神の呪う言葉に成れ   作:358さん

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文字数はどれくらいが読みやすいのか……。
解決されない悩み。


開かずの間①

 ねぇ、知ってる?

 

 高校に入学して早1か月が経とうとしていた。もうすぐゴールデンウィークということもあり、新しくできた学友と遊ぶ算段を付けていた時の事だった。

 突如、髪の短い少女・横山がそう話しを切り出した。学校の近所に誰も住んでいない廃墟があり、そこには開かずの間があるらしい、と。怖い話をするには少し早い時期ではあるが、今どきの少女は暇を持て余しているらしい。隣のクラスのイケメン君の事と同じくらいには盛り上がりを見せた。3人の少女の内、1人秋月が隣でおとなしく本を読んでいた少女に話しかけた。

 

石上(いしかみ)はどうする?」

 

 少女たちが話しかけたのは、その身体の殆どを包帯で覆った少女だった。左側を特に重点的に覆われており、彼女たちが話しかけた方からではその表情を見ることは出来ない。

 

「肝試しぃ? んなの行ってどうすんだよ。」

 

 石上陸實(いしかみむつみ)と自己紹介の折に名乗った少女は、おとなしそうな見た目に反して粗暴な言葉づかいで答えた。切りそろえられた前髪に腰まである黒い髪。整っていると想像させる顔立ちでさえ、その7割は白い包帯で隠されており、きちんと話せているから唇は包帯で覆われていないのだろう。しかし、その唇でさえマスクに隠されている。

 相手が勝手に陸實の顔を美人に想像してしまうため、妄想美人とひそかに揶揄される陸實は読んでいた本をぱたんと閉じ、話しかけてきた少女たちの方に体を向けた。3人のうち2人は中学校からの付き合いだ。もう一人は高校からではあるものの一か月もたてば少女の粗暴な態度もクラスメイトは慣れ始め、悪意があるわけではないのだと理解し始めていた。

 

「面白そうじゃない?」

 

 陸實はあからさまに嫌な顔をした。別段、心霊現象を恐れているわけではない。むしろ、陸實はそう言ったところを姉に連れまわされ、些か慣れすぎている。彼女は目の前の少女たちのお守りをすることが、面倒だと思っているだけだ。

 ただ、横山はそれを怖がっているのだと判断したらしく、何としてでも睦實を誘おうとしていた。

 

「お願い。」

 

 そう最後には手を合わせて、こちらを見上げるのは体育部に所属する少女・佐々木である。陸實と佐々木は同じ中学校出身と言ってもたった4か月程度の付き合いであるが、何かと面倒見のいい陸實のことを「ちょろい」と思っていた。実際、陸實はお願いと言われれば大げさにため息をついて了承の返事を返した。

 

「それじゃあ、いつ行く?」

 

 段取りの話を始めた少女たちを横目に陸實はその様子を眺めていた。決して自分から話に入ることはせず、じっとただ話を聞いているだけだった。

 

「陸實は? 家の用事とかないの?」

「ちょっと…。」

 

 陸實の家庭事情は元の中学では有名な話であった。そのため、同中出身の少女の一人秋月が待ったをかける。

 

「俺は大丈夫だ。出かける用事もない。」

「そうなの? こっちの予定に合わせていいでしょ。」

 

 首肯すると一人だけ違う中学校出身の横山が笑みを浮かべる。秋月と佐々木が不安げな表情でこちらを見遣るので、苦笑いで答えた。そんな顔をされるほど、こちらは気に病んでいるわけではない。

 

「5月のね、2日の夜にしない? 陸實の家に泊まりに行くって言って。」

 

 そう提案したのは、佐々木だった。そこで陸實は自分が誘われた理由を「そういうことか」と察した。陸實は現在一人暮らしだ。彼女の家には、夜中抜け出すことをとがめる大人は存在しない。実際、陸實は丑三つ時にコンビニに出かけることはよくあることだ。

 

「いい?」

 

 と、白々しく尋ねてくる佐々木に「いいよ」と答えた。「そういえば」と秋月が「ベッドは置いたの?」と尋ねてきた。ベッドさえおいていない、ほぼ清掃後を保った部屋を思い出したのだろう。陸實は知っているくせにと思いながらも首を横に振ると、「体痛くないの?」と横山が心配そうに尋ねてきた。

 

「もともと姉さんに連れまわされて、そういうの慣れてるんだ。むしろ、柔らかいのに慣れてない。」

 

 元々実家にいたときから薄っぺらい布団で寝ていたこともあり、そこまで気にならないのは本当だ。

 

「信じられる? 床で寝るんだって。」

「打ちっぱなしのコンクリートじゃないだけましだ。」

「花の女子高生がコンクリートで寝るって何なの?」

 

