ウミツバメと聞いても、光久はまったく見当もつかなかったのだが、父に「入学許可証を持ってきた鳥だぞ」と言われて、やっとウミツバメの姿の想像がついた。
父が言うに、ウミツバメはイギリス魔法界でいうところのフクロウに近いのだそうだが、そのイギリス魔法界どころか、日本国魔法界ですらまだ慣れていない光久にとっては、説明が不十分すぎたのは言うまでもない。
もっとも、そのフクロウと違うところと言うのもあるのだそうだが、さすがに、あの小さな鳥の背中に乗って学校まで通うのだ、と信頼する父に真顔で言われたとしても、 ―― 仮に、光久がまだ幼い子供だとしても ―― 俄かには信じられないことだった。
そうこうするうちに、『魔法動植物店』と言う、胡散臭そうな外観をした店に足を踏み入れた光久は、喜色の悪いうねる
父が立ち止まったので、自分も父の目線の先に目を向けてみると、そこには何十羽もの漆黒色の鳥が籠の中で陳列されていた。
どれも、光久の記憶にあるウミツバメと同様の大きさ、同様の色をしているので、これがウミツバメなのかと一瞬で分かった。
「これがウミツバメ?」
「そうだ」
父は首肯する。
「これに乗って学校に行くの?」
「そうだ」
父は首肯する。
「こんな小さいのに?」
「そうだ」
父は首肯する。
「無理でしょ」
光久は淡々と、そして率直かつ明白な事実を、無情にも父にたたきつけた。
だが、父はニタニタと笑いながら、
「ここは魔法界だぞ。 俺も、最初はお前と同じことを思ったが、魔法と言うのは言っちゃ悪いがなんでもありなんだよ」
意味が分からない、と言う顔を向ける光久に対して父は、少しため息をつきながらも。
「ウミツバメってのは、色や大きさが自在に変わるんだ。 持ち主の大きさ、運ぶものの大きさ、周りの景色、環境、体調などなどによってな。 普段はニ十センチくらいの大きさだが、こいつに乗るときにはそれ相応の大きさにはなるから安心しろ」
そう自信満々に言う父に対して、まだ疑わし気な表情を向ける光久に、父が「試しに一羽、籠から出してみろ」と言ったので、恐る恐る籠に近づき、驚かさないように慎重に、目についたウミツバメを外に取り出すと、漆黒の羽に一本の王五蘊の筋が入り、両手で持つことが出来ていたウミツバメの大きさが、一気に通路いっぱいの大きさまで
それに驚き、大声をあげながら後ろに倒れた光久を、父が腕をもって立たせながら、
「な? 言っただろ? 魔法っていうのは、なんでもありなんだよ」
と、楽しそうに言った。
結局、その羽に黄金の筋が一筋入っているウミツバメをそのまま購入することにした光久たちは、髪がぼさぼさ、肌がよぼよぼの店の店主に五百永 ―― 永は日本国魔法界の通貨、一永はおよそ六百円 ―― を払い、店を出た。
るるるる――と小さく喉を震わすようになくウミツバメは、きょろきょろとおそらく初めて見るであろう外の世界を不安げに見わたしていた。
◇
それから十数日が過ぎ、光久は、遂に魔法処魔法魔術学校へ入学する日を迎えていた。
正午も近づき、光久は平安京内にある駅舎 ―― 赤レンガ造りの、まるで東京駅を思わせるような年季の入った駅舎だ ―― のホームで、一本の電車を待っていた。
多くの人々でにぎわい、ごった返しているホームで父親と離れないようにしていると、年季の入った駅舎とは不釣り合いの、流線的なフォルムで現代的な列車 ―― 所謂、新幹線のような列車 ―― がやってきた。
父と一緒に荷物の最終確認をし、 ―― 五回目の確認だった。 一回目で杖、二回目で魔法薬学の教科書、三回目でもしもの時の着替え、四回目で、ウミツバメを忘れてきていることに気が付いたのだ ―― 不備がない事を確認すると、
「楽しんで来い」
そう言って、父は光久の背中を一度、ぽんと叩いた。
列車のドアが開き、中に入ると、マットが敷かれた電車内は、間接照明で照らされ、コンパートメントごとに分かれていた。
一年生の車両の中で、誰もいないコンパートメントを見つけることが出来た光久は、荷物を上の荷物入れに座席に乗って背伸びをしながら入れると、柔らかな座席に腰をお下ろした。
コンパートメント全体が外から見えるような大きな窓から、ホームを見ると、父が誇らしげな顔で立っていた。
