日出国の魔法使い   作:しずくりあ

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『幼き妖怪』編
第五話 テルジオ、拭え


 車両がホームに停車すると、空気が抜けるような音と共にドアが開いた。

 つい先ほど着替えたばかりの魔法処のローブは薄いピンク色をしていて、太陽の光に反射してキラキラと輝いている。

 ので、当然のことながら、駅のホームはピンク色で埋め尽くされており、簡素な田舎の駅と言った感じの駅舎から外に出るまでには、しばらくの時間を要したのだった。

 

 

 ◇

 

 

 平安京から発車した車両が到着するのは、紀伊半島の先っぽにある紀伊大島と言う島で、穏やかな潮の匂いが漂ってくる素晴らしい場所だった。

 そもそも、光久は京都近辺から移動したことが滅多になかったので、海を見たこと自体数えるほども無いのであり、新鮮さと物珍しさを感じたのだ。

 駅から出て、砂利の敷かれた道を海の方向へ向かうと、小さな木造の船着き場のようなものが三つほど、海にせり出していた。

 そして、そのそばに立っている男がピンク色の新入生を、あっちへこっちへとせっせと誘導しているようであった。

 

 

 「用意の出来た奴からウミツバメに乗ってくり。 初めてで怖いかもしれんが、ウミツバメが人を落とすなんてこたぁまず滅多にねえから安心しろ」

 

 

 と、大声で言っているのを光久は聞いたが、その男の「滅多に」と言う言葉に違和感を覚えてしまったのは、その幼い少年にとって不幸な事であったことは言うまでもないだろう。

 遂に自分の順番が訪れ、それまでに飛び立っていった生徒たちの見よう見まねで船着き場の端までくると、左手に下げていた籠からウミツバメを取り出した。

 るるるる、と大きくなくウミツバメは、その漆黒の羽を一、二回ほど羽ばたかせてみせると、光久の前に着地すると同時に、ちょうど光久が乗りやすい程度の大きさまでになった。

 

 

 「頼んだよ、ルー」

 

 

 「ルー」と言うのは、光久が命名したウミツバメの名前で、るるるるとなくからルーと言う安直極まりないものではあったが、齢六歳の少年にネーミングセンスを求めるのも酷だろうと、苦笑いしながらの彼の父親の信任を得て可決された名前であるし、本人は最高にイケてる名前だと思っているので、本人 ―― ウミツバメ ―― の意思なしに決定したのである。

 若干不服そう、いや、だいぶ不服そうな顔をしたルーの背中に、鞄から取り出したウミツバメ専用のサドルを取り付けて荷物を載せ、背に飛び乗った。

 すると、ルーはその大きくて漆黒に一筋の金色の入った美しい翼をバサバサと羽ばたかせて、若干の振動を伴いながら宙に浮いた。

 そして、飛び上がった勢いそのままに海の上にルーが体を投げ出すようにして飛び出すと、体感したこともない浮遊感が光久を襲い、咄嗟に目をつぶったのだが、何時まで経っても海に落下した感覚が無いので、恐る恐る目を開けると、青い海の水平線がくっきりと眼前に広がっており、下を見れば、先ほどまで居たはずの船着き場が遥か遠くに思えるほどまでに飛び上がっていた。

 速度を付けたウミツバメは、そのまま速度をグングンと上げ、光久はその背中にしがみつきながら落ちないようにするのに精いっぱいだった。

 

 

 ◇

 

 

 魔法処は、東京都小笠原村に属する南硫黄島に存在する。

 シラズビトの中では、保護地区に指定されており、立ち入りが出来ず、ウミツバメの繁殖場所としても知られるこの島は、島中が緑の自然に囲まれている様に見える。

 1689年に成立した『国際魔法使い機密保持法』により、シラズビト ―― 又はマグルやノーマジ ―― からの魔法界の保護のために、徹底した魔法の隠ぺいが進んだ。

 それは、世界中に存在した魔法学校においても例外ではなく、それらの学校全てにおいて、シラズビトからは認識できないようにする強力な認識阻害の魔法を施すようになった。

 そして、この魔法処魔法魔術学校もその例外ではなく、島の頂上に堂々とそびえたつ大きな神社と城を掛け合わせたような建築物に、光久が驚愕し、圧倒されることはあっても、つい先月まで彼の同胞だった幼稚園児たちには、その驚きに共感することは叶わないのである。

 魔法処は、確かに「偉大な場所」の風格を持っていた。

 島は、一つの山の様になっており、その麓に大きな鳥居が一つあり、そこから山の上まで伸びる道には神社風の施設が立ち並び、そして頂上には、戦国時代の大名の城のような、所々を翡翠 ―― 緑色に輝く宝石 ―― で装飾された巨大な建物が君臨していた。

 そして、麓の鳥居の前にルーが華麗に着地すると、光久は驚愕しながらもなんとかルーに載せていた荷物を手に取り、小さくなったルーを籠の中にしまうと、キョロキョロと物珍し気に ―― まるで、山奥の田舎に住んでいた子供が、上京してきたときの様に ―― 周囲を気にしながら鳥居をくぐろうとした。

 

 

 「待ちなさい」

 

 

 その時突然、光久を女の声が呼び止めた。

 

 

 「どうかしましたか?」

 

 

 声を掛けてきたのは、手をおなかの辺りで重ねて立っていた中年の女性だった。

 その女性は、おそらく着慣れているのだろうか、藍色の着物 ―― 厳密には小袖と言うのだが、光久は知る由もない ―― がとてもよく似ていて、おしろいが皴を隠し、髪の毛を大垂髪(おすべらかし)と言う伝統的な貴族の髪形にしていた。

