神の呪う言葉に成れ   作:358さん

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開かずの間⑤

「本当に良かった。」

 

 陸實はそう言って舞を抱きしめていた。私も彼女の様子を見てほっと息を吐いた。足が一番遅かった私は上がった息を整えながらその様子を見ていた。

 車から降りてきた女性は「大丈夫ですか!?」と焦りなどが前面に押し出された言葉だった。陸實の腕に抱えられた舞は、相変わらず放心状態のようでじっと一車線の路地の方を見つめていた。舞が見ている方に何かがあるわけではなく、ただ真っ直ぐに住宅街の路地を見ていた。

 

「佐々木?」

 

 唐突にポロポロと泣き出した佐々木は、震える手で顔を押さえ俯いてしまった。

 

「とりあえず、救急車は呼びました。ホント、すみません。」

「いえ。」

「ここを、いつも歩いていたの。」

 

 ポツリと彼女は唐突に呟いた。彼女はゆっくりと震える手で目の前の路地を指さした。

 

「部活だって言って、わざと家を早く出て。」

 

 申し訳なさそうにそう謝罪するその女性の言葉なんて舞には届いていなかった。たださめざめと泣いている彼女は、こちらがどんな言葉を掛けようが返事をする事はなかった。ただただ思い出すように舞は恐らく雅人との思い出話を話していた。

 

「ひっ!」

 

 沙良や陸實が舞に声をかけているとき、私はそれを見つけてしまった。舞い上がっていた紙の中からにゅるッと現れた。私は口元を抑え、呼吸音すら消すようにじっとそれと目が合わないようにコンクリートを見つめた。私の急変した態度に不安を覚えた沙良が私に対して「どうしたの?」と尋ねていた。私はその問いに答えることは出来なかった。意地でも私は答えなかった。

 唐突に前に現れた殺意の塊に、陸實は舞を抱きしめながらそれに目を向けた。視界に一瞬映った真っ黒なシーツのようなものを頭からすっぽりと被った呪霊。身長は2mもなくそこまで大きくなく、シーツを被っていても分かるほどにそのシーツの下の体躯はほっそりとしている。頭部に大きな口だけが存在しており、目や鼻と言った顔として必要なパーツは見受けられなかった。

 未だこちらをじっと見ているだけで、呪霊との間は30mほど離れていた。そんなものあってないようなものだ。

 

「本当にすみません!」

 

 警察に連絡を終え、今度は会社にでも連絡しているのだろう。電話越しに平謝りをしているあの女性の声が聞こえてきたが、そんなことにかまっている暇はない。私は助けを求めるようにゆっくりとその呪霊に悟られにように陸實の方を向いた。でも、陸實だってこの状況は好ましくないと思う。呪霊が見えているのはきっと私と陸實だけだ。今、ここで襲われれば呪符を持っている私と陸實しか生き残れないかもしれない。最悪の場合、私だって殺されるだろう。

 

「とりあえず移動しましょう。ここだと車に轢かれるかもしれないですから。」

 

 そう言ってこちらを誘導しようとする女性の言葉に一人この状況で取り残された横山だけが頷いた。少なくとも私はこの場から動くことは出来ない。これまでの慣習が私をそうさせている。そして陸實はあれから目を離すことは出来ない。そして佐々木は相変わらずさめざめと泣いており、彼女だけの世界に浸っていた。

 

「返事しなくていい。秋月、その女の人の言う通りにしとけ。」

「え、ちょっと。石上、どういうこと?」

 

 陸實の言葉に沙良が尋ねた。私はゆっくりと陸實の言葉に従おうとした時だった。

 

「お前が!!」

 

 舞は素早く立ち上がり、呪霊の方へと走っていこうとする。陸實は慌てて彼女の腕を掴み、再び道路に飛び出さないように腕を強く引っ張る。唐突に暴れ出した彼女をどうにか抑え込み、目の前のそれを見上げた。

 

「放せ!!」

「いい加減にして、舞!」

 

 陸實と横山、二人だかりで抑え込んでいた。

 

「邪魔するなら、殺してやる!」

 

 その言葉を合図に私の視界には赤く鉄臭い液体が宙に散らばるのが見えた。それからほどなくして水が撥ねる音がして、どさりと重たいものが地面に突っ伏した音も聞こえてきた。

 ワタシは、その光景をただ黙ってみていた。服の下のそれを握りしめ、呪霊と目を合わせず黙っていることが私にとっての最適解であったからだ。

 その結果、同級生二人の頭の半分が吹っ飛ぶことになろうと、本当は正常な精神状態ではなかっただろう。口を開けば、歯が鳴ってしまいそうで歯を食いしばるしかなかった。

 

―――一つアドバイスをしてあげましょう。

―――君の術式は、悪い奴らにも善い奴らにも気づかれるべきではない。

 

