異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――翌朝、5時頃。
ミナがのそりと起き出し、外で社の監視を行っているルルに声を掛けた。
「どう?」
「1時間前と変わりなしです」
コーヒーを渡しながら聞いたミナに、そっけなくそう返してルルは