ご注文はスーパーロボットですか? 作:お日様ぽかぽか(zig)
荒涼とした大地が広がっていた。
走る、砂塵の虚しさ。かつて豊かな草原が広がっていた一帯は激戦の影響で見る影もない。
深々と残る、大地をえぐり取った爪痕の真上には、どんよりとした曇り空が広がっていた。
「……ちゃん……。……ノちゃん!」
声が響いてくる。耳障りな雑音の中から、必死に呼びかけてくる緊張した声。
誰も応えない。それでも、傍受した音声は、シートに座りこんこんと眠る一人の少女を呼び続ける。
硬い椅子。無機質な操縦席。
あどけない唇を微かに開きながら瞳を閉じる青髪の少女は、深い夢の中にいた。
「……チノちゃん!」
呼ぶ声が、奇跡的に無数のノイズを潜り抜けた。
同時に、微かな振動がコクピット内を走る。意識の抜けた身体を動かす程ではないにしても、その揺れは少女の意識に覚醒を促した。
「う……」
再び、微かな揺れが襲う。
チノは睡眠を邪魔する揺さぶりに細い眉を寄せた後、次第に瞼をそっと開いた。
「あれ……?」
霞む視界に、焦点が絞られていく。
しばらく呆けていたチノは、三度目の振動を迎えると同時に、その瞳を大きく広げた。
「あっ……!」
乱れるメインモニター。色と形が歪み続ける正面の液晶に映っていたもの。
それは、ボロボロのマジンガーZだった。
「っ……! ココアさん!? ココアさん!!」
重力で背もたれに押し付けられる窮屈な姿勢を強いられていたチノだったが、必死に伸ばす腕で操縦桿をつかみ取ると、一気に引いて機体を動かした。
「ココアさん!! ココアさん!!!」
マジンガーZはチノを覆うようにそびえたっていた。白い両腕を伸ばして、まるで包み守るように空へ背を向けるマジンガーは、胸についている片方の放射板が壊れ、肩や腹部にも損傷が見られる。
チノがガンダムを起き上がらせると、反対に鉄の城は滑り落ちるように脇へ動いた。
そして、すぐに四度目の振動がくる。それはマジンガーZが背中を地に着けた証だった。
「ココアさん! ココアさん!」
チノが叫ぶ。しかし、向こう側から通信がこない。
慌ててマジンガーの頭部を確認しようとカメラを動かしたところで、違う声がチノに響いた。
「チノ! 無事か!」
「リゼさん!?」
背中を抜ける声が響き、思わず手が止まる。
紫色の声は、今、緊張に満ちていた。
「チノ! ココアを連れて早く逃げろ!」
「ど……どういうことですか!? 何があったんですか!?」
「千夜が来た!」
「千夜さんが……?」
チノの脳裏に、和服姿の娘が浮かんだ。緑に白い水玉模様が、優しい笑顔で手を振っている。
繋がらない。チノは叫ぶように問いかけた。
「どういうことですか!」
混乱しながらも、会話と作業を両立させる。
動かないスーパーロボットの肩を抱き寄せたチノは、すぐに新たな情報で頭の中がいっぱいになった。
「千夜が奇襲を仕掛けてきた! 圧倒的だ! 早く逃げろ! 二時の方向に敵が見えるか!」
「二時……!?」
光るパイルダーのコクピット。中の様子を十分に伺えないまま視界を動かすと、離れたところに巨大ロボットがいた。
「シャロさん!」
「チノちゃ……きゃああ!!」
「シャロぉ!」
トライダーが、倒れる。圧巻だった。自身が駆るガンダムの三倍以上を誇る巨体が、衝撃を受けて背中側から地面に伏した。
「シャ……シャロさぁぁぁん!!」
五度目の振動。地震のような、唸る地響きが世界を揺らす。
そして開けた先の向こうには、高らかな崖と、一つの機体が雄々しくそびえていた。
「あら。チノちゃん? 無事だったのね!」
チノは目を瞬いた。
「千……千夜さん!?」
「ぴんぽーん。大正解!」
声の調子は、まったく軽い。馴染んだ安らぎは耳に残っている声となんら変わらない。
しかし、状況の違いが、かえって背筋をざわつかせた。
「シャロちゃんはこれでおしまいね。頑張ったけど、残念だわ」
あんなに遠くから倒したというのか。チノは戦慄した。
ココアと二人がかりでも中々倒せなかったトライダーが、今目の前で停止している。
「千……千夜さん!? そのロボットに乗っているのは、本当に千夜さんなんですか!?」
たまらず、チノが叫ぶ。しかし、微笑む声は落ち着いていた。
「あらチノちゃん。本当よ? 今回は私が、この世界のボスキャラ♪」
「な、なに言って……」
戸惑っていると、機体が消えた。
そして、すぐ近くに現れた。トライダーと、自分たちとの、境目。
「ふっふっふ……。ひれ伏すがよい! 我こそは、『天のゼオライマー』!」
「チノぉ! 危ない!」
掲げられる、白い左手。甲に光る、丸い球体。
