神の呪う言葉に成れ   作:358さん

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開かずの間⑥

 警戒を解かない沙弥君の後ろで私はその少女がどんな目的で話しかけてきたのかを考えていた。時期や先ほどの発言から考えるならば、きっと呪霊の事なのだろう。ただ、あの少年がとてもヤバいということはいくら鈍感な私でもわかる。背筋を撫でられる恐怖に自然と私は足を一歩後ろに下げた。

 

「呪術高専の方、ですよね。私は、呪術や呪霊の事とかわかりませんよ。だから、聞かれても何も答えられませんよ。」

 

 オドオドと私はその人に告げた。怪訝そうな表情で私を見下ろすその人は、「オマエ、何だ?」と尋ねてきた。

私が「普通の女子高生です。」と答えると「普通の女子高生は私を見て一発で高専生だって当たられねぇよ」と返してきた。少年の方は私たちを交互に見て、何かしてくるつもりはないらしい。

 

「友達がそういう家系らしくて、色々と教えてくれました。黒い制服に金色の渦巻き釦。呪術を習う学校の制服だ、て。」

「その友達ってのは、佐々木舞か?」

「い、いえ。石上です。」

 

 彼女は大きなため息を吐き、それから「守秘義務も何もねぇじゃねぇか」と呟いた。陸實曰く、呪いは人の恐怖心や懐疑心、そんないろんな負の感情が作っているそうだ。だから、一般人は呪霊の存在をあえて知らされていない。知れば、見えない人は常に自分の周りを怖がり疑い続けるからだ。それは呪霊という存在を際限なく作り続ける。今でさえてんやわんやになりながら処理をしているのに、今以上に増えれば確実に人が食いつぶされる。

 だから、呪霊に携わる呪術師には一般人にそう言ったことを話してはいけないという守秘義務が存在しているらしい。

 

「まぁ、知ってんなら話は速い。オマエの友人を殺した呪霊について話を聞きたい。」

「何も、知りません。見たのは、一瞬でしたから。」

 

 首を力なく横に振り、私はいつもの癖を恨んだ。そう、こんなことになるならばしっかりその目で見ればよかった。

 

「それでいい、何を見た?」

「呪符から、こう、ニュルッと黒い靄が出てきて、気が付いたら立ってました。」

 

 黒いシーツを上から被ったようなそれは、頭の位置に一つの目がある。手足がどうなっているか、なんて見ていない。舞が「殺してやる」と叫んだ途端、その呪霊は殺意の対象を引き裂いた。

 

「そのあとは、ずっと目を合わせないようにしていたので……。」

「そんな状態じゃ、目を合わせないで助かるわけないだろう。」

「私、呪霊に引っ付かれることがよくあるので、石上が呪符を作ってくれたんです。たぶん、それのお陰です。」

 

 納得はしてもらえなかったようだった。特に女性の方は、ずっとこちらを睨んでいる。もしかしたら、最初に彼女たちの事を尋ねてしまったのがいけなかったのかもしれない。

 

「私たちは今回の事件を解決するために派遣された。オマエのクラスの人間が殺されてる。重要参考人として話を聞きたい。」

「別に、いらないです。」

 

 私の言葉に彼女は凄んだ声をあげてこちらを睨みつける。

 

「オマエの意見は聞いてねぇ。こっちは仕事なんだよ。」

「どうぞ、お仕事に集中してください。私には神様がいるので。」

 

 隣に立っているだけの少年が何かを言い出す前に、沙弥君がカンと錫杖で地面をたたいた。それから左手で二回私の左腕を叩いた。私は意図が分からず首を傾げて彼を見た。それから重大なことを思い出した私は思わず、「時間!」と叫んだ。忘れていた。早く帰らなくては母親に無断外出が見つかってしまう。

 

「え、っと。ごめんなさい。私、帰ります。親に黙って出てきたので。お話は明日で大丈夫でいいですよね。」

 

 私は急かすように彼女に話しかけた。彼女が眉を寄せ口を開きかけたその時、唐突に浮遊感を感じた。沙弥君が私を俵のように担いだ。「え、ちょっと」と突然の行動に驚いて声を上げると、彼はそのまま走り出した。ジェットコースターの如く流れていく景色に私は気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルに戻ってきた禪院真希は男どもにあてがわれた部屋にあったソファにどかりと座る。その様子を見て同級生である狗巻棘とパンダは交渉に失敗したのだと思った。4月28日に起こったバラバラ殺人に呪霊が関与していることが判明し、1年生で解決して来いと上からのお達しであった。見知らぬ補助監督員の元訪れた町で事件の調査が始まった。

