異世界人はダンジョンに理想を見るか   作:千名@センメイ

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二話

「死ね」

 

 縮んだ両手に握った鉄パイプの、その千切れて鋭く尖った先端。それを上向きにして、自分の腹部から突き上げるように――心臓に向けて力の限り振り下ろす。

 『魔人』は不死身だ。死ぬことは無い。

 

 だからと言って殺せないわけじゃない。

 

 頭を消し飛ばせばもう動くことは無いし、首を切断すれば、首から下は動かなくなる。彼が僕にしたように、足を切断して細切れにすれば、足は使えなくなる。

 心臓を破壊すれば、血が全身に廻らなくなり、やがて血も出なくなってピクリとも動かなくなる。

 

 それでも『魔人』は死なない。

 

 代替品さえ用意してやれば、何もなかったかのように活動を再開する。

 要は死んでないだけだ。

 

 そう、死んでないだけだ。

 

 だから殺せる。

 僕はそうやってきた。

 心臓を破壊して、動きを止める。あとは重りをつけて海の中にでも捨ててしまえばいい。

 『魔人』の肌は火を通さない。まるで水のように火を弾いて、何食わぬ顔で火中から飛び出してくる。だから海に沈める。

 

 でも近くに海はないし、僕は一刻も早く死ななくちゃいけない。

 だから心臓を破壊する。

 心臓を破壊された『魔人』が再び活動を再開するためには、別の新鮮な心臓と取り換えて、人ひとり分の血液を補充することだ。勿論やる人間はいない。

 

 鉄パイプが、肉を抉って心臓を破壊するのに十分な力を持って、僕の腹部に迫る。

 狙いは的確に。脇腹を貫いて、腸、肺、心臓と即死コース。

 

――死ねる。

 

 はずだった。

 

「――ッ」

 

 僕の腹部にパイプが刺さる直前。

 あと少しでも前に出たら、体に刺さる。その瀬戸際で僕の腕は、まるで見えない腕に摑まれているかのように停止している。

 

「あ、あれ?」

 

 どんなに力を入れても、腕が動かない。力を込めた腕は、プルプルと頼りなく震えるだけで、びくともしない。それどころか、呼吸が荒くなり、じっとりと汗をかき始めている。

 

 怖がっているのか?

 僕が、自分の死を?

 

「動け、動け、動け動け動けッ!!」

 

 僕はここで死ななくちゃいけない。『魔人』になったなら、誰も殺さないようにその場で死ぬことが、正しい。

 『正義の味方』なんだろ。じゃあここで死ななくちゃ。僕という『少数』を殺して、死ななくていい誰かという『多数』を救わなきゃ。

 

 だってそれが、僕の『正義』なんだから。

 

「ああああああぁああああああああァッ!!」

 

 手に握った鉄パイプを、もう一度振り上げて、振り下ろす――――失敗。

 

 もう一度――――失敗。

 

 ――――失敗。

 

 失敗。失敗。失敗。失敗。失敗……。

 

 

 失敗。

 

 

 何度振り下ろしても、僕の腕が心臓を壊すことは無かった。

 それどころか、動かし続けた腕の方が先に悲鳴を上げた。腕を振り上げることも鉄パイプを握ることすらできなくなって、僕の荒い息遣いだけが、牢に響く。

 

 カラン、と高い音を立ててパイプが地面に転がった。

 これ以上は無駄なんだと、理解できてしまう。

 

 呆然としたまま、鉄格子の向こう側を眺める。

 

 天井から零れる光はそのままに、暗がりを移動するネズミの気配。

 辺りに人の気配はなく、いつか訪れた砂漠に沈んだ街のことを思い出した。

 

 ……なんだか、頭が妙に冴えている。随分と心が静かだ。

 もしかしたら僕はもう死んでいて、ここは死後の世界なんじゃないか。

 そんなことを考えていた。

 だとしたら、この妙に懐かしい牢屋も、僕が死ねない理由も、『魔人』になったわけも、なんとなく理解できるような気がしていた。

 

 僕は幼少時代を、ちょうどこんな廃墟の地下牢で過ごした。

 そこで出会った人物こそ、僕が『正義の味方』を目指した始まりだったはず。

 僕という人間の、始まりの場所。それが牢屋だった――今回は一人だけど。だから、牢屋にいるのかな。死んでからまたここに戻ってくるんて、思ってもなかったけど。

 

