今日も学園生活を送っている2組のクラスメイトたちはホームルームを受けていた。
「ではホームルームはこれにて終わりだぁ~よ。1時限目の準備をしておいてぇ~ね」
「あの、ロズワール先生」
ホームルームが終わりロズワールが教室から出ていこうとした時、エミリアが手を挙げて呼び止めた。
「おんやぁ~エミリアくん。どうかしたのかぁ~な?」
「今日は4組の人たちってどうしたんですか?誰もいなかったんですけど…」
エミリアが登校して2組の教室へ向かう途中、4組の教室を通りすぎたのだが誰一人として教室にいなかったのであった。
エミリアだけでなくアインズたちも見ており疑問に思っていた。
「確かに誰も来ていないのは妙だな…全員が遅刻というワケでもあるまいし…」
「もしや何処かへ行っているのか…?」
アインズとターニャが推測を口にしたと同時に2組はザワザワと騒ぎ出してしまう。
それを静めるべくロズワールは4組について説明をした。
「4組の子たちなら、今日は林間学校に行ってい~るよ!」
『林間学校???』
◆◆◆◆◆
場所は変わり、学園から離れている場所には山があった。
そこは川や滝が流れ様々な生き物や植物が生息しており、まさに自然に溢れている場所である。
その山の中の開けた場所には一軒の木造のペンションが建っており、大人数で泊まるには十分過ぎる程の大きさである。
そしてそのペンションを4組の生徒たちが正面から見上げていた。
「デカイペンションだな…」
「ホント、アタシたちのギルドよりも大きいわね」
1週間前、九内から林間学校があることを告げられた4組。
最初は戸惑っていたもののバーベキューに川遊び、温泉もあることを知ると一気に盛り上がり今日を迎えたのであった。
今は荷物を各自の指定された部屋に置いて九内と愛子が来るのを待っている。
「半信半疑だったけどホントに温泉あるのね!」
「後ろから湯気が見えますよ!」
「温泉なんて久しぶりです!」
「こっちに飛ばされてから入っとらんからのう。少し楽しみじゃ」
ペンションの裏側から湯気が上っており温泉があることにアリサとポータとアクとティオは更に盛り上っしまう。
これからどんなことをしようかと全員で話しているとペンションの入り口から九内と愛子が出てきた。
「全員揃っているようだな」
「それでは林間学校の説明を始めます」
2人は出てきたや否や林間学校の説明を始めようとし4組の生徒たちは一斉に耳を傾けた。
「今回の林間学校は自然を肌で体験してもらうことが主な狙いだ。このような環境の中において集団で行動し団結力を高めるという利点もある」
自然環境が溢れている場所で行動することにより互いに協力し合い関係を深めることが林間学校の目的である。
九内が説明をしている中、真人がハジメにこっそり話しかけた。
「魔王先生なんだか教師らしいこと言ってるな」
「そうだな…」
九内は担任であるものの愛子に比べて教師らしい発言が少ないため、まともなことを言っていることに少し感心してしまう。
「では愛子先生。スケジュールをお願いします」
「はい」
林間学校の目的を言い終えた九内は愛子にスケジュールの説明を促した。
「スケジュールは就寝時間まで自由行動になっています。ペンションの温泉はいつでも入って大丈夫です。それと晩御飯ですがあちらの野外キッチンを使って下さいね」
一通り説明をした愛子が指を差した先には手洗い場にレンガの釜戸などが備えつけられている野外キッチンがあった。
つまり夕飯は自分たちで作らないといけないことになる。
「へぇ、面白そうね」
「料理なら私にお任せを」
「えぇ!思う存分腕を振るうわ!」
しかし誰一人として不満を言わずに寧ろ楽しそうな顔をしており、特に料理が得意なナナや真々子は気合いが入っている。
全員がワイワイと盛り上っていると、愛子が重要なことを伝えた。
「それから、食材は現地調達でお願いします」
『………えっ?』
それを聞いた全員は静まり返り唖然となってしまった。
全員が戸惑っている中、メディが手を挙げて質問をする。
「あの、現地調達とは…?」
「そのままの意味だ」
その質問に対して愛子に変わり九内が前に出て答えた。
「ここは見ての通り自然に溢れている。森には山菜にキノコ、川には魚、様々な自然の恵みを自分たちで調達するのも林間学校だ」
