異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第10話「さあ、かかっていらっしゃい」

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さらに半刻後。

 

「……やっぱり半グレとつながりがあったか。どーりで日本のマスコミが変な報道するわけだわ。基本、左巻きだもんねぇ……」

 

出るわ出るわ、昏倒している推定国会議員のパソコンとスマホの鍵付きフォルダから証拠の山が大量に。

 

更には彼本人だけではなく、党中央が目論む戦時武装蜂起や非合法活動の準備・扇動、そして半グレや暴力団を使った大規模な暴動計画の証拠さえも存在した。

 

……ここまで忍び込み、更にオフライン化され暗号化されたパソコンにまで手を出すものがいるとは思えなかったのだろうが、異世界の勇者の前には無意味であった。

 

「……自衛官の交通事故を演出?特科隊の出動を妨害?マジかこいつら……小○源○とかパ○レイ○ーの見過ぎなんじゃないの……?」

 

「特科隊?」

 

「あっちの世界でいう軍隊の大規模魔法戦部隊みたいなもんよ」

 

「なるほど」

 

再び眠りについた男を一瞥して、ルルはSNSにアップされた写真と手元の書類を交互に見比べた。

 

「この写真に写っているハルタ・キンジ……治田金児という男がこの町の半グレのリーダーみたいですね。そして、多分エニヴァの黒筆の出どころだ」

 

「そーね……この日記からもそれは確定的にあきらか」

 

男の日記と思われるノートの記述に「治田から素晴らしいものをもらった。革命の狼煙を上げる日は近い」という文が見つかったのだ。

 

ミナはすっくと立ちあがって、ぎしりと軋むような笑みを浮かべる。

 

「さて、俺が大学卒業して帰ってきてから急速に荒れたこの街ですが、生まれ故郷の大事な街を泣かせたものに私こと勇者ミナ・トワイライトがやることとはなんでしょうか?」

 

三日月のような笑みを浮かべた少女を見て、少年は苦笑する。

 

「厄災の勇者、嵐の妖精ミナ・トワイライトは容赦しない」

 

歌うようにつぶやくと、「やっちゃいますか」と不死者らしくない清々しい笑みを少年は浮かべた。

 

「やっちゃいましょう」

 

ミナも歌うように笑った。

 

さらにさらに半刻後、眠りこける彼のSNSアカウントに様々な証拠を暴露投稿してパソコンとスマホの電源を切る。

 

既に深夜ゆえか、反応は薄いようだが―――朝にはとても愉快なことになっていることだろう。

 

執務机ごとそれら証拠品をバッグに放り込むと、ミナは国会議員らしいデブ男の顔を覗き込んだ。

 

「起きたら地獄が待ってるよね。でも私はとっても優しいから、その地獄を味わえないようにしてあげるね」

 

ミナは笑っていない目で、白い杖を取り出した。

 

調和神の聖なる力を込められたホワイトクリスタルロッドである。

 

「―――世界を停滞へ導く我らが厄神よ。我が願いを聞き届けたまえ。時と空に陥穽を。世の帳に閑静を。遍く影をお与えください。永劫の地獄の扉を開けたまえ。ディメンションイーター…!」

 

彼女は異端の詠唱―――善神の暗黒面から暗黒魔法を引き出す術を用いる。

 

そうして発動した最終位階の暗黒魔法―――次元追放の魔法が生み出す黒い影が杖から染み出し、ミナとルルを除く集成党神森支部の議員宿泊区画のすべてを綺麗に無へ返すには、それから数秒の時間のみを要したのみであった。

 

 

 

それから阿鼻叫喚地獄が集成党支部に現出した。

 

―――ミナはすでに彼らを敵とみなしていた。

 

勇者とは、邪悪を滅ぼすものである。

 

勇者とは、容赦せぬものである。

 

勇者とは、光である。

 

邪悪を焼き、人々に安らぎと恵みを与える太陽である。

 

バグを利用し、街を泣かせ、国を害する彼らはすでにミナの敵だったのである。

 

「―――世界を停滞へ導く我らが厄神よ」

 

「―――破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ」

 

ハイエルフの少女の朱色の唇とダークエルフの少年の蒼き唇が呪を唱う。

 

「「許されぬ罪を恨むものを呼び覚ませ。白き枯れ枝よ、大地より現われよ―――サモン・スケルトン!」」

 

二人の呪文がハーモニーを奏でると、無となった大地から錆びて腐ちかけた雑多な武装を手にした骸骨の群れが湧き出した。

 