 その姿を見て光久は、先生か何かだろうと思った。

 

 

 「ローブの裾が汚れていますよ。 この鳥居をくぐるときは、きちんとした格好をしてくぐらなければなりません」

 

 

 そう言われて、光久は自分のピンク色のローブの裾を見ると、そこには確かに泥汚れが付いていた。

 列車内で着替えてから、泥で汚れるところなどなかった筈だぞ、と訝し気に思いながらも、光久は屈んでローブの裾を叩く。

 着物の女性は、汚れが粗方落ちたのを確認すると、

 

 

 「良いでしょう。 手を出しなさい」

 

 

 と言って、光久に両手を差し出させると、手に持っていた杖をその手に向けて、

 

 

 「テルジオ 拭え」

 

 

 と、唱えた。

 すると、光久の手に付いていた汚れが綺麗さっぱり無くなったのである。

 今、眼前で起こったことに驚き、唖然としてしまった光久に対して、女性は毅然としてこういった。

 

 

 「これぐらい、貴方ほどの魔法使いならすぐにできるようになりますよ。 少なくとも、魔法処は、それらすべてを与えてくれる場所です」

 

 

 その言葉に感激した表情の光久だったが、女性が「もう行ってもよろしい」と言ったので、しぶしぶ荷物を手に取り鳥居に向かって歩き出した。

 

 

 「鳥居をくぐるときは、左側に立って一礼し、左足からくぐりなさい」

 

 

 後ろから、そう注意された光久は、それと同じように、二十メートルはあるだろう鳥居の左側に立ち、深く一礼をして、左足を一歩、前に出したのだった。

 鳥居をくぐった先の道は、山の上まで果てしなく続いていて、その山の上には、魔法処(学び舎)が聳え立っていた。

 様々な不思議が溢れる魔法処での生活が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の上まで登ってきたという割には、光久の体はちっとも疲れていなかった。

 それは、光久の体力が、ここ数日で一万倍になったと言う訳でもなんでもなく、巨大な大広間の中央で、規則正しく床に座っている ―― 男子はあぐら、女子は正座だった ―― ピンク色の新入生たちを見ても、誰一人として息を切らしているものはいなかったので、明らかに魔法によるものであろう。

 

 

 大広間の床は一面畳が敷き詰められていて、奥の方が一段ほど高くなっていて、その一段高くなっているところの中でも、もう一段高くなっているところがあり、天井はマス目の様に正方形に幾つも区切られて、その一つ一つに繊細な木彫りの彫刻が施されていた。

 そして何より驚くべきことに、光源が目の付く限りでは一つも見当たらないのに、部屋の隅々まで優しい灯りが包み込んでいるのだ。

 光久には、それが不思議でたまらなかった。

 

 

 しばらく待っていると、黒髪の女性 ―― さっき会った女性よりも若そうで、髪形も、長い髪を後ろで結わっただけだったが、来ている着物はとてもよく似ていた ―― が襖をあけて大広間にやってきて、 ―― 周りが木製のため声を張り上げても響かないので ―― 首筋に杖の先を当てて言った。

 

 

 「ただいまより入学の儀を執り行います!!」

 

 

 すると、ぞろぞろと大勢の人々が大広間の外を歩く足音が聞こえてきた。

 そして、先程の黒髪の女性と同じように青や赤、黄色や緑と言った様々な色をしたローブを羽織った生徒たちが大広間へとやってきて、新入生たちの左右前後に同じように座ったり、前にある襖からやってきた老婆や老爺、小太りの男や、緑色の肌の魚のひれのような手足をしている男、若い女や小さな子供のような男が入ってきて、一段高くなっているところに横一列になって座った ―― そこには座布団が敷かれていた ―― 。

 やってきた魔法処の上級生は、毅然と、そして静かに前方を見つめているし、おそらく教師陣であろう大人たち ―― 一人、どう見ても子供の男の子もいるが ―― も同じく、生徒たちを時折吟味するような目つきで見る者もいたが、それ以外はしっかりとした面持ちでただ座っていた。

 しばらくすると、他の教師たちと同じように座っていた黒髪の女性が、先ほどと同じように杖を首筋に当てて、

 

 

 「校長先生が参ります。 一同、礼!!」

 

 

 と言った。

 光久たち新入生も、多少の戸惑いもありながら、まるで戦国時代の武士たちの様に平伏する。

 す、と襖が開く音がして、着物の擦れる音と、畳をすり足で進んでくる音が、静かな大広間に、まるで鏡面のような水面に雫が垂れるかの如く、しっとりと、かつ重々しく響き渡るように聞こえた。

 まるで、歴史と伝統をそのまま形容したかのような音。

 現代の日本社会では、日常生活ではまず耳にすることは無いであろうという事ぐらい、光久にでも理解できた。

 黒髪の女性が、静かに頭を上げた着物の擦れる音が聞こえると、同じように上級生も一同に頭を上げるので、光久たち新入生も、それに一拍遅れる形で頭を上げる。

 

 

 「入学おめでとう。 新入生」

 

 

 そして、大広間で最も高いところにストンと言う擬音がつけられるように溶け込むように座っている女性は、光久には見覚えのある女性だった。

 何故ならば、その女性は、つい一時間ほど前に鳥居の前で会話した、あの女性だったのだ。




 魔法処の描写って、思ったよりもむずいっすね(-"-)

 ――○○―― を使うとき、見やすいように半角で一マス開けているのですが、見にくいとかがありましたら教えてください。

 感想お待ちしております。


                      
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