僕の学校には、虚無僧が居る。

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虚無僧の笠を被ったセーラー服

 みんながみんな夏服に衣替えを始めた時期。僕の学校には一人だけ、全くと言って良いほど、姿も格好も変わらない女性が居ます。藁で編まれた笠で顔を覆い隠し、学校指定のセーラー服(なんの理由があるかは知りませんが、どうやらいつでも冬服のようです、)を着た、僕の隣の席に居る、小武川(こむがわ)さんです。

 学校の中どころか、町内をただ歩いているだけでも、とっても目立つ小武川さん。彼女が目立つのは、何も、かぶっている笠のせいだけではありません。背格好はモデルさんみたいだし、肌だってとても白くて綺麗で、きっとお顔も綺麗なんだろうと、専らの噂です。

 小武川さんは、放課後や休日は、尺八を演奏したり、御経を唱えながら、町内を練り歩いて、それを見た仏教徒の方などにお布施を頂いて生活をしているようで、誰も、小武川さんの両親だったり、家族構成を知っている人は居ないそうです。どうしてただ一人で、そうして生活をしているかは、直接聞いてみないとわからないでしょうが、例え隣の席に座っているとしても、どうにも、不思議な威圧感というか、近寄ることのできない、見えない壁があるようで、兎に角、話しかけることすらままなりません。それよりも、小武川さんの奏でる尺八の音の、美しいことと言ったら! 白馬の嘶く声よりも気高く高貴で、小鳥の囀りよりも優しくて可愛らしい音が、毎日のように町内に響き渡るのは、幸運と言う他ないでしょう。この街に遊びにやってきた人々は、ストリートミュージシャンを称賛して小銭を投げ入れるように、小武川さんの演奏に感涙を流しながら、そっとお金を渡していくのだから、小武川さんの尺八の凄さは一目瞭然でしょう。

 僕は小武川さんが御経を唱えているのを数度見かけているのですが、その声だって、尺八の音に勝るとも劣らない、凛として雅な声なのですから、御経の内容はわからずとも、ただ声だけで圧倒されることでしょう。音楽の授業があった時、笠をかぶっているのにもかかわらずに、よく通る歌声は、きっと僕のみならず、他のみんなだって、全身がぞくぞくとして、感動の一歩先へと意識を連れて行かれていたことでしょう。

 何度も言うようですが、そんな何から何まで興味を惹かれることで埋め尽くされた小武川さんの、僕は隣の席に座ることになってしまったのです。不思議だらけの小武川さんだって、ここ第一北中学校の生徒なのですから、僕たちと同じ授業を受けて、同じように運動だってしています。そのどれもの成績が優秀なのが、実に小武川さんらしいですが、どうも、彼女には、休み時間の間に会話交わす相手すら居ないようです。前述した、不思議な威圧感というものに、みんながコミニュケーションを取ることを阻んでいるようです。

 そうやって、いつまでたっても臆していると、なにも現状は変わらない、なにも小武川さんのことを知らずに終わってしまう、というのも悔しく、席替えで隣になって数日、初めて話しかけてみることにしました。と、言っても、ただ挨拶を交わすだけでしたが。千里の道も一歩から、とは言われますが、どうも、その一歩だってとてつもなく重い一歩だったようで、小武川さんの鈴のような声を僕に向けて発することもなく、ただ会釈されるだけで、それ相応に、どこか傷ついてしまいました。笠によって表情も分からず、声さえ発せられないのでは、不快に思ったのか、快く思ってくれたのかすらわかりません。

 それから幾度となく、挨拶からの会話を試みましたが、ついに一度も返事は返ってこず。積極性が足りなかったのではないか、と、より積極的に話しかけに行ったりもしましたが、これまた駄目で、のらりくらりと会話を躱されるだけ。なんとも符外のない結果に終わってしまったかのように思われていました。

 しかしながら、ついさっき、僕の下駄箱の中に、一通の手紙が入っていました。差出人は、小武川さんのようです。ようやっと、彼女のことを知ることができる、とうきうきとした、浮ついた気分で、僕は手紙の入った封筒の封を切るのでした。

 

「前略

 私のことを熱心に知りたがっている、隣の席の君。そんなに知りたければ教えてあげよう。君の疑問は概ね二つだろう。

一、なぜ藁編みの笠を被っているのか(また、なぜ中学生だてらに、このようにして生きているのか、ということもだろう)。

一、私の家族構成。

 

 まず一つ目だが、次の答えにもつながることで、とある罪のために、私が出家をして、仏門の徒となり、また、とある事情により、顔を隠すためだ。常に制服を着ている訳は、単に私がものぐさであるということもあるが、なんとなく気に入っているから、という下らないことも、幾分か理由に混ざっている。

 二つ目についてだが、私の両親は、既にこの世を去っている。そして、私自身は出家しているため、親類などもないと同然だ。さて、本題として、私がなぜ出家したのか、ということについて、簡潔に言うと、私は、両親を殺したから出家したのだ。理由は言わないが、法に守られた私は、罪とも思えぬ罪のために、念仏を唱え始めたのだ。

 納得できなければ、また明日、聞きにくると良い。いつものように気軽にな。」


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