異世界人はダンジョンに理想を見るか   作:千名@センメイ

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一話

 突然だが、質問をしたい。

 

『鳥は自由だろうか』

 

 重力という枷を破り、その思うがままに大空を飛ぶ姿を思い浮かべてほしい。

 そしてもう一度、聞きたい。

 

『鳥は自由だろうか』

 

 多くの人が、「自由だ」と答えるだろう。

 人が自力では到達できない場所を悠々と飛ぶこと。我々のように、社会に、そして世界に縛られることなく、生きていること。自分が持たないものを持っていること。

 理由はそんなものだろう。

 もちろん僕だって同意見だ。でも同時にこうも思う。

 

『鳥はきっと人間より不自由だ』

 

 鳥は僕らから見たら自由だ。

 でもそれはあくまで僕らが見た自由だ。僕ら人間がそれぞれ求めてる自由だ。

 

 鳥はどこまでも高く飛ぶことはできないこと。

 鳥は自然に縛られていること。

 鳥は僕らが持っているものを持っていないこと。

 

 彼らは心を知らない。

 鳥は僕らのように、何かに意味を求めない。だからきっと、僕らにとって価値のあるものは、彼らにとってどうでもいいものなんだと思う。だから愛も希望も正義も、悪意も嫉妬も憎悪も。そしてその美しさと醜さも何も知らない。

 

 彼らは自分たちが自由だということも、それがどれだけ素晴らしいことだということも、そして『自由』の意味さえも知らない。

 それは多分、とても『不自由』だと思う。

 

 だから僕は、彼らが『羨ましい』。

 

 何も知らず、何も考えず、ただ自分のことだけを考えて、すべてに無感動になれたらどれだけ素晴らしいことだろう。

 僕はそうなりたかった。

 僕は鳥になりたかった。

 

 名前もなく、理性もなく、知ることも考えることも、感動することもなくただ生きて、そして誰にも知られることもなく死ぬ。

 そうありたかった。

 

 

 そうなれなかった。

 

 

「そろそろ終わりにしようぜ、なぁ。『正義の味方』」

 

 僕の目の前に、よく見知った顔があった。

 王国の切り札。人類最高戦力。

 

――勇者。

 

 彼が、輝く剣を携えて僕の前に現れた。

 死神と呼ぶには余りにも綺麗な彼が、僕の目の前にいた。

 

「……死んで、無かったんだね」

「あんな雑魚相手に俺が死ぬものかよ。それともなんだ、俺が死ぬと思ってたのか」

「まぁ、ね。さすがに君でも、魔王相手だったら、死ぬんじゃないかって、期待してたよ」

「…………」

 

 彼――勇者が手に持った剣を振りかぶる。

 

「まずは足だ」

 

 まっすぐに振り下ろされた剣は狙いたがわず、僕の両足を切り落とした。

 

「っ――――ぁギッ」

 

 喉の奥から、鳥を絞めるような音が出た。

 頭が真っ赤にスパークしたような感覚。激痛が僕の全身を突き抜けては、喉から出ていく。

 痛みなんて、久しぶりの感覚だった。

 

「いてぇだろ、オイ」

 

 勇者が何かを言っている。

 何かを言っているのは分かる。でも何を言っているのかが、全く分からない。

 痛みで脳が、思考が支配される。

 

 痛い、いたい、イタイ。

 

 ちかちかと明滅する視界の端で、切り落とされた僕の足が見えた。

 生まれた時からずっと一緒だった僕の足は、剣で切り落とされてもまだ、じたばたと暴れている。

 まるで僕が感じている痛みを共有しているように、跳ねる。

 

「気持ちわりぃ体だよな、不死ってのはよ」

 

 不死。死な不(しなず)。僕の体。

 

「生まれたときに呪印が浮かぶんだってな。ハハッ」

 

 切り落とされてもまだ動き続ける僕の足を、勇者が細切れにしていく。

 その度に、僕の体に感じたことのない。形容できない激痛が走る。

 

 ゾブリ

 

 そんな音を立てながら、まだ温かい僕の体を、冷たい鋼の感触が侵す。

 薄い皮膚が裂ける。肉の繊維の一本一本がブツリと切れていく。硬い骨がバターのように割られて。肉が切られて。皮膚が千切れる。

 その痛みが、何重にもなって僕を襲う。

 

 どうして僕がこんな目に合わないといけない?

