SEVENS01
世界は救いを求めている
少女は夢を見ていた。
無限に広がる荒野。枯れた地面には棒が突き刺さっている。紅い空から逃げるように細く長い影が伸びていた。少女はその景色をもっと近くで見ようと試みた。しかし、それは適わず。手を伸ばせば伸ばすほどその景色は遠くなり、かすんでいく。少女の意識は自身の元へと還された。
儚き夢想からの目覚めである。
「……すーん。と」
夢から覚めた少女は不思議な夢の感覚に驚かされ、自分でもおかしいと感じてしまう声を上げて体を起こした。
人間にとって朝というの時間は半分無意識の、自動的に行われる儀式のようなものである。少女にとっての儀式は、用を足し、顔を洗い歯を磨き、朝食を作ることであった。
「けっ。美少女の一人や二人、食事を作りに来てもいいものを」
少女にとって料理は嫌いな行為ではなくむしろ好きな行為であるものの、何度も続けば飽きが来るようである。
なお、本日の朝食は目玉焼きに焼き鮭。味噌汁、と和食なものである。ついでに自身で漬けた漬物。毎日ほとんど同じメニューであった。
「で」
少女は昼間と比べるとぼんやりしている頭で居間を見据える。
「今日は何人?」
居間には一人の女性。
「私一人。いいから早く作ってくれよ。真子」
「はいはいはい! 海幸もたべまーすっ!」
キッチンの脇にある裏口から元気に制服姿の少女が現れる。
「サッチー。いつも玄関から入ってって言ってるでしょ」
「やだよんっ。城戸家の玄関。マジ広で、なんか怖いもん。あれだ! 孔明先生の罠! 敢えて城の門を開けてアレみたいな! 城戸だけに!」
「よ。サッチー。今日も元気だねえ。そして、突っ込みづらいギャグを朝からどうも」
城戸家の半居候、後藤由良(30)があいさつする。先ほど少女真子に朝食をせがんだ女性その人だった。
「私、手束海幸十六歳! ごく普通の高校生だったけど、あら不思議。魔法の力を手に入れて魔法少女になっちゃった!」
海幸は靴を脱ぎ、くるくるとバク転しながら城戸家の食卓に着く。
「ゾンビになった事実が判明。マスコットを血まみれにするのね」
「のんのんのん。少女の夢物語に虚淵氏は不介入ですぞ」
「真子。ご飯は?」
「三人しゃべると誰が何を言ってるのか分からないから、気を付けて。文だと余計に分かりにくいから」
……
驚きのメタ発言の後、真子は食事を食卓へ運ぶ。毎日大体三人分の食事であるので、もとより真子は三人分用意していたのだった。
「しっかしまあ、真子の料理は毎日美味しいね。こりゃ婿に欲しいくらいだ」
「そうだよねー。なんで真子しゃん男じゃないの?」
「いや、普通女の子が男の子に料理作ってあげるものでしょう?」
「そういうのが古いんだ。世の中なんとかかんとかだろ? 男女なんとか」
「そうだよ! そのなんとかだよ! そういうのがなんとかをなんとかさせるんだよ!」
「うん。毎日疲れるね」
中身もなくくだらない会話をしつつも三人は食事を口に運んでいた。
三年ほど前の真子はこのような生活が訪れるとは思いもしなかっただろう。
「ごちそうさま。由良さん。食器洗いよろしくね」
「ふっ。仕方がない。この半自宅警備員に後のことを任せるがいい」
「じゃあ、由良さん。自称魔法少女。推して参ります」
「はーい。推し事頑張って」
あれ? 魔子ちゃん、いつ着替えたんだろ。いつ髪を梳かしたりしたんだろ。女の子は誰でも魔法使いに向いてるんだねえ。
「そうなのです! この城戸真子という女、無茶苦茶髪がキレイなのです! なんでだ! 天使のわっかだぞ! 髪長くても毛先しっとりだぞ! こんなストレートあっていいものかっ!」
「7月7日。もうすぐ梅雨明け。まだまだ湿っぽい日ですが、暑さは着実に夏が近づいていることを予想させます」
「うわっ。無視か!」
海幸と真子は登校していた。外は小振りの雨が降ったりやんだりの天気。真子は内心、
ナメクジの類と遭遇したくないなと思いながら歩いていた。
「ふむふむ」
これは真子の鳴き声である。
海幸と歩いている真子。その歩調は同じ。並んで歩いているのだから当たり前のはずだが。ふと唐突に、なんだか面白いと真子は思ったのだ。