「いや…これって林間学校じゃなくてサバイバルじゃ…」
「テントではなくペンションで寝泊まりするからサバイバルではない」
「確かに、温泉にも入れるからギリギリサバイバルじゃないわね」
香織の異議に九内が空かさず論破をし、それにアリサは納得をしてしまう。
それなら1週間前に言ってくれたらいいのにと不満の声も上がったが今さら言っても手遅れのため仕方なく受け入れることにした。
「では思う存分林間学校を楽しみたまえ」
そう言い残して九内はペンションへ戻っていき、愛子も慌ててその後を追うのであった。
取り残された4組はこれからについて話し始めた。
「どうする…?」
「どうするって言っても…」
自由時間で夕飯の食材を調達しなければならないため全員がどう動くべきかについて考えていると突然茂みから何かが飛び出してきた。
全員がそっちを見ると、飛び出してきたのは鶏だった。
鶏はトコトコと歩き地面にいる虫を食べ始める。
「…現地調達って、こういうこと?」
「いざ手に掛けるとなると勇気いるね…」
戸惑っているワイズたちを他所にナナが鶏を捕まえた。
「現地調達した生物は私が下処理を行いますのでご安心を」
「やっぱりこれも食べるのか…?」
躊躇なく鶏の絞め作業に入ろうとするナナに真人は反応してしまう。
普段から肉などを食べているものの有りのままの状態から料理しようとなると躊躇してしまうのも無理がある。
「取り敢えず時間も勿体ないし、取り敢えずは探索しないか?」
「あぁ。それじゃあ適当にグループ作って行動するか」
だがこのまま動かない訳にもいかないため4組は食材調達も兼ねて自由行動に移るのであった。
◆◆◆◆◆
周囲が木で生い茂っているところを探索しているのは真人・シア・ミーア・アクの4人。
このグループは森に生えているキノコや山菜を採って籠へ入れている。
「これは椎茸か。こっちはゼンマイ…ホントに色々生えてるな…」
「ミーアさん。これどうですか?」
「これは毒がある…そっちは食べられる…」
真人が様々な山の恵みを採取しており、ミーアはシアが採取した山菜が食べられるものかどうか見抜いている。
元々自然に囲まれている場所で育ったミーアにとって食べられる植物かを見分けるのは朝飯前である。
そうしている内に籠は山菜やらキノコやらでいっぱいになった。
「取り敢えずこれだけあれば大丈夫か」
「そうですね。ではナナさんたちのところへ戻りましょうか」
「ん」
「あの、キノコたくさん採れたんですけどこれって食べられますか?」
十分に採れたためペンションで待機している下処理担当のナナ・ルル・真々子の元へ戻ろうとした時、少し離れた場所でキノコを採っていたアクが自分が採ったキノコが食べられるかどうか聞いてきた。
「なんか随分と多いな………はぁ!?」
アクが持っているキノコが大量に入った籠を覗いた真人は驚いて声を上げてしまう。
何故ならすべてがキノコの王様と呼ばれている松茸だったからである。
「これ全部松茸じゃないか!?何で高級食材まであるんだよ!?」
「まつたけ…?おいしいんですか?」
「確かに他のキノコと比べたら肉厚ですね」
「いい匂い」
初めてみる松茸にアクたちが興味津々となっているのを他所に、真人はアクの強運に心底驚くのであった。
◆◆◆◆◆
真人たちから離れた場所で探索しているのはハジメ・ユエ・香織・ワイズ・アリサのグループ。
真人グループと同じように山菜などを探していると突然茂みから何かが飛び出した。
「何…?って、鹿…?」
飛び出してきたのは鹿で角が生えていないためメスであることを示していた。
鹿は特にハジメたちを警戒する素振りを見せずつぶらな瞳でジッと見ていた。
曇り気がない純粋な眼差しを向けられ流石に手をつけられずワイズと香織の心は揺らいでしまう。
「ダメだ…これを手に掛けたらアタシの良心が痛む…」
「そうだね…他を探そっか」
2人が鹿を見逃そうと決めた時だった。
ハジメがマグナムを錬成し何の躊躇いもなく鹿に目掛けて弾丸を放ったのだった。
弾丸は見事に鹿の胸を貫きバタリと倒れてしまう。
『………えぇぇぇぇ!?』
突然のハジメの行動にワイズと香織は揃って声を上げてしまう。
「撃った!コイツ何の躊躇もなく鹿を撃った!」