 美意識が強い佐々木は一度訪れた陸實の部屋を「ありえない」と一刀両断したことがあった。活動拠点を東京の郊外にあるビルに持っていた姉は、とにかく生活環境に無頓着な人だった。出身がど田舎という理由では説明しきれない、彼女の性格そのものを表した打ち付けられただけのコンクリートの箱の中で過ごした十数年間だった。人生の大半をそんな空間で過ごせば、感覚は当然一般人とは異なる。

 呪術師からすぐに逃げられるように、という意図もきっとあったのだろう。兎に角物を持たない人だった。服だって何も気にしない。男物の着物を左前にして着るし、身内しかいなければ家の中を裸で闊歩するような人だった。

 

「寝るんだったら、寝袋かなんか用意しておいた方がいいぞ。まだ夜は冷えるから。」

「本当、ありえない。知ってる横山? 家電も一式無いんだよ。冷蔵庫も洗濯機も。戦後の昭和の家にだって3種の神器って皆持ってたのにさ。」

 

 佐々木の言葉に驚いた声を上げた横山は疑いの目をこちらに向けた。

 

「洗濯どうしてるの? コインランドリー?」

「今どき、自分の下着を洗濯板で洗ってる女子高生は石上くらいなもんだよ。」

 

 睦實が何かを答える前に、佐々木が勝手に答えを話した。横山は驚いた顔が取れなくなったのか、常に眉を寄せてこちらを見てくる。

 

「石上の親何してる人なの?」

 

 悲鳴にも似た声が横から聞こえた。「やめなって!」と叫んだ秋月の声に教室の中にいた生徒は一斉にこちらを見た。言った秋月も、言われた横山もお互いに気まずそうに視線をそらした。授業開始5分前のチャイムがなり、話はそこで途切れてしまった。

 

「横山、俺の両親について放課後話してやる。」

「でも、石上。」

 

 秋月は過剰に待ったをかける。

 

「横山は別の中学出身だから、詳しい事情は知らないだろう。いつまでも仲間外れは、可笑しいだろう。」

「わかった。それじゃあ、美味しいところ行こう。駅前のカフェがいい。」

 

 横山は気丈にふるまった。横山に申し訳なさを感じながら、「明日話そう」という佐々木の言葉にそれぞれの席に戻っていった。秋月は自分の席に戻ることなく、何度か視線をさ迷わせた後、小さな謝罪をこぼした。再び騒がしくなった教室で、陸實は秋月の方に視線を向けた。

 

「何が? 俺は別に親の事然り、姉さんの事然り、どうとも思ってないよ。親に関しては、嫌な思い出ができるほど俺の人生に関わってないから。大丈夫だよ、秋月。ありがとう。」

「私、石上のそういうところ嫌い。」

「俺は秋月のそういう優しいところ、綺麗だと思うよ。」

 

 苦虫を噛みつぶしたようななんて表現が可愛らしい、ものすごい顔をして秋月は自分の席に帰っていった。

 

「お前、実は秋月狙ってるとかってねぇよな。」

 

 会話に一切入ってくる気配のなかった運動部に所属している男子学生・木村がそう尋ねてきた。

 

「ないけど。何? 狙ってんの?」

 

 返事に対して不満でもあるのだろうか。ふぅん、と疑いを向けられた後、質問を続けた。陸實の質問には彼は何も答えなかった。木村も佐々木も秋月も同じ中学校出身である。中学3年の12月という異様な時期に引っ越してきた陸實の事情を噂程度に知っている人間だ。

 

「なぁ、聞いていい?」

「聞くだけならな。」

 

 途端に好奇心に満ちた目をした木村は、「秋月と肉体関係があるって本当か?」と下世話な話を始めた。彼とは付き合いがあるから、そう言った話を嫌がらないというのを知っているのだ。むしろ、男性的に陸實はそう言った話に乗ってくる。胸の大きさがいいとか、身長がいいとか。そう言った話を陸實は拒絶しなかった。

 今回は違った。陸實はその言葉を鼻で笑った後、「ありえない」と切り捨てた。それは変化であった。確かに出会った当時、秋月唯奈は静かで引っ込み思案な少女だった。いや、そんな可愛らしいものではない。何もできない、させてもらえない少女だった。彼女が陸實に話しかけたのは、同族だと思ったからだ。同じ悩みを抱えていると思ったからだ。

 当時の秋月唯奈は、ただの傷の舐めあいをしたかっただけに過ぎない。

 彼女が抱えていた事情を陸實が解決したから、今の彼女がある。元々その性格は明るいものだっただけのことだ。そこに感謝があり、彼女はただできることをしたいだけ。周りの考えているような邪な関係ではない。

 

「授業はじめるぞ。」

 

 そう言って入ってきた数学教師の言葉に前を向くように急かす。しぶしぶ木村は前を向き、授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

「さて、何から話そうか。」

 

