神の呪う言葉に成れ   作:358さん

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kuroさん、お気に入り登録ありがとうございます。

 はやく誰か更新しないかなぁ、とサイトを渡り歩く日々です。
 次回、原作キャラが出る予定です。
 プロット的には……。


開かずの間④

 4月28日。5月2日を予定していた開かずの間探索は、少し早まることになった。テニス部の期待の新人が先輩の怪我のために突如、練習試合に参加せざるを得なくなったためである。4月29日は3人とも用事がないということで急遽28日に開かずの間を訪れることが決定した。

 学校に行くだけにしては異様な大荷物を持った女子高生二人が玄関で腰を下ろしながら話していた。その様子を少し離れた場所で本を読んでいる陸實は観察していた。今は部活動のミーティングで遅れている横山を持っていた。秋月は今までの生活が生活だっただけにとても楽しそうに過ごしていた。今どきの女子高生のごとく、キャッキャッと楽し気な会話を見ているだけで気分が良いと陸實は思っていた。

 可愛らしい着信音とともに佐々木がスマホを確認すると「沙良、今終わったって。」と陸實に知らせた。今まで読んでいた本をしまい、床に置いてあった黒い学習カバンを持ち上げた。丁度下校時間のチャイムが鳴り、陸實は下駄箱から靴を取り出し、放り投げた。

 

「靴を投げるな、石上陸實。」

「おや、こんにちは。工藤先輩。」

「工藤……。」

 

 にこやかに流そうと思っていた陸實にとって、工藤拓海に対して牙をむいたのが佐々木舞であったことが意外であった。基本的に事なかれ主義というか、平和に事を済まそうとする人間だ。争わず、できるだけ逃げやすいように物事を進めていく人間だと思っていた。

 

 

 佐々木舞という人間に出会ったのは、秋月が呪詛師か何かだと思っていた時だった。当時、呪霊に纏わりつかれていた彼女と仲良くしている佐々木舞を見て、バカな奴という感想だけしか残らなかった。秋月の余波を受け、佐々木も呪霊の影響を受けていたからだ。

 いじめとまではいかないまでも、何かと仲間外れにされる秋月にとって佐々木舞はまさに救いであっただろう。このまま二人で落ちていくものだと思っていた。

 秋月をフォローしながら佐々木は、学生生活を送っていた。別の友人に語っていた「面倒事って嫌いなんだよね」と語っていた。その面倒なことに積極的にかかわる危機管理能力の欠如は如何ともしがたいものだ、などと完全に見捨てる予定だった。

 

「唯奈は、良い奴だよ。」

 

 なんて言えるのだから、事なかれ主義か何かだと思っていた。積極的に争い事に関わることなど無いと思っていた。

 

 

 そのことを陸實は知っているから、いまにも噛み殺しそうなほどに20㎝近く身長差がある工藤拓海を睨み上げている佐々木を見て、とても驚いた。獣のように獰猛で、手負いの、否、子育て中の母親のようだと陸實は内心ワクワクしながらその様子を眺めていた。

 

「君か、佐々木舞。」

 

 工藤拓海と佐々木舞の間に挟まれ、場違いな小動物がごとくオロオロしている秋月を可哀想だな、と他人事のように思いながら眺めていた。

 

「陸實は見ての通り怪我をしているのよ。それなのに、そんな言い方しなくていいじゃん。」

「彼女が怪我人かどうか疑わしいものだ。実際、学校にはそう言った届けでは出していないそうじゃないか。」

「レディには、言えないことの一つや二つあるものなの。」

「君みたいに、か? 随分楽しんだみたいじゃないか、雅人と。」

 

 軽蔑をふんだんに混ぜ込んだ言葉に、佐々木舞はキリリッと唇を噛み締めた。低くうなる声で「ぶっ殺す」と彼女は宣った。握りしめた拳を振り上げようとした時、流石にこれ以上はまずいと行動を起こそうとした陸實よりも先に腕を振り上げたのは秋月だった。

 

「もう、私を挟んで喧嘩しないで!!」

「アグッ!?」

 

 半年ほどの付き合いの中で初めて聞いた彼女の大声だった。155㎝と女子では平均的な身長の彼女である彼女が勢いよく振り上げた手が佐々木の顔面を殴ってしまったようだった。

 慌てて謝罪をし、その患部辺りを心配そうに見つめる秋月にしゃがみ込み顎を抑える佐々木はため息交じりに「心配しないで」と答えていた。それで納得できない秋月は本当に申し訳なさそうに佐々木の様子を見ている。

 工藤の方はというと、一連の流れで気分が削がれたのだろう。未だに軽蔑しかない眼差しであるものの、口を一の字に結んだまま動かない。

 

「いや、すみませんね。先輩。靴を投げないよう、以後気を付けましょう。」

「嗚呼、是非ともそうしてくれ。人間関係の(まじな)いが必要なのは君も同じのようだな。持ち歩いていて正解だと思うね。」

 