「何で撃ったのハジメくん!?」
鹿のつぶらな瞳を見た筈なのにそんなこと関係なくマグナムで仕留めたハジメにワイズと香織が突っ掛かるもハジメはサラリと返した。
「いや、食料調達だからそりゃあ撃つだろ」
「ハジメは何も間違ったことなんてしてない」
「それに私たちは普段から動物の命を食べてるのよ。これくらいいいじゃない」
「ユエはともかくアリサさんまで!?」
ハジメの行動に対してユエもアリサも咎めることはなく鹿を撃ったことは当然だと言わんばかりだった。
ワイズと香織が唖然としていると今度は上から鳴き声が聞こえ全員が見上げると雉が木の枝にとまっていた。
それを見たユエが雉に人差し指を向けると、人差し指から電撃が放たれ雉に直撃しそのまま木から地面へと落ちていった。
「鶏肉ゲット」
「よくやったなユエ。しかし鶏といい鹿といい雉といい色々いるな」
「鶏がいるなら卵もあるんじゃない?」
またしても躊躇なく生き物の命を奪ったハジメたちを見てワイズと香織は固まってしまうのだった。
「…私たちがおかしいのかな?それともこっちに来てから平和ボケになっちゃったのかな?」
「少なくともアイツらの精神力はアタシたちよりも上ってことは確かよ…」
◆◆◆◆◆
ハジメたちが次々に食材を調達しているころ、サトゥー・リザ・タマ・ポチ・ルナ・ティオ・ミュウ・ポータ・メディは川原にいた。
澄んだ川が流れる音はとても心地よく癒しのスポットではないかと思ってしまう程だった。
「よっと」
その川の上流で釣竿を垂らしているサトゥーが手応えを感じ引き上げると鮎が掛かっていた。
ペンションにあった釣竿を借りており主に鮎などの魚を次々に釣り上げている。
サトゥーの他にルナとミュウとメディが並んで釣りをしていた。
「釣りってやったことなかったけど面白いわね」
「楽しいの!」
「そうですね」
初めてやる釣りはルナとミュウとメディにとって凄く面白いようで魚を釣った快感を楽しんでいる。
次々に魚が掛かるため籠は魚で溢れかえっていた。
「あっちも大丈夫そうだな」
川に釣竿を投げ込みながらサトゥーが下流の方を見るとリザとタマとポチとティオとポータが服の裾を捲って川に入っていた。
リザが身を低くして川をじっと見つめていると、
「はっ!」
川に素早く手を入れて何かを捕まえた。
それを持ち上げるとリザの手にはニジマスが握られており逃げられないようにエラを掴んでいた。
「とりゃー!」
「えーい!」
それに続きタマとポチも川に素早く手を入れてニジマスを捕まえた。
釣竿が足りなかったため下流にいるメンバーは素手で魚を捕まえているのである。
「あぁ…!」
「ぬぅ…!?」
サバイバル経験豊富なリザたちに引き替えポータとティオは何とか魚を捕まえるもののスルリと手から滑って逃げられてしまう。
そのせいで殆んどの魚をリザたちが獲っているのである。
「意外に難しいですね…」
「仕方あるまい。釣りよりも難しいのじゃからのう」
魚を上手く捕まえてられないことにポータとティオは少し落胆してしまうも諦めずに何度もトライする。
それぞれが食材を調達しているとミュウがメディの服を引っ張った。
「ねぇメディお姉ちゃん。あれ何?」
「え?」
ミュウが向こう側の下流を指差したためメディがその方向を向くと、向こう側で大きな水飛沫が起こっていた。
メディに釣られサトゥーとルナも気付き、更にはリザたちも水飛沫に気がついた。
最初水飛沫は遠くで起きていたが徐々に上流へと上ってきていた。
「何よあれ…!?」
「あれは…!」
サトゥーが目を凝らして水飛沫を見るとその中にいたのは…
「鮭!?」
なんと水飛沫の正体は遡上している鮭だった。
しかも1匹や2匹に収まらず何十匹という群れを成しているため水飛沫が起こっているのである。
「何で鮭が…!?」
「すごい群れですね…!」
「たくさんいるの!」
「って感心してる場合じゃないわよ!早くアイツらを避難させないと!」
このままでは下流にいるリザたちが鮭の群れに巻き込まれてしまうためアクが避難させようとリザたちに声を掛けようとすると、
「タマ!ポチ!獲物が来ました!すべて獲りますよ!」
「あいなのです!」
「大量~?」
「何してんのアイツら!?」
