異世界人はダンジョンに理想を見るか 作:千名@センメイ
地下牢の外は、明るかった。
ちょうど真上に上がっていた太陽が、僕を、街を照らしている。
時代を感じさせる作りの建造物が、所狭しと押し並べてある風景は、圧巻の一言。そこかしこに人の痕跡があるこの路地は、僕の世界からは考えられないほどの、豊かさを誇っているようだ。
何より目を引くのが、遠くに見える白亜の巨塔。遠目からでもよくわかるほど、その塔の存在感は桁違いだった。名に高い名匠たちが、気の遠くなるほどの時間をかけて作り上げたに違いない。
美しい。
この街を見た僕の感想はそれに尽きた。
まだ地下牢から出てきたばかりだが、人々の活気と喧騒が、風に乗ってここまで届いている。
それだけ多くの人間が、ここで生き、活気を生み出している。その事実に、僕は震えた。
「ベル。今日は何か、祭りでも行われているのか?」
「お祭り?うーん、今日は何もなかったと思うけど……どうして?」
「君には聞こえないのか?ほら、少し耳を澄ましてごらん」
「んー……」
ベルが僕に言われた通り、目を閉じて耳を澄ましたのを確認して、僕もまた同じように目を閉じる。
そうして目の前が真っ暗になると、今までなかった器官――頭の上に生えている、僕の頭ほどの大きさがある獣の耳。それに意識を集中させる。
風が吹く音、呼吸の音、小動物が駆ける音。
それらを通り過ぎて聞こえてくる、人の営みに耳を澄ます。
「聞こえるかい?低い男の声――これは店の客引きだろう、大きな声を出し慣れている。次に女性の声、これは何だろう。今日の稼ぎは上々だ……神に誇れる?この女性は宗教者なのかな。それにしては会話が物騒だ。あとは楽器の鳴る音も聞こえるね、ネコが鳴く声もだ。それに――」
「ちょっ、ちょっと待ってリンドウ!」
「――ん?どうした、ベル」
耳に入ってきた音に、感想と考察を混ぜながらベルに話していると、突然ベルが慌てた声を出す。
不思議に思いながら目を開けると、驚いた顔をしたベルが居た。
「リンドウ……僕、何も聞こえないよ?」
「なんだって?そんなはずはない。だって僕にはこんなに鮮明に聞こえているのに」
「そうなの?うーん……ごめん、やっぱり聞こえないや」
もう一度目を閉じて、耳を澄まして。ダメだったと、そう言って申し訳なさそうにするベル。
僕にはこんなにも鮮明に聞き取れている音が、ベルには聞こえないのか?……なるほど。
「いや、ベル。僕に聞こえて、君に聞こえない理由が分かった」
「ホント?」
「ああ――これはあくまで僕の推測で、確実なものじゃないんだけどね……恐らく、僕のこの耳。これが関係しているんじゃないかと思う」
「そっか!リンドウは獣人だから、耳がいいのかな」
「まぁ、推測ではあるけどね。僕は僕以外のその獣人?を見たことがないから分からないけど、これほど大きな集音器官があれば、普通じゃ聞こえない場所の音も聞き取れるんじゃないかな」
言いながら片手を耳に添える。
触れた指先越しに感じる、モッフリとした感触。付け根の方までたどってみると、途中で頭髪と毛質が変わっている。頭髪が滑らかなシルクのような指触りなのに対し、獣の耳は柔らかな毛布のような感触になっている。
どうにも不自然だが、ベルがそれに違和感を感じていないということは、これが自然なんだろう。
そう思ってベルを見ると、ベルの視線が僕の耳に向いていた。
「どうかしたのかい。僕の耳が、なにか変か?」
「ううん、そんなわけじゃないんだけど」
不思議そうに僕を――僕の耳を見るベル。
何か彼に引っかかるものがあるのだろうか。だとしたら、知っていたほうがいいだろう。自分自身が何になってしまったのかを調べるときに、その少しの疑問が手掛かりになることだってある。
「ベル、何か気なったことがあったら遠慮せずに聞いてくれ」
「うん――じゃあ。リンドウって、獣人なんだよね」
「定かではないけどね。それが、どうしたんだい?」
「だったら、リンドウの種族って何なのかなー、って」
「種族?」
「うん」
種族とはなんだ?
いや、分かっている。動物なんかを種別ごとに分けるときの区別用語だったと思うが……人間に種別なんてあるのか?
