ギガントバイツ   作:ザイグ

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巨獣降臨。でも、獣巨人ではない。

マッコウクジラ。ハクジラ亜目マッコウクジラ科の最大種であり、歯を持つ世界最大の動物である。

全長18メートル、体重50トンに達する陸上動物とは比較にならない巨躯と、哺乳類随一の潜水能力を持ち、最大3000mもの深海まで潜ることが可能。

ほとんどのクジラが滑らかな皮膚をしているのに対し、マッコウクジラの皮膚はデコボコして非常に硬く、巨躯ゆえに分厚い。その硬さは捕鯨船を体当たりで沈没させた実例があるほど。

 

「くたばれ!」

 

俺が巨大な頭部を振り上げ、振り下ろそうとする。すると危険を感じ取ったのか、「穿山甲(パンゴリン)」が身体を丸め、完全なる防御体勢に入った。

 

守勢に回ったセンザンコウは無敵。腹部を覆い隠すように丸くなることで鱗による防御は一切の死角を失い、その強度は銃弾やハンマーも受け付けない。捕食者の頂点に立つライオンですらも、あまりの硬さになす術なく諦めるという。即ち、この鉄壁の防御を突破する術は自然界には存在しないのである━━否!

 

「耐えてみろよ、雑獣が!!」

 

━━鯨撃(げいげき)!!

 

巨獣の圧倒的質量の前には無力。

超重量級の頭突きが炸裂。あまりの質量に「穿山甲」の身体が地面に沈み、鱗が耐え切れずにヒビ割れ、剥がれ落ちた。あの鎧のような鱗がまるで意味を為さない。いや、むしろ「鯨撃」の直撃を受けて原型を保てる、硬さを褒めるべきかもしれない。

 

マッコウクジラの頭部には「脳油」がある。この油は温度変化で液体と固体に変わり、潜水時は「脳油」を凝固させて重くし、浮上時は「脳油」を液化して軽くする。これによってマッコウクジラは潜水・浮上をほぼ垂直かつ急速に行うことが可能である。

 

「脳油」を固めることで強化された頭突きの威力は絶大。「穿山甲」の鎧を破壊してみせた。止めを刺すべく、俺はもう一度「鯨撃」を叩き込む。

その時、俺は気付い自然(ママ)ていなかった。「穿山甲」が俺ではなく、「鯨撃」の余波で薙ぎ倒された木々を見ていたことに。

 

「……!?」

 

頭部の痛みに思わず一歩下がる。本当なら「穿山甲」を打ち砕く感触が伝わってくるはずだった。だが、感じたのは鋭い痛み。幾多の刃物に頭を突っ込んだように頭部には複数の刺し傷を負っていた。

 

何が起こったかわからずに混乱するが、ゆっくりと起き上がる「穿山甲」を見て、その原因を理解する。

大切な木々を傷付けられたことで「穿山甲」の感情が爆発。鋭利な刃となって表出した。全身の鱗を逆立て、身体中から巨大なナイフが生えた状態になっている。

 

自然(ママ)をいじめるな」

 

「は?」

 

「殺す。自然(ママ)をいじめる奴。植物(ママ)を壊す奴」

 

攻撃の余波で木々が粉砕されたことにブチ切れて攻撃的になったらしい。

 

━━甲撃!!

 

「殺す!」と連呼しながら、重く鋭い一撃が襲う。鱗が逆立った尻尾の一振りは、束になったアーミーナイフが降り注ぐようなものだ。

だが、その猛攻も皮膚を浅く傷付けるだけで俺に致命傷を与えるには至らない。

完全獣化した俺は、巨体ゆえに皮膚が分厚くなる。更に皮膚の下は分厚い脂肪で覆われており、皮膚の硬さを上回る攻撃だろうと脂肪がクッションとなってダメージを吸収してしまう二重装甲になっている。

いかに鋭い刃物であろうと“人間を両断する程度“では俺の皮膚は断ち切れない。だが、ダメージがないわけではないないので反撃する。

 