「―――この建物にいる20歳以上の人間を殺し尽くしなさい」

 

ミナは感情のない声でスケルトンソルジャーたちに告げる。

 

カタカタと不気味な音を鳴らして、彼らはそのまま歩みだした。

 

―――そして、阿鼻叫喚地獄が現れた。

 

スケルトンの群によって、支部内の人間は尽くその命を奪われた。

 

幸いにして未成年は誰もいなかった。

 

ミナやルルの作るスケルトンはその程度の命令は理解する。

 

死体はすべて回収された。

 

―――後には何も残らなかった。

 

事態が発覚するのは―――SNSで議員の暴露情報が拡散しきった翌日の昼頃のことであり―――

 

その時には、この事件の全ては終わっていたのであった。

 

 

 

―――午前3時。水門家居間。

 

草木も眠る丑三つ時に、今野空悟は起こされた。

 

起こしたのは当然、緑のチュニックを身に着けた水門ミナだ。

 

「―――黒幕はわかったのか?」

 

目を覚ますなり、空悟はミナに聞く。

 

「ああ。多分、もう夜逃げの準備をしてると思う。あの集成主義者共の秘密をネットに大拡散してきたからな。ついでにやべーことばっかしようとしてたから、全員抹殺してきたわ」

 

「おめーってやつぁーよぉー……やりすぎって言葉知ってるか?」

 

「そんな言葉は234年前に忘れたね。そんなことより行くぞ。最後の始末が待ってる。奴ら、オレとルルの世界の物を持ってやがった。逃がすと面倒なことになる」

 

手早くスーツに着替える空悟にミナはそう言った。

 

「……ファンタジー世界の物品?」

 

「そうだ。それもとびっきり邪悪なやつだよ。かんたんにいうとお手軽洗脳装置だ」

 

エニヴァの黒筆をくるくる回しながら、ミナは薄く微笑んだ。

 

「全く……どこまでも常識はずれな話だ」

 

空悟はネクタイを締めると、頭をボリボリと掻きながらため息をつく。

 

そして、その頃ルルは文たちを起こさないよう、そっと眠りの雲の魔法をかけていた。

 

後は向かうだけだ。

 

「居場所は見当がついてるのか?」

 

「そらもうばっちり。住所まできっちり抑えてきたからさ。とっとと行くべ」

 

メモしてきた紙には、森北山六丁目七番地杉谷ハイム616号室と書かれている。

 

「たとえ逃げたとしても、このエニヴァの黒筆を持っていたということは、バグ……闇の魔力の波動を放っているはずです。起点があれば僕ならいくらでも探知できますよ」

 

少し得意げにルルは笑って、玄関から空悟の靴を持ってきていた。

 

「―――もしかすると戦闘になるかも知れないから、危険だぞ。それでも行くか?」

 

ミナはキッと空悟の目を見据える。

 

「もちろん行くとも。そうでもなきゃ、この欠勤が無駄になっちまう」

 

口をへの字に曲げて肩をすくめる男に、少女はうなずいた。

 

ルルがガーゴイルを召喚し、図書館へ向かう時と同じように外に出る。

 

寝静まった夜だから、窓には施錠の魔法をかけた。

 

飛び立つと暗闇の中に、星に照らされた科戸山のシルエットが浮かんでいるのがミナには見えた。

 

風を切り、夜を斬って、守護像は北へ向かう。

 

今宵は新月。

 

幕引きには丁度いい、闇の帳が街を覆っていた。

 

 

 

―――案の定、杉谷ハイム616号室はもぬけの殻であった。

 

乱雑に引っ掻き回したと思われる部屋の中身を見て、空悟は舌打ちをした。

 

「すぐに追いかけよう」

 

努めて静かな声で空悟はつぶやいた。

 

その声音には多少の焦燥が交じる。

 

彼にとっても思い出の街を汚した人間の顔を、その一番うしろにいるものの顔だけは見なければならない。

 

―――逮捕はしない。する必要はない。

 

彼に政治的な信念はない。ただ、人々に平穏な暮らしが戻ればいいだけだ。

 

本来であればトップだけでも逮捕したほうがいいのだろうが、半グレ集団に明確なトップは存在しないためあまり意味がない。

 

それに魔法の力を持っているのがそいつだけならば、ミナたちでしか処理できないだろうということを空悟は感じていた。

 

だから努めて静かに言葉を紡いだ。

 

「おうとも。ルル、出来てる?」

 

「ええ、すでに。この気配の遠ざかりようだと、東へ向けて高速で移動しているのではないでしょうか」

 