 どうして僕がこんなことをされなきゃいけない?

 どうして。なんで。僕はただ――――

 

「ど、うし……て」

「アん?」

「ぼくは、ただ……ぼくは」

「おいおいおい。嘘だろ『正義の味方』。痛みでぶっ壊れるのは無いぜ」

 

「なんで、こんな――」

 

 

「全部テメェがやったことじゃねぇか」

 

 

 ――――え?

 

「足をぶった切られて、腕をミンチにされて、体の端から生きたまま魔物に喰われる。お前がずっとやってきてたじゃねぇか」

 

 ――――そんなこと。

 

「してねぇ?んなわけねぇだろ。おい。ちゃあんと思い出してみろよ」

 

 ――――思い、だす?

 

 

 

 

「お前が見捨てた、少数の犠牲の最後をよ」

 

 

 

 

 仕方のないことだった。

 僕は『正義の味方』で、正義のためには犠牲が必要で。より多くの人を救うことが正義で。自分の意志とか、感情だとか、そんな下らないもので、救うべき人間のその多数を見捨てるのは『悪』だろう?

 

「きみだっ、て。そうだろ?ぜんいんをたすけるのは、むりだ」

「ちげぇだろ。全員を助けてこその『正義の味方』だろうが」

「むりだ。できは、しない。りそうだけじゃ、『正義』なんてかかげられない。ぎせいは、ひつようなんだ」

 

「『世界を救うこと』……それが、俺の『正義の味方』が掲げてた『理想』だ」

 

 なんで、そのことを。

 

「……俺もそれを掲げた。そして成した」

 

 嘘だ。

 

「テメェが見捨てた少数を救った」

 

 やめろ。

 

「掲げた正義の果てを知った」

 

 やめてくれ。

 

「あんたがその果てだ――『正義の味方』」

 

 

 

 

 昔、一人の少年を救ったことがある。

 長く続いていた戦争を終わらせるために、世界のあちこちを飛び回っていた時期だった。

 

 助けて。そう叫んでいた少年を、救ったことがあった。

 

 左半身が真黒な()()で覆われていた少年を、救った。ただ、野生の熊から少年を()()()だけだった。

 それから少年は、僕によく懐いた。

 終わりがないような薄汚い戦地を、どこまでも少年は付いてきた。

 

 砂漠に飲まれた街を。怒号と断末魔の叫びが飛び交う密林を。数多くの住民が住む市街地を。

 

 どこまでも少年は付いてきた。

 いつしか五年が経っていた。

 少年は青年へとなろうとしていた。

 

――あんたの夢って、なんなんだ。

 

 そのときの少年のことをよく覚えている。

 長く続いた戦争が終わる。その前の日の晩のことだった。

 僕をまっすぐに見つめる少年の目の中に、単純な疑問の中に混ざり合った、恐怖と、それを塗りつぶす憧憬が見えた。

 それをとても眩しく思えたことを、今でもよく、覚えている。

 

――僕の夢……そうだな。世界を救うこと、それが僕の夢だ。

 

 そう言ったあの日のことを、僕は、いつしか忘れてしまっていた。

 

 

 

 

「あんた、言ったよな。いつか自分がこの理想を捨ててしまったら――」

 

――君の手で、同じ痛みで、僕を殺してくれ。

 

 そんなことを、言っていた。

 あの頃の僕はそんなことを、言っていた。

 

「約束を果たしに来た」

 

 勇者が――もう青年になってしまった少年が、再び剣を振り上げる。

 痛みを堪えるように、何かに耐えるように。

 ゆっくりと、剣を振り上げた。

 

