ご注文はスーパーロボットですか?   作:お日様ぽかぽか(zig)

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チノ、大地に立つ

 「なんですかここは……」

 

 狭いコクピットの中で、幼い少女の声が無機質な空間にぽつりと響き渡った。

 目の前には、荒野。奥には草原、更に通り越して山々の稜線が見渡せる。

 可能な限り視界の融通を効かせるモニターを胡乱な目で眺めたチノは、ふっと一息吐きながら前のめりにした背中を固いシートの背もたれに戻した。

 

 「なんなんですかここは。モニター、計器、レバーもある。よくわかりませんが、コクピットでしょうか」

 いつも着ている中学校の制服が白く身を包んでいる。その身体を脱力させながら、チノは瞳だけをくりくりと動かして周りの状況を観察した。

 確認した通り、身の回り全てが人工物で囲まれている。

 無機質な分とっつきにくさがありありと浮かんでいるが、大人の男性が座る予定だったらしいシートだけはチノに幾分かの余裕を与えており、それがチノにはさりげなく幸運だった。

 「狭いですね……。よくわからないスイッチもいっぱいです。どうして私はこんなところにいるんだろう」

 腕を組んで、しばし考える。が、か細い腕はすぐに身体の横へ戻った。

 「全然わかりません。しかしこの唐突な始まりから察するに、これは夢ですね。夢。しかも明晰夢。前に本で読んだことがあります。自分の意識で自由に行動できる夢。まさかこんな形で体験するとは……」

 自前の知識で状況を分析したチノは、再び溜息をつくと、先程よりも積極的に辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