 他人が唯一伺える陸實の素肌である瞼がその一言にピクリと動いた。それから陸實は細くなっていく瞳を誤魔化すように目をつぶり相手に伝わらない笑みを浮かべた。そして

 

()()()()()()。」

 

 と小声で言葉を吐き捨てた。石上睦實という人間は基本的に口が悪い。男性的な言葉遣いに、女性らしさのかけらもない行動も相まって女生徒用のセーラー服を着ていてるとはいえ、それでは覆い隠せない乱暴さが目に余る。だからと言ってここまでではなかった。先ほどの佐々木よりも洗練された殺意だ。

 瞳孔の開いた右目がじっと、目の前の男を見ている。興奮しているようで瞳孔が揺れる右目は、それでも獲物の一挙一動を見逃すまいと静かに目の前の男を見据えている。

 

「先輩、あの呪符は今までの糞みたいな人間関係を払拭するため持ってるんです。あれは過去の人間との縁切りのためのものです。」

 

 「勘違いをさせてしまったのならすみません」と何事もなかったような声音で陸實は謝罪の言葉を口にした。しかし、そこにはいつも以上に言葉に重みがない。何より、陸實は怒っていた。陸實が人間として生を実感できるようになった数か月間、感じることのなかった怒りだった。呪霊であったころに比べれば、周りは騒がしいものの自分の内心は酷く落ち着いたものだった。

 

 それを、()()は大変好ましいと思っていた。

 

 だから、それは本心からの言葉だった。

 

「喧嘩なら、高値で買ってやるよ。」

 

 工藤からその返事をもらうことは出来なかった。

 

「ごめん、お待たせ!!」

 

 重たそうなラケットバックを背負った横山が体育館の方から現れたからだ。ただ、その異様なまでの威圧感に彼女の勢いは次第に遅くなっていく。振り上げた手を下ろすタイミングを失い、「えっと……」と言葉を探している。

 何せ口調が悪いだけで喧嘩っ早い訳では無い同級生が、風紀委員長の胸倉を掴んでいるのだから。

 

「遅かったな横山。」

 

 横山の姿をその視界にとらえると、胸倉をぱっと放した。それから何事もなかったかのように横山に手を振る。

 

「え、あ、うん。ごめん。ちょっと試合近いから。」

「別に、責めたわけじゃねぇよ。期待の新人だもんな。」

 

 横山に近づき、背中を軽い力で数回叩いた。それから急かすように横山の背中を押し、彼女の下駄箱の前まで誘導した。

 

「それじゃあ、先輩。さようなら。」

 

 上靴を脱ぎ、下駄箱にしまう。ローファーに足を入れる。佐々木や秋月も同じようにそそくさとその場から退散した。

 校門を出たとたん、「嗚呼……!」と叫び声をあげて陸實は頭を抱えた。長い髪の毛をクチャクチャにかき乱し、先ほどの自分の行動を後悔しているようだった。

 

「いったい何があったわけ?」

「舞が、その、風紀委員長に嫌なこと?言われたから、『喧嘩なら高値で買ってやる』って石上が啖呵切っちゃったの。」

 

 横山の問いに秋月がおずおずと答えた。横山は「はあ……?」と答えた。佐々木はというとあれから口を開くことはなく、むすっとした顔で何かを悲しんでいるように俯いていた。

 

「大丈夫だって、そんなことで停学にならないよ。」

 

 横山がしゃがんで陸實の肩に手をのせた。陸實はガバッと前を向き、それから「一発殴ればよかった」と横山に訴えた。横山は驚いた顔をした後、呆れた声音で「やめておきなよ」とやんわりと忠告をした。

 

「本当に停学になるよ。」

「どうせ停学になるならすっきりして停学になるべきだろう。」

「落ち込んだのってそういう理由?」

 

 当たり前だ、と言わんばかりに口をとがらせて不機嫌そうにしている陸實は、ふと見下ろしていた佐々木の方へと視線を向けた。佐々木は視線を左右にさ迷わせた後、陸實の足元に置かれたカバンへと視線を止めた。

 

「雅人って誰?」

 

 陸實の言葉に佐々木はびくりと肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。何度か言いあぐね、そしてやはり口を閉ざした。彼女は小さく「好きな人」と答えた。それに対して「写真とかないの?」と陸實は尋ねた。佐々木は素っ頓狂な声とともに首まで赤く染めた。その様子を見て、陸實はその包帯の下でにやにやと笑みを浮かべているのだろう。

 先ほどと同じように目を細める陸實の雰囲気はとても楽し気だった。気分を切り替えたのか彼女は勢いよく立ち上がり歩き始めた。勝手に乱れて勝手に機嫌を直したらしい。

 

「あなたの何もない家で見せてあげる。どうせ、夜中までは時間があるし。」

「大丈夫?」

 

 呆れたように笑みを浮かべる佐々木に秋月がそう尋ねた。後ろから付いていく二人はその様子を伺っていた。

 

「アイツは相変わらずむかつく奴だったけど、大丈夫。もう、割り切れてるから。」

「割り切れてる……。」

 

