戦姫絶唱いない<Infinite Dendrogram> 作:haneさん
□2043年7月15日 アルター王国サウダ山道野営地 防人
震えるオリビアさんの手を握り、もう片方の手で木刀を握りしめる。
オリビアさんの腰に抱き着いているグレースちゃんの目線に合わせ笑って見せた。
「それに、人が希望に生きる明日を守るのが防人の仕事だ」
<Infinite Dendrogram>は命の危険の無いただのゲームだ。
だからこそ、ここは己の矜持を貫き通す。人を防人るという事に理由を付けて躊躇しているようでは、本当に防人たい時に防人れないのだから。
【クエスト【エドワード一家を守れ 難易度:三】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
クエストが発生した。詳細はクエスト画面を確認しろとあるが、この状況で内容を確認している余裕は無い。
「ブランドンさんは馬車をお願いします!」
「承知!」
本当はエドワードさん達が立て籠もる馬車を、ブランドンさんと私でゾーンディフェンスして護衛する手もあるが、残念な事にレベル0の私ではモンスターに囲まれた瞬間に詰んでしまう。
私がレベル0でも【パシラビット】、【リトルゴブリン】、【ゴブリン・ウォーリアー】などのモンスターと戦えていたのも、リアルでの経験を活かして一対一の状況を作り出していたからだ。
「こんな事なら就職しておけば良かった」
まあ、こういう突発的な危機は準備が完璧な時に発生する訳じゃないから仕方ない。
今ある手札だけで切り抜けるしかない。
「とは言え、ちょっと厳しい」
目の前に迫ってくる【リトルゴブリン】の頭部に木刀を振り下ろし、【リトルゴブリン】がグラついた所に全力で膝を叩き込む。
ここまでして、ようやく【リトルゴブリン】が光になって消える。
やはり、レベル0の攻撃力では一撃で倒せない。
「一撃で倒せないなら二撃で倒せば良い」
守る対象がいる以上、防人として泣き言は言わない。
それに、目の前のモンスターは木刀を叩き込めば頑固な汚れになってくれるので、位相をずらして通常物理攻撃を無効化するノイズよりはマシだ。
「と、お仕事お仕事」
目の前に迫ってくる【リトルゴブリン】が二匹。これは無視し、ブランドンさんの死角から回り込もうとする一匹の【リトルゴブリン】に向かう。
傍から見れば目の前の【リトルゴブリン】から逃げているように見えるが、これは役割分担だ。
私では目の前の【リトルゴブリン】二匹には勝てない、出来て10秒ほど時間を稼ぐくらいだ。
そして、時間稼ぎしか出来ないならブランドンさんの死角をカバーし、彼が安心して戦えるように立ち回った方が良い。
「っは!」
ブランドンさんに迫る【リトルゴブリン】に対し、走ってきた勢いをそのまま木刀に乗せて首を突く。
ゲームでいうところのクリティカルヒットになったのだろう、首を突いた【リトルゴブリン】はそのまま光となって消えてしまう。
「ブランドンさんは?」
【リトルゴブリン】二匹を押し付けてしまったブランドンさんの様子を確認すると、既に一匹の【リトルゴブリン】を両断しており、次の瞬間には二匹目の【リトルゴブリン】も一太刀で両断してしまった。
「……技術的にはまだまだ未熟だけど、身体能力は思ったよりも凄い」
これがレベルとステータスの差なのだろう。
ブランドンさんはリアルの軍人、トップアスリートよりも高い身体能力を持っているようだ。
まあ、OTONA程の身体能力では無いが。
「下っ端の次は上司の登場か」
本当に上司か分からないが、茂みから【ゴブリン・ウォーリアー】三体が姿を現す。
【ゴブリン・ウォーリアー】は名前の通り、【リトルゴブリン】の上位個体で多少身体能力が向上しているようだ。
「左右からもお出ましのようです」
「計八匹か。ブランドンさんは同時に相手できます?」
ブランドンさんを挟むように左から二匹、右から三匹の【ゴブリン・ウォーリアー】が現れた。
半包囲された形だが、後ろからゴブリン達が襲撃してくる気配は無いのが救いか。
「護衛対象がいなければ対応出来るが、流石に護衛対象を守りながらでは自信がない」
「ですよね」
ブランドンさんの言う事はもっともだ。例え七匹の【ゴブリン・ウォーリアー】を相手に勝利しても、残り一匹がエドワードさん達を傷つけたら護衛失敗だ。
「それに、ゴブリン共のボスがいる可能性もある」
「同格の【ゴブリン・ウォーリアー】が八匹ですもんね。群れを率いる上位個体がいる可能性もありますね」
現れた【ゴブリン・ウォーリアー】のうち一匹がボスの可能性もあるが、同種のモンスターである以上は他の【ゴブリン・ウォーリアー】を従える事は難しいかもしれない。