 「ここがコクピットなら、脱出装置があるはずです。どこですか? まったく、夢ならせめてもうちょっとロマンチックな夢を見せて欲しいものです……」

 言いながら足元を探り始めたチノは、しかしコクピット内へ突如響いた少女の声に顔を上げた。

 「チーノちゃん!」

 「! こ、ココアさん!?」

 ぱっとモニターを見る。しかし、景色は変わっていない。

 「ココアさん!? どこですか!? ココアさん!?」

 「ここだよここー!」

 「ど、どこですか!?」

 「右を見てごらん?」

 陽気な声がチノの心を走らせる。

 無我夢中でレバーを操作したチノは、大胆に動くモニターの景色を左へ流し、ついに目標を視界にとらえた。

 「な、ぁ……!?」

 「やっほーチノちゃん! げんきー?」

 視界にとらえた物を見て、チノは唖然とした。

 チノの足元から続く、茶色く味気ない荒野。

 その少し離れた場所にいたのは、いかにも固そうな人型の巨人だった。

 「な、なんなんですかぁ!?」

 「ちょっ! チノちゃん大声出し過ぎ!」

 「あ、す、すいません……。で、でも、ええ……?」

 黒い足元。白い太腿。屈強そうな厚い胸元には、黒い鎧に赤い板が二つ、左右に分かれて取り付けられている。

 その上。締まった顔には、まるで檻のようなフェイスマスク。精悍な二つの黄色い瞳。特徴的な頭上は大胆に開け放されていて、赤い球体が収まっていた。

 「どう!? チノちゃん! これが鉄の城、『マジンガーZ』だよ!」

 「ま、マジンガー、ゼット……!?」

 戸惑うチノを置いてけぼりにしながら、ココアの得意げな声とともにマジンガーZが腰に手を当て胸を張った。いかにも『えっへん!』と言わんばかりである。

 「こ、ココアさんはどうしてそんなのに乗っているんですか!? 早く降りて下さい!」

 「そんなのとは失礼だなー。大体チノちゃんだって『ガンダム』に乗ってるじゃない」

 「が、がんだむ……?」

 「RX-78-2だな」

 チノのコクピットに、今度はキリリとした声が響いた。

 「この声……リゼさん!?」

 「肯定だ」

 今度はモニターが左に流れた。しかし、どこを見渡しても姿は見えない。

 「ど、どこにいるんですかリゼさん!?」

 「甘いぞチノ。戦場で迂闊に姿を見せるもんじゃない」

 「リゼちゃん、かっこいー!」

 陽気に茶々を入れるココアの声が、チノの緊張感を震わせる。

 しかしあまりに動揺っぷりがおかしかったのか、リゼは通信越しに笑うと、チノに呼び掛けた。

 「わかったわかった。姿を見せるから。特別だぞ?」

 リゼが言い終わった。すると、チノの正面の空間が、急に揺らぎだした。

 「な、なんですか!?」

 「落ち着けって」

 リゼがなだめる。その落ち着いた声音は、すぐに姿を纏って現れた。

 「わぁ! リゼちゃん! そのロボット、なぁに?」

 「これは、ARX-7。『アーバレスト』だ」

 「アーバレスト……!」

 白を基調とした四肢。黒いパーツがところどころを締めている。

 人型をより忠実に再現したような細やかさと体格の良さが、戦場を駆け巡る兵士としての風格を暗黙の内に漂わせていた。

 「『フルメタル・パニック!』の機体なんだ。ボトムズとどっちにしようか迷ったんだけど、ナイフも使えるこっちの方がいいかなって」

 「ぼとむず……」 

 知らない名称のオンパレードに、チノの頭はくらくらした。

 そんなチノを余所に、ココアは「かっこいー! 戦場の兵士ここに現る! ってかんじだね!」と褒め、対するリゼはマイク越しに照れている。

 いつの間にか近くにマジンガーZが来ていた。近くで見ると、余計にそのボディは堅牢さを感じさせた。

 「これは……夢、じゃ、ないんですか」

 思わずチノが呟く。

 その言葉に、ココアが反応した。

 「夢?」

 「だって、さっきまで私達は、ラビットハウスでコーヒーを入れていて……」

 「んー? チノちゃん、さてはねぼすけさんだね?」

 「チノ。さっきエルドランっていう人が、このゲームで遊んでくれって言ってきたじゃないか」

 「えるどらん…………。…………ああ!」

 チノの脳裏に、体中を発光させた男性の姿がありありと浮かび上がった。

 いつもの通り仕事に励んでいた三人は、突如現れた異星人から各一人ずつゲーム機のような代物を手渡された。これで遊んでほしい。他にも声をかけてある、とは、その宇宙人の言葉だった。

 「怪しいとは思ったけど……。いつの間にか起動しちゃったみたいだし。仕方ないよな」

 「全然仕方なさそうじゃありません」

 リゼが心なしうきうきと答える。チノの冷静なツッコミが飛んだ。

 「異世界に飛ばされるのはこれが初めてじゃないですし、とりあえず安全ならいいんですけど……」

 「あ、なんか怪我はしないらしいよ!」

 「そうですか」

 ひとまず最低限の保証はあるらしい。チノは安堵の息をついた。

 きららに召喚された世界とはまた違う世界が広がっているらしい。しかし、曲がりなりにも別世界で暮らした経験がチノの心を強く支えた。

 「それでも心配なら~。おねえちゃんに、まっかせなさーい!」

 マジンガーが腕をまくり上げた。……ようなジェスチャーをした。

 変わらない表情のせいで頼りがいのある雰囲気が出ているが、どうも背後にココアの影がチラついてしまい、チノは呆れの溜息をついた。

 「やれやれです。ココアさんは本当に、どこまで行ってもココアさんです」

 「あはは。褒められちゃった」

 「褒めてないと思うぞ」

 