「ぼくの『正義』には、きみはひつようじゃなかった」

「知ってる」

「きみのことを、『理想』と『正義』をまちがえた、ばかだって。おもってた」

「……知ってる」

「まおうところしあって、かってにしぬんだろうって、おもってた」

 

 過去の僕と、今の僕は違う。

 同じ人間でも、過去と今じゃ、『正義』も『理想』も何もかもが違う。

 勇者と僕の『正義』は、絶対に交わらないことも、分かっていた。理由は分からなかったけど。

 

 今ならわかる。

 

 『理想』という、必要のない心を持った勇者/昔の僕は、きっと今の僕にとって――『正義』という機構(システム)を是とする僕にとって、かつてあった愚かさだったからだ。

 

 そしてその愚かさは、人が最も大事にしているものなのだと。

 僕は、全てに裏切られて、そして勇者と対面して、気付いた。

 

「その腹の傷、裏切られたんだな」

「うん……うしろから、うたれたんだ」

「ざまぁねぇよ」

「そうだね。でも、まちがっていたとは、おもわない」

「そう、か」

 

「これがぼくの、『正義』だから、ね」

 

 ぼんやりと空を見上げた。

 雲一つない空には、一匹の鳥が飛んでいる。

 

 彼らは自由と言う言葉を知らない。

 

 彼らには名前がない。理性がない。知ることも考えることもない。ましては正義も善悪もない。

 どれだけ素晴らしいことだろう。

 

 何も疑問に思わずに、自らの本能を振るえることは。

 

 空に影が差す。

 勇者の剣が、僕に向かって振り下ろされていた。

 避けることはしない。ただ、受け止める。

 

 ゾブリ

 

 肉を鋼が侵す音がして。

 

 僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じた瞼の向こうに、光が見えた。

 森の木々の向こう側に見える、木漏れ日のような光だ。

 

「ここは……いったい」

 

 目を開くと、そこは薄暗い地下牢だった。

 錆びているにも関わらず、頑丈な偉容を見せる鉄格子。干からびて白くなった石畳。近くには、折れた鉄パイプが転がっている。壁には蜘蛛の巣と植物の蔦。天井は崩落して、所々から光が差し込んでいる。

 もう何年も放置されているような、そんな雰囲気のこの場所に、いつの間にか僕は居た。

 

「たしか僕は、彼に……僕は、死んだんじゃ、なかったのか」

 

 記憶の繋がりが断絶している。どうしてこんな所にいるのかが、思い出せない。

 

 一番有力なのが、彼が僕を殺さずに気絶させ、ここに運び込んだこと。

 これが一番現実味がある。だけどそれは絶対にありえない。彼が、過去の僕との約束を破ってまで、今の僕を生かそうとする理由が見つからない。

 

 次に、第三者が僕を助けた可能性。

 無い。まったくもってありえない。僕は全世界共通の犯罪者として扱われているし、もし第三者が僕を助けようとしたとしても、あの時僕を殺そうとしていた彼を出し抜いての救出なんて、不可能だ。

 そもそも、多数を生かすために躊躇なく少数を殺すような人間を、危険を冒してでも助けようとする人間なんていないだろう。

 

 最後に……これが一番ありえない。

 

「まったく別の世界に転生した可能性……か」

 

 過去、僕が出会った人間の中に、稀に居た人物たち。

 自らを転生者と呼び、信じられない力を振るう超常のモノたち。彼らの話を聞いたところによれば、割とよくあることらしい。死んだ魂が全く別の世界で肉体を持つことは。

 

 しかしそんなことが本当にあるのだろうか。

 到底信じられることではない。

 

 信じられることではないが――

 

「ともかく、外に出てみない限りには何もわからない、か」

 

 呟いて、立ち上がる。

 そうして、そこまでしてようやく、僕は自分の身に起こっている異常に気が付いた。

 

「目線が低い……周りのモノが巨大なのか。いや、体が縮んでいるのか?」

 