リザとタマとポチが目を輝かせながら武器を構えて鮭の群れと対峙しようとしていた。
普段から食べることが大好きなため鮭の群れだろうとリザたちにとってはご馳走でしかないのである。
「ちょっと!アンタの仲間大丈夫なの!?」
「ただの鮭ならリザたちだけでも十分だ」
「ですが、あの数は流石に…」
「それにティオお姉ちゃんとポータお姉ちゃんが危ないの」
サトゥーたちが言い争っている間に鮭の群れはすぐそこまで近づいていた。
リザとタマとポチとは対象的にポータは向かってくる鮭の群れにあたふたしてしまう。
「どどど、どうしましょう!?」
ポータの職業である旅商人は運搬を専門としているサポート役のため攻撃や魔法などができないのである。
今から岸へ上がろうにも間に合わないためもうダメだと思った時、ティオがポータたちの前に立ち塞がった。
「させぬぞ!ここを通りたければ妾を討ち倒してみせるがよい!」
鮭の群れに臆することなく堂々としている振る舞いにポータはもちろんのことリザたちもサトゥーたちも目を見開いてしまう。
「ティオさん…!」
「アイツ、たまにはカッコいいところ見せるじゃない」
普段からハジメへの愛を強く語っているドMの変態かと思っていたがクラスメイトのために立ち塞がっているティオを見てルナは考えを改めようとする。
そして鮭の群れは勢いを止めることなくティオへ衝突しようとしていた。
誰もが鮭を獲ろうとしてくれるティオに期待しようと思ったその時だった。
ティオは特に何もすることもなく鮭の群れに吹き飛ばされてしまった。
「アイツは一体何がしたかったの!?」
攻撃をしても止められず吹き飛ばされたならまだしも、何もせずに吹き飛ばされ空中を舞っているティオにアクは怒りを露にしてしまう。
「あ、でも見てください。心なしか安らかな顔してますよ」
「ティオお姉ちゃん嬉しそうなの」
「結局自分のためかぁ!」
目的を達成して満足したティオはそのまま川へ落ちていった。
自己満足のために鮭の群れに吹き飛ばされたティオであったが、結果的に盾となったことで少しだけ勢いを抑えることに成功したのであった。
「ありがとうございますティオ!貴女の犠牲は無駄にはしません!」
そのままリザは槍を横一線に振るい鮭を1匹残らず岸へ打ち上げたのだった。
岸へ打ち上げられた鮭たちは跳ねながら川へ戻ろうとするもタマとポチが剣を使って次々にトドメを刺しているため食材になるしかなかった。
「取り敢えず晩御飯は鮭メインになりそうだな」
「リザさんたちのおかげですね」
「ティオさん大丈夫ですか~!?」
鮭を獲れたことにサトゥーたちが一安心している中、ポータは川でうつ伏せに倒れているティオを救出するのであった。
◆◆◆◆◆
そして日が落ちて夜になった頃、ペンション前の野外テーブルに4組は集まっていた。
テーブルには各々が獲ってきた食材で作った料理が並べられておりいい匂いが漂っていた。
『いただきまーす!!』
そして全員が手を合わせたと同時に一斉に料理を食べ始めるのであった。
「この山菜の天ぷら凄く美味しいです!」
「流石真々子さん!」
「見事な腕前じゃのう」
「マーくんったら、口に衣がついてるわよ」
「いいって!自分で取るから!」
真々子の天ぷらを食べているアクとルルとティオはあまりの美味しさに感想を口から溢してしまう。
真々子は笑顔になりながらも真人の口元に天ぷらの衣がついていることに気がつき取ろうとするも真人に煙たがられてしまう。
「美味しいわねこのキノコ」
「松茸という種類のキノコらしいですよ」
「焼いただけなのに香りが増してる…」
「流石キノコの王様!すごく美味しい!」
初めて食べる松茸の炭火焼きにアクとシアとミーアは舌鼓しておりアリサも同じく堪能している。
『………』
「ワイズ?香織?食べないのですか?」
「どこか具合でも悪いのですか?」
「…タマ、良かったらこれ食べていいわよ」
「ポチちゃんも遠慮しないで食べていいからね…」
「いいの~!?」
「ありがとなのです!」
リザとタマとポチとナナが食べているのは鉄串が刺さっている焼かれた肉。
ハジメたちが手に入れた食材を遠慮なく食べているがワイズと香織は一向に口にしようとしなかった。
ハジメが仕留めた鹿や雉、兎などが変わり果てた姿で目の前にありその残像が脳内を過ってしまいとてつもない罪悪感が込み上げてきたためタマとポチに譲ったのだった。