……ああ、そうか。この世界には一概に人間といっても、様々な種類が居るんだったか。だとしたらベルが言う『種族』っていうのは、その獣人が元としている動物の種。ということなのかな。
なるほど。だとしたら答えは分かり切っている。
「リカディア」
「え?」
「僕の種族はリカディアだ」
「リカ、ディア?」
「もともとは極地区域に生息するイヌ科の猛獣だったが、その姿の美しさと毛皮の利便性から、乱獲や家畜化されて絶滅した第一種危険区域生物の一種だよ」
「極地区域……?第一種危険区域生物……?」
「特徴としては頭部よりもさらに巨大な耳。似てる種として狼がいるけど、大きな違いは耳と尻尾。耳はさっき言った通り、比べものにならない程大きいし、尻尾も同じように、狼とは似つかない程長い」
「……」
「僕の頭より大きそうなこの耳と、ずいぶんと長い尻尾を見てそう確信したんだけど……ベル?」
「……ッ、はっ。えっと、つまりリンドウは
「まぁ、似ている種。という点で考えれば、間違いない」
反応を見るにどうやらこの世界には、狼はいるが、リカディアはいないらしい。ベルが若干引き攣った顔をしているのが、その証明だ。
だったらなぜ僕は、リカディアの獣人になんてなってしまったんだろう。
この世界に居ない種の獣人……やはり、僕は獣人じゃなくて、魔人かもしれない。
今の時点では何も分からないけれど、このままベルと一緒にいるのは危険かもしれない。もし暴走が始まったときに、一番危険なのは、一番近くにいる人間――ベルだ。
どうにか理由をつけて、彼と離れないといけないだろう。
考え込む僕を、ベルが見ていた。
*
僕の目の前で、顎に指を添えて考え込む少女。
不思議な色彩をした紫色の、綺麗な目を持つ、その子は変わっていた。
リンドウ
そう名乗った目の前の女の子は、僕が知らないことだけを知っていた。逆に、僕が知っていることを何も知らなかった。
最初は、僕が知らないことも知っているんだと思ってた。
けど、僕は『魔人』なんて種族は見たことも聞いたことも、御伽噺で読んだこともなかった。
たった今聞いた、リカディアっていう狼に似てるらしい動物も、そのリカディアが居たらしい極地区域ってところも知らない。ましては第一種危険区域生物って言葉、聞いただけじゃ何を言ってるのか分からなかった。
でも、リンドウはそれを何でもないように話していたから、きっとそれは全部本当のことなんだろう。
リンドウが言うことは、きっと、本当でもあって。でもそれは、彼女が気付いていないだけで、嘘も交じってる。
だから僕は、彼女に声をかけた。
「ねぇ、リンドウ」
ちょっと間が空いて、返事が返ってきた。
「どうかしたのか?」
「うん。あのねリンドウ、ちょっと聞いてほしいんだ」
「……?いいよ」
リンドウが怪訝そうに僕を見る。
「僕の――神様のファミリアに入らない?」
訝しむように、リンドウが眉をひそめた。
――あ、これは多分すごい誤解を受けてるぞ
なんとなく、僕を見る視線に距離を置こうとしている雰囲気がある。
「ベル。僕は別に君を批判するわけでも、思想を否定するわけでもないけどね。宗教はやめておいたほうがいいと思う。神を信じる信じないは別として、死やその後に意味を見出すような考えは、咄嗟の判断を遅らせかねない」
「リンドウ。ちょっと、待ってってば!」
誤解を解こうと僕が話そうとしても、リンドウは構わず言葉を続ける。
「見たところ君は兵士のようだ。戦って死ぬことが誉れ高いなんてことは無い。戦場に希望や、救いはない。あるのは死と、後悔だけだ。神にすがっても、彼らは何もしてくれないんだ。なにせ彼らはいつもどこかにいるからね。神の不在ってやつさ……まぁ、一人ぐらいは居るだろうね――
――死神、ってやつがさ」
その時のリンドウの表情は、とても悲しげだった。
まるで大切な人を喪った時みたいな。深い海を思わせる暗い顔。
「……冗談だよ。ベル、そんな顔しないでくれ」
「う、うん」
「それで、君の神様のファミリア?……僕には君が言っていることがさっぱりだ。教えてくれ」
でもそれは一瞬で、次の瞬間には消えていた。
小さな唇を薄く引いて、軽く微笑みを浮かべたリンドウの顔は、まるで仮面のようで。
でも僕は、その小さな違和感に気付けない。
気付けないから、リンドウに聞かれることに答えていく。
*
雑踏と喧騒。
老若男女、多種多様の人々が行き交う大通りで、僕は感嘆の声を上げた。
「なるほど……神は存在したのか」
正直、いきなりベルが「神様のファミリアに入らない?」なんて言った時は、ベルの正気を疑った。居もしない存在に縋るなんて馬鹿げてる。そう思ってベルを諭そうとしたのだけど……。
