Fate/SEVENS   作:竹内緋色

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SEVENS02

 朱堂の一件で、よい気持ちになれずに曇天を覆う空模様のまま真子は帰宅した。

「あ。ちょうどいいところに帰ってきた」

 真子が玄関の戸を開くと、由良が外出しようとしていた。普段、城戸邸をアトリエ代わりに使用している由良がこの時間に外出するのは珍しい。外出するにしても真子の作る夕食を食べ終えてというパターンが普通であった。

「ちょっち、出てくるわ。戸締りはしっかり。あんまり外にでないこと。OK?」

 なんだか妙な胸騒ぎを真子は覚える。

 目に見えない何かが音もなく這い寄っているような恐ろしさ――

「由良さんも。気を付けて」

 真子は様々に浮かび上がってくる気持ちの整理がついていなかった。その中で由良に向けて言った言葉である。なんとか絞り出した一言であった。

「ああ。何日も帰ってこないかもしれないけど、警察だけはやめてくれよ?」

 真子はこくりと頷く。由良は真子に特に返答を求めていなかったらしく、真子の様子をうかがうことなく城戸邸から飛び出していった。

 真子は由良の荷物を見た瞬間から数日は帰ってこない時があるかもしれないと思っていた。

 

 真子は久々に独りで食事を採った。彼女の叔父の持ち物であった城戸邸に引っ越してからというもの、唐突に自称真子の叔父の永遠のライバルを名乗る後藤由良が転がり込みそのまま居座り、気が付いた時にはクラスメイトの手束海幸までもが半ば城戸邸の食客となっていた。

 3年前。真子が以前住んでいた都市に起こった火災で両親を失って以来の独りの食事となった。

「そうだったな。最初、由良さんはあの町の火災のことについて聞きに来たんだっけ。ただただ迷惑なルポライターだったなあ。今もそんなに変わらないけど」

 簡単な食事で済ませ、食器洗いをしながら真子は由良との奇妙ななれそめを大雑把に思い出していた。

「おじさんの城戸司だったかな。その人に一切出会ったことがない私に根掘り葉掘り聞こうとして何も得られず落胆してたなあ。なんでも魔法使いだとかなんだとか」

 くだらない話だと真子は思った。

 フリーの記者として活動している由良はどうもオカルティックな記事を書いているようだった。真子は記事の内容を今まで見ようとも思わず、由良も真子に見せようとはしなかった。

「魔法」

 似たような言葉を真子は最近耳にした。頭の中を血液が駆け巡る音がする。

 パズルにおいて周りの形が出来上がっていて、あとひとかけらのピースさえあれば完成するというもどかしさ。ピースの形はわかっているものの、どのような絵柄が当てはまり完成するのかわからない悔しさ。

 真子がもやもやを募らせていた折。真子のスマホが鳴る。通信アプリからの通話であった。相手は海幸。

「はいもしもし」

『もしもし。真子しゃんしゃんですか?』

 放課後と打って変わって海幸の声は底抜けに明るいものだった。

 その声に救われた半面、真子の中の不安はより深さを増すことになる。

「どうしたの? もうご飯食べちゃったけど、作るよ? おばさんにはこっちから電話しておこうか?」

 つい早口になり、真子は舌を噛みそうになる。

 そんな真子を落ち着かせるかのように海幸は余裕を持った声で応える。

『ううん。今日はご飯大丈夫って。家で食べるよ。あんまり真子しゃんの家でばかり食べてないでって。お母さんも真子しゃんしゃんに嫉妬しちゃってるんだよ。だから、心配しないで』

「わかった。テストの時焦らないようにしっかりお勉強忘れるなよぉ?」

『ぐへっ。痛いところをつかれましたなあ! なに。一夜漬けも立派なスキルぞ! へいきへっちゃらっ♪』

 じゃあ、と言って真子から電話を切る。

 真子は安心した、というような大きなため息をつく。

 そして言った。

「絶対嘘だ」

 

 真子は由良のアトリエたる和室の一部屋に足を踏み入れていた。辺りには新聞記事や原稿用紙、印刷された写真などが散乱している。

「由良さんは何を追っているの?」

 真子自身、混沌たる思考の中で何かを決断せずに闇雲に走り出しただけである。しかし、真子の意識していないうちに、簡易的に思考はまとまっていたのである。

 まず、第一に。海幸はこの夜分に何かをするつもりである。

 第二に。海幸の行動と由良の追っているものはつながっている。

 真子が何をどのように判断してそのような答えに至ったのかは誰にもわからない。彼女の直感だけが今の彼女を突き動かしているのかもしれない。

 真子は畳の上に散らばった新聞記事を一つ拾う。

「沢目市の記事だ」

 沢目市とは真子が以前住んでいた都市であった。地中の可燃性ガスが一気に噴き出し、都市丸ごとが大火災に見舞われた被災都市。記事によると、その都市で震度5ほどの地震が観測されたようである。あまり関係のない記事であると真子は判断する。

