「メリー。以前、行った酒場を覚えているかしら?」
親友である宇佐見蓮子の切り出し方があまりに過ぎてマエリベリー・ハーンはしばし、考え込む事となる。
そして、導き出されたのはかつて訪れたあの場所だろうかと思い、宇佐見蓮子に問う。
「確か、バー・オールドアダムだったかしら?」
「ええ。そうよ。私達が書いた燕石博物誌を作った時に仕入れたあの特殊な人達が集まって自身の身に起きた未知の体験談を話し合ったあの旧型酒場よ」
どうやら、正解だったらしい。
燕石博物誌とはマエリベリー・ハーンの体験して来た事を宇佐見蓮子と一緒に記した同人誌である。
そして、バー・オールドアダムとは宇佐見蓮子の言う通り、その同人誌を作る上で仕入れた特殊な人間の集まる旧型酒場であった。
因みに旧型酒とは古くから飲まれている酒の事であり、一般的に広く飲まれている依存性が低く、比較的身体に害のない工夫の酒の事を新型酒ーー所謂、ノンアルコールーーと云う。
旧型酒と云うだけあって希少価値が高く、旧型酒場に行く人物は金に余裕のある。
そこでマエリベリー・ハーンはペンネームであるDr.レイテンシーとして体験談を語った。
その酒場の特殊を自称する人間達の体験談の大半が作り話であったが、マエリベリー・ハーンの目的は他人の体験談を自分達のものにする為であった。
無論、それをそのまま、アイディアとして吸収する事ではなく、本当にその体験をする為である。
それは彼女達の役に立ち、マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子はその真実だった体験に触れる事となり、彼女達の新しい体験談として綴られる。
そんなバー・オールドアダムにはもう用はないだろうとマエリベリー・ハーンは思っていたが、親友が意味もなく、再びその酒場の名を口にするとは思えず、話を聞くだけ聞いてみようと云う気になった。
「それでその酒場がどうしたの、蓮子?
まさか、またあそこへ行く理由でも出来た?」
「まあ、そうなんだけど・・・ちょっと眉唾なのよね?」
「勿体ぶらずに早く言って頂戴。蓮子らしくないわよ?」
口ごもる親友にマエリベリー・ハーンはそう言うと宇佐見蓮子は「じゃあ」と口を開く。
「最近、あの酒場に出入りしている子がいるらしいの。それも年齢的にまだ未成年らしい子がね」
「それは私ではなく、警察に通報するべき事ではないかしら?」
「まあ、そうなんだけれど、どうもその子はDr.レイテンシーを探しているらしいのよ。つまり、メリー。貴女の事をね?」
「私を?」
マエリベリー・ハーンが自身を指差しながら問うと宇佐見蓮子は頷いた。
「ね?ちょっと気になるでしょ?」
「そうね。その子の為にも、またあのバーに行った方が良さそうね?」
こうして、マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子は再び、バー・オールドアダムへと足を運ぶ事となるのだった。
「Dr.レイテンシー。再び、お会い出来て光栄です」
以前、出会った初老の男性がそう告げて挨拶するとマエリベリー・ハーンは軽く会釈をしてから目的の人物を探す。
その人物はすぐに見付かった。
この場には似つかわしくない学生服ーー恐らくは東京の某中学校の制服だろうーーに桃色のロングヘアーを靡かせながら、暇そうにカウンターに座っていた。
「ちょっと良いかしら?」
マエリベリー・ハーンが彼女に近付いて尋ねるとその少女が振り返る。
「はい。なんでしょうか?」
「貴女、未成年?こんな所で何をしているの?」
「あ。すみません。ちょっと人を探してまして・・・」
「その人って、Dr.レイテンシーかしら?」
マエリベリー・ハーンが質問すると少女はジッと彼女の瞳を見詰める。
そして、お互いに本物であると理解するのであった。
「・・・あの、貴女はもしかして、本物のDr.レイテンシーですか?」
「ええ。そうよ。ここの人達にも聞いてみると良いわ」
「そんな必要はありません!