「ほとんど鮭ばっかりじゃねぇか」
「そうでもないさ。ほら、鮎もあるし」
「このイクラ丼っていうの凄く美味しい」
「あぁミュウさん!そんなにイクラを乗せたら溢れちゃいます!」
「だって美味しいんだもん」
「確かに気持ちは分かりますけどね…」
鮭を塩焼きに鮭のムニエル、鮭のおろし煮と鮭料理で溢れているテーブルを見てハジメは胸焼けしそうになり、そんなハジメにサトゥーは鮎の塩焼きを差し出した。
ユエはイクラ丼を堪能しており、ミュウは炊きたてのご飯の上にこれでもかという程イクラを盛りポータが慌てて止める光景を見てメディは笑ってしまう。
自分で食材を調達しそれを調理した料理をみんなで食べることで4組の交流は更に深まるのであった。
◆◆◆◆◆
それからしばらくして、全員は夕食を終えてテーブルには空の皿しかなく料理をすべて食べ終えた。
どの料理もとても絶品だったため満足そうにしている。
「それじゃあみんなで後片付けするわよ~」
『はぁーい!!』
これが終われば待ちに待った温泉。
早く温泉に入りたい女性陣は真々子の呼び掛けと共に片付けに取り掛かろうとした時だった。
「!」
何かに気がついたハジメがマグナムを手に取り木に銃口を向けた。
突然のハジメの行動にその場にいた全員が注目する。
「お、おい。いきなりどうしたんだよ…?」
「…何かいやがる」
「え?」
本能で何かいることを察したハジメに促され真人や他のみんなが銃口の先を見ると木の影からそれは現れた。
見た目は人間の女性のようであるが、まるで人間と植物が融合しているかのような容姿をしている魔物。
魔物は不気味な顔をしており口元がニヤリと笑っている。
「…誰かしら?」
「いやどう見ても魔物ですよ!」
突然現れた魔物を見て首を傾げて人間扱いしている真々子にワイズはツッコミを入れる。
魔物に対して殆んどのメンバーはハジメと同じように警戒体制に入る。
「アイツは…!」
「知ってるのか?」
「うん。エセアルラウネっていう魔物」
目の前にいる魔物に見覚えがあるハジメとユエは揃って頷く。
ハジメとユエが出会って間もない頃に現れたのが4組の目の前にいる魔物『エセアルラウネ』
人や魔物を思いのままに操れる能力を持っておりユエも操られてしまったことがある。
「ようは植物の魔物ってことね!だったらアタシの炎の魔法で焼き払ってやるわ!」
ハジメとユエからエセアルラウネの説明を聞いたワイズは早速魔法の準備に取り掛かった。
ハジメは全員をチラリと見て誰も操られていないか確認する。
エセアルラウネに操られると頭の上に花が咲くのだが誰の頭の上にも花は咲いていなかった。
ならば問題あるまいとエセアルラウネ目掛けて引き金を引こうとした時だった。
エセアルラウネの背後から黒い液体のようなものが流れ込みあっという間にハジメたちの立っている場所まで浸透してしまう。
黒い液体にハジメたちが戸惑っているとルナがハッとなり叫んだ。
「まさか…!?みんな逃げて!これは…!?」
ルナが何か言おうとした時、突然糸が切れたかのよう膝を着いた。
「ルナ姉様!?大丈夫ですか…!?」
突然膝を着いたルナにアクが駆け寄るも同じようにその場に座り込んだ。
「何これ…!?」
「力が抜ける~?」
「気持ち悪い…!」
そして伝染するように次々に倒れていき、とうとうハジメとサトゥー、真人と真々子でさえも動けなくなってしまった。
誰も動けずその場に座り込んでいる4組を見てエセアルラウネはニタニタと笑っている。
「何がどうなってんだ!?」
「ルナさん!この黒い液体みたいなのは何なのですか!?」
エセアルラウネがこんな能力を隠し持っていたことをハジメが信じられずにいると、メディが先程何かを伝えようとしていたルナに黒い液体について聞き出そうとする。
ルナはその場から動けないものの黒い液体について説明を始める。
「これは奈落って言って触れるだけで弱体化してしまうのよ!」
つまりこの奈落という液体が4組の足元に広がっている限り攻撃や魔法どころか立つことすらできないということである。
(ホントに力が入らない…!ゼンは対象からスタミナを奪い尽くせるがこの奈落は完全な封じ込み…!どうすれば…!?)