 死ねない理由は、多分。僕が一度、同胞(不死)の死にざまを見たことがあるからだろう。

 死の瞬間、今まで受けてきた傷が一度に体に返ってきたその同胞は、「死にたくない」「殺してくれ」と叫びながら、徐々に崩れていく体と共に、記憶を失っていった。

 僕の相棒であり、親友だった彼の最後の言葉は、確か。

「お前、誰だったっけ」

 だったか。その日から、僕は極端に死を恐れるようになった気がする。結局、僕も死にたくなかったのかな。

 それに死んでから気が付くなんて、あまりにも虫が良すぎる。

 

 『魔人』になった訳は……そうだな。

 『魔人』は素体となった人間の、内なる獣性を引き出し、増幅して表出させた姿。そんな研究結果が出ていたはずだ。

 さらにいえば『魔人』とは、『人間という枷に縛られた魂を本来の姿に変換する魔法』によって作られた存在だ。肉体は枷であり、魂は獣性である。魔王は、そんなことを言っていた。

 だから、死によって肉体という枷から放たれた僕の魂ーー獣性が、ここにいるのだろう。

 だとしたら僕の内なる獣性とやらは、『縛られた半端モノ』といったところか。

 鎖で縛られて、牢に入っている今の状況。これが僕の本来の姿とでも言うのか。

 

「……ああ、静かだ」

 

 もう、考えるのが酷く億劫だ。そう思って天井を見上げる。

 こんなに静かな場所にいるのは、何時ぶりだろうか。

 座っているだけなのに、妙に落ち着いていて、安心して。なぜだか過去に浸ってしまう。

 

 

 

 どれだけの時間が経っただろう。

 ふと、足音が聞こえてきた。

 

「足音?」

 

 コツン、コツン、とゆっくりとしたペースで歩く足音が、今にも崩れそうな天井から聞こえている。

 音からすると、歩いているのは随分と遠くの場所みたいだ。でも安心はできない。

 もし何かの弾みで僕が見つけられてしまったとしよう。きっと相手は酷く驚いて、恐れる。それを見た僕は――魔人としての僕は、果たして平静でいられるだろうか。

 きっといられないだろう。

 

 僕を縛る、長い鎖がジャラリとこすれる。

 

 足音は、次第に近づいてくる。

 心臓が早鐘を打つその音までもが、聞こえてくるようだ。

 

 ああ、もしもこの世に神なんてものがいたのなら。

 そう願わずにはいられない。

 

 どうかお願いします。僕の前に、誰も現れないでください。

 僕はきっとその人を手にかけてしまう。それだけはしたくない。それだけはしたくないんです。死ななくて良いはずの誰かを、僕の手で殺す。そのことだけは。

 どうか、どうか。

 

 

「――――ッ」

 

 

 果たして、僕の願いは聞き届けられなかった。

 

 部分部分が崩落して脆くなっていた天井は、即席のトラップになって、歩いていた誰かを僕の目の前に落とす。

 

 落ちてきたのは、白い少年。

 まだ年若い顔立ちの、軽装鎧に身を包んだ少年は、突然の出来事に目を白黒させている。

 汚れのない真っ白な髪と、輝くように真っ赤な目が、まるでウサギのよう。

 

――ああ、神様。

 

 

 貴方はなんて残酷なんだ

 

 

 少年が目を開け、そして目の前にいる僕をその赤い目に映す。

 

 目を見開き、驚きをあらわにする少年。

 

 だめだ、逃げてくれ。僕を見ないでくれ。僕が見えなくなるまで、どこか遠くに逃げてくれ。

 僕は君を殺したくない。

 誰も、傷つけたくない。

 お願いだ。

 

 少年が立ち上がる。

 

 きっと恐ろしいだろう。きっと憎いだろう。

 今にも駆け出しそうな少年を見て、安心する。そう、そのまま向こうに走って行ってくれ。

 

 そうだ――

 

 

「大丈夫?心配しないで、今助けるからっ」

 

 

――何故きみは僕のところに来るんだ?

 

 立ち上がった少年は、あろうことか、僕を閉じ込めている牢の方に走ってきた。

 それどころか、満面の笑顔で僕を助けると言い出し始める。

 

 まて、やめてくれ。

 お願いだ、僕は――バキンッ――なに?