ならばファンタジーゲーム的に考えて、【ゴブリン・ウォーリアー】の上位個体が群れを率いていると想定するのが自然だ。
そして、どの程度の上位個体がボスなのかが問題だ。ボスモンスター級、<Infinite Dendrogram>で言うところの亜竜級以上が出てきたら守り切れないかもしれない。
それどころか、上級モンスターでも危ないかも。
クエストの難易度は3なのでボスモンスター級は出てこないと思うが、何が起こるか分からないのが実戦だ。
「どうやら群れのボスのお出ましのようです」
「【ホブゴブリン】?」
ブランドンさんの正面、【ゴブリン・ウォーリアー】三体の後ろから現れた体長2メートル程の大型ゴブリン。
システムの表示によれば相手は【ホブゴブリン】。
しかし、ブランドンさん以上に鍛え上げられた筋肉に無数の戦傷、肉厚で大振りの斧を担いだ姿はまさに戦場を生き抜いてきた戦人。
担いだ斧も分類的にはバルディッシュなのだろが、リアルで見たバルディッシュと違い刃が三倍程の大きい。明らかに普通の人間なら振るうどころか振り上げられるかも怪しい重量だろう。
「サキモリ殿では荷が重い。援護を頼めるだろうか?」
「馬車には指一本触れさせませんよ」
剣士系統上級職【剛剣士】のブランドンさんなら【ホブゴブリン】にも【ゴブリン・ウォーリアー】にも負けないだろが、流石に包囲されては手も足も出ないだろう。
それをさせず、かつ馬車を守る為に動くのが私の役目だ。
まずはブランドンさんの左側、二匹の【ゴブリン・ウォーリアー】を抑える。数の少ない方を抑えに行くのが悲しい。弱体化していなければ右側の三匹、群れのボスと思われる【ホブゴブリン】もまとめて相手にするのだが。
「ッシ!」
木刀を【ゴブリン・ウォーリアー】に振り下ろし、切り返しの一撃でもう一匹の【ゴブリン・ウォーリアー】の顎を打ち付ける。
しかし、悲しい事にこの一撃では【ゴブリン・ウォーリアー】を倒す事は出来ない。木刀の一撃を受けた二匹の【ゴブリン・ウォーリアー】はダメージこそあるが戦闘に支障はないようだ。
「マジか」
そして最悪なことに、あるいは必然か、昼間から数多のモンスターを狩り刀身に頑固な汚れを作ってきた木刀が粉々になってしまう。
頑固な汚れが染みつく程に使用していたので、耐久値的な物が減っていたのかもしれない。
「まあ、所詮は初期武器の棒きれだからな」
唯一の武器を失ったからといって、それで私の戦闘能力がゼロになった訳では無い。
まだ体勢が整っていない【ゴブリン・ウォーリアー】に兄貴直伝のOTONAの拳を叩き込む。
「グギャ」
ステータス的な問題で【ゴブリン・ウォーリアー】を倒すまでには至らず、木刀の一撃から立ち直ったもう一匹の【ゴブリン・ウォーリアー】がその手に持つ棍棒を振り下ろしてきたので急いでその場を離脱する。
「なんだかんだ、武器が無いと辛いな」
レベル制でステータスが存在しているからか、全力で【ゴブリン・ウォーリアー】を突いた拳が痛い。
そう言えば痛覚設定をオンにしていたな。何かを殴って拳が痛くなるなんて、OTONAになる前にコンクリート壁を殴った時以来だ。
OTONAになってからはコンクリート殴っても、コンクリートの方が壊れるから懐かしい痛みだ。
「サキモリ殿! 今代わりの武器を」
後ろで戦っているブランドンさんがアイテムボックスから武器を取り出そうとしているが、ブランドンさんも【ゴブリン・ウォーリアー】と戦闘中なので上手く取り出せないようだ。
こうなると暫くは素手で【ゴブリン・ウォーリアー】を相手にするしかない。
幸い【ゴブリン・ウォーリアー】は二足歩行のヒト型モンスターなので寝技が使える。打撃以外の手段があるのはありがたいが、やはり武器が欲しい。目の前の敵に打ち勝つには武器が必要だ。
レベル0としては武器の攻撃力に依存するしか格上の敵を倒す手段が無いのが辛い。絞め殺すにしても多数が相手だから使い難いし。
「こういう時はシンフォギア奏者が羨ましい」
シンフォギア奏者の主武装アームドギアは壊れても復活するイメージがある。
「天羽々斬とか贅沢は言わないから、せめて群蜘蛛が欲しい」
ちなみに天羽々斬は翼姉さんが使うシンフォギアであり、群蜘蛛は風鳴家の宝剣であり風鳴宗家の次期当主と認められた際に父訃堂から受け継いだ刀だ。
『目覚めて早々に浮気されるとはの』
「ん?」
『まあ、目覚めるのが遅かった身共も悪いからの。今回は水に流そうかの』
気が付けば隣に和服姿の少女が立っていた。ころころと笑ってはいるが、どこかプレッシャーを感じる。
怒っているのか?