「いい加減にしろ!」

 

俺は、ブシュッと暗赤色の液体を口から吹き出した。浴びた液体による目潰し。「穿山甲」は一時的に標的を見失った。

 

マッコウクジラの近縁種「コマッコウクジラ」は腸に「鯨墨」と呼ばれる液体を貯蔵する袋状の器官を持ち、イカやタコと同様に危険を察知した瞬間、墨を噴出して、敵が混乱している内に逃走することで知られている。

 

「穿山甲」が混乱している間に、俺は巨大な頭部を敵の眼前に突きつけた。食らえ、最大音量!

 

━━鯨響!!!

 

零距離で放れた音波が「穿山甲」に叩き込まれる。次の瞬間、「穿山甲」は白目をむいて倒れた。

 

マッコウクジラは音波そのものをブチ当てて獲物を気絶させる程の音量(・・)を出すが理論上、その音量は人を殺害できる音響兵器になると言われている。

 

音波による内部破壊はどれだけ硬い鱗で身を護ろうと無力。脳を破壊された「穿山甲」は絶命した。

 

「穿山甲」を倒した俺は、巨体が邪魔なので獣化を解除して人の姿に戻る。言っておくが獣人にありがちな獣化すると服が破れて全裸になる……なんてことはい。俺のスーツは特殊繊維で作られており、獣化に合わせて伸縮するのだ。しかも防水仕様でこのまま水中にも入って問題なし。これぞ金持ちの力だ!

 

まぁ、「穿山甲」に斬られたからまた買い直さないといけない。そんな事を考えながら俺は宇崎さん達と合流すべく移動を始めた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

━━やっぱ「牙闘」って愉しいな!

 

「獣獄刹」に参加している獣闘士は猛者揃い。どいつもこいつも戦い甲斐のある連中。「(ベア)」の剛爪、「壺舞螺(コブラ)」の毒霧、「麝香猫(チベット)」の呪縛、いろんな技が私を追い詰めた。でも、関係ない。牙の鋭い方が勝つ! それが「牙闘」だ!

そしてこの「獣獄刹」と一番闘いたい奴と激突した。

 

獣闘士「(ティガ)」。エルザの自慢の兄貴だ。すげー強いと聞いてたから、楽しみにしていたんだ。

 

「虎」は強かった。いままで戦ったどの獣闘士よりも圧倒的に。凄まじい脚力で水平に跳躍し、瞬時に死角に回り込む移動技「跋虎」は消えたと思うほど速いし、居合のように打ち下ろす一撃「虎砲」はとんでもなく重い爪撃だ。

 

毛皮が一番硬い背中で受けた受けてるのに、二撃受けただけで血を吐くほど重い攻撃。

 

━━でも、確かに迅いけどタイミングはわかってきた。次で仕留めてやる。

 

攻撃さえ見極めればこっちのもの。カウンターで確実に仕留めてみせる。

 

「俺の「虎砲」。二度凌いだのは「獅子」だけだ」

 

だが、敵も簡単には終わらない。「虎」は完全獣化し、より獣の要素が強くなった姿に変わる。限界まで剥き出しにした爪を地面に突き立てた。

 

「次の一撃で殺す」

 

「虎」の本気の構え、「絶爪」。低い重心から繰り出す「跋虎」は神速。その勢いのまま巨大な5本の(ブレード)が敵の身体を確実に引き裂く。その上、完全獣化した「虎」はパワーもスピードも格段に高くなっている。

次の一撃は、確実に私を絶命させると直感した。でも、それがどうしたと笑い飛ばす。

 

「ゴチャゴチャうるせぇ。御託はいいから、さっさと来いよ。牙の鋭い方が勝つ。ただそれだけ。それが「牙闘」だ」

 

私は眼を見開き、眼前の敵の動作を見逃すまいと睨みつける。次の瞬間、爆発が起きたような音がし、「虎」が消えた。

 

━━捉えた!!