 

 少年を止めようと声を上げようとした僕は、生涯で一度も聞いたことのない音に、思考が停止した。

 

 頑丈に封が施されていた牢の扉。

 たった今、それが一人の少年によって破られた。

 

 『鋼鉄の捩じ切れる音』と共に。

 

 人間に鋼鉄は捩じ切れない。

 そんな人間離れした芸当は、勇者ですらできない。魔王だってそうだ。できるのは人間をやめた『魔人』だけ。

 だが目の前の少年はやって見せた。見間違いじゃない。道具を使わずに、自らの腕だけで。

 

 嘘だろう?

 まさか、まさか彼も『魔人』だとでもいうのか。そんな馬鹿な、目の前の少年には『魔人』ならあるべき最大の特徴がない。だから『魔人』じゃないはずなんだ。

 だったらなぜ鋼鉄を素手で捩じ切れる?

 

 人間じゃないとでも?

 

 そんなことが頭を走り抜けていく中、少年は僕を縛る鎖を次々と破壊していく。

 クッキーかビスケットでも砕いているかのように、簡単に鎖が砕けていく様は、正直言って生きた心地がしない。

 今の僕じゃ、抵抗なんてできはしない。もし少年が僕を害そうとしたなら、僕は簡単に砕けて終わりだ。

 

 やがて少年が、僕を縛るすべての鎖を砕き終えた。

 座り込んでいる僕と、視線が同じ高さになるようにしゃがんだ少年が口を開く。

 

 

「僕はベル。ベル・クラネル。キミは?」

 

 

 優しい声だった。

 まるで害意を感じさせない、柔らかな声。

 その声で、寸前まで張り詰めていた緊張の糸が、プツリと切れる。

 

「リンドウ」

 

 気づけば言葉が勝手に口に出ていた。

 それを聞いた少年が、また笑顔になる。

 

「ね、リンドウ。ここから出よう?外は明るいし、きっと大丈夫だからさ」

 

 出る?

 ここから?

 

「できない」

 

――論外だ。

 

「な、なんで」

「僕は別に、捕らわれてここにいるわけじゃない。むしろ自ら進んでここに居るんだ」

 

 ベルと名乗った少年の顔が、驚愕、そして困惑へと変わる。

 きっと少年から見たら、僕は捕らわれた子供なんだろう。それが『魔人』とも知らないで助けてしまうほどに、少年は善良だ。

 

 だからこそ、僕は少年に近づいたらまずい。

 

「少年、君に僕がどう見えているかは、僕にはわからない。でもね、君だってわかるだろう。僕は人間じゃない」

「人間じゃ、ない?」

「そう。僕は『魔人』だ。理由は分からないけど、今は意識を保っていられるだけで、いつ君を殺しにかかるか分からない。そんな奴と近くにいる危険性は、少年、君もわかるだろう」

「……」

「わかったら早くここを出て、元の生活に戻るんだ。ここに地下牢なんてなかった。ここに僕はいなかった……いいね」

 

 少年の、揺れる紅い目を見据える。

 その瞳に、なにかの決意が揺れるのが見えた。

 

 

「できない」

 

 

 短く息をのんだ少年は、力強くそう言い切る。

 

「……できないじゃない、するんだ」

「いやだ」

「見かけによらず案外頑固だな、少年。これは僕のためじゃない、君のためなんだ。さっきも言ったけど、僕は人間じゃない」

「人間だよ」

「……なに?」

 

 人間?僕が?

 そんなはずはない。確かに体は縮んで子供程度にまでなってしまっているが、隠しようがないこの耳と尻尾が、僕が人間じゃないことを物語っている。

 そんな僕を見て、人間?

 

 黙った僕に、少年が追い打ちのように言葉を続ける。

 

「リンドウは、僕から見たらその、魔人?なんかじゃない。()()()()()。ちゃんと人間だよ」

 

 ……ん?

 

「すまない、少し耳の調子が悪いみたいだ。もう一度言ってくれないか?……僕が、何だって?」

「僕から見たら、リンドウは魔人じゃない。だから、獣人の、女の子。ちゃんと人間だよ」

「……」

 

 これは、まさか。

 いや、そんな馬鹿な。

 

「少年、君の眼には僕が、その。ジュウジン?の、女の子にみえるのか?」

「そうだけど……違うの?」

 

 違う。

 僕は男だ。

 年齢こそもう覚えていないが、決して子供のような歳ではなかったし、顔立ちも男性的だったはずだ。どう間違っても女性に、女の子に間違われるような容姿はしていなかった。

 

 僕が……女の子?