 そんな折、どすんどすんという音と共に微かな振動がチノ達を揺らした。

 「なんだ!? 敵襲か!?」

 「敵!? エネミーだね!? よおし、ブレストファイヤーをお見舞いしてやるぅ!」

 「待って下さいココアさん。まだ射程が足りません。……あれ? どうして私、そんなこと……」

 そんなこんなで言い合っていると、不意に通信が声を拾った。

 「……ゃ~い」

 「え? なんですか?」

 「待って下さい、リゼせんぱぁ~い!」

 チノが導かれるように機械を操作する。すると、正面のメインモニターがかなりの遠方に焦点を絞って、拡大した。

 「あ、あれは……?」

 「リゼせんぱーい!」

 「シャロちゃんだ! やっほー!」

 どたんどたんと走り寄ってくるロボットの全容が見えてきた。

 豪胆なフォルムは、マジンガーZに近しいものを想像させる。

 しかし確かに違うその姿には、一対の鋭角な翼があり、さらに鳥を象った紋章が胸元に描かれていた。

 「シャロ。来てたのか」

 「よ、ようやく追いついたぁ……」

 ロボットなのに、膝に手をついて息を切らしている。その人間味溢れるロボットからは、確かにシャロの声がした。

 「先輩、こんなところにいたんですね! 探しましたよぉ」

 「シャロちゃんもスーパーロボットなの?」

 ココアが割って入る。するとシャロのロボットは、姿勢を正して意気揚々とそそり立った。

 「そうよ。これが無敵ロボ『トライダーG7』なんだから!」

 「すごいです。大きくて、とても強そうです」

 「私のマジンガーZも超合金Zは無敵ものだよ!」

 「なんか始まった!」

 「『無敵ロボ』はタイトルの話よ! それをいうならこっちだってガーバルニウムを使ってるわ!」

 太陽の日差しに、機体が煌めく。

 全部じゃないけど、と付け足したシャロの小声をマイクが拾わなかったせいで、よけいにその姿は逞しく映った。

 全長五十メートル。この四人の中では、群を抜いて大きい。

 チノが乗るガンダムと、ココアの乗っているマジンガーZは同じくらいの背丈で、リゼが搭乗しているロボットは十メートル、もしくは満たないほど小さかった。

 「ロボットにも、いろいろあるんですね……」

 見れば見るほど細かな部分が違っている。衣装の派手さ地味さに留まらず、素材の硬質度合い、翼の有る無しなど。パッと見るだけで個性の違いをチノは認めた。

 「そういえばシャロ。千夜はいたか?」

 「千夜ですか? いえ、まだ会ってませんけど……」

 「でもこの調子なら、千夜ちゃんもすぐ来そうだねぇ」

 のほほんとしたココアの声に、シャロが返した。

 「あら? でも、さっき変な男の人から、私とリゼ先輩はペアだって言われたけど……」

 「どういうことですか?」

 「えっと……。今回はとりあえず、チームに分かれて戦ってもらうって言われて……。私とリゼ先輩が一組、ココアとチノちゃんが二組目のペアだって」

 「じゃあ、千夜は?」

 「それが……ううん。どうだったかしら。ああバカバカ! リゼ先輩の質問に答えられないなんて私のバカバカバカバカ!」

 「シャロ! やめるんだシャロ!」

 「そうだよシャロちゃん! トライダーが泣いてるよ!」

 頭をぽかぽかしだしたらしいシャロを反映して、なぜかトライダーもポカポカと頭を叩く。

 リゼとココアの制止もあり動きを止めたトライダーは、すぐに涙を引っ込めて堂々とした顔に戻った。

 「表情豊かですね……。どういう構造なんでしょうか」

 「さぁ……。公園に埋まってたし、よくわかんないロボットよね」

 「公園に埋まってたのか!?」

 「アナウンスも流れたんですよ? 誰もいないのに律儀に。離れて下さいって」

 「謎の多いロボットですね……」

 チノが改めてトライダーの顔を見上げる。光の反射か、頬が赤く染まっている、ようにチノには見えた。

 

 「じゃあ、話をまとめるぞ」

 「はい! リゼ隊長!」

 「隊長じゃないし、ココアは敵チームだろう」

 「もぉ。茶々入れるんじゃないわよ」

 シャロが呆れながらココアを嗜める。チノがマジンガーの頭部を見ると、ココアが照れている様子が見えた。

 「私とシャロ、チノとココアがペア。動かし方はいつの間にかわかっているらしいから省くとして……。お互いに攻撃し合って相手を殲滅するのが今回の勝利条件。で、皆間違ってないか?」

 「あってまーす!」

 「私も同じです」

 当然のように理解していたルールが、パズルのピースのようにぴったりと当てはまった。

 いつの間に学習していたのかはわからなかったが、これなら動かし方も信用できるとチノは踏んだ。

 「ライフは……各自モニターに出てくるのか?」

 『肯定です』

 「えっ。誰?」

 突然、男の声が割り込んだ。

 「さ、さぁ……。さっきからたまに声が聞こえるんだ」

 「リゼ先輩……。もしかしてその機体、誰かの魂が宿ってるんじゃ……」

 「ひぃぃ! シャロぉ! 怖いこと言うなよぉ!」

 「私のマジンガーにも熱い魂がこもってるよ!」

 「ココアさんは何で張り合おうとするんですか。やめてください」

 突っ込みながら、チノは思考した。

 リゼ本人にもわからないことがある、らしい。ということは、全てがインプットされた状態で乗るわけではないということが、可能性の一つとして浮かんだ。

 「隠し要素、ですか。なかなか面白いですね」

 「なーに? チノちゃん」

 「いいえ。なんでもないです」

 「じゃあ私とリゼ先輩は仕切り直しで一旦退くから。しばらく経ったら出撃しなさいよね」

 「はーい! またねシャロちゃん!」

 「あんた、ホントにわかってるの? 次会ったら敵同士なのよ?」

 「わかってるよ~! 私はチノちゃんの為なら、神にも悪魔にもなる予定だよ!」

 「意味がわかりません……」

 今度は、チノはマジンガーの方を見なかった。見なくても様子がわかったからだった。

 どすん、どすん、と、大きな音を立てて、トライダーが小さくなっていく。広い肩にはリゼのアーバレスト。さながら武将と忍者のようで、チノは背中に手ごわさを見た。

 

 「チーノちゃん!」

 右を見ると、マジンガーがこちらを見ていた。

 「なんですか?」

 「えへへ。ガンバローね!」

 輝く、鉄の城。毅然と立つその姿に、チノは今日何度目かの息をついた。

 「敵は手強そうです。トライダーにアーバレスト……。あなどれません」

 「だいじょーぶ! 私の光子力エネルギーで、チノちゃんを守るよ!」

 「やれやれです。あんまり先行しすぎないでくださいね」

 両雄が、視線を先に向ける。既に二体の姿は無かった。

 広大な土地に、陽炎が揺らめく。青空が、そよ風を運んでくる。

 チノは計器を確認した。約束の時間が過ぎようとしている。表示させたマップには、おそらく自分とココアの表示。二つ仲良く並んでいる。

 バリスタでもなく、魔法少女でもなく。チノは新しい自分を感じた。

 戦場を駆ける。うさぎの如く俊敏に、緊張を解かず冷静に。

 すっと鼻から息を吸うと、チノはレバーをぎゅっと握った。

 「行きますよ、ココアさん!」

 「まじーん、ごぉー!」

 気の抜ける声とともに、二つの機体は走り出した。

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