戦姫絶唱いない<Infinite Dendrogram> 作:haneさん
□2043年7月15日 アルター王国サウダ山道 防人
「娘を助けて頂きありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
【リトルゴブリン】に襲われていた少女は何とか助けられた。
恥ずかしながら、全てを込めた拳の一撃では倒しきれなかった。少し無様な戦闘になったが、少女に怪我が無かったのでよしとしよう。
「本当にありがとうございました。ほら、グレースもお礼を言って」
「もー、何回も言ったよ、お姉ちゃん。でも、本当にありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
助けた少女は商人の父親と姉、護衛の剣士の計4人で王都に向かう途中であったらしい。
本来なら日が暮れる前に王都に到着する予定だったが、色々とトラブルがあり日が暮れる前に王都に到着出来なかった。
そのためサウダ山道で野営する事にしたが、末っ子のグレースちゃんが野営の準備に飽きてしまい、散歩に出かけた所を【リトルゴブリン】に襲われたのが事件の真相のようだ。
「これから王都に戻ると日が暮れてしまいます。たいしたおもてなしは出来ませんが、ご一緒に夕食を食べませんか?」
「ご相伴にあずかります、オリビアさん」
助けたグレースちゃんと姉のオリビアさんは金髪が映える美少女だ。
姉のオリビアさんが14歳、妹のグレースちゃんが10歳とのことだ。彼女達の母親は病弱らしく、商人である父の手伝いをするオリビアさんは大人びた雰囲気で、少女というより“女主人”といったイメージだ。
「しかし、素手で【リトルゴブリン】を倒すとはサキモリ殿はお強いですな」
「まだまだ修行中の身ですが」
「天地の武器をお持ちという事は【武者】系統のジョブを取得されているので?」
腰に差している木刀に目をやりながらグレースちゃんの父、エドワードさんがこちらを探るよう話しかけてくる。こちらを持ち上げる為の話題づくりなのだろうが、今の私にその話題は鬼門だ。
「ええ、まあ残念ながら無職で」
「なるほど。もし職をお探しなら我らの護衛を勤めて頂きたいのですが」
「いえ、そういう意味の無職では無く、ジョブを取得していないレベル0なんです」
「なんですと?」
まあ、驚くよな。<Infinite Dendrogram>のレベル0はリアルでのニートより酷いから。
「レベル0で、しかも素手で【リトルゴブリン】を倒したのですか?」
「まあ、はい」
これが一部で有名な、またオレ何かやっちゃいました、か。
いや、レベル0でモンスターを倒す異常さは分かっていたけど。
リアルで言えば、野球未経験者がプロで活躍する一流ピッチャーから木製バットでホームランを打つようなものだ。
いや、下級モンスターだから高校球児からホームランくらいが妥当か?
「その左手、もしやサキモリ殿は<マスター>なのですか?」
腰に差していた木刀だけでなく、左手に埋め込まれた宝石に注目したようだ。
「ええ、まだ<エンブリオ>を孵化させてない新米ですが」
「おお、やはり! それならレベル0で【リトルゴブリン】を倒すのも納得です」
不審に思われていたが、どうやら<マスター>という事で納得してくれるようだ。
こちらとしてはありがたいが、この世界の住人は<マスター>をどのように理解しているのかとても気になる。
「サキモリさんは<マスター>だったんですね」
「ええ、なりたてですが」
なんだろう、オリビアさんが生暖かい目でこちらを見ている気がする。
「そうですよね。不死身の<マスター>でないとレベル0でモンスターと戦おうと思わないですよね」
「お兄ちゃん、無鉄砲なんだね!」
「ソウデスネ」
あんまりな評価だが、リアルで言えばノイズに素手で立ち向かうような感じだから仕方ないが。
「でも無職は危ないから、ちゃんとジョブに就かないとダメですよ」
「だめだよー」
「……はい」
なんだろう、年下の少女に就職しなさいと怒られているようで悲しい。<Infinite Dendrogram>では無職だが、リアルでは学生だけど裏で就職して働いているのだけど。
このまま無職と言われるには恥ずかしいから、王都に戻ったらジョブに就いて無職から脱出しよう。
「二人ともそれくらいにして夕飯にしましょう」
「そうですね。グレース、お野菜切るから手伝ってくれる?」
「ピーマン入れないならいいよー」
私が恩人という立場だからか、エドワードさんがうまく間に入ってくれた。
貶している訳では無く、オリビアさんとグレースちゃんの姉妹二人は純粋に心配してくれていると分かってはいるのだが、やはり無職なのを指摘されるのは辛い。
「失礼」
「おお、ブランドン殿」
オリビアさんとグレースちゃんが食事の準備の為に離れたタイミングで、護衛と思われる剣士が話しかけてきた。
彼は30代くらいの年齢で金属製の胴体を守るブレストプレートに背負った両手剣、それら重量級の武具を使う為の筋骨隆々な肉体。どこからどう見てもパワー系の剣士で、足運びなどを見る限り技術は発展途上と言ったところだ。
「お嬢様を危険にさらしてしまって申し訳ない」
「いやいや、あれは馬車を離れたグレースも悪いので気にしないでください」
「そう言って頂けると助かります」
護衛対象が3人おり、それを一人で守っているので傍を離れられると守るのは厳しいだろう。