「次は……」

 拾った記事は一週間前のもの。朱堂の事件である。犯行の状況などは大まかに書かれるのみであり、真子たちの方が詳しいほどであった。

「朱堂さん……」

 近くの記事もまた、女子高校生集団暴行事件。こちらは事件の翌日のものであった。犯人は行方をくらましていると追記されるのみであった。

 次に拾った記事は、地方新聞の行方不明者の情報提供を求める記事。日付は女子高生集団暴行事件の翌日。先ほどの記事と同じ日付であった。

 この記事は関係がないと真子は判断し、裏面を覗く。その際に、ちらと気になる文字が見えた気がして、真子は先ほどの行方不明者の記事を覗く。

 行方不明者の一人に老婆が一人いた。

 名は朱堂たま。

 

 真子は走り出す。

 玄関の戸締りを完全に忘れている。

 今は戸締りどころの話ではなかった。

 朱堂の老婆の話は有名であった。真子たちの通う黒田浜学園で知らないものなどいない。

 なにせ、それが、朱堂雅のいじめられる要因であるのだから。

 朱堂雅は幼いころに両親に先立たれた。その雅を育てたのが祖母である朱堂たまである。雅はたまに支えられ、育てられながら明るい娘に成長していった。転校してきて間もない真子も雅に何度か明るく話しかけられていた。何度かいっしょに遊びに行くこともあった。

 雅にとっての転機は、約1年ほど前。

 たまが急に倒れた。たまは一命をとりとめたものの、手足は不自由になり、認知症を発症するようになってしまった。

 雅は育ててもらった恩を返すために必死で介護をした。

 毎日怒声を浴びせられながら、時には排泄物をたまから投げつけられることもあったが、健気に介護をしていた。

 そんな彼女を応援しよう。

 そう思う者もいたであろう。しかし、この世界で何より強いのは悪意である。

 雅はたまの介護を発端として、いじめを受けるようになった。

 それはだんだんとエスカレートし、一週間前にはとうとう警察沙汰になってしまった。

「都合が良すぎる……朱堂さんのおばあさんと犯人が同じ時期に消えるなんて」

 由良もそこに気が付いたのだろう。由良が専門とするオカルトとはかけ離れた事件ではあるが。

「朱堂さんは危険すぎるよ。海幸」

 真子はすでに手束家に連絡を入れていた。まだ海幸は帰っていないという。どこか寄り道でもしているのだろうと手束家の人々は思っているようだが、朱堂の事件もあり、動揺を隠せないでいた。

 走りながらスマホを操作し、アプリから海幸との連絡を試みる。海幸は応答しようとしなかった。電話番号にかけても応答はない。電波が入らないというわけではないらしく、わざと応答しないのだということだけがはっきりした。

 真子は立ち止まる。

 夏の夜の空気は真子の肺を凍らせる。

 痛みを感じるほど冷たい空気を思いきり吸っては吐きを繰り返す。呼吸を整え、冷静になろうと試みる。

 真子は唯一の手掛かりのある場所にたどり着いた。

 黒田浜学園。真子と海幸、そして朱堂の通う学び舎である。

 

 運動が苦手な真子は校門を登りきるのでもやっとであった。学園まで走ったことによる疲労感もあり、動きは鈍くなっていた。

「夜中の学校なんて来るのもはじめてだけど……」

 校舎の中に入ろうと真子は試みるが、どこも開いていない。

「先生ってそんなに早く帰るもんなの!? 普通はもっと残ってるんじゃ……」

 真子は自分の言葉で気づかされる。

 真子のいる世界はすでに普通ではないということに。

 這い寄る以上に飲み込まれてしまっていることに。

「そうなるともう誰も……」

 真子が海幸の後を追うための手掛かりは学園にしかなかった。学園にいないとなるとどこを探せばいいのか見当がつかない。幸い月の光で明るい夜ではあるものの、残っているかも分からない手掛かりを探すには分が悪い。

「せめて、ゴミ捨て場の近くに」

 真子は放課後、朱堂が暴行を受けていた場所に向かう。しかし、その場には何一つ残っていなかった。朱堂の放出した吐しゃ物さえも。あたかもあれは悪夢であったかのような仕打ちである。

「やっぱり、隠してるんだ。何かあるんだ」

 ボロボロの朱堂が吐しゃ物を片付けられるとは思いづらく、暴行を加えていた少女たちがわざわざ隠ぺいするとはさらに考えづらい。十中八九、教師が隠したのだろう。

 物事の気持ち悪さに真子は悪寒を覚える。

 真子は再び海幸に電話をかける。応答はなかった。真子が海幸を探すためにできることは、市街地をしらみつぶしに探すことくらいであった。もしかしたら、海幸も朱堂を探せずにそのうち戻ってくるかもしれない。そもそも朱堂を海幸が探しに出たというのも真子の勝手な想像に過ぎないのだ。

