀を振り下ろす。

 

「リアルと違って死体は残らないのか」

 

 木刀の一撃を受けた【パシラビット】は光になって消えてしまった。こういう所はリアルではなくゲームなのだと実感出来る。

 

「あ、何か残っている」

 

 所謂ドロップアイテムなのだろう、米粒程の綺麗な石が【パシラビット】が消えた後に残っていた。

 とりあえず拾ってアイテムボックスに収納しておこう。

 

「やっぱり、レベル0のままか」

 

 システム上の仕様なので仕方ないが、やはりジョブに就かないとレベルアップしないようだ。

 だが、それが良い。モンスターといくら戦っても一般人と同じ身体能力なので、弱体化したこの楽しい時間が何時までも続くということだ。

 

「さて、次だ」

 

 一般人の感覚という物は面白い。頭で思った通りに身体が動かない。

 そんな状態でも初心者向けのモンスターが相手なので負けることは無いし、負傷する事もない。

 鈍い身体の使い方を学びながら【パシラビット】、【リトルゴブリン】、【ゴブリン・ウォーリアー】などを次々と倒していく。

 

「……もう夕暮れか」

 

 何時間モンスター狩りをしていたのだろうか? 

【パシラビット】、【リトルゴブリン】、【ゴブリン・ウォーリアー】をあわせて150体近く倒した所で熱が冷めた。

 振るい続けた木刀にも頑固な汚れがこびりついているし、そろそろ潮時かもしれない。

 

「野営の為の道具もないし」

 

 今持っているアイテムは初期装備の服と木刀、アイテムボックスに路銀の5000リル、そしてモンスターを狩って手に入れたドロップアイテムのみ。

 リアルでサバイバル術を学んではいるが、装備無しで野営するほどMな趣味は持ち合わせていない。

 

「今ならまだ王都に戻って宿に泊まれるかな」

 

 日が暮れる前に王都に戻り、そこから宿を見つけることを考えれば、狩を終えるには良いタイミングだろう。

 弱体化した身体の動かし方も十分に慣れた。こうして一通りの闘い方を復習してみると、普段の自分がどれだけ”力”に頼り”技”を疎かにしていたのか実感する。

 “力”を一切使わず、”技”だけで相手を圧倒する“究極の理合”を習得するには私はまだまだ未熟なようだ。

 

「Anti_LiNKERみたいにリアルでも弱体化する可能性もゼロでは無いから、事前に勉強出来ただけでも十分に<Infinite Dendrogram>は有用だ」

 

 風鳴宗家が影響力を持つ日本政府機関、特異災害対策機動部二課。ざっくり言えば認定特異災害ノイズと戦う為の組織だ。

 ノイズは出現すると人間だけを襲い、接触した人間を問答無用で炭素転換してしまう化け物だ。銃など物理攻撃は通用せず、人類は有効な撃退手段を持ちえなかった。

 しかし、特異災害対策機動部二課の櫻井了子女史が開発した“シンフォギア”は別だった。“聖遺物の欠片”から生み出された“シンフォギア”を纏う事で、人類は初めてノイズに抵抗する為の力を手に入れた。

 しかし、誰でも”シンフォギア”を纏えた訳では無い。纏う為には”シンフォギア”と適合する必要があり、ソレは宝くじで一等に当選するレベルで難しい。少しでも適合し易くする為にLiNKERと呼ばれる補助薬も開発されたが、逆に適合しづらくするAnti_LiNKERも開発されている。

 

「私はシンフォギア奏者では無いからAnti_LiNKERは関係無いけど、弱体化しないと決まった訳でも無いし」

 

 何があるか分からない世の中だから色々な事を想定してしまう。

 特に、輪廻転生している身なので、そんなこと絶対にありえない、という言い訳も出来ない。

 

「きゃぁぁ!」

「悲鳴?」

 

 職業柄、悲鳴には敏感だ。

 ここから少し離れた場所だった為か、聞こえて来た悲鳴は小さい音だった。

 しかし、防人たる身なので聞き間違うことなどあろうはずがない。

 

「間に合ってくれ!」

 

 悲鳴が聞こえたからといって、それが命の危機という事では無いかもしれない。

 ただ虫に驚いたという可能性もあるのだろうが、リアルではノイズという人間の天敵がおり、<Infinite Dendrogram>にはモンスターという敵がいる。

 

「ゲームの中でも職業病っていうのは社畜なのか?」

 

 考えるより前に走り出した己の身体を笑う。

 この身を”防人”と名付けた為か、もしかするとリアル以上に防人をしているのかもしれない。

 

「いた!」

 

 数十秒ほど全力で走る。すると視線の先に【リトルゴブリン】に襲われている女の子がいるではないか。

 

「間に、合った!」

 

 落ちている石を探す時間も惜しいので、手に持った木刀を槍投げの要領で【リトルゴブリン】に向けて投擲。

 放った木刀は【リトルゴブリン】に命中するが、体勢を崩す程度の威力しか無い。

 でも、今はそれで十分。

 

「兄貴直伝の自慢の拳だ!」

 

 レベル0のまま150体ほど倒して理解した。レベル0のステータスでは、最弱のモンスターすら一撃では倒せない。

 まして、武器を持たない拳ではなおさらだ。

 だからこそ、少女を守る為、拳に全てを込める。

 リアルで培った技術、<Infinite Dendrogram>で学んだアバターの動かし方、少女を助ける為にここまで駆けた勢い、防人としての自信と誇り。

 それらを込めた拳を弾丸とし、少女を襲う【リトルゴブリン】に叩き込む。

 




評価&感想ありがとうございます。

弱体化を楽しむ主人公の回でした。
ちなみに本作でのリアルでの強さランクですが
シェム・ハ = 椋鳥姉 > 超えられない壁 > アダム = 主人公 > キャロル
です


次回の更新ですが、土日はお休みにさせて頂き13日(月)の15時頃に不定期更新の予定です。
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