2年生の先輩の声優が発表されましたね。
いよいよって感じです。
腹黒白兎さん、いりさん、野口八百緒さん、お気に入り登録ありがとうございます。
4月28日の深夜、石上陸實は街灯が少ない路地にその家はあった。周りの家のなどガラスには借家などの張り紙がされている。この辺りが既におどろおどろしい。赤い屋根に白の外壁。白い外壁は蔦が覆っており、この家が手放されてからの年月を感じることが出来た。
本来、5月1日予定されていたこの結界作りをこうして行わなければならなくなったのには理由があった。
「ごめん。」
4月27日の昼休み。呼び出された横山は浮かない顔で帰ってきた。その様子を見て秋月と佐々木はその理由を尋ねた。そうして帰ってきた言葉が「ごめん」だったわけだ。
顔の前で両手を合わせ、片目を開けこちらを見上げるあざとい可愛さを見せたのは横山だった。昨日、部活の先輩が怪我をしたために練習試合に参加をしなければならなくなった。部活動に必ず参加しなければならないというわけではないこの高校でも、一応部活が盛んでないわけではない。
「開かずの間、行きたいんだけど、どうしても出てくれって言われて。」
「空いてる日、ほかに無いの?」
「4月29日、かなぁ。先生の都合で部活事態休みなんだ。」
佐々木と横山だけで勝手に進んでいく話に隣に座っていた秋月に目を向けた。視線に気が付いた彼女は、「私も大丈夫だよ」と答えた。その様子をげっそりとした顔で見ていた陸實は、本日の予定を頭の中で組み立て始めた。
護符の機能を持つ呪符を作り、それからその家に行き呪符を貼る。工程はこれだけとはいえ、何分時間がない。これが姉の術式ならば簡単に呪符作りが済んでいた。
姉の術式は文字を現象化するものだ。呪符に護符となるような文字を書けばそれは護符となるだろう。だが、似て非なる術式を持つ陸實は、そうはならなかった。頭の中で儀式の簡略化などの算段をたてながら、徹夜作業に思わずため息が零れる。
「陸實は?」
「んぁ、嗚呼……。まぁ、何とか。」
唐突に振られた佐々木の言葉に言いあぐねながら答えた。
「なんか用事あるの?」
そう尋ねてくる佐々木に、「いや」とあいまいに返事をする。彼女らの安全を考慮するならば先の予定通りがいいのだが、などと考えていた陸實だったが、面倒ごとはとっとと済ますべきだろう、と陸實の中で囁かれた。基本的に自分の欲に逆らうことをしない陸實は、その囁きを採択することとなった。
「大丈夫、何でもない。」
「本当?」
「ホント、ホント。俺の予定は基本的にお前たちが入れてくるくらいしかないから。」
そういうと横山は「寂しい奴」と言ってお弁当を口にする。
「だから私たちがとことん構ってやらないと。」
佐々木が横山にそう言うと横山も笑みを浮かべて「そうね」と頷いた。これは彼女らの仲の良さを考慮しなければ虐めの一場面のようだったな、と陸實は勝手に思っていた。
「程ほどにしてくれ。俺の身が持たん。」
「あ、酷い!」
横山の言葉に秋月は面白そうにクスクスと笑みを浮かべていた。こんな雰囲気でなければ予定を乱される事に対して思わず「呪う」などと口に出していたかもしれない。
それが簡単に口に出なくなったくらいに、陸實は人間らしさが染みついてきたのかもしれない。
そんなこんながあり、儀式のための斎戒を執り行っていれば次の日になっていた。
昼間とは違い、体を覆う包帯をしていない陸實の全貌が落ちかけた三日月に照らされていた。結局その顔の左半分を覆うのは包帯から呪符になっただけである。呪符には崩した文字で耳や目、唇に皮膚などその呪符のある場所に対応した言葉が書かれていた。呪符でできた目玉は生身の右目と同じようにぎょろりと動くし、乾燥などを一切気にする必要がないはずの瞼はきちんと左右同時に瞬きをしている。その文字の機能を発揮していた。
「な・る・ほ・ど。」
パルプとタンパク質でできた材質だけが違う左右対称な形をした唇が、一文字ごとに区切りながら動いた。こうした不可思議な体その家を見上げて陸實はそう独り言をつぶやいた。現在の時刻は深夜の2時過ぎ。三日月はすっかり地平線になりを潜め、空は薄く雲が覆っているため星は見えない。そんな心霊スポットを訪れるにはいささか暗すぎるその場所に懐中電灯も持たずに、陸實は訪れいてた。