 わかっていることは4月28日に横山沙良、石上陸實、山崎弥生を路上で。4月29日に佐々木舞の母親である佐々木幸子を自宅の居間で。手口はどれも鋭い刃物のようなもので体を切り刻まれている。特に4月28日はその遺体の損壊の激しさから持ち物でしか身元を特定できていない。

 そして4月28日から佐々木舞が、5月1日から木村俊介が行方不明だった。

 呪霊は生まれた場所から移動することがあまりないため、遺体の場所がそれぞれで違う今回の事件は特殊と言える。

 4月28日の悲惨な現場から生還たただ一人の重要参考人、それが秋月唯奈だった。真希と憂太は家に閉じこもり、警察の捜査に積極的に協力しない秋月に対して情報提供の交渉を行う役割を与えられていた。

 これは消去法によって選ばれた。パンダの場合、まず間違いなく保健所に連絡がいくだろう。狗巻棘の場合、まずは相手方と会話にならない。だから、たとえ不向きだと思っていたとしても彼女達が行う以外の選択肢がなかった。

 

「それで、なんでそんなにイライラしてるんだ?」

 

 見かねたパンダが尋ねた。パンダの言葉に真希は舌打ちをして、「アイツ」と接触したであろう秋月唯奈の事を話した。

 

「アイツは呪霊が見えてる。こっちの人間だ。私達の制服見て、高専だって当てやがった。」

「連れてこなかったのか?」

「アイツが連れてた呪霊を使って逃げられた。途中で邪魔も入ったし。」

 

 どうやら速さ勝負に負けて帰ってきたから、こんなに機嫌が悪いらしい。天与呪縛により呪力を一般人程度しか持つことのできない禪院真希はその代わり、身体能力が向上している。彼女自身の呪術師としての等級は四級であるものの、並みの呪霊には後れを取ることはない。

 

「明日、秋月唯奈の家に行って話を聞いてくる。」

「明太子。」

 

 狗巻棘が禪院真希の言葉に苦言を呈した。秋月唯奈がもし殺人を行っている呪詛師ならば、敵の巣に転がり込んでいくようなものだ。

 

「憂太はどう思った?」

 

 パンダに尋ねられ、真希に同行した乙骨憂太は先ほどの少女の事を思い出した。酷く怯えた様子の同学年の少女。胸のあたりの服を強くつかみ、僧侶の様な呪霊に庇われるようにして立っていた。

 

「どう、かな。すごく怯えてたみたいだった。でも、たぶん呪霊にじゃなくて、僕たちに怯えてた。連れていた呪霊とも仲いいみたいだったから。」

 

 最後になるにつれ、どんどんと言葉が小さく自信のないものになっていく。里香に呪われている彼からすると何か思うところがあるのかもしれない。

 

「オマエ、明日は役に立てよ。」

「は、はい。」

 

 会議はこれで終了とばかりに真希は自室に戻っていった。

 

「たぶんだけど、いい子だと思うんだ。」

 

 ぼそり、と彼自身の感想を述べた憂太にポンと肩に柔らかな手が乗った。

 

「そうかもしれねぇし、そうじゃねぇかもしれねぇ。気を付けておくことに越したことはないぜ。」

「しゃけ。」

 

 首を振り肯定の意思を示す棘を見て「そうかな」と憂太は呟いた。

 

「それに真希だけだとそのいい子ちゃんが威圧されて上手く話せないかもしれないだろう。」

 

 がんばれよ、とその言葉に憂太は大きくうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中の神社というものは、おどろどろしい雰囲気が漂っている。気絶した少女を抱えている沙弥は、その雰囲気を物ともせずに中に入っていく。併設されている宮司の家の中に入れば、玄関先でぎょっとした顔の男が立っていた。

 その男、石上辰春(いしかみたつはる)は呪霊を見る才能がない。それは直前まで死の危険が迫っていたその瞬間でも見ることが出来ないほどに、才能がなかった。そう、呪霊の爪がその胸に突き刺さったその瞬間でさえ、彼は自分の身に何が起こっているのかわからないほど、鈍感だった。それを経験し、自覚しているからこそ、石上辰春はその虚無僧の格好をした異様な雰囲気を持ったそれが少なくとも呪霊なるものではないと確信を持てた。

 

「えっと、その子は?」

「匿ってほしいのです。」

 

 俵のように担いだ秋月を床に寝かせ、被っている笠を取った。現れた顔は、昔約5年間この神社に住んでいた少女のものだった。しかし、その少女とて生きていれば30歳くらいになるはずだ。今、目の前にいる少女はその見た目から16、7歳ほど。自分が知らないだけで彼女は娘でも作ったのだろうか。

 

「君は、誰だい?」

 

 優しく、ゆっくりとした声音で尋ねた。顔の半分を呪符によって作られたその少女は、驚いたような表情をした後に、クスクスと笑みを浮かべた。

 