 

「ええと。ごめん、怒らせちゃった……?」

 

 だけど目の前の少年は、全く嘘を言っているようには見えない。かえって少年をこんなに疑っていることが、申し訳なくなってくるぐらいだ。

 だとしたら僕の身に一体、何が起こっている?

 身長が縮んで、五感が復活しただけじゃないのか?

 

 い、いや。そんなことはどうでもいい。

 どうでもいい訳じゃないけど、今は置いておこう。そんなことよりも大事なことがある。

 

「少年、一ついいか」

「う、うん」

 

「ジュウジン、とはなんだ?」

 

「え?」

 

 少年の顔が困惑からまた驚愕に変わる。

 その顔はまるで「知らないの?なんで?」とでも言っているようだ。

 

 そもそも、獣人なんて種族は存在しない。

 世界に『人間』と呼ばれる種族は一種類しかいないはずだ。そのほかは『魔法種族』として区分されている。

 人間とは言うまでもなく、そのままの意味で人間だ。決してジュウジン?などという種族はいない。

 

 いないのだが……

 

「獣人とは何?えっと、獣人は人間で、力が強くて――」

 

 少年は、僕のことをジュウジンといった。この獣の耳と尻尾のあるこの姿を。

 だとしたらジュウジンとは、獣の人――「獣人」と書くわけだ……いや、違うだろう。ほかの生物の特徴を持っていたらそれは『魔人』。別の呼び方や、混ざった生物の特徴で呼び分けをしているなんて聞いたことがない。

 だけど少年は嘘はついていない?

 だとしたら考えられるのは一つ――

 

「動物の特徴を持ってる種族のことなんだ、けど……」

 

 ――ここは、僕の知らない世界の可能性が高い。

 

 そう考えると、合点がいく。

 少年が僕を見て、なんの反応もしないことも、魔人を知らないことも。

 

 この世界には魔人がいない。

 だからほかの生物――少年の言い方からすると動物限定か――の特徴が混ざっている人間がいても、驚かない。しかもそれはちゃんとした種族の一つとして認識されている。

 だから獣の耳と尻尾が生えている僕を見ても、恐れないし、憎まない。被害にあったことが無いから。もしくはこの世界にいる獣人とやらが、温厚な種族だとしたら?

 すべてに合点がいく。

 

 ああ、そうか。

 

「――僕は、ずいぶん遠くまで来たんだな」

 

 思えば、あの地下牢の外に出た時から随分と長い時間が経ってしまった。

 恩人を失い。

 親友を失い。

 仲間を失い。

 そして、恋人を失った。

 

 それでもまだ、僕は生きていて。

 あの時にもらった『正義(かがやき)』は、いまでも僕の中に消えない光として灯っている。

 

 だから、たとえ僕の知らない世界に今いようとも、僕のすべきことは何も変わらない。

 

 死ななくていい。傷つかなくてもいい誰かを救うために。

 僕は僕の『正義』を振るうだけだ。

 

 この世界に『魔人』がいないなら、それはいいことだ。もうだれも、『魔人』によって傷つくことがないんだから。

 

 でも、本当にそうなのか。

 本当にこの世界には『魔人』がいないのか。

 確証はない。

 だから知識が必要だ。この世界のあらゆる知識が必要だ。歴史から伝承まで、あらゆる知識をあさって確認をしないといけない。

 もし、この世界にも『魔人』が居たのなら。

 

 その時は、あらゆる手段を以て、排除しないといけない。

 

 それは僕自身でも例外じゃない。

 

 そう決心していると、声が聞こえた。

 目の前の少年の声だ。

 

「リンドウ、大丈夫?」

「ん、ああ。問題ない」

「ならいいけど……」

 

 少年は少し不服そうに引き下がる。

 それほど心配なんだろうか。本当に、心から善人だ。

 

「ねぇ、リンドウ。やっぱり外に出ようよ」

 

 外、か。

 情報を集めると決めた今、ずっとこんな地下牢で座り込んでいるわけにはいかない。

 

「やっぱり、いや?」

 

 それに、目の前の少年がこんなに悲しそうな顔をしているんだ。

 動かないと、だめだろう。

 

 少年に――ベルに伝わるように首を振る。

 

「ベル、ありがとう。やっぱり僕は、外に出るよ」

 

 そして、僕の『正義』を成そう。

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