それに彼はパワー系の剣士なのでスピードがあるタイプでは無い。グレースの悲鳴を聞いてからでは対応するのは難しかったに違いない。
「サキモリ殿、この度は自分の失態を挽回して頂きありがとうございます」
「失態などと。元々は急に娘達を連れて行くと言い出した私が悪いのです」
頭を下げ丁寧な謝罪をする護衛のブランドンさん。見た目は筋骨隆々な剣士なのに凄く良い人だ。見た目も髪も髭も綺麗に整えていて清潔感があるし、脳筋という訳では無いのだろう。
そんなブランドンさんに詫びるエドワードさんも良い人だ。
「何時もはエドワードさんだけなのですか?」
「ええ、普段は私とブランドンさんの2人だけです。街道は安全なのですが、やはり旅は危険なので娘は連れて行かないのですが」
モンスターが存在する剣と魔法とその他色々な世界なので、やはり旅は危険なようだ。
「ただ、今回はどうしても連れて行ってくれとせがまれてね」
「護衛を増員出来れば良かったのですが、急ぎの用事で信用調査を行う時間が無かったんだ」
「護衛の信用調査?」
娘を連れての旅の護衛だ。旅の途中で野盗に早変わりする可能性のある護衛は雇えないだろう。
その為の信用調査は時間がかかるので、調査無しの護衛を雇うよりはとブランドンさん一人の護衛で出発したのだろう。
「契約書で縛る事も出来るのですが、少々コストの問題がありまして」
「契約書?」
「契約を反故にした者に一定期間のステータスダウンや、状態異常などを与えるアイテムなのですが、罰則が強力なほど高価なのです」
そんなアイテムがあるのか。原作にも登場したのかもしれないが、そういう細かい記憶は焼却してしまっているからな。
「効果が弱いと野盗に鞍替えした場合、相手に与えるデメリットが弱いのか」
「その通りです。先程も申しましたが街道、特に王都への街道は騎士団が定期的に巡回しているので危険も少ないと妥協したのですが」
エドワードさんも色々と心配したようだが、結局は娘のおねだりに負けたというのが真相なのだろう。
「しかし、そこまで護衛に気を使っているのに私を夕食に招いて良かったのですか?」
「サキモリ殿は恩人ですし。それに失礼ながら、《真偽判定》で悪意が無い事は確認させて頂いていますので」
「《真偽判定》? もしかして自己紹介の時に妙な質問があったのは」
エドワードさんに自己紹介した際、私達を害する気は無いのか、などの質問があったのを思い出す。その質問の答えが真か偽かを判定されたという事だろう。
「商売柄、どうしても確認してしまうのです。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ない」
「いえ、構いませんよ」
相手を調べるのは当然の行いだろう。
それに商売柄と言うなら、恐らくリアルの実家の方が入念に取引相手を調べるだろうからな。
伊達に、ヤクザよりも怖い、と悪評を立てられていない。
「おとーさん! もうすぐご飯出来るよー」
「おお! オリビアの料理は絶品ですぞ! 固い話はここまでにして夕飯にしましょう」
「そうですね、楽しみです」
<Infinite Dendrogram>で初めて食べる食事だ。事前知識としてリアルと同じように味わって食べられる事を知っているので、やはり食事は楽しみで無意味に期待値を上げてしまう。
「娘の料理は絶品ですので期待してください」
自慢の娘なのだろう。娘の料理をこれでもかと自慢するエドワードさん。
「いっぱい作ったので沢山食べてくださいね!」
そして、エドワードさんが自慢するだけあってオリビアさんの料理は絶品だった。
野営なので所謂キャンプ料理だが、メニューは鶏肉とトマトの煮込みと牛肉と野菜の串焼き。特に鶏肉とトマトの煮込みは肉が柔らかく、トマトの酸味が良い感じだ。
「こら、ピーマンも食べなさい!」
「ピーマンきらい!」
ちなみに牛肉と野菜の串焼きにはピーマンが刺さっており、ピーマンが嫌いなグレースちゃんは串からピーマンを外して食べていた。
しかし、オリビアさんはそんなグレースちゃんを許さない。グレースちゃんが串から外したピーマンをフォークで刺し、それをグレースちゃんに食べさせようとしている。
「ほら、サキモリさん食べてください」
「十分頂いていますよ」
「いえ、ピーマン食べて無いですよね?」
私の皿に何故か残っているピーマンをオリビアさんに指摘されてしまった。
前世ではピーマンを食べられたのに、転生してからは何故かピーマンが食べられなくなった。これが身体に精神が引っ張られる、ということなのだろう。
「ピーマン食べないと強くなれませんよ」
「<マスター>なんで大丈夫ですよ」
この身体はゲームのアバターなのでピーマン食べなくても大丈夫なはずだ。
と言うより、リアルで翼姉さんを筆頭に私に無理矢理ピーマンを食べさせる人達が多いのに、ゲームの中でもピーマン食べさせようとする人がいるなんて。
「これが<Infinite Dendrogram>、本当に現実みたいだ」
頬に感じる風の感触、木と土の匂い、揺らめく焚き火、そして口の中で感じるピーマンの苦み。
どれもリアルと変わらない。特にピーマンの苦みなんてリアルなのかバーチャルなのか区別出来ない。
「サキモリさん?」
いや、何時も代わりにピーマンを食べてくれる“ごはん&ごはん”の人がいないのでリアルよりも状況は悪いかもしれない。
何故にゲームの中でピーマン如きに苦戦しているのだろうか?