 2年前、私が初めて対峙した自分と同じものが見える人が彼女にそう告げた。小さな可愛らしい赤い着物を着た女の子と一緒にこの町を訪れた彼女は、私のお願いを聞き中学校で起きていた意識不明事件を解決し、立ち去って行った。

 私にとって彼女は、同じ苦しみを共有できる初めての人だった。私はその人の言葉をひたすらに信じていた。

 だからこそ、私は己の存在をひたすらに誤魔化し続けた。今は亡きなんて言ったら怒られるだろうが、石上陸實から貰ったその木簡でできた呪符に適切な呪力を流し続け、私はただただことが終わるのを待っていた。一心に見つめたコンクリートが灰色から少しオレンジ色に染まった頃だろうか。彼女はようやくそっと息を吐き出した。

 気が付けば、死体が3つ転がっていた。車に乗っていた女性のバラバラ死体が新しく増えていた。胃の中からこみ上げるそれを吐き出した。誰かが私の肩を叩くが、そんなこと気にしていられない。ただただ、あれがいなくなったことを安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから4日経った。

 先日、陸實の後見人で佐倉と名乗る女性が私のもとを訪ねてきた。眼鏡を掛けたおとなしそうな女性だった。恐らく30代後半の女性で少し窶れており、話しているうちに何度か涙を流していた。その人は陸實の学校生活の様子などを「辛いだろうけれど」と尋ねてきた。

 スーツを着た佐倉さんは、陸實が私の事を何度か手紙にしたためていたことを教えてくれた。今どき、メールではなく手紙という女子高生にしては何とも古風で、思わず笑ってしまった。

 最初は「呪霊に憑りつかれた少女を勢いと偶然で助けた」から始まり、「呪符の適切な値段が分からない」と言った相談の手紙に、「一般常識を教えてもらっている」と近状報告が続き、そして「今の生活が楽しい」と最後の手紙には綴られていたそうだ。

 佐倉さんは陸實が幼いころからその様子を知っているらしく、何が起こってもツラッとして無表情だった陸實がこんなことを書いているのがとても嬉しかったそうだ。佐倉さんは他にも陸實のお姉さんの話をしていた。破天荒というか、独特な人だったようで学校に馴染めるか心配していたらしい。

 陸實は、親族だけで葬儀を行うらしく、私は彼女の最後を見ることは出来なかった。陸實はいつも包帯を巻いていたから佐倉さんがそうした配慮をしたのかもしれない。何時ら本人が気にしていないとしても、周りの人たちは好きかっていうのだから。

 佐倉さんは最後に私に「ありがとうございました」と礼を述べて帰っていった。

 私は、佐倉さんと話して決心がついた。

 

 今日は、沙良の通夜があるそうだ。私はとてもではないが外出する気にはなれず、ゴールデンウィークにもかかわらずずっと昼間は自分の部屋に閉じこもっていた。それに対して母親は食事の時間などに毎度こちらの様子を心配そうにうかがってくる。今更やめてほしい、と思いながらも家の中に引きこもっていた。

 親が沙良のお通夜に出かけていき、私だけが家に残った。彼女の家は隣町だから少し遅くなる、と書かれた紙が居間のテーブルの上に置きっぱなしであった。私は本来ならば、3日前に行くはずだった開かずの間を訪れていた。

 薄汚れてひっそりとしているその家は蔦がその白い外壁を覆い、どこか西洋の住宅を思わせる雰囲気があった。

 

「こ、怖いね。」

 

 私の声にカンと、一つ音がする。私の右手の服の袖を握りこちらを見ているその子は、沙弥(しゃみ)という名の呪霊だ。虚無僧の格好をして、錫杖を持った身長160㎝ほどの少年だ。もう一人、睡意(すい)という呪霊がいる。その二人が陸實の家で留守番をしている。だから、沙弥がこうして私に会いに来たことがとても不思議だった。

 陸實が死んだ夜から、彼はこうして私の手を握ってくれている。紙でできた右手には温度はなく、ひんやりとしていて彼が生きていないのだと改めて思ってしまう。

 

「でも、何かヒントがあるかも。」

 

 あの中で一人だけが生き残ってしまった罪悪感が私を支配していた。今まで、他人のことなど気にせず生きてきた私なのに、こんなこと可笑しいのかもしれない。慣れないことをしている自覚もある。それでも私は一矢報いたいと思った。それが自暴自棄だ、自殺行為だと否定されても、私はやめるつもりはなかった。一矢報いてやりたいとそう思ったからだ。

 

「ありがとう、沙弥君。君がいると心強いよ。」

 

 沙弥君は小さく首を振った。私は彼の手を引いて、開かずの間を持つ家へと足を踏み入れた。玄関の扉は元々チェーンがかけられていたようで、地面には南京錠が付いたそれが落ちていた。恐る恐る、その扉に手をかけゆっくりと押した。中からはひんやりとした空気が流れ込んで、足元をスゥッと通り過ぎていく。「ひっ」と悲鳴を上げて思わず隣にいた沙弥君に抱き着いた。