私の勘が貴女で間違いないと言っていますから!」
勘で人を判断するとは危ない子だなと思いつつ、マエリベリー・ハーンは隣にいる宇佐見蓮子に頷く。
「ここではなんだし、場所を変えましょう」
「はい!」
少女は元気良く頷くとマエリベリー・ハーン達と共にバー・オールドアダムから出ていく。
今回はこの少女の保護が目的であり、体験談を話に来た訳でもないので三人は早々に酒場を後にしたのだった。
マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子は嬉しそうについて来る桃色髪の少女と共に近くのカフェに入り、適当な席へと座る。
その間も少女は楽しげにニコニコと笑っていた。
「改めて、私はDr.レイテンシーことマエリベリー・ハーン。こっちは友人の宇佐見蓮子よ」
「朝多マヤです!改めて、宜しくお願いします、ハーンさんに宇佐見さん!」
「それで私を探していたらしいけれど、貴女、大丈夫なの?」
「はい。あそこの方々も比較的に紳士な方が多くて私がハーンさんを探していると伝えたら、快く受け入れて頂きましたので。
まあ、お酒を勧められそうにもなった事もありましたけれど」
度胸があるのか、それとも身の危険が解ってないのか知らないが、今回、朝多マヤと名乗る少女に接近出来たのは正解だったのだろう。
ある意味、彼女からは親友の宇佐見蓮子並みの行動力があるのかも知れないと思いつつ、マエリベリー・ハーンは朝多マヤに忠告した。
「ともかく、貴女の事は親御さんに知らせないとね。今頃、心配しているわよ?」
「それも計算済みです。私みたいな学生があんな所にいたら、普通は不審に思うでしょうから。あとはハーンさん達が来るのが先か、警察が来るのが先か・・・まあ、ちょっとした博打ですね」
「そんな危険を冒してまでメリーに逢いたがっていたって事は貴女もなの?」
マエリベリー・ハーンと朝多マヤの話を聞いていた宇佐見蓮子が尋ねると朝多マヤはゆっくりと頷く。
「見ている世界は違いますが、私も見えます」
「・・・でしょうね?」
朝多マヤの言葉にマエリベリー・ハーンはそう呟くと彼女の代わりに宇佐見蓮子が質問する。
「見えるって事は貴女、メリーにその話をしたくて、あんな場所にいたの?」
「はい!そうです、宇佐見さん!」
「なら、もう少し安全な方法を取る事をオススメするわよ。
あそこの人達はそこまでじゃないけれど、もっと質の悪い輩もいるんだから」
「蓮子の言う通りよ。目的は果たしたんだし、もうあそこにいるのはダメよ?」
「はい。すみません」
明るく笑う朝多マヤを見て、本当に解っているのか心配しつつ、マエリベリー・ハーンは彼女に尋ねた。
「それじゃあ、貴女の話を聞かせてくれるかしら、朝多さん?」
「その前に確認なんですが、ハーンさんは平行世界と言うのを信じますか?」
その言葉にマエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子が顔を見合わせる。
平行世界ーーパラレルワールドなど空想の産物でしかないと言うのは容易い。
しかし、マエリベリー・ハーンの境界を見る事が出来る事で二人は異世界を認知している。
当然、平行世界があってもおかしくはない。
「私が見ているのはその平行世界の未来です。まあ、睡眠による夢に限定されちゃいますが・・・」
朝多マヤはそう言って笑うと「でも」と口調と表情を変え、真剣な態度で二人に断言する。
「睡眠による脳内処理によるモノと言われてしまえば、それまでですが、私は確信しています。平行世界がある事も、その先の未来が見える事も。
だから、いま、研究しているんです」
「研究?」
「夢を通して人為的に世界を移動する方法です。その為にもDr.レイテンシーにーーハーンさんに会いに来たんです」
その言葉に再び、マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子はお互いを見詰める。
この朝多マヤと言う少女はある種の天才なのだろう。恐らく、将来、大物になる。
もしかすれば、将来、彼女が新しい秘封倶楽部の部員となるかも知れない、と・・・。
その証拠に彼女は持っているのだろう。
それを証明するものを・・・。
「貴女の話は解ったわ。でも、証拠はあるの?」
「そう言われると思ってました」
マエリベリー・ハーンが試すように質問すると朝多マヤは待ってましたと言わんばかりに制服のポケットから円柱のルービックキューブのような物を取り出して机に置く。
それを見て、宇佐見蓮子が興味津々にそれに触れ、あれこれと調べ出す。
「これはなんなの?」
「未来で使われる試験の道具です。パネルを操作する事でテストの問題を解きます。まあ、端末がないとただのリモコンなんですが・・・」
その言葉に嘘はないだろうとマエリベリー・ハーンは察する。
宇佐見蓮子も朝多マヤが本物であるとは薄々気付いていた。
マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子が過去の産物から異世界を見るのに対して、朝多マヤは平行世界から未来を見ているのだ。
そして、朝多マヤは研究の成果を試したいのか、それともマエリベリー・ハーン達を被検体にしたかったのか、接触して来たのである。
もし、彼女が本当に夢を通して、世界から世界へと移動出来る事が可能だと証明と出来るのなら、マエリベリー・ハーン達に新たな布石となるだろう。
故に彼女達はこの未知への好奇心を持つ朝多マヤの誘いに乗る事にするのであった。