 

でも、私は見失わなかった。背後に移動した「虎」の攻撃を見極め、カウンターの爪撃を叩き込む!!

 

━━鯨撲!!

 

カウンターで仕留めようとした瞬間、横からの衝撃に「虎」が吹き飛んだ。

一瞬、何が起きたから分からなかったけど横槍を入れられたのに遅れて気づいた。理解した瞬間、カァッと頭に血が昇った。

━━誰だ! 私の獲物を横取りした奴は!!

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

━━よし、不意打ち成功!

 

尾ひれに伝わる確かな手応えに俺は歓喜した。「穿山甲」を倒した俺は宇崎さん達と合流すべく、廃村に向かっていた。

 

廃村に着いた時にはすでにクライマックス。宇崎さんと「虎」が対峙していた。しかも、宇崎さんが追い詰められている。

だけどこれはチャンスだと思った。「虎」は宇崎さんを仕留めることに心奪われ、俺に気付いていない。いまなら不意打ちできると思い、「虎」が攻撃した瞬間を狙って「鯨撲」で吹き飛ばした。

卑怯? 楽して勝てるんだったら、卑怯で結構。フェア精神なんて持ってない。

 

とにかく最後の難敵「虎」は脱落し、八菱は残り二人。三門は俺が二人、宇崎さんが一人倒して全滅。角供は俺と宇崎さんが一人ずつ倒して、最後の一人は「虎」に倒され全滅。

宇崎さんは重傷だが三人とも健在の俺たち、石田の圧倒的有利。……と思っていたら、予想外の攻撃が来た。

え、なんで? この人に攻撃される理由がわからない。咄嗟に部分獣化した皮膚で受け止めたからながら怒声を発する。

 

「小娘、どういうつもりだ……ほだされたかあ!?」

 

「うるせぇ! 私の獲物を横取りしやがって、殺してやる!!」

 

攻撃してきたのは宇崎さんだった。セリフから察するに「虎」を吹き飛ばしたのが彼女の逆鱗に触れたらしい。

 

「……チームが何の為にあるか知ってるか?」

 

「知るか、死ね!」

 

そんな理由で仲間に手を出す彼女に疑問を投げかけるが聞く耳を持たない。暴れられても困るので「鯨響」で身体の自由を奪う。「てめぇ!!」と倒れても睨みつけてくる宇崎さんをそのまま放置する。

 

「何様のつもりだ。俺に逆らいやがって………っ、ちぃっ!」

 

背後から不意打ちしようとした敵の攻撃を俺は「鯨撲」で迎撃する。敵は素早く尾ひれを避けて、距離を取った。

 

「まだ動けるのか……しぶとい……」

 

「不意打ちの返礼に不意打ちを喰らわそうとしたが……反応が早いな」

 

不意打ちしてきたのは「虎」。どうやら俺の攻撃を避けていたらしい。いや、片腕がブラブラ揺れてるから折れてるな。完全には避けられなかったようだ。

まぁ、不意打ちなんて俺には効かない。反響定位によって360度を常に警戒しているので死角は存在しない。

 

「雑獣ォ……貴様の爪は効かないのは知ってんだろ」

 

「確かに初遭遇の時、俺の爪撃は硬い皮膚に阻まれた。だったら、何故貴様はいま「虎砲」を阻止した?」

 

「ああ?」

 

「貴様の皮膚も防げる限界はある。ならば、どうという事はない。防御力を凌駕する一撃を、迎撃する間もない速度で叩き込めばいい」

 

そう言い、「虎」は「絶爪」の構えになる。本気の一撃で俺の防御を貫くつもりだ。

……確かに、マッコウクジラの皮膚はラーテルの甲皮やセンザンコウの鱗などに比べれば防御力で劣る。デカイ尾ひれが重くて避けることもできない。だったら、俺が生き残る方法は一つ。再び完全獣化するしかない。

「穿山甲」の猛攻さえ耐え切る完全獣化ならば「虎」にも倒す術はない。

問題は獣化するまで「虎」が待ってくれないということか。そんな事を考えていると「虎」は消えたとしか思えない跳躍を見せた。速っ!? 全く見えなかったぞ!!