「そういえば、私たち自身は貴方と会うのは初めてでしたわね。貴方は呪霊を見ることが出来ないこと、すっかり忘れていましたわ。ずっと一緒にいたからそんな気がしなかったのもあるかもしれませんね。」

 

 彼女は着ていた虚無僧の服を軽く持ち上げ、洋服のスカートでそうするように小さなお辞儀をする。

 

「初めまして、石上辰春さん。私たちは陸實。ほら、姉さんがよく話しかけていたでしょう?」

 

 目を細め、笑みを浮かべるその子を彼は彼女たちの言う姉さんの想像の産物だと思っていた。

 姉さん基、石上祈里の事を彼はよく覚えている。戦後間際かと思うほどのボロボロの服を着た少女。それを連れてきたのは、当時大学に通っていた姪のさつきだった。年は12、名前や住所を聞いても生まれた場所に捨ててきたと言って絶対に口を割ることはなかった。額を擦り付け大学を出るまでの間だけでいいから面倒を見てくれ、と姪にお願いをされた。一体、彼女と少女との間にどんな約束があったのか知らないが、結局押し切られる形となった。捨て子として姪が後見人をかって出た。

 石上祈里と名乗り始めた少女はその姿を見かけるたびに誰かの手を引いて歩いていた。話を聞けば、生まれた村で生贄になった1500人以上の子どもたちの魂の塊だと言い出すものだから、生まれた場所でよほど怖い目にあったのだろうと思っていた。ただ、そう言ったものを見ることが出来るらしい紗月もその陸實という少女について話していたのを覚えている。

 その時の目撃証言と現在の容姿が合わない。

 5,6歳ほどの見た目に、真っ赤な四つ身を着たおかっぱ頭の少女。椿の髪飾りを付けた、笑わない少女。

 

「あ、信じてないですね。私達貴方がエロDVDを隠している場所知ってますよ。」

 

 彼の様子を見て、楽し気な声音でビシッと指を指す。指を指されたその壁の向こうには事務室があり、そしてそこには彼が執務で使っている重厚な木で作られた机がある。それのありかを知っている人間、つまりは石上辰春は思わず顔を引きつらせる。そう、知っているからこそ、その存在を認めなければならない気になってしまう。机の下に隠された10本近くのDVDの存在など彼の姪であるさつきさえ知るはずのないものだ。

 

「でも、今まで俺は君たちを見ることが出来なかった。」

「受肉しました。正確には、人間の体の役割を果たす呪符を何枚にも重ね合わせ、1人の人間として定義した。それに憑りついていると言った方が正しいのですが……。」

 

 頭にはてなを浮かべた彼。見えもしない彼は当然呪術的な知識には一切の知識がない。

 

「まぁ、私たちの事は兎も角として、この子をかくまってください。ちょっと面倒なことに巻き込まれているんです。それに、この子のこと覚えているでしょう?」

「いや……。」

 

 両手でバッと寝かされている彼女の方に手を広げる。年頃の少女に見覚えはない。参拝客のすべてを見ているわけではないが、陸實がそういうからには何らかの接触があったのだろう。

 

「ほら、15年前。名前をもらいに来た人がいたでしょ。秋月の家の。その子ですよ。」

 

 石上は眉を顰める。彼女の言う通り昔、名前をもらいに来た秋月という家の子どもはいた。その子どもに名前を付けたのは、祈里だ。祈里はその出生からか子どもに対して異常なまでに関心を向け、そして構っていた。

 

「陸實、でしたか。一つ聞いていいですか?」

「何でしょうか?」

「祈里はどこにいるんですか?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべていたその顔からスコンと感情が抜けていくのが分かる。

 

「姉さんは、死にましたよ。」

 

 基本的に女性らしい性格をしていなかった彼女は、それでもまめに手紙を送ってきていた。それが昨年の11月の誕生日を最後に手紙を送ってくることが無くなっていた。何となく予想していたとはいえ、彼の心には薄暗くする。

 そうですか、と言葉を絞り出す。

 

「一先ず、彼女を何から匿えば?」

「全てから。この世のもの、須らく彼女の味方にはなれない。」

「では、陸實。君も彼女の味方ではないのかい?」

「当然です。私は彼女の神様であって、彼女と同等になることなど出来はしない。私たちは彼女を庇護しますが、それは彼女が私たちの信者であるが故。いくらこの体を人の身に落とそうとも私たちの本質が変わるわけではありませんから。」

 

 私たちは、人間によって祀り上げられた。人間を逸脱した者だ。

 

「ちょっかいを掛けるのは好きにして貰って構わないのですが、些か巻き込まれるのは迷惑ですし。少し注意してこないと。」

 

 そう言って玄関から出ていく陸實を彼は止めることは出来なかった。

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