傘を叩く雨音のリズム。歩く歩調。ゆったりとしておらず、それでいて早くもない。適度なアンダンテ。
海幸と真子、どちらが雨音のリズムに歩調を合わせたのだろうか。どちらがどちらの歩調に合わせて歩いているのか。それとも雨音が二人の歩調に合わせて傘をつついているのだろうか。
「ふんふっふふーん」
上機嫌になった海幸は歩調を速めていく。真子の歩調からだんだん遠ざかっていった。
海幸の歩調は彼女の鼻歌に合わせて軽快なリズムを刻む。気が付けば海幸はスキップをしながら真子のもっと先へと移動していた。
「なかなか上機嫌だねえ」
体が雨に濡れることも厭わずスキップをしていた海幸を見て、真子はついつい頬を緩ませる。
「ねえ、真子しゃんしゃん? もしも、もしものお話なんだけどさ」
「うん? どしたの?」
スキップを終え、立ち止まった海幸に真子が追いついた。真子が海幸の傍で立ち止まったタイミングで海幸は真子に話を振る。
「もしも本当に私が魔法少女になっちゃったらどーする?」
「え? シビアな話?」
いつもの世間話のようにたわいもない話し方で海幸は言った。それが妙に現実味を帯びていて、真子は戸惑ってしまう。
ジャア、と車の横切る、小気味のいい音が鳴る。
「ここは車の通る車道沿いの歩道。なんて説明してる時じゃない、のか」
「嫌だなあ。真子しゃん。夢のあるお話に決まってるじゃあございませんか。どうです? 魔法が使えるようになったら。何をお望みで?」
「うーん」
真子の心になんとなくわだかまりが残ったが、真子は深く考えないことにした。
真剣な話より茶化して誤魔化したメルヘンの方を真子は望んだのだった。
「争いは無駄だなあとか思うかな。だから、無くしたい」
「うお。世界平和かあ。イイネ! ハートマークぽちりだよっ」
大して中身のない話をしている真子と海幸の傍を同じ学校の生徒が通り過ぎる。
その生徒の姿を見て、真子と海幸は一瞬暗い顔をした。
その女生徒の名は朱堂雅。
時間は飛んで7月7日放課後。
曇り空故に時間の移ろいは分かりにくく、なんとなくで夕方なのかとぼんやり思う気候。
というかあれだね。ノベルゲームとかってそういう時間の移ろいとかイラストで分かるからいいよね。いやまあ、ここが腕の見せ所なのだろうけど。作者、それほど技巧がありませぬ故。
「作者のメタ発言の方がびっくりだわ」
まあ、真子さんや。お互いそうでしょうに。
「真子しゃん。ゴミ捨ていこっ」
真子は海幸の言葉にうん、とうなずく。
放課後二人は掃除当番だった。ゴミを捨てる係などは特に決まっていなかったが、掃除の班の中で順番に行くというのが言葉のないルールとなっており、海幸と真子は二人でゴミ捨てに行くことにした。
「そういえば、サッチー。最近クラブはどう?」
ゴミ捨て場に向かう渡り廊下を歩きながら真子は尋ねた。
海幸と真子が歩いている渡り廊下はほとんど人気のない特別校舎につながっており、その校舎の裏手にゴミ捨て場があった。特別校舎というのは技術室や美術室などが集まった校舎であり、常に人気が少ない。
「うーん。まあまあかなあ。そんなに大会で優勝、みたいな雰囲気じゃないし。みんなでわいわいやってる感じかなあ」
海幸は中学、高校とソフトボール部に入っていた。今朝のバク転からもわかるように、運動神経は非常に良い。真子は内心、海幸ならばもっと活躍できるのではないかと思っていたりするのであった。
「そっか。楽しくやってるんならよかったけど」
「あれあれ? もしやもしや? 最近一人で帰るのがお寂しいお年頃ですかな?」
「そ、そんなんじゃないけど」
「ま、真子も早く彼氏作んなって。女の夜道は危ないぞぉ」
「まるで自分に彼氏がいるみたい」
「グサッ。痛いところをクリティカルストライクっ。いやあ、私みたいなのならともかく、真子ならいい彼ピ、ゲットできるって」
「恋バナに真剣になりすぎて真子しゃん忘れてるよ」
「うんもー。照れちゃって。まあ、真剣な話、一人で帰るのはやっぱ危ないよ。朱堂さんのことだってあるし――」