━━虎砲!!

 

背後から繰り出される重い爪撃は━━俺の全身を包む油膜によってヌルっと肌を滑ってしまった。

 

「っ、これは……油か!?」

 

「お、お兄の攻撃が通じない!?」

 

「鯨油」。クジラの脂肪、骨、内蔵などに含まれる油で、19世紀頃まで灯火用燃料、蝋燭原料、機械用潤滑油などの多様な用途に使われていた。

特にマッコウクジラから取れる鯨油はマッコウ油と呼ばれ、ワックスを含み非常に滑らかで精密機械の潤滑油として重宝されたほど高品質である。

 

皮膚から鯨油を分泌、全身に油膜を作ることでボクサーが顔面を防護するためにワセリンを塗り、相手のパンチを滑らて威力を軽減するように、「虎」の攻撃を受け流しのだ。

油膜で滑らせ、皮膚で防ぎ、脂肪で吸収。この三重装甲に護られた俺を倒すことは不可能だ。

攻撃を受け流した俺は完全獣化を終えた。

 

「何よ、あの大きさ!? 化け物じゃない!」

 

━━鯨撲!

 

獣化を終えて現れた巨獣に「麝香猫」が叫び、失礼なことを言われたので問答無用で吹き飛ばす。彼女は大きく弧を描き、森の中に消えた。

 

「獣ども……お前たちがどう思おうが、俺は人間だ!!」

 

━━鯨撃!!

 

「虎」に頭突きを繰り出す。それを避けた「虎」に裏拳を叩き込む。

 

本来、クジラに四肢は存在しないが俺は獣と人が融合した獣人。人の手足を残したまま獣化しているので、比例して巨体を支えるために四肢も太く強靭に変化している。その桁外れのリーチは相手が届かない距離から一方的に攻撃でき、廃屋を一撃で粉砕する威力がある。

 

「なるほどな。頭部、尻尾、両腕の全てが一撃必殺の武器となり、分厚い装甲があらゆる攻撃に耐え切る攻防一体の獣闘士という訳か。だが、頭上がガラ空きだ!」

 

「虎」は跳躍し、上空から俺を襲う。狙うのは眼球、急所の一つだ。

確かに頭上は頭突きも、尾撃も、拳でも対処できない。でも、俺の攻撃手段はまだあるぞ!

 

━━鯨噴(げいふん)!!

 

頭頂部の穴から噴出された高圧水流が「虎」の腹部に風穴を空けた。

 

クジラの「潮吹き」。誰もが知っているこの現象は、水棲動物でありながら肺呼吸するクジラが息継ぎをするときに起きる。

クジラは頭頂部に噴気孔という「鼻」が存在し、海面から頭を出して呼吸する時、息を吐くと同時に鼻に溜まった海水も吹き飛ばされる。

その勢いは、大型のクジラであれば10m以上も海水を吹き上げるほど凄まじい。

 

流石の「虎」も風穴まで空けられては戦闘不能になるしなく倒れた。

 

「……お前で最後だ」

 

「っ、ただじゃ済まなさい! 死ねまで食らいついてる!!」

 

残るはエルザさんのみ。しかも「麝香猫」の呪縛が残っており、自慢のスピードを活かせない。まさに絶対絶命。その時

 

 

「面白そうじゃん。私にも闘らせろよ」

 

 

宇崎さんが「鯨響」の拘束を打ち破り、変貌した。ただの獣化とは違う、肌は褐色に、姿は獣により近づいた。間違いない。原作にも登場したあの姿は、獣化手術を受けずに生まれながら獣化DNA持つ「原種の獣人(オリジンビースト)」だからこそ可能な変位獣化だ。

 

 

 

 

 

 

 


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