この状況をどうやって打開するべきかサトゥーが必死になって考えていると、エセアルラウネの背後から何かがフヨフヨと飛んできて姿を現した。
現れたのはアクやルナと同い年くらいのゴスロリの少女で宙に浮いていた。
少女は宝箱のようなものを持っておりそこから奈落が溢れている。
あの少女が奈落を出しているのかとハジメたちが悟った時、アクとルナが揃って声を上げた。
「トロンさん!?」
「トロン!?」
「アク…ルナ……!」
『トロン』と呼ばれた少女は声を震わせながら泣きそうな顔を浮かべていた。
「知り合い!?」
「アクちゃんとルナちゃんのお友達?」
「は、はい…!」
「どうしてトロンが…!?」
このトロンという少女は元の世界でワケあって九内が拾ってラビの村で開拓の手伝いをしている。
半分悪魔の血が混じっているが特に悪いこともせずにアクとルナとはとても仲がいいのである。
そんな彼女が何故エセアルラウネと一緒にいるのかアクとルナが混乱しているとハジメがすべてを察した。
「そういうことかよ…!あのチビ、操られてやがる…!」
そう言ってハジメはトロンの頭の上を見ると1輪の花が咲いていた。
つまりトロンはエセアルラウネに操られているということである。
「いつの間にかこっちに飛ばされてて、アクとルナを探してたらコイツに出くわして操られて……本当にゴメンなの…!」
意識を残したままエセアルラウネに操られ何故かこっちの世界にある奈落が入っている宝箱で友達を傷つけてしまったことにトロンは目にうっすらと涙を浮かべてしまう。
そんなトロンを嘲笑うかのようにエセアルラウネは笑いながらゆっくりとハジメたちへ近づいていく。
「トロンさん…!」
「あの魔物…!絶対許さない…!」
大切な友達を泣かせたエセアルラウネにルナは怒りが込み上げるもどうすることもできず睨み付けるしかなかったのであった。
◆◆◆◆◆
4組にとんでもないことが起きている頃、九内はペンションの2階の窓から外の様子を見ていた。
「これは少々想定外だな…」
突如現れたエセアルラウネに加えてトロンが溢している奈落に苦しむ4組を見て眉間に皺ができてしまう。
この世界は思っていたより複雑そうだと考えた時、たまたま近くにいた愛子が九内へ近づいた。
「九内先生、どうかされましたか?ってあれは!?」
九内が見ている方を見ると4組が苦しそうに座り込んでいた。
状況を理解できない愛子であるが何とかしなければと思い外へ出ようとするも九内に止められてしまう。
「どちらへ行くというのですか?」
「みんなを助けないと!」
「愛子先生が行っても状況が変わるとは思えません。行ったところでミイラ取りがミイラになるだけです」
愛子はトータスに飛ばされてから魔法も武術の鍛練を一切行わず生徒たちと寄り添っていたため圧倒的な一般人である。
行っても奈落に巻き込まれて終わりなのは目に見えている。
しかし愛子はそう簡単には引き下がらなかった。
「分かってます。確かに私には特別な力なんてありません………けど!生徒たちが困っているのに教師として何もしないワケにはいきません!」
例え巻き込まれたとしても教師として生徒を助けようとする愛子の意思の強さに九内は目を見開いてしまう。
「………フッ、やはり愛子先生は教師の鑑ですね。私とは大違いだ」
愛子の熱に感化され九内は笑いながら行動を開始するべく宙にカーソルを出現させた。
「ですがここはアイツに任せましょう」
「アイツ?」
カーソルを操作していると探していた選択ボタンの項目が現れた。
「愛子先生。今から貴女が見ることはどうか内密にお願いします」
そして九内はその項目のボタンを押した。
◆◆◆◆◆
場所は変わってペンションの前。
奈落の影響で誰も動けずにいる4組にゆっくりとエセアルラウネが近づきここまでかと思った時だった。
突如4組の後ろに天まで伸びている白い光の柱が現れた。
「今度は何!?」
次から次へと異常事態が起きているというのに追い討ちを掛けるように出現した光の柱にアリサはイラついてしまう。
またしてもエセアルラウネの策略かと思ったがエセアルラウネも歩みを止めて唖然となっているため想定外のようである。
全員が注目している中、治まった光の中から現れたのは1人の男だった。