 秋月は先ほどの佐々木の様子を見ていて、あれを割り切れていると思ってよいのだろうかなどと考えているのだろう。秋月は不安げな表情で佐々木の様子を見ていた。

 秋月にとって佐々木はそれこそ、命の恩人だ。彼女がいたからこそ、今まで自分は投げやりにならずに生きてこれたのだ。だから、体の融通が利くようになった今、多少過保護気味ではあるけれど佐々木の事を心配している。そして噂の年上彼氏の事も当然その心配事の中に入っているのだろう。

 

「どんな人?」

 

 事情を知らないのだろう。横山が先ほどの話題に便乗して興味津々の顔で尋ねていた。

 

「お、いいね。話せよ。」

 

 夕暮れの住宅街を歩きながら佐々木は陸實と横山に挟まれた。逃げ場をなくすように本来ならば佐々木の味方であるはずの秋月を後ろに配置する。目的地の場所である石上陸實の自宅を知っている佐々木がそこに向かって走り出す可能性を考えていなかったわけではない。

 女子特有のそういった色恋事に対する食いつきの良さに便乗し、普通の人間関係を陸實は楽しんでいた。

 

「もう!」

 

 と、いい加減そのいじりに嫌気がさしたのだろう。リュックをしっかりと背負い、佐々木は前に向かって走り始めた。そのあとを「待ってよ」なんて言いながら後を追う。自然と荷物が一番軽い陸實が最初に追いつき、そのあとを部活道具と寝泊まり道具を持った横山、一番後ろに文化部の秋月が必死についていく形になっていた。

 佐々木が追い付かれまいと必死になって路地から十字路に出たとき、今まで楽し気だったその雰囲気が一瞬にして変わったのを陸實は見た。前に進もうとしていた佐々木の足は途端に歩き方を忘れたように縺れるのを見た。

 続いて路地から出た陸實がその理由を素早く理解した。佐々木の視線の方、右手にはすぐそばまで迫った白い軽自動車が迫っていた。しっかりとハンドルを握るスーツ姿の金髪の女性の表情が驚愕と恐怖の色を見せ始めていたのを見た。

 

 死にたくない、もう二度と。あんな体験は一度で懲り懲りだ。

 

 そんな考えが頭をよぎる。自分一人ならば絶対助かることは出来る。そんな思考を投げ捨てたのは陸實の右足が地面から離れて膝の高さまで上がった一瞬の事だ。

 

 

「『他人から自分にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ』。これをキリスト教では黄金律っていうのよ。」

 

 姉はその黄金律をモットーに生きているような人だった。そんな押しつけがましい優しさだからこそ、陸實は生きることが出来た。別に姉のようにその他大勢にそれを振り撒こうとは思わない。人間も呪霊も等しく扱う姉のように等、死んでもならないと思っていた。

 でも、

 でも、だ。

 そうやって俺は言い訳を続けた。

 

 こんな見るからに普通じゃない容姿の()()を受け入れて、普通に生きてみたいという願いの一端を叶えてくれていたこの人たちを失うのは惜しいだろう、と()()()に言い訳をする。そして俺は最後の一言を告げた。

 

「楽しかっただろう?」

 

 そして言い訳に言い訳を重ねたそれは、多くの頷きによって採択されることとなった。

 

「迷うな!」

 

 陸實は自分自身を叱責し、持っていたカバンを前に放り投げた。倒れかけている佐々木の腹に左手を廻し、持っていた荷物を右手で素早くつかんだ。そして前のめりになっていた体を力いっぱい戻し、前に出た右足で強く後ろへ踏ん張る。車は陸實達をよけるためにハンドルを大きく右に切る。

 

 前に進むのではなく元の路地の方に戻ることが最適解だ。

 

 こればかりは力加減を気にしている余裕はなく、小さな悲鳴が腕の中から聞こえた。後方にジャンプし、ギリギリのところで私たちの前を通っていく車を見送って尻もちをついた。車に轢かれたのは陸實が思わず前方に投げ捨てたカバンだった。

 

「あ……。」

 

 元々安いものを使っていたこともあって車との衝突でカバンは破けてしまったらしい。中から大量の呪符が空中に投げ出された。特大のくす玉を開いたように白く細長い紙が舞い散る。どこか遠くの事のようになるブレーキ音など気にも留めなかった。先ほど車に轢かれそうになっていたことなど忘れ、その光景を思わず「わぁ」と歓喜の声とともに見ていた。きっと生命の危機に瀕して、どこか感情がバグったのだろう。

 「痛い、痛い」と左腕が悲鳴を上げているのでその方を見ると、佐々木の爪が食い込んでいた。確かにこれだけ力いっぱい握られれば痛いだろうなぁ、なんて他人事のように陸實は苦笑いを浮かべた。

 

「石上、舞、大丈夫?」

「あぁ……、俺は問題ねぇけど、佐々木がなぁ。」

 

 放心状態の彼女に目を向けて、訪ねてきた横山に苦笑いで答えた。

 

「生きててよかった。」

 

 陸實はそうつぶやいた。

 陸實達は、そう呟いた。

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