 最初に感じた違和感は目線の位置。

 立ち上がってみると、とてもよくわかる。自分の身長なんて覚えていないけど、こんなに小さくはなかったことは確かだ。かといって周りのモノが巨大なのかといえば、そうでもない。足元を這う蜘蛛が、常識的な大きさであることが証拠だ。

 

 次は声。

 僕の喉は、ずいぶんと昔にいかれてしまっている。声を出しても、出るのは空気が漏れるような、擦れた低い声だったはずだ。

 だけど今出していた声は、まるで、そう。まるで幼い少女のような、透き通った、綺麗な声。

 

 最後に、五感。

 殆ど聞こえなくなった耳。眼鏡をかけていないと、ピントが合わなくなっていた目。利かなくなった鼻と、触覚。

 その全部が、ハッキリと僕に情報を伝える。

 脳に、もう得られることがなくなってしまっていた刺激が、津波のように押し寄せてくる。

 

「こ、れは……」

 

 ふらりと、足元が崩れて尻もちをつく。

 心臓の音がバクバクと暴れている。

 

「ありえない。こんなことが、いや、でも、これは。夢?」

 

 自然、息が荒くなる。

 自分を落ち着かせるために掻き毟ろうとした頭に、それはあった。

 

 まっすぐに立って。

 

 柔らかな毛に覆われた。

 

 大きくて。

 

 まるで獣のような。

 

 

「――耳?」

 

 

 耳が、生えていた。

 

「な、な、な……なッ」

 

 驚愕に身を固まらせていると、視界の端にゆらりと動くものを見つける。

 それはまるで動物の尻尾のようだった。いや、間違いない。それは、動物の尻尾だった。

 

 ふさふさとした毛並み。先端に向かって細くなっている形状。意志を持っているかのような、ゆらりゆらりとした動き方。

 

 どうしてそんなものがここに。とか。

 そんなはずがない。だとか。

 

 現実逃避じみた考えが次々に頭に浮かんでは、消えていって、最後には結局。

 

 ゆっくりと、不規則に動くその尻尾を目でたどっていく。

 先端から、その根元を確認するために視線を動かしていく。

 

 そしてソレは、僕の背後に続いている。

 

「まさ、か」

 

 そんなことをこぼしたけど、もうとっくに答えは頭に出ていた。

 

 視線の先、首を背後に回して見た、僕の目には想像通りの光景があった。

 

 その尻尾は、僕から生えていた。

 

「なァ――――ッ!?」

 

 ありえないありえない。

 僕は動物になってしまったのか。

 いやそれならまだ良かった。まだ生きる場所がある。

 

 だがまさか僕はよりにもよって、『魔人』になってしまったのか!?

 

 何の因果かは分からない。どうして死んだはずの僕が生きているのかとか、どうして背丈が縮んで、殆ど失ってしまった五感が再生しているのかだとか。そんなことはもうどうでもよかった。

 ただ僕は、自分が魔人になってしまった。その事実に打ちひしがれていた。

 

 『魔人』というのは、彼――勇者が討伐した魔王。その眷属のことだ。

 『魔人』はみな、例外なく主である魔王に忠誠を誓っている。そして理性と、本能と、心と、魂を代価に、常人ならざる身体能力と、馬鹿げた魔法適正を手に入れた『元』人間。

 決して死ぬことのない、不死身の化け物。

 それが『魔人』。

 

 特徴は、()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 上半身はヒトだけど、下半身は蟷螂。見た目は人間そのものだけど、猛獣の爪や牙を持つもの。果てには顔以外が梟になっていたもの。

 それが『魔人』。

 魔王の眷属。

 人を根絶させるために、全世界に戦争を仕掛けた愚王の兵。

 

 その魔人に、僕はなっていた。

 

「嘘だ」

 

 ぽつりと声が零れる。

 

「嘘だ」

 

 僕は『正義の味方』だった。

 誰になんと言われても、どんなに外道に落ちたとしても。『正義の味方』だった。

 人を救うため、死ななくていい誰かを救うため。そのために僕は『正義の味方』になった。

 