秋月から教えられた開かずの間を持つ家は、その名を持つべきして持ったと言えるだけの禍々しさを持った家だった。玄関へと続く道に残穢を確認することが出来た。這いずったようなそれは、それが呪術師ではない可能性を示唆させる。
この時、陸實は安堵していた。呪術師を殺した場合、姉の昔馴染みとは縁を切っている陸實には死体を処理する術が限られている。持ち歩くにも気分が悪い。死ねば消えるものが相手で本当に良かった。
ただ、争わずに済むのならば、同族を殺さずに済めばよいな、と陸實は考えていた。
そんなことを考えながら陸實は敷地内に足を踏み入れた。コンクリートの隙間から健気に顔を出した草を踏みしめながら玄関へと向かう。どこにでもある2階建ての建物だ。玄関には鉄でできた鎖がかけられており、多少錆びてはいるもののこの家に比べればまだ新しさを感じる。ただ、鎖は巻き付いているだけだ。南京錠がついているだけで話になることはなく垂れ下がっている。
玄関の扉は簡単に開いた。ギギッと扉の蝶番が金属音をたてた。扉を押し玄関をのぞき込むと家の中は小さな呪霊どもはいるが、人を喰うような奴を見つけるは出来ない。どれも人に対して害することが出来ないような奴ばかりだ。
玄関から入り、一番最初に目についた扉は三つ。前に一つ、左に二つ。床は土足で歩いた土汚れの跡がある。
ひとまず一番近くにあった左のうちの一つを開けた。比較的広いだろうトイレはやはり薄汚れておりとてもではないが、ここで排泄をしようという気は起きなかった。便器の中から生えている奇妙なキノコのような呪霊と目が合わないうちに扉にペタリと呪符を貼っておいた。するとトイレの中にいた弱い奴らはスゥッと黒い塵になって消えていった。
そのまま左にあるもう一つの扉を開けた。そこには脱衣所があり、天井からつるされた物干し竿が宙ぶらりんのまま放置されていた。恐らく洗濯機を置いていただろう場所はすっかり何もなく、ただ白い壁紙に木目調のフローリングでできた正方形の何の変哲もない部屋だった。扉にペタリと呪符を貼る。
風呂場のドアを開ける。そこにはやはり何も変哲もない風呂がある。黄色い床に青い壁。すこしファンシーな色づかいではあるもののごくごく一般的なお風呂場だった。足元を通り抜けていく奴らを目で追いながら同じように呪符を貼る。
こうして家に対して俗な言い方をするならば、お祓いをしていった。そして一階のリビングの隣にある部屋に恐らく開かずの間であったであろう部屋があった。何故このような言い回しになったのか。それは開いていたからだ。
玄関から目の前の扉を開け、右手にあったリビングの奥にあった引き戸。そこが開いていた、というよりは破られていた。片方の扉が押し倒されていたからだ。びっしりと呪符が張り付いている明らかに意図的にそこを閉じていたことが分かる。
「これじゃあ、開かずの間じゃないな。」
噂の出どころは開かずの間だった。だからこそ、これを見た人間がいるのならば、開かずの間なんて名前を付けることはないだろう。畳にこびり付いた血の跡を見て、それこそ『高校教師が殺された和室』の方が正しい。話に面白みを持たせるためにそうした、と言われればそれまでだが、何となく腑に落ちない。
「ここに住んでるやつはお出かけか?」
これだけはっきりと残穢がこびり付いているのならば、つい最近までここにいたのだろう。時間帯が悪かったのか、それとも条件でもあるのか。サイドポーチに入った何も書かれていない紙を取り出し、残穢の上に張り付けた。
「拍手。」
陸實はその掛け声とともに大きく腕を広げ、それから一つ拍手をする。パチンという音と共に文字が浮かび上がり、それは見慣れた呪符へと変わる。
陸實は首を傾げた。陸實の術式は事象を呪符の中に封じ込めるものだった。これは陸實が工藤に語ったたとえの内の一つ、病などの事象を封じるものだ。そのため、今回の様な結界を呪符によって作るならば、呪符に結界を封じてからでなくてはならない。陸實が大量の呪符を持ち歩いて生活しているのはそのためである。
陸實が何も描かれていない呪符を貼ったのは、その呪霊の残穢を封じ込めて保存するためだ。未知の呪霊の残穢が見知った呪符に変わることなどありえない。だから、陸實は首を傾げた。