「群蜘蛛は百歩譲って良いとしても、天羽々斬との浮気は許さん」
「はあ」
何か彼女には拘りがあるようだ。
そこでふと左手を見ると宝石のようだった<エンブリオ>が消失し、紋章のようなものが残っている。
「天羽々斬なんて身共に当たって刃が欠けた剣ですよ」
「君は私の<エンブリオ>なのか?」
「はい。身共はTYPE:メイデン with アームズのアマノムラクモです」
「それは確かに天羽々斬に思うところがあるよね」
天羽々斬は日本神話に登場する剣で、あの有名なスサノオノミコトの剣だ。十拳剣とも言われた剣で、有名な逸話はヤマタノオロチを退治したエピソードだろう。
天羽々斬でヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトだが、ヤマタノオロチの尾を斬った際に天羽々斬の刃が欠けてしまう。不審に思ったスサノオノミコトが尾を裂くと出てきた剣が天叢雲剣なのだ。
私の<エンブリオ>がこの天叢雲剣をモチーフにしているなら、自身にあたって欠けた剣など格下に思えるのかもしれない。
あと父から受け継いだ群蜘蛛との浮気が良い理由は恐らく、群蜘蛛はムラクモと読むからかもしれない。
「と、そんな事を話している場合じゃない」
二匹いる【ゴブリン・ウォーリアー】のうち一匹のダメージが抜けきれない為か、こちらの様子をうかがうだけで今のところ動きは無い。
しかし、何時までも敵を前に話し込んでいる訳にもいかないだろう。
「アマノムラクモというから君は剣なのか?」
「うむ。身共はマスターの剣じゃ」
和服の少女が光の粒子となり、私の右手に集まっていく。光は徐々に形となり、最終的に一本の大剣に姿を変えた。
その大剣は片刃の直刀でサイズ的には西洋のクレイモアに近いだろうか。刀身はファンタジーなので澄んだ青、まるで快晴の日の空の色をしている。
しかし、なんでアマノムラクモは空の色なんだ?
ヤマタノオロチの上空が常に曇りで、そんなヤマタノオロチがら出てきた剣だから叢雲、天叢雲剣と命名されたはずなんだが。
「まあ、斬れれば何でも良いか」
手に取った大剣を横に振るう。見た目はけっこうな重量があるはずなのだが、重さをまるで感じずに振るう事が出来た。
「なるほど。何でも斬れそうだ」
『であろう。身共は空に浮かぶ雲すらも斬れるが故に』
確かに空に浮かぶ雲すら斬れそうだ。
そう思う程に軽く、ほとんど抵抗を感じることなく振るう事が出来た。
「さて、次だ」
『了解じゃ』
ブランドンさんを援護しようと【ゴブリン・ウォーリアー】に背を向けた瞬間、自身が斬られたことに気が付いたかのように二匹の【ゴブリン・ウォーリアー】の首が地に落ちる。
これが私の<エンブリオ>か。良い剣だ。
アマノムラクモのイメージはシンフォギアXDの轟刃・ブリッツセイバーで翼さんが持ってる天羽々斬です。
凄く関係無いけどXD新イベントは水着キャロルは出ないの?
次回の更新は18日の15時ごろです。