カァン、と鐘が響き渡ると、チノの目の前で空間が揺れた。
「うわああああ!!!」
チノたちの真横を、重い物体が転がっていく。後方で止まったそれを見ると、リゼの乗るアーバレストだった。
「リ……リゼさん! リゼさん!!」
動かない。守ってくれた疾風の兵士も、瞳から生気が失われていた。
「また一人、撃墜ね♡」
視界を戻す。悠々と立つ、ゼオライマー。
白刃の機神。翼のように広がるいくつもの羽。歴史と威厳を喚起させるその装飾は、チノの脳裏に禍々しく刻まれた。
「創造主にして、冥府の王……。いやだわ、新しい案浮かんじゃった♡」
「千、千夜さん! ひどいです! いくらなんでもひどすぎます!」
チノの視界が、歪んでいた。
「チノちゃん?」
「シャロさんも、リゼさんも……。ココアさんまで! こんな、こんなことってないです!」
パイルダーの中では、くったりとしていた。おそらく、呼びかけても応じない。
「許せません……! こんなこと……!」
マジンガーの背中を、そっと下ろす。やはり、動かない。
「こんなことして! 何になるんですかぁ!!」
バルカン。しかし消える。砲撃は空を切った。
「チノちゃん」
声がした。見ると、先ほどより奥にゼオライマーが立っていた。
「千夜さん……!」
「悲しいわ。たとえゲームでも、ここまでチノちゃんに恨まれるなんて……」
砲撃。有無を言わず、バルカンで追撃する。しかし、当たらない。
あまりに早い速度だった。微動だにしないまま、仁王立ちで避けられる。
「くっ……!」
「でもね、誰かが終わらせないといけないの。今回は、それが私の役目」
「このぉ!」
キリがない。判断を下したチノは、少し離れたところに落ちていたライフルを移動して掴むと、標準を定めて狙い撃ちした。
が、消える。理不尽なほど当たらない。
「なぜ!! どうしてですか!!」
「次元連結システムのちょっとした応用よ♡ 冥府の王は伊達じゃないわ」
「当たってください!!」
消える。消える。消える。そして、出現。出現。出現。
不規則な出現パターン。激昂するチノをからかうように、千夜は調子を崩すこともなかった。
「うふふ。無駄よチノちゃん。エネルギーが尽きるだけだわ」
「!」
見る。確かに残量は、少なくなっている。
「でもっ……」
「えいっ♡」
カァン。鐘が鳴った。揺れる。あっ、と思う間に、見えない衝撃波がガンダムを飲み込んだ。
「わあああああ!」
激しい揺れだった。これまでのどの揺れよりも暴力的な衝撃。
「! 足が……!」
動かなかった。ガンダムが、立てない。
「チャージなどさせない。……って、チャージするものはなかったわね」
「千夜さん!」
見ると、正面にいた。
差は、明らかだった。
「ふっふっふ。チノちゃん。塵一つ残さず、消滅させてあげる!」
「うわああああああああああああああああああ!」
その時だった。両腕を掲げたはずのゼオライマーが、チノの前から消えたのは。
「な、なんですか!?」
ゼオライマーが立っていた場所に、赤い熱線。それが終わると、土がドロドロに溶けている。
「増援ね。遊び過ぎたわ」
千夜の声が響く。生きている。
「……鉄の城が敗れた時。新たな魔神が、雷鳴と共に現れる……」
頼れる、凛々しい声。しかしどこか楽んでいる。
「でもでもこちらも捨てがたい。優柔不断に揺れる心。人それを、『迷い』という」
「だ、誰ですか!? 姿を見せてください!」
声の主は、虚空から。
さきほどまではゼオライマーがいた地点。崖の上に太陽が、その一点だけを照らしている。
そこに、いる!
腕を組んで立つ。生身の、少女が!
「違うわチノちゃん。こういう時はね…………何奴だぁ! 名を名乗れぃ!」
「とうっ!」
跳躍。そして、ガンダムの前に現れた!
「千夜ちゃん! 私は……………私です!!!」
「本当にだれーーーーーー!?」
思わず突っ込んだチノに変わって、千夜が挨拶した。
「モカさん! お久しぶりです♡」
「千夜ちゃん久しぶりー! 元気してた?」
「まさかモカさんが来てくれるなんて! 嬉しいです!」
「なんで普通に会話してるんですか。どういうことなんですか!」
チノの呆然とした呟き。モカは、咳払いをして仕切りなおした。
「おっと! 千夜ちゃん、私のカワイイ妹達を苛めるなんて! 成敗してやる! ケンリュウぅぅぅ!」
マスクが、モカの口元を覆う。稲妻が、青いロボットを出現させる。
「天よ地よ、火よ水よ。我に力を与えたまえ……!」
モカの叫びが、雷鳴を呼ぶ。
時空が揺らぎ、完成する!
「パァァァァイル・フォォォォゥ、メイション!!!」