床面に膝をついた黒い少年は、その身を覆う黒いローブの袖だけを地面につけてそう言った。

 

「東……ってことは、やっぱり?」

 

「東森IC……高速道路で逃げられると厄介だな」

 

ミナと空悟は頷き合う。そしてルルも立ち上がると窓を乱暴に蹴飛ばして眼下のガーゴイルに飛び乗った。

 

「行きましょう。乗ってください、ふたりとも」

 

こくりとうなずいて二人もガーゴイルに飛び乗る。

 

「そう離れてはいません!ガーゴイル、行け!」

 

ルルの掛け声で、ガーゴイルは闇夜を駆けていく。

 

少年が操る守護像の速度は乗用車のおよそ2倍以上。

 

更に道路を考える必要もない。

 

追いつくのはそう難しいことではなかった。

 

おそらく100km/h以上で走行している黒いワゴンが一台見えた。

 

ミナの目配せに、ルルはコクリと頷く。

 

目をこちらに向けてきた少女に、空悟もまた首肯した。

 

稲刈りが終わった寂しい田園の間を走る路を駆けるワゴンのおよそ1kmほど前にガーゴイルは着地した。

 

ずしん、と岩の重さを持つそれが降り立つと、三人は彼の背中から降りた。

 

「守護像よ!これより来るものを押し留めよ!遠慮はいらぬ!我等が怨敵なり!」

 

周囲には田んぼ以外なにもない。いくら声を張り上げようと、姿を見せようとも誰も見ることはないだろう。

 

もし見たとして幻だと思うのではないだろうか。

 

ギシギシと軋む音を上げてガーゴイルは三人を守るように前に出る。

 

すぐにも治田という男が乗っているはずのワゴン車と接触するはずである。

 

ブオオオオオ、と聞こえていた車の駆動音が大きくなり、やがて道を塞ぐ像に気づいたのだろう、キィィ―――ッ!と耳障りな金切り音を立てて急ブレーキが踏まれたのだった。

 

しかしブレーキが間に合わなかったのか、車は急ハンドルを切って田んぼに突っ込む。

 

ドゴン、という音がして、水路にタイヤが嵌ったワゴンは運良く横転もせず、そのまま停止した。

 

そして、バン、と乱暴に開けられたワゴンの運転席から男が一人まろび出てくる。

 

「ふ、ふざけやがって……なんだこれ……化け物……?あっぶねぇ……こんなもん、なかったぞ前は……」

 

毛糸の帽子にサングラス、口元をマスクで隠した男だ。

 

その顔が治田かどうかはわからない。

 

ガーゴイルの影から空悟が現れ、そしてミナがスマートフォンのライトを触媒に照明の魔法を唱えると淡い光が周囲を照らした。

 

「―――元会社員、現無職の治田金児だな?警察だ。少し話を聞かせてもらおう」

 

警察手帳を突きつけて空悟は冷たい声を男に放った。

 

男はそれにへへへ、と笑うと顔を覆っていたマスクとサングラスを外し、放り投げた。

 

その顔は―――

 

「うっ……?なんだ、お前……?」

 

「へっへへへへ!この顔か、刑事さんよォ!この顔について聞きてえのかい!?」

 

確かに男は、議員のSNSや書類などに載せられていた治田金児と同じ顔をしていた。

 

だが―――その顔の半分は、まるで墨でも流したように真っ黒になっていたのである。

 

そう。

 

エニヴァの黒筆と同じ、光を少しも反射しない真の黒に。

 

まるで空洞のようになった顔の半分を手で覆い男は、へへへへへ、とまた嘲笑った。

 

「どうだいかっこいいだろ?へへへ」

 

男は懐からナイフを取り出して、嘲笑った。

 

ミナはそれを見ると髪をかきあげ、ハァ、とため息を漏らした。

 

「空悟、だめだありゃあ。バグ……わかりやすいようにいうと闇とか無とかの魔力に侵されっちまってるよ」

 

「……つまり、もうほとんど人間じゃない?」

 

「……ああ」

 

片目を閉じて、ミナはひどく顔を歪めた。

 

空悟は、公園で聞いたファンタジー世界……異世界グリッチ・エッグの物語を思い出す。

 

異世界グリッチ・エッグには、バグと呼ばれる世界を蝕む闇……あるいは無が存在するという。

 

それに侵されたものは存在を捻じ曲げられ、人を犯し冒す魔物や魔人と化してしまう。

 

ルルもまたかつてはそういった存在であり、ミナが使役することで普通人のように生活できているのだと。

 