歩きながら、真子と海幸の二人はゴミ捨て場の近くまで来ていた。
そして、そこで出くわしたものに二人は言葉を失う。
それは、柔らかく暗喩するならば、死体に蟻が群がっているような光景だった。
「おい、ババ女。先輩らどこにやったんだよ」
怒声とともに少女が少女を蹴り飛ばす。
サッカーボールを楽しむように。
「朱堂……さん?」
海幸と真子どちらから漏れた言葉であろうか。二人はその判別すらできそうになかった。
「お前が××××と×××したことくらい知ってんだぞ? オラ! その目だって、抉り出されて×××突っ込まれて中に××されたんだろ?」
心から愉快であるかのように少女は笑った。もちろん、朱堂を蹴っている少女たちである。
朱堂を蹴り、罵詈雑言を浴びせているのは
「5人……」
5人の少女たちが一人の少女を蹴り飛ばしていた。
お腹から軽快な笑いを放ちながら。
その笑い声は邪悪。
無邪気さなど少女たちは端から持ち合わせていなかったかのような。
さっと、海幸が動こうとしたのを察して、真子は海幸の制服の袖を力強く引っ張る。
その際に、海幸の手首が露呈する。真子はその手首に赤いタトゥーのようなものが見えた気がした。しかし、よく見ると、海幸の手首にそのようなものはどこにも見当たらなかった。
振り向いた海幸の眼はうるんでいた。瞳は揺れながら、どうして止めるのかと真子に訴えていた。真子は目を伏せながら首を左右に振る。
「ぐえっ。おあぁ」
排水管に水が流れるような音が響く。人の出す音ではなかった。その音を朱堂は出したのだった。
「うわっ。ゲロだ。今日で何回目? 犯されて産気づいちゃった?」
「流石に早過ぎっしょ。いやでもー。もっと前からいろんな男に突っ込まれてたりして」
少女の一人が卑猥な腰使いを見せる。そのしぐさに少女たちは笑い転げる。
「何が面白い」
海幸と真子ははじめ、どちらかが思わず呟いたのかと思った。
しかし、どちらの声でもなかった。
「ああん? ババが何か言ったか?」
少女たちは笑いをピタリと止める。いやに冷たい空気が場に広まる。
その静けさを打ち破ったのは、朱堂の。地獄の底から這いあがるようなおぞましい言葉だった。
「テメェら殺してやる! テメェらみたいなクズ、みんな死ねばいい! 今すぐここで殺してやる!」
朱堂は何かを出すような構えを取る。武器か何かだろうか。
朱堂が見上げた先に真子と海幸の姿があった。
朱堂は何かをためらった。
朱堂の左目に眼帯が見えた。
その眼帯がほどけて隠されていた眼が露わになる。
どこまでも底が見えない暗闇が広がっていた。
「調子こいてんじゃねえよ!」
少女の一人が朱堂の頭にタイキックをかます。
少女たちが羽虫のごとく笑いだす。
そして再び蟻が死体に群がり始めた。
真子は動かない海幸の手を引いて、特別校舎を大回りしながらゴミ捨て場に向かい、ゴミを捨てた。足早に特別校舎から立ち去る。
「どうして……止めたの?」
海幸は泣きじゃくっていた。
「真子だって知ってるでしょ。朱堂さんが男の人に襲われて大怪我して、今日やっと来れたこと。なのにあんなの、ひどいよ」
「あんな場所でやってる。誰も手出しできないから。先生だってわかってるはず」
「それでも!」
「無理だよ。海幸。あんな怪我までして警察だって動いてるはずだよ。それでもあんな堂々としてる。私たちではどうにもできないことが起きてるんだよ」
海幸は俯いたまましばらく黙っていた。
嗚咽が収まるまで何も言わなかった。
静かに真子の脇を通って去ろうとする。
その間際。
「あれを見て冷静なんだね」
真子が今まで聞いたことがない、暗く沈んだ声で言い残し、海幸は去っていった。
うーむ。
どうも作者です。37度近い微熱で退社してから書きました。うまく書けているかねえ。
登場人物の名前の元ネタですが、どう考えても仮面ライダー龍騎です。
城戸真子はそのまま「キドマコ」と読みますが、仮面ライダー龍騎の城戸真司ですね。
とまあ、今日はここまで。真子が赤の王子と出会うまで、もう少しかかります。次話で登場できるかなあ。というか、次話を書く時間があるのかなあ。