 海幸のことで頭がいっぱいで、真子はグラウンドで繰り広げられていた異常に気付くことができなかった。

 真子がそれに気づいたのは彼らに大分近づいた頃だった。

 男の声がしてその声の方向に真子は視線を移す。

 グラウンドのど真ん中。暗闇の底に、月明かりがさしている。その月明りが照らすは二人。一人は男。夏でありながらニット帽を耳まですっぽりと被っている。鎖付きのジーンズに薄手のジャンバーを羽織っている。この学校の生徒というよりは社会人を思わせる着こなしである。

ニット帽の男と対峙するは少年。背は一メートルを超えたあたりか。金色の髪を持ち、その髪に負けず劣らずの輝きを放つ、珍しいマフラーをしていた。服装は星の王子様を連想させるようなフォーマルな衣装であった。少年がフォーマルな衣装を着るという光景は違和感を覚えるはずのものであるが、真子は衣服もまた少年の一部であり、ひどくしっくりくるものだと感じた。

ニット帽の男が何かを言い終えた後、10メートルほど離れていた両者は勢いよく動き出す。まるで時代劇を見ているようだと真子は思った。時代劇のように両者は示し合わせて動き出した。真子にはそのように見えた。

 大きな砂埃が舞う。ロケットが地面から飛び出したような轟音。すぐさま真子の体を強風が襲う。

「な、なに?」

 暴風は少年のいた方角から吹き荒れていた。少年が高速で移動した余波であることなど真子には理解できない。

 金属と金属がぶつかり合う音。そして、耳慣れない轟音。それらの音は真子にとって暴力に等しい。混乱する頭で状況を確認する。

 真子の目にした光景は映画のようだった。それも実写ではなくCGを用いた類の。それほどまでに現実離れした光景が繰り広げられている。

 真子は始終、少年のはっきりとした姿をとらえられなかった。少年の速さに目が追い付かないということさえ気づくことはできない。真子の見る少年はニット帽の男の周りを危険な音を立てて瞬く金色の光である。

 真子が認識できるニット帽の男の方が真子にとって異様な存在に映った。

 男が始終なにをしたのか具体的なことは真子には分からない。ただ、地面から剣や槍が伸び、地面から生え出た武器を使ってニット帽の男は金色の光を追い払っている。真子にはそういう風に見えた。

 うるさかった音が静まる。

 ニット帽の男が動きを止めている。少年らしき人影も再び男から10メートルほど間隔をあけて静止している。

 甲高い少年の声が響いている。グラウンドの闇に反響して真子の耳には少年の言葉が入ってこない。なにかを少年が言っていることだけがわかる。

 突如として爆発音。

 地面が炸裂する。それは少年が再び高速で移動を開始した音ではない。ひたすらに文明的な爆発音。

「キャッ」

 銃声と爆発音だった。真子は殺意の塊であるその音を耳にした瞬間、小さく叫んだ。今目の前で繰り広げられている光景が、殺し合いの一部なのだとようやく理解する。

 銃声と、それに似合わぬ爆発音の末、辺りは不自然なまでに静まる。意識しないうちに目を閉じていた真子は恐る恐る瞼を切り開く。

 あまりにも静かであった。

 聞こえるのは真子の心臓の鼓動と血液が駆け巡る音。それは大きかった。だんだんとどこまでもどこまでも拡大し続ける。

 真子は今までに感じたことのない恐怖に支配されていた。ナイフをのど元に突き付けられたような。それすなわち、死の予兆。訪れぬ者などいない、終焉の鐘の音。

 グラウンドの二人は真子を凝視していた。静かに動かず、ただ見ていた。

 四つの眼は真子をとらえて離さない。二つの眼は泳ぎに泳ぐ。

 動かない体。呼吸すらやめていた。

 ああ、死ぬ。

 真子は悟る。

「あぁ。悪霊に見つかった気分だわ」

 真子は逃げだした。動かなかったはずの身体はわずかに認識を空想に移したがゆえに自由となった。理屈は全くわからない。求めるのは理屈よりも結果ということか。

 




いやあ。展開、stay nightまるぱくりですね。ひどいひどい。

 さて。今回は手束海幸(テヅカミユキ)綽名はサッチー。名前が海の幸だから。
 名前は龍騎の手塚海之から。これももろぱくじゃんね。キャラ的なモデルはバンドリのはぐみだったり。
 さてさて。長い。そろそろ二万字かなというところ。真子は王子と契約を結べていない。二万字イコール文庫本四分の一くらいだと考えている作者は少し焦っていたり。ひやひや。なお、作者は男です。ご察しの通り。
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