宇崎さんの復活。変位獣化を遂げた「
━━ええええええええええっ、なんで!? なんで変位獣化してんの! もう敵いないのに、なんで今更!?
明らかに場違いな宇崎さんに内心、絶叫していると彼女は攻撃を始めた。
「なっ……!?」
叩き込まれた爪撃は油膜で受け流され、皮膚で防がれた。ダメージはほとんどない。それでも衝撃が凄まじい。
信じられない事に適当に放たれた一撃が「虎」の全力に匹敵する威力。それに一瞬で距離を詰める瞬発力。スピードもパワーも段違いに上がっている。
「嬉しいな。ずっと欲しかったんだ。ちょっとそっとじゃ壊れない、お前みたいな頑丈そうな玩具がさ!」
「いい加減にしろ! このバカが!! あと一息ってところで……!!」
━━鯨撲!!
もう少しで勝てたのに宇崎さんの暴走。味方さえ攻撃してくる彼女を止めるために攻撃する。だが、それは悪手だった。
━━
攻撃に合わせたカウンターが俺を襲う。油膜を突破し、皮膚を引き裂き、血が流れる。
必殺のカウンターが俺の装甲を打ち破って見せた。だが、傷は浅い。脂肪層がダメージの殆どを吸収したので擦り傷だ。
それでも巨獣と化した俺に傷を与えたのは驚嘆に値する。
「もう……いいや……バカとは話が通じない」
これ以上は何を言っても意味がないと悟り、宇崎さんを倒す覚悟を決める。何より、あと少しで勝てたのに邪魔をされた。こっちは財閥の命運背負ってるのに、ただ愉しんでるだけの彼女に邪魔をされて怒りがこみ上がる!
━━鯨撃!!
「す、すっげーパワー!!」
まともに受けるどころか余波だけで吹き飛ばされかねない攻撃。それを楽しそうに避けられたので、すかさず追撃をする。
━━鯨撲!!!
尾ひれによる薙ぎ払い。だが、宇崎さんは……転げてるのか、跳ねてるのかよくわからない動きで回避していた。あまつさえ反撃の爪撃さえ見舞う。
「!?」
「何だかわかんねぇけど……お前、これまでの相手の中で、一番闘り易いぜ」
ラーテルはナワバリ争いにおいては全くのやぶれかぶれ。出会い頭にいきなり噛み付き吠え立てるなど無為無策も甚だしい乱戦となるが、それもそのはず。
ラーテルの生息域に棲む大型肉食獣とラーテルを比較した場合、その体格差実に10倍。これは戦術や戦略でどうにかなる範囲をとっくに超えた自然界では通常ありえない暴挙である。
しかし、この暴挙こそが長い進化の歴史で培ったラーテル本来の戦闘スタイルであり、強大は敵に挑む勝ち目のない闘いこそがラーテルの本領発揮の瞬間である。
━━鯨響!!
もはや殺す気で最大音量をブチ当てる。鉄壁の防御を誇る「
「シャアアアアアアアッ!!」
宇崎さんは殺人音波を打ち破った。自然界の常識を覆すラーテル最大の武器。死をも恐れぬ鋼の
━━いや、おかしいだろ!? 物理法則を無視するな、普通即死だぞ!!
だが、一瞬動きが止まった。その隙を見逃さず、人を丸呑みにできるほどの大口を開けて宇崎さんに噛み付く。
━━
ダイオウイカを主食とするマッコウクジラは獲物を丸呑みにするため、牙が退化しており下顎にしか生えていない。だが、俺には獲物を噛み砕くことができる巨大な牙が上下の顎に生え揃っいる。
およそ1200万年前中新世の海に生息したマッコウクジラの祖先「リヴィアタン・メルビレイ」は、刃渡り最大36㎝もの「
巨大な顎の生み出す咬合力がラーテルの甲皮を容易く噛み切り、宇崎さんの腕が宙を舞った。腕一本を噛み切られた痛みは想像を絶する。もはや戦闘不能。俺は勝利を確信した。しかし、
━━ 蜜獾斬!!
上顎への爪撃。硬い皮膚も、分厚い脂肪もない口内から、頭部の「脳油」を狙われ、ブチ抜かれた!? まさか脱出しようとするどころか反撃してくるとは!
マッコウクジラにとって重要器官である「脳油」を傷つけられては弱体化は免れない。
……まさか『伊佐奈』と同じ方法で追い詰められるとは……いま頭に一撃喰らえば間違いなく倒れるな。……でも、『伊佐奈』と同じ末路を辿る気はない!!
「俺を……見下すな!!」
口から脱出しようとした宇崎さんに噛み付き、そのまま自分ごと地面に叩き付ける!
「脳油」を抜かれたせいで防御力ゼロになった俺にはダメージが甚大だ。だが、巨体で押し潰された宇崎さんのダメージはそれ以上だ。全身から流れた血で、比喩抜きの血の池に沈んでいた。
…………死んだか?