銀色の髪を携え全身を白い服で包んでおり、何より特徴的なのは服の背中に龍が描かれていた。
「………何だここは?またクソ帝国の新しい会場ってワケでもなさそうだが」
男は周りを見渡しているが状況を飲み込めず、何故自分がここにいるのかすら理解していないようであった。
突然現れた敵か味方か分からない謎の男に4組が戸惑っているとまたしてもルナが目を見開いてしまう。
「あれって…!?」
「ルナ姉様?あの方をご存知なのですか?」
「…覚えてるアク?前に話した、龍人のこと」
アクとルナがいた世界に置ける龍の存在はとてつもなく強大であり中立の立場に君臨する獣人と亜人の頂点。
その龍から血と力を分け与えられた人間がおり、その者は『龍人』と呼ばれている。
過去にルナとルナの姉の1人である『キラークイーン』も龍人に助けられており聖光国へ襲撃を仕掛けた敵が召喚した悪魔も見事に討ち倒したのである。
尤も、助けられたルナは気絶して龍人の容姿まで確認していないが一目惚れした姉のクイーンから飽きるほど聞かされたためすぐに龍人だと分かったのだった。
「それじゃあ、あの方が…!」
「えぇ!間違いなく龍人よ!名前は確か……
霧雨 零《きりさめ ぜろ》!!」
ルナの話を聞いていたハジメたちは突然現れた零という男が少なくとも味方であることを理解する。
すると零は4組と対峙しているトロンに気がついた。
「お前、あん時のガキンチョじゃねぇか…!」
「零!また会えた!」
トロンは零を見て歓喜の声を漏らしてしまう。
トロンは嘗て悪魔への信仰がある宗教団体『サタニスト』に所属していたことがあり聖光国への襲撃を手伝っていた。
しかし召喚された悪魔に吸血されて瀕死に追いやられてしまうも零に助けられ惚れてしまったのである。
「お前こんなところで何してんだ…?」
トロンと再会した零は改めて状況を確認しようとする。
トロンの側にいるのは不気味な笑みを浮かべている魔物。
トロンが持っている箱から黒い液体のようなものが溢れ、それの上に立っている者たちはその場に座り込んでいる。
そしてトロンの頭の上に1輪の花が咲いていた。
「………そういうことか、大体は分かったぜ」
状況を理解したのか零は足を一歩踏み出した。
しかしその先には奈落が浸透しており真人は声を上げる。
「ま、待て!それに触れると力が…!?」
その時、信じられないことが起きた。
奈落が零を避けたのだった。
まるで零を危険と感知し意思があるかのように零の歩く道を開いていき最終的には逃げるように宝箱の中へ戻っていった。
それにより4組もようやく動くことができるようになった。
「やっと動ける…!」
「助かりました~!」
「一時はどうなるかと思ったわ」
次々に立ち上がる4組を見てエセアルラウネは戸惑いを見せてしまう。
まさか奈落がこちらへ向かってくる男から逃げるように宝箱へ戻ったため、あの男がただ者ではないと思った。
奈落を封じられどうするべきかエセアルラウネが考えていると、いつの間にか零が目の前まで来ており側にいたトロンの腕を引き肩を抱き寄せた。
「零…!」
「少し我慢しろよガキンチョ」
零に抱き寄せられ頬を赤くしまうトロンだが零はお構いなしにトロンの頭の上に咲いている花を掴み引き抜いた。
強引に引き抜かれ頭皮がヒリヒリするもトロンは再び助けてくれた零に抱きついた。
「ありがとう零…!」
「ったく、なんかお前いろんなところで巻き込まれるみてぇだな。危ねぇから下がってろ」
「うん」
零に頭をポンポンと撫でられたトロンは素直に従いアクたちの元へと飛んでいった。
一方、エセアルラウネはかなり焦っていた。
迷宮に入り込んだ男と吸血鬼の娘に殺されたかと思いきや何故か生きており別の世界に飛ばされていた。
しかも自分だけでなくあの2人もいたため復讐しようと企んでいたところへ弱体化させる奈落が入った宝箱と魔人の血が混ざっている小娘が現れた。
これは2度とないチャンスのため奈落と小娘を使いあの2人を含め仲間全員を窮地に追い込んでいた筈だった。
しかし、突如現れた龍人と呼ばれる男によって形勢が逆転してしまった。
せっかくあの2人を追いつめていたというのにこの龍人はその邪魔をした。
とても許せない………否!許さない!八つ裂きにしてくれる!