 向かい合う陸實と横山沙良は、お互いにアイスミルクティーを飲みながら約束していた美味しいものを食べに来ていた。洒落たカフェは陸實一人では絶対に訪れない場所だ。こんな素敵な場所を知っている横山はやはり佐々木の友人なだけはある。

 暗い色の木でできたテーブルに二つのカップと、横山が注文したショートケーキが置いてある。

 

「俺の生まれた村は人口も300いない、本当に小さな村だった。」

 

「俺は、生まれつき病気もちでさ、病気を治すために俺はしばらくの間、その村から離れて暮らしてた。」

 

「たまたま村の近くを通ったから、村に帰ってみることにしたんだ。離れて暮らしていたといっても両親は村のいて、俺は姉さんと一緒に暮らしていたから。」

 

「その時に天災に巻き込まれたんだ。土砂崩れが起きてね。そこに住んでいた人の全員が死亡したらしいよ。一応、見つかっていない人もいて、行方不明で処理されているから生き延びている人がいるかもしれないけど。」

 

「その土砂崩れって半年くらい前の?」

 

「そう、11月15日に起こった土砂崩れ。それのせいで、今まで面倒見てくれてた姉さんも行方不明になった。だから、俺は生涯孤独になったってわけ。」

 

 陸實の話を聞いて、横山は眉を顰めた。マスクの下からストローを差し込みミルクティーを飲んでいると「あんまりつらそうじゃないね」と素直な感想を横山はこぼした。言葉があまりにも軽薄だとそう言いたのだろう。柳の葉の形を眉を寄せ、彼女はこちらの人間性を疑う、そんな軽蔑の目を向けてくる。

 

「辛いよ。でも、言葉を軽くしてないと呪いたくなったとき、取り返しがつかないから。」

 

 陸實の言葉に横山は眉を顰めた。「呪うなんて」と小さくこぼした後、フォークを手に取った。

 

「俺は特に気にしてないことにしているんだ。でも、秋月はその辺の事俺以上に気にしている節があるから。」

「あんた達、出会ってそんな時間たってないしょ。なんでアイツ、あんなんなの?」

 

 言葉遣いの粗さでいうならば、横山もそれなりである。彼女の家はそれなり裕福な家だ。だから、言葉遣いやら作法やらには厳しい指導を入れられて育ったらしい。彼女が陸實の両親の話題に触れたかったのは、そうして意図があった。彼女の言葉の節々にそうした思いが零れだしているのを聞き取れた。

 ようは反抗期真っ盛りなのだ。だから、夜中町中を徘徊したいから、幽霊屋敷の話を持ち出してきたのだろう。

 

「秋月が抱えていた問題の一つを処理しただけだ。猫になつかれたみたいなもんだよ。」

 

 聞いてきた割には、気のない返事が返ってきた。それからの会話はなくショートケーキをぺろりと食べ終えた横山は、「アンタのその怪我は、土砂崩れのせいなの?」と尋ねてきた。明け透けに聞いてくる彼女に苦笑いを浮かべ、「生まれつきだよ」と返した。

 

「そうなんだ。女なのに化粧もできないんて、確かに嫌だよね。」

「別に、俺は……。」

 

 陸實は口を噤んだ。こうした男女に関することを口にするのがとても苦手なのだ。姉は女性らしく身だしなみを気にする人ではなかった。むしろ動きやすいからと男物を好んで身に着けていた。それでもその思考は女性的で、母性的だった。そんなちぐはぐな人だったからこそ、姉は陸實の人間的性に関してとやかく言うことはなかった。

 

「何、興味ないって?」

「まぁ、そうだな。」

「もしかして、そういうやつ?」

 

 彼女はこちらの意図を探るように、暈しつつ質問をしてきた。陸實は首を横に振り「違う」と否定した。何を言いたのかわからないと首を傾げる横山に陸實から何か弁解することはなかった。

 

「そういうの気にしないのに、なんでそれ治そうとしたの?」

「別に、治したがったのは俺じゃない。姉さんの方だ。」

「で?」

「姉さんは、大人の都合で子どもが割を食うのを見るのが嫌いな人だった。俺がこんな風に生まれてきたことをどうにかしたかった。普通に、暮らしてほしかった。」

 

 「きっと、それだけだ」と陸實は答えた。当の陸實が姉の都合で割を食っていたのだが、そこらへんには恐らく気が回っていなかったのだろう。あの時、陸實自身の自我が出来始めたとき、何度死を待ち望んだことだろうか。大人たちがそういうのだから、そういうものなのだと思い生きていた。死を望まれる陸實達にあの人だけが生を祝福してくれた。

 

 俺たちは、本当に幸せだった。

 あの時くらいだ。過去を呪わなかったのは。

 

 そんなあの頃を思い出して陸實は楽し気に目を細めた。

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