そして、それすらもある種の魔法と、ルル本人の意志が起こした奇跡に近い現象なのだと。

 

「……下がってくれ、空悟。これはオレの始末するべきコトだ。いや、この半グレ共の事件は最初からオレが全部片付けなきゃいけないことだった」

 

ミナはバッグから一振りの剣を取り出す。

 

黄昏の剣ではない。

 

ミナがとある砂漠のダンジョンで手に入れた、刀身も鍔も柄もすべてダイヤモンドで拵えられたロングソードだった。

 

「わかった……」

 

空悟はガーゴイルのそばに寄り、拳銃を抜く。

 

ミナはそれを一瞥もせず、治田から別の何かに変わりつつあるモノを見た。

 

「あんた、エニヴァの黒筆……あのペンをどこで手に入れたの?」

 

「……教えねえ。教えねえよ……教えてほしきゃァ裸になって、そこで尻を振りな!」

 

げたげたと笑いこける男に、ミナは処置なしとばかりに剣を正眼の形に構えた。

 

ルルは動かない。

 

ただ、黒い杖を持ってガーゴイルの前に立つのみだ。

 

「……ルルを狙ったのは?」

 

ミナの声に感情は感じられない。ただ、事務的な言葉だ。

 

「それは教えてやる。決まってんだろ?そいつの**の穴をめちゃくちゃにしたら楽しいと思っただけさぁ!ひっひひひ!**を**して********してなあ!」

 

下品な言葉がこれでもかと広野に響く。

 

ルルが諦めたようなため息を付き、「いるんですよね、僕が男だって知っててもイタそうとする変態」と続けた。

 

「私の母、親友、その家族を狙ったのは?私への最低の嫌がらせを続けたのは―――なぜだ?誰に言われた?」

 

一瞬瞑目し、ミナは努めて感情を殺して質問を加えた。

 

「他の奴らは殺すつもりだったけどよぉ!ったく半グレも!あの議員も!役に立ちゃしやがらねえ!ひゃーははははっ!!誰に言われた?ひひひひ!あーはははははははっ!!」

 

男は笑う、狂ったように、いや、狂っている。

 

「この俺様はよぉ!もっとなぁ!ぐっっふふふふふふ!!上まで行けるんだ!あーはははは!うひっ!ぐははははははっははっ!!ひゃははははーはっ!!!」」

 

笑い続ける男は、気づいていないだろう。

 

その体がボコボコと黒いものに侵され、巨大になっていくのを感じてはいないのだろう。

 

「なんだこりゃあ……」

 

「バグに侵食された末路です。只人ですからおそらく……」

 

刑事の驚愕に少年はしらっとして返す。

 

その間にも変貌は続く。

 

肉は膨らみ、骨は増殖していく。

 

肌は黒緑色に、服はバリバリと破れた。

 

頭髪は抜け、全身の筋肉が人間とは思えないほどの太さとなり、腹はでっぷりと脂肪を蓄えている。

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

雄叫びを上げるそれは、もはや治田金児という男ではなく、一個の魔物であった。

 

面影を残すのは、人間であったときと同じく光を通さない黒に染められた顔と、そして辛うじて破れずに残った腰のジーンズだけだ。

 

巨大な人型の豚。

 

そうとしかいえないものがそこには立っていた。

 

「オークキングか……普通のオークだのゴブリンだのにならなかったってことは、それなりに欲望が大きかった、ってことね」

 

ミナはその黒緑の豚の王へ冷たい視線を投げかける。

 

ミナ・トワイライトは勇者である。

 

―――本来、只人以外が成ることなき勇者である。

 

遠い昔にすべての歪みの祖たるものと相討ったという竜の勇者。

 

生命短き只人に、その魔を討ち倒すべき勇者の魂の欠片が宿り、勇者となる。

 

ミナは、水門三郎という地球人の魂を持って生まれたが故に、その魂の奥底に勇者の魂の欠片を宿していた。

 

その力……与えられる権能は「万能の努力」。

 

普通人同様に努力しなければいけないが、その代わりどんなことでも覚えられるし強くなっていけるというだけの才能。

 

それ故に、只人では中途半端な器用貧乏で終わることもある才能。

 

しかし、寿命の長い森人や山人が持てばそれは恐ろしく有用で世のバランスさえ崩すことすら可能となる才能。

 

それ故に、生命短き只人以外には与えられない才能。

 

それが勇者であった。

 

200年に渡りその力を持ち続けている彼女は、つまり―――

 