 その、僕が。

 

「嘘だ」

 

 死ななくていい誰かを、理性も本能も心も正義も善悪も。なにも掲げずに、何も持たずに、殺し続ける『魔人』になってしまった。

 

「……嘘だと言ってくれ」

 

 だったらもう、僕が取るべき行動は一つしかない。

 『正義の味方』である僕が取るべき選択は、一つだけだ。

 

 

「死ぬしかない」

 

 

 僕は転がっていた鉄パイプをひろう。

 まるで誰かが僕の為に用意してくれていたかのように、目を覚ましたその瞬間からそこにあったモノ。

 

 あの時の彼のように、僕は大きく鉄パイプを振りかぶる。

 

「死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル・クラネルは冒険者である。

 

 といっても、つい半月前になったばかりの、成りたてではあるが。

 

 田舎からはるばる、この迷宮都市オラリオにやってきたベルは、数々のファミリアに入団を断られていたにも関わらず、自分を眷属として受け入れてくれた女神の為。そして自身の夢である、ダンジョンでの女の子との出会いのため、今日も朝早くからダンジョンに潜ろうとしていた――――のだが。

 

「迷っちゃった……?」

 

 道に迷ってしまった。

 

 このオラリオには、ダイダロス通りという、迷宮じみた区画が存在する。

 入ってしまったが最後、複雑怪奇な道と、日の光の届きにくい故の薄暗さで、抜け出すことは運次第。そんな、なぜこんな場所があるのか理解に苦しむ場所がある。

 そのダイダロス通りこそ、今現在ベルがいる場所である。

 

「ど、どど、どうしよう……」

 

 このダイダロス通りにベルが迷い込んで、そろそろ一時間が過ぎる。

 人気のないこの場所で、一人で迷い歩くのは心細い。

 

 もうずっとここから出られないかもしれない。

 そんな考えが、ベルの頭をよぎったその瞬間。

 

「え、うっ、うわぁっ!?」

 

 突然ベルの歩いていた道が崩れた。

 当然、回避できるはずもなく、突然できた落とし穴に落ちるベル。

 

「いたたた――あれ?」

 

 受け身も取れず、体をしたたかに打ち付けられたベルは、痛みにうめく。

 しかし次の瞬間には、その痛みも忘れていた。

 

「――――ッ」

 

 ベルの目の前には、まだ年端もいかぬ()()()()がいた。

 曇り空のような灰色の髪に、磨き抜かれた紫水晶のような紫の瞳をもつ少女。

 

 少女は、死んだような眼をして、光が差し込んだ緑の地下牢の中に一人、鎖でつながれていた。

 まるでそれは、祖父が自分に言い聞かしてくれたおとぎ話に出てきた、捕らわれの姫のようだった。

 

 その光景に、ベルは短く息をのむ。

 

 少女の美しさや、その幻想的な光景にではない。

 鎖につながれている少女の、あまりの痛ましさにだ。

 

 どれほどの時間ここにつながれていたのかは分からない。

 だけどきっと寂しかったに違いない。心細かったに違いない。

 こんな地下牢に繋がれているなんて、尋常のことじゃない。

 

――助けなきゃ

 

 ベルは急いで立ち上がると、牢の前に駆け出す。

 

「大丈夫?心配しないで、今助けるからっ」

 

 精一杯の笑顔を少女に向ける。

 そしてそのまま、牢の扉を思いっきり引っぱった。

 するとどうだ。牢を閉じていた扉は、驚くほどあっけなくその禁を解き、少女への道を開いた。

 

 勢いのままベルは牢の中に入り、少女を縛っている鎖を引き千切る。

 鎖もまた、思い切り力を籠めるまでもなく、簡単に砕けた。

 

 牢を開け、鎖を砕いたベルは、少女の前にかがみこむ。

 

 薄ぼんやりとした少女の瞳をしっかりと見据えると、こういった。

 

 

「僕はベル。ベル・クラネル。キミは?」

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