ピクリとも動かなくなった宇崎さんを見ながらそう思っていると首元を素早い爪撃に引き裂かれた。
「!?」
「愉しんだりしない。獲物が隙を見せれば最速で狩る。それが「
チータ。哺乳類最高の走行性能を有する地上最速の肉食動物。最高速度は時速110㎞にも達するが剥き出しの爪がスパイクの役割を果たし、一瞬で静止し方向転換する「制動力」を生み出す。さらに呼吸調整を高めるための大きな鼻腔や軽量化に徹した細長い体躯など他の猫科動物には見られない走る事に特化した身体的特徴が多い。即ち、チータは地上最速の
「ああ? また雑獣が……」
強がってみたけどヤバいな。目で追えないほどのスピードだから、防ぐ術がない。脳油が使えれば「鯨響」で仕留められるのに。……幸いなのは攻撃が軽いから、俺の巨体には軽傷しか与えられないことか。彼女の爪なんて俺からすれば爪楊枝みたいなものだ。
……いや、待て。敵は「狩猟豹」だけ。それに目的も達成してるから彼女を隠す必要はもうないな。「反響定位」が使えないからどこにいるかわからないけど、近くにはいるはずだ。よし、彼女に倒して貰おう。
「コウモリよ。このバカ仕留めろ」
「はっ、あんたいきなり何言ってんの?」
「……どうした。早くしろ」
「頭のダメージのせいでイカれた? お望み通り、さっさと狩って━━」
━━
背後からの不意打ちが「狩猟豹」を切り裂く。急所への一撃に彼女は何が起きたも分からずに倒れた。
背後から奇襲したのは両腕両脚が皮膜に覆われ、鉤爪を生やした美女。
「遅い」
「あら、助けてあげたのに酷いわ。お姉さん悲しい」
石田の獣闘士「
コウモリは、地球上で唯一「飛行」できる哺乳動物である。ムササビやモモンガなどの滑空しかできない動物と異なり、飛ぶ事に特化した身体的特徴をした、クイックターンなどアクロバティックな鳥類に匹敵する飛行が可能である。
夜行性で、暗闇で昆虫やカエルを捕食するためにイルカやシャチの様に「反響定位」を行う。その精度は、微細な水面の振動を感知し、水中の魚を捕らえる種までいるほど高い。
黒夜さんはその飛行性能を活かして敵に接近、暗闇でも「反響定位」で獲物を捕捉し、死角から暗殺する戦法を得意としていた。
「それより、角供の刺客どもは片付けたのか?」
「安心して、仕事はしっかりこなしたわ。「
俺は人に戻りながら、黒夜さんに問う。それに彼女は肯定で返した。
原作で角供が参加メンバー全員を始末するつもりで暗殺部隊を仕向けるのを知っていた俺は黒夜さんに「避役」たちを迎撃してもらうために「獣獄刹」に参加せずにずっと戦力を温存させていたのだ。
皮膚を変色し周囲に溶け込んで誰にも見えなくなることができるカメレオンも、「反響定位」を行う黒夜さんからは逃げられない。
実力も高いから、大丈夫だろうと思ってたけど無傷なので、複数の獣人を相手に余裕で勝利してきたらしい。
とりあえず他財閥のチームは全滅。暗殺部隊も退けた。色々と予定とは違ったけどこれで石田財閥の勝利だ。
きっと会場では、角供財閥総理事、角供雅と三門財閥総帥、三門陽参が謀殺されている頃だ。
日本経済を私物化した陽参が死ぬことで日本は劇的に変わるだろう。これで利権から引き離されていた石田財閥も盛り返せる。俺の水族館経営の夢に一歩近づいた。
ただ、今日くらいはゆっくり休みたい。疲れた。
「戻るぞ、コウモリ。手を貸せ」
「ヒトミちゃんの応急処置が先。レディーファーストよ♡」
「………」
頭が痛くて立てないので、黒夜さんに助けを求めると拒否された。宇崎さんが瀕死なのは俺のせいなので何も言えなかった。
◇◆◇◆◇
「獣獄刹」から二週間。四大財閥の内、二つの財閥の解体によって情勢は目まぐるしく変化していった。
特に「獣獄刹」勝者である石田財閥は、「獣化手術」を合法化する「獣化法」を含む利権の全てを握った。それを仕切るのに上へ下への大騒ぎた。何せ、弱小財閥なので利権から遠ざけられ、ノウハウがまったくない。総動員しても手が足りない状況だ。
そんな大忙しの中。俺の元に一本の連絡が届いた。その連絡先の名前を見て、事態が動いたことを確信する。
「俺だ。どうした、オオカミ」
「元三門の私有地で動きがあった。あなたの予想通り、「蜜獾」が野本裕也を殺害した」
携帯から聞こえてくるオオカミと呼ばれた女性からの報告に原作通りの展開になったかと思う。
「すぐに回収班を向かわせろ。まだ獣化手術で助かるはずだ」
「了解。……一つだけ聞きたい」
「あ?」
「あの男が殺害されると何故、わかった?」
「詮索させる為にその仕事をさせてるんじゃない。わかるだろ?」
原作知識で知ってたと言えるわけもなく、何も聞くなという意味を込めて高圧的に言い放す。
「申し訳ありません」
相手もそれを察して携帯を切った。
━━さて、邪魔な三門と角供は消えた。ようやく水族館を作れると思ったら、「獣化法」による獣化手術の合法化、獣人の特別自治区「獣人特区」建設、「牙闘」の公式化などやることが山積み。とてもではないが水族館建築にまで手が回せない。いつになったら水族館を作れるんだろ。『伊佐奈』リスペクトの道のりは遠いな。