「邪神か、それ以外のナニカか、どこのどいつだか知らないけれど―――私に生半な魔物で勝てるとは思わないことね!」

 

正眼に構えた金剛石の剣がゆっくりと右脇に構えられる。

 

「さあ、かかっていらっしゃい。遊んであげるわ、豚の王」

 

ミナが笑う。笑ってゆっくりと歩き出した。

 

治田であったオークキングは、その腕にいつの間にか持っていた巨大な棍棒を振りかぶる。

 

ドガンという轟音は振り下ろされたそれは治田のワゴンをグシャグシャに打ち壊した証だ。

 

そのまま治田の車は爆発し、炎上する。

 

炎の光は淡い照明の魔法よりも強く、オークキングとミナを闇に照らし出した。

 

再び棍棒が振り上げられ、地面にゴウと落とされる。

 

しかし、そこにいたはずのミナはわずかに体をそらして棍棒を避けていた。

 

避けた棍棒が起こす衝撃はミナにも伝わっているのだろうが、彼女は動じない。動じないまま―――

 

その棍棒をミナは―――力任せに蹴り上げた!

 

「言っとくけどッ!腕力だけなら私はお前より強いぞぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

ガウンという衝撃音。オークの体は一瞬宙に浮き、棍棒は強く跳ね上げられ、腹を守るものが何もなくなった。

 

「とぉおぉりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

咆哮一閃、そのがら空きになった腹に横薙ぎに金剛石の剣が吸い込まれる。

 

ザックリと剣が腹の半分ほどを斬った。

 

斬りきれなかったのは剣の長さが足りないからだけ。

 

オークキングの後ろに神速で回り込んだその勢いそのまま、正確に腹の傷を広げるかのように、金剛石の剣は再び豚の王を切り裂いた。

 

―――それでおしまいである。

 

ずうん、とオークキングの上半身が腹からズレて地面に倒れ込む。

 

立ち続ける下半身はそのまま二歩前へ歩むと、真っ黒な血を吹き出してその動きを止めた。

 

その姿は戻らない。

 

治田金児という男が消えて、魔物が誕生したことを示すように、その遺骸はそのままの形で永久にその動きを止めた。

 

……死んだのである。

 

「お疲れ様。保証するわ、この世界にも魂はある。生まれ変わるときはもう少しマシなところに、もう少しマシな性根で生まれなさい」

 

ピシャリとした口調でミナはそう言うと剣から黒血を振り払う。

 

そして鞘に収め、バッグへと放り込んだ。

 

「……終わったのか……」

 

空悟の呆然とした声があたりに響く。

 

「終わってないかもね。結局、こいつはバグに操られていただけでしょう。嫌がらせの理由もやらせたやつも不明。今後も何か起きる可能性は十分に残ってしまったわ」

 

忸怩たる想いでミナは答えた。

 

「……私が帰ってきたのが悪いのか、それともすでにこちらの世界で何かが起きていたのか、それはわからない。だけど」

 

「だけど、僕らが処理すべきものです。これは」

 

ルルがミナの言葉を静かに続けて、呪を唱える。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。地獄の業火を呼び覚ませ。我が前のものすべてを焼き尽くし原初の姿へ葬送せよ。フレアー・クリメイション」

 

バンッ!という巨大な破裂音とともに現れた火球がオークキングの死体もワゴンも呑み込み、あっという間に燃え尽きてあたりに暗闇が戻ってきた。

 

「もしかしたらオレは帰ってこなかったほうが良かったのかも知れねえな……」

 

星を見上げてミナは寂しく微笑んだ。

 

「んなこと言うなよ。そのままだったら、お前はいなくなったままだったんだろう?俺も文も、お前のカーチャンだって悲しむじゃねえか、そんなのよ」

 

「……そうだな」

 

空悟の静かな言葉に、ミナは思う。

 

もし戻ってこなかったら―――そうだったら、自らの死で母や親友を悲しませていたろう。

 

彼であった彼女にとっては、それは摂理だから仕方ないという気持ちもある。

 

だが、それでも親しい人物の死は悲しい。

 

身を捩る喪失の悲しみと苦しみは、彼の十数倍も生きているミナにとっては身近なものだ。

 

それを彼らに味わわせるよりはマシだったと考えよう。

 

それに、幸いにして、結果として、今回の死者は犯罪者と国家転覆を企んでいた集団がほとんど。

 

一般人の犠牲者は最小限に抑えられている。

 

そしてそれはおそらく今後の犯罪による被害者を減らす一助となるはずだ。

 

そうなると、今は信じたかった。

 

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