しかし、食べなければ年長者としての威厳が。
「グギギ」
と、今世においてシェム・ハ先生、アダム、キャロル、親父に続く第五の難敵ピーマンを前に難しい選択を迫られていると、周りの森から不気味な声が聞こえてくる。
「今のは!?」
「どうしたんです?」
「エドワード殿、微かですが【ゴブリン】系のモンスターの声が」
ブランドンさんの言うように、聞こえてきたのは【ゴブリン】と思われる声だった。
しかし、聞こえて来た声は小さく、焚き火を囲う我々の話し声でかき消されてしまう程の小ささだった。
だが、いくらピーマンに苦戦しているとは言え、この身は剣にして防人。新たな危険を見逃すほど耄碌していない。
「でも、これはちょっと不味いかも」
弱体化の影響がここまでとは予想外だ。あたりの気配を探ってみると、既に数十体の殺気立った生物に周りを囲まれている。囲んでいる生物は先程の声から、恐らくは【ゴブリン】系のモンスターだろう。
リアルであれば囲まれる前に気が付くのだが、そういった感覚系も弱体化しているのだろうか?
「エドワードさん達は馬車の中に」
この数を相手に戦っていてはエドワードさん達を守れない。三人には安全な馬車の中に避難してもらおう。
木製の箱馬車なので立て籠もるには貧弱だが、それでも外にいるよりは安全だ。
「サキモリ殿も中に」
「ブランドンさん一人でも負けないだろうけど、被害を出さずに勝つのは難しいですよね?」
私がレベル0だと知っているからだろう。エドワードさん一家の護衛、剣士系統上級職【剛剣士】のブランドンさんは私も馬車の中に避難するよう勧めてくれる。
しかし、包囲されてしまっているので、ブランドンさん一人でエドワードさん一家全員を守る事は難しい。
範囲攻撃で一定数のモンスターを殲滅出来れば良いのだが、レベル0の私ではそれは出来ない。
これが野営中でなければ、馬車と馬を繋いでいれば包囲を突破する方法もあるのだが、残念ながら馬は馬車から離れて休憩中だ。
「サキモリさん!」
「心配しないでください、オリビアさん」
「でも!」
木刀を握る私を心配してくれるオリビアさん。怖いだろうに、私の腕を引っ張り馬車の中に避難させようとしてくれる。
「不死身の<マスター>なんで大丈夫ですよ」
震えるオリビアさんの手を握り、もう片方の手で木刀を握りしめる。
そして、オリビアさんの腰に抱き着いているグレースちゃんに目線を合わせ笑って見せた。
「それに、人が希望に生きる明日を守るのが防人の仕事だ」
<Infinite Dendrogram>は命の危険の無いただのゲームだ。
だからこそ、ここは己の矜持を貫き通す。人を防人るという事に理由を付けて躊躇しているようでは、本当に防人たい時に防人れないのだから。
【クエスト【エドワード一家を守れ 難易度:三】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
作者はピーマン食べられます
レベル0でクエストを受ける形になりましたが、そこは原作へのオマージュという事で許してください。
Infinite Dendrogramの二次創作作り始めて思ったのですが、【】や≪≫、〈〉の使い方、物、者、モノの使い方と、色々と使い分ける事が多いですね。
同じマスターという言葉も<マスター>もあれば、会話の中でマスターとカッコが無いパターンもありますし。
原作者様の拘りの部分なので、原作のルール通りに行きたいけど何時か誤字報告もらいそうで怖い。
次回は木曜15時頃の予定です。
全ては復帰を煽るラグナロクオンラインが行けないのです。
今書いている9話が終わってから、次の5話を推敲する予定なので申し訳ありません。