エセアルラウネは標的をハジメたちから龍人へ変えて飛び掛かろうとした時、顔面に重い拳がめり込んだ。
「女を殴る趣味はねぇが、バケモノとなりゃあ話は別だ………いくぜ!FIRST SKILL!拳法!」
そのまま繰り出されたのは無数の拳。
それがエセアルラウネに降り注ぎまともに受けてしまう。
「まだ終わんねぇぞ!SECOND SKILL!接近格闘!」
今度は懐に飛び込まれ回し蹴りが腹に放たれる。
それに耐えきれずエセアルラウネは空中へ投げ出される。
「龍からは逃げられない!THIRD SKILL!落凰!」
続けざまに龍人が空へ三連突きを放ち最後の拳を地面へ振り下ろすと、地面から白く輝く龍を形作ったオーラが現れた。
龍は意思があるかのようにエセアルラウネ目掛けて飛んでいくと凄まじい衝撃波が発生し吹き飛ばされてしまった。
「立ち向かう度胸は認めてやる…けど、龍の前に立つには早すぎたがな」
龍人の零が空を見上げている中、4組は唖然となっていた。
奈落を寄せつけずとてつもない技でエセアルラウネを吹き飛ばした豪快さに自分たちの存在がちっぽけに思ってしまう程の強さを見せつけられたのだから無理な話である。
「すげぇ…!」
「あれが、龍人…!」
「なんて滅茶苦茶な力なの…!?」
各々が感想を口にする中、アクとルナはトロンと再会できたことを喜んでいた。
「大丈夫トロン!?」
「ご無事で何よりです!」
「……うん」
しかしそんな2人とは対象的にトロンは暗い表情になっていた。
操られていたとはいえ友達を危険に合わせてしまったため落ち込んでしまうのも無理はない。
それでもアクとルナは必死にトロンを励まそうとすると、トロンの後ろから誰かが優しく抱きしめた。
驚きながらもトロンが首だけを振り向くと真々子が抱きしめており頭も撫でられる。
「よしよし、怖かったわよねぇ。もう大丈夫よ。それにアクちゃんもルナちゃんも私たちも怒ってないから、ね?」
優しく囁く真々子の声にトロンは不思議な気持ちになり顔が和らいでいく。
真々子のスキル『母のよしよし』は撫でたものの状態を安定させることができるため、落ち込んでいたトロンの精神状態も元に戻ったのである。
真々子に抱きしめられながらトロンは周りを見るとハジメもサトゥーも真人も誰1人として怒っていなかった。
それを見てトロンは笑顔になった。
「それじゃあさっさと後片付けして温泉に入りましょ」
『はぁーい!!』
トラブルが解決し真々子の掛け声と共に女性陣は夕食の後片付けを始めトロンも手伝い出した。
「まぁ何はともあれ、結果オーライだな」
「しかし、まさかあの魔物とまた出会うとはな…」
「それにあの零って人も凄すぎ……あれ?」
真人とハジメが全員無事だったことに安堵しているとサトゥーがあることに気がつく。
いつの間にか零が姿を消していた。
辺りを見渡しても姿どころか足跡すら残っていなかった。
「ちょっとご主人!残りの2人も早く手伝いなさいよ!」
一体何処へ消えたのだろうと思いながらもハジメたちは後片付けに加わるのであった。
◆◆◆◆◆
「無事に治まったようですね」
「そう、ですね…」
一部始終をペンションの窓から見ていた九内と愛子はホッと一息をつく。
ワイワイと楽しそうに後片付けをしている4組を眺めている九内に愛子は恐る恐る声を掛ける。
「あ、あの~九内先生…その、さっきのは」
「愛子先生」
愛子が何かを言おうとした時、九内が言葉を遮りながらタバコを咥える。
「先ほど言った筈ですよ。決して口外しないようにと」
少し圧を掛けながら自分の秘密を目撃した愛子にこれ以上詮索しないようにと言い放ちながらライターを取り出す。
人には誰にも知られたくない秘密が1つや2つもあるため、愛子は九内の秘密を心に仕舞っておくように決めた。
「わ、分かりました…ですけど!」
九内の言うことを理解した愛子であったが、九内が咥えていたタバコを素早く取り上げた。
突然のことに目を丸くしてしまう九内に愛子は注意を促した。
「ペンション内での喫煙はダメです!南雲くんたちが寝泊まりするというのにいけませんよ!九内先生は受動喫煙をご存知ないのですか!?林間学校が終わるまでこれは没収します!」
そう言って九内からタバコケースとライターを取り上げて自室へと戻っていき、九内は1人廊下に取り残されてしまった。
「………やっぱり本職が教師だと説得力があるなぁ」
◆◆◆◆◆
その後4組は温泉で疲れを癒し就寝時間まで枕投げを楽しんだ。
様々なトラブルがありながらも林間学校を終えたのであった。