光久が控えめに手を振ると、父が大きく手を振ってきたので、心に残っていた寂しさも、どこかへ吹き飛んでしまったのだった。
やがて、列車が出発するアナウンスと、音楽が流れると、ぞろぞろとホームにいた人たちが一斉に手を振ったり、歓声を上げたりして、我が子の出発を見送っていたし、他のコンパートメントからも「行ってきます」と言う声がたくさん聞こえてきたのだが、父を見ると、ただただそこに突っ立ているばかりだったので、光久も苦笑いをするだけで、そのまま列車はホームを離れて言った。
だんだん小さく、見えなくなっていく平安京の街並みを見て、光久は「自分は魔法使いなんだ」と言う自覚を、ちょっとだけ持ったのだった。
◇
「ここ、空いてる?」
光久の目の前の席に
何も会話が無く、それにあまりにも突然の事だったので、光久は、少女の顔をまじまじと見つめる事しかできなかった。
さらっとした茶色っ気のある黒髪に、キリっとした眉、大きな目……いかにも気が強そうと言った感じの同い年の少女。
「き……君の名前は?」
恐る恐るそう話しかけると、少女の目線だけが窓の外から光久の方を向いて、小さな声でこう言った。
「あんたの名前は?」
「へ?」と言った感じの顔をした光久だったが、前に父親が、「名前を聞くときは、まず自分が名乗ってからだぞ」と言っていたのを思い出したので、
「ごめん、僕の名前は加茂光久」
と、名乗った。
「ふーん、そう。 私の名前は
柵耶と言った少女はそっけなくそういったが、光久はなんとか話をつなげようと、無理やり自分の身内の話にもっていった。
「僕は、お父さんが魔法使いなんだ」
「へぇ、あんたのお母さんは?」
しまった、と、自分からこの話題を振るべきでなかったことを光久は少し後悔するも、少し小さな声で、
「……いないよ」
と、ポツリ。
さすがに、雰囲気が暗くなったのを察したのか、少女も少し申し訳なさそうな顔をした。
「あら、ごめんなさい」
「別に、お父さんはたまに厳しいけど、とっても優しい人だから、僕は全然気にしてないよ」
そう、鈍い笑顔で言った光久を、疑わしげな眼で少女は見たが、すぐに「ならいいわ」と言って、また窓の外に目を向けてしまった。
「ま……魔法処ってどんなところなのかな」
光久の懸命に話しかける姿勢に観念したのか、「はぁ」と小さくため息をつくと、
「ここら辺の魔法使いは、みんな魔法処を卒業しているわ。 だから、とっても偉大な場所なんだ、って家族が言ってた」
「偉大な場所」と言うのは、あまりにも抽象的な表現だったが、光久の脳内では、「ここら辺」の魔法使いが皆通った「偉大な場所」の像がくっきり、はっきりと浮かんでいた。
「確か、外国にも同じような学校があるのよ。 中でも有名なのが……ホ……」
「ホ?」
「ホグなんとかって言ってた気がするけど、忘れちゃったわ。 とにかく、その場所も確かに偉大な学校ではあるけれども、魔法処はもっと偉大な場所らしいわよ」
「それも、君の家族が言ってたの?」
ホグなんとかと言う場所は、父の口からも一度も出たことが無かったが、そんなところよりも偉大な場所とは、一体どういう意味だろうか? ―― そんな思いで、光久は問うた。
「ええ」
「君の家族は、そのホグ……ホグなんとかに行ったことがあるの?」
「無いって言ってたわ。 両親の同期に、一人だけ留学してった男がいたらしいけど、私の両親は変な顔をしてたわ?」
「じゃあ、君の親はそのホグなんとかに行ったことが無いのに、魔法処の方が偉大だって言ってるの?」
ただの興味で言っただけの言葉だったが、それを光久の煽りだと取ったのか、柵耶は顔を真っ赤にして怒った。
「あんた何なの!? 私の両親の言ってることが間違ってるって言いたいわけ!?」
「い……いや、ちg」
「もういい、こんなところに居たら一向に休めないわ」
柵耶はそう言って席を立つと、荷物を手に、ドタドタとコンパートメントから去ってしまった。
「何だったんだ? 一体」
某名前を言ってはいけない人のような認識のホグワーツ。
次回は、遂に魔法処へ……。
実はTwitterやってるんですけど、URLとか貼ってもいいんですかね……?