「こうしてみると、なるほど。確かに神は存在しうるのだと、認めるしかないな……」
「あはは……僕の言ったこと、信じてもらえた?」
「ああ、確かにこんな光景を見せられたら信じるしかない」
目の前には、様々な美男美女。
可愛いや格好いい、ではなくただただ美しい。神聖さすら伴う美しさに、目が眩むほどだ。
神とは、まさに完成されたヒトなのだと。実感した。
実感したのだが……
『ウホッ、これは良いロリだ』
『まさしくロリ。いや素晴らしいロリだ』
『やぁお嬢さん、今夜このオレと素敵な時間を過ごしてみないかい?』
『おっ、変態が行ったぞ』
『マジか。さすが変態』
『ケモミミロリに、変態神――美ロリと野神、か……』
「今は忙しい。また今度にしてくれ」
『『『ざまぁあああああああ!』』』
これが神なのか。
「ベル。本当にこれは神なのか?……なんだか飲んだくれにしか見えないのだけど」
「う、うん。本当に神様たちだよ。うん」
「……ああ、そうか。たった短い間でも、こんな存在に縋ろうとした僕が莫迦だった」
本当に、莫迦だ。
*一時間、前*
ベルに、この世界における神や、この街についての質問を続けながら、ベルと共に喧騒の方に足を進めること三十分ほど。
「なんてことだ」
道幅がゆうに三十Mはありそうな広い通りに、人が、出店が、貨物が所狭しと行きかっている。
鎧を身に着け、剣を持ち、仲間らしき人物たちと談笑しながら歩いていく青年。
帳面を片手に難しい顔で唸りながら、複数人の男たちに指示を飛ばす、筋肉質な小男。
店の前で張りのある声で客を呼ぶ、獣の耳と尾が生えた女性。
肩から足元までをすっぽりと覆うローブを着る、耳の長い少女。
こんなにも広い道に、こんなにも多くの人があふれているなんて――ッ!
「……素晴らしい」
「え?」
「ベル、僕は今感動している。人が、こんなにも活気にあふれ、大手を振って外を歩いているところを見れるなんて」
「大げさだなぁ、リンドウは。これでもまだ、少ない方なんだよ?」
「なんだって?」
今だけでもこんなに人がいるというのに、更にまだ増えるのか。
あれはなんだ、これはなんだとベルに聞くたびに、ベルもまた楽しそうに返事をしてくれる。
年甲斐もなくはしゃぎながら、大通りをずんずんと進んでいくと、遠くから見たあの白亜の巨塔の真下にたどり着いた。
「遠くからも見たけど、この塔は素晴らしい。僕の人生の中で、二番目に美しい建造物だとハッキリ言える」
「この塔は『バベル』って言って、この下にダンジョンがあるんだ」
「バベルにダンジョン?また聞いたことがない言葉だ。教えてもらえるかな、ベル」
「もちろん!」
ベルの説明によると。
バベルとは、遠い昔、大地に空いた巨大な穴――ダンジョンからあふれ出してくるモンスターたちを、食い止めるために作られた建物だそうだ。
ダンジョンには英雄があり、物語があり、伝説がある。
そんなダンジョンの上に建てられた『バベル』というこの塔。そしてそのさらに上に降り立ったのが、
降り立った神は、人々に
「――っていうのが、ここオラリオの歴史……の最初なんだ」
「にわかに信じがたいが……いや、疑っているわけではなくてだね。ぼくの常識と知識とは、あまりにもかけ離れていて。正直、信じ切れていない部分もあるけど。それ以上に」
人は、どこの世界でも輝いて生きている。
その事実に、感動した。
世界に平穏を脅かす存在が現れた時、人は恐怖する。
しかし同時に、膝を屈せず立ち上がり、立ち向かう者たちが居る。それは勇者と呼ばれていたり、聖人と呼ばれはするが、結局はただの人だ。だからこそ、人は美しく、強い。
その人々に力を与え、脅威を封じ、繁栄へと導いた神とは、いったいどんな存在なのだろう。
決して僕は無神論者というわけではない。ただ、必要な時に居ないだけ。もしくは存在しても、僕らに力を貸してくれるなんてことはないだろう。この世界でも、同じだ。
そう僕は思っていた。
でも、それは早計だった。
この世界では、神はヒトに力を貸し、人もまた力に溺れずに対抗と繁栄を続けた。その結果がこの喧騒だ。
神とは偉大なのだと、宗教者が狂ったように叫ぶのがよくわかる。
こんなものを見せられたら、狂信したくもなるだろう。
だからこそ。
「オッ、カワイイロリ発見!」
こんなふざけたモノが、神だとは信じたくなかった。
作者はこのために、ダンまち本編を全巻と、fate/zero全4巻を大人買いしました。
はやくベル君のコレジャナイ感と、主人公のブレッブレな情緒を直したい。
次回も約1週間後に投稿予定です。