「どうして、姉さんの呪符が……。」
出来上がった姉の呪符を見て、陸實はポツリと呟いた。これは姉の残穢ではない。見間違うはずがないから。これはもっと禍々しい、呪霊の残穢そのものだ。貼っていた呪符をはがし、それを観察する。穴が開くほど見つめたとてその模様が変わることはない。
出来上がった呪符をサイドポーチにしまい、部屋の奥へと足を踏み入れる。思わず顔をしかめるほどの淀んだ空気だ。そして陸實はこの部屋をやけに宗教色の強い部屋だと思った。一般的な神棚だけならば納得はするのだが、四方の壁にしめ縄が飾られており、それはまだ新しい。
ざわりと左手首が疼いた。
「ここを知っているのか?」
その問いに答えを返すことはしてくれなかった。この町に来てからどうにも呪符の反応が悪い。特に、今押し黙っている奴は何も零すことはない。久々の反応だったため、何かを返してくれると思ったのだが、と陸實はため息をつきながら神棚の方へと目を向けた。
随分と古びたそれは、扉が開いており中に入っている天照大御神と書かれた護符が見えている。通常、正月でもなければそこを開けることはない。生憎と陸實は米も塩も御神酒も持っていない。埃がたまって痛ましいその神棚に手を合わせ、せめてもの償いとして護符を取り出した。
どんど焼きをしてくれる神社がこの近くにあるだろうか、と今後の予定を組み立てながら護符が置いてあった場所に呪符を貼った。扉を閉めた。他にも開いていた2か所の扉に手を掛けたとき、左側の扉の奥が日焼けしていないことに気が付いた。通常崇拝神社の護符を置く場所だ。
陸實は床を見渡し入っていただろう護符を探したが、血痕があるとはいえ物が散乱しているわけではないその床で護符を見つけることは出来なかった。
「罰当たりなことするなぁ。」
誰かが持って行ったのならば、それは罰当たりなことこの上ない。天照大御神の護符をポーチの中にしまい、ペタペタと呪符を貼っていく。淀んでいた空気がましになっていくのを肌で感じ、1人で納得したように首を縦に振る。
これで結界が完成した。人間はともかく、呪霊がここに入ってくるはできない。遊園地にあるお化け屋敷よりも安全で神聖な場所になった。
「次は、二階か。」
陸實は大きく伸びをし、窓から外の景色を見た。少し白けた空を見上げて大きく欠伸をした。呪霊であったときはこんな事はなかった。人間らしくなったと、この不便さを楽しんでいる。
一階以上に二階は気になるようなものはなくトイレを合わせて5部屋あったが、特筆するようなものは一つもなかった。ただ、一回に比べれば壁に穴が開いているなど壊れている箇所が多いように感じただけであった。
淀んだ空気は多少ましになり、これならば明日は問題なく季節外れの肝試しを行うことが出来るだろう、と一階に降りた陸實は一人満足げに頷いていた。
玄関から辺りをよく観察する。しかし、否、やはりというべきだろうか。人を喰うような呪霊を見受けることは出来ない。その気配も感じることは出来ず、恐る恐る玄関から外に出る。最後に玄関と家の前にある塀に呪符を貼り、一通り準備は終わった。
陸實は祝詞を述べ、それから頭を二回下げ拍手を二回。そしてその家に拝んでから、頭をまた一回下げた。少しだけ明るい雰囲気を醸し出すその家を見て、これならば近隣の住民も少しはこの家に対して薄暗い言葉を吐くことは少なくなるだろう、とそんなことを考える。
「嗚呼……。」
儀式を行うということもあり、久しぶりに行った本格的な斎戒はやはり辛いものがあった。精神的に、というよりは肉体的に疲れた。すっかり沈んで見えなくなった三日月から察するに午前3時は過ぎただろう。右手でかすかに痛む頭を押さえながら陸實は帰路についた。
★
次の日、起きたときには太陽は天上の一番上から地面を温めており、肌に突き刺さる太陽からの熱光線にチリチリと音がしそうなほど露出した肌を焼かれていた最中だった。
やっばい、遅刻遅刻! と足掻く気にはなず、嗚呼、遅刻か、と諦め境地に至った。10分ほどうだうだと悩んでから、早くいけと陸實を急かす囁き声を聞いて、仕方ないと体を起こしたのだった。
「行ってくるよ、
その言葉に陸實の後ろで、コンと床を叩く音が一つ聞こえた。