 沙弥君は必死に頭の笠を押さえながら、私の方を落ちつかせようと背中を優しくたたいた。ゆっくりと閉まっていくその扉を急いで抑え、私たちはその中へと足を踏みいれた。埃っぽい玄関は、足跡が一つだけ残されていた。

 

 もしかしたら、お札を貼りに来た陸實のものかもしれない。

 

「失礼しまぁす。」

 

 そう小さく社交辞令よりも意味のない言葉をその家に投げかけ、私は前にある扉を開けた。左手には階段、その奥には居間と茶の間があった。マスクを持ってくればよかったと後悔しながら、私は口元を手で覆った。家具などは一切なく、ただ月明かりに照らされた寂しい部屋だった。

 

「ここまで何にもないと困るなぁ。」

 

 沙良が好んで行っていた某ゾンビゲームのように廃墟には家具が沢山転がっているものだと思っていたけれど、ここが日本だからなのか私の認識は間違っていたらしい。襖が大きく開けられた和室の方も伺う。ここだけはなぜか装飾が残されており、何もなかった部屋に比べて雰囲気の異常さを感じられた。もしかしたら誰かが後から装飾したのかもしれない。

 でも、というべきか。やはり、というべきか。呪術に関してさっぱり知識のない私には、例えばこの壁にかかっているしめ縄にどんな意味を持っているのか見当もつかなかった。畳の上には黒いシミがたくさん残っており、そこで明らかに何かがったのではないかと考えてしまう。

 

「このお札、石上が貼ったの?」

 

 沙弥に尋ねれば、こくりと頷いた。

 

「剥がすとどうなるの?」

 

 「呪霊が入ってくる」と彼は服の中からスケッチブックに書いた。これを全部剥がしたら、あの呪霊はここに入ってくるだろうか。ペチペチと錫杖で私の腹を殴ってくる沙弥はきっと余計なことを考えるな、と言っているのだろう。

 

「大丈夫、そんなことしないよ。気になっただけ。」

 

 こちらをじっと見ている彼はきっと私の事を疑わしいと思っているのだろう。2階などを見て回ってもやはり私が分かるものは何一つなかった。ここは一度陸實が訪れているのだから、あの時点で殺されることなんてなかったはずだ。

 

「収穫無し、かな。」

 

 スマホで時間を確認するとそろそろ親が葬儀から帰ってくるかもしれない頃合いであった。

 

 早めに戻らなくては。

 

 最後に改めて部屋を開けたが、やはりなにも見つからなかった。肩を落とし、私は玄関から外に出た。

 道路に出て、思わず足を止めた。数年前には癒し系と言われ流行したぐったりとしたパンダの様な模様のないそれは、呪霊ということさえ忘れてしまえば若干の愛らしさを私は感じた。羽が生えており、フワフワと宙を漂うように飛んでいるそれに手を伸ばそうとすると、ぐわっとぷくぷくとした見た目の頬から想像できないほど大きな口が開いた。

 

「ぅえっ!?」

 

 私の手に噛みつかんとするそれからとっさに身を引いた。その後を追って迫ってくるそれはビュンと風切り音と共に視界から消えてしまった。べちゃりと中身が破裂した音がしたため、その方を見ると可愛らしさが若干あったそれは無残にも地面にへばり付き、それから黒い煙になって霧散してしまった。

 

「嗚呼……。」

 

 私が残念そうな声を出すと、グッと沙弥君は錫杖で私の腹をついてきた。

 

「い、痛い。」

 

 顔は見えないものその雰囲気は怒っているようだった。いつも、陸實の部屋に行ったとき、彼は基本的に部屋の隅で体育座りをして動かなかった。だから、こんな風に話してくれるとは思ってもみなかった。微笑ましくてそんな表情で彼を見下ろしていたが、彼は一向にこちらを見こうとはしなかった。じっと暗がりの路地を見つめており、錫杖を二回回転させそしてそちらに向かって構える。

 私もその方へと視線を向ける。

 

「何かいるの?」

 

 暗がりから現れたのは、「銃刀法? 知らんな」と言わんばかりにその身丈と同じらいの薙刀を持った少女と少し気弱そうな少年だった。身長は私よりも高く、丸い眼鏡を掛けている。髪を高く結い上げ、闇夜に紛れるように黒い服を着ている。もう1人は白い服を着ている。

 

「お前、見えてるな。」

 

 その少女は何を、とは言わなかった。そういえば同じことを陸實にも言われた。ただその時とは違い、背筋には冷や汗が伝う。私が口を開こうとすると、カンと沙弥君が錫杖で地面をたたいた。

 

「貴女も、見える人なの?」

 

 私は陸實に言われた時と同じ言葉を返した。私の問いに、その人はにやりと笑みを浮かべた。




すみません。
次の話は、もうがっつり出てきているので。
ちょっと待ってください。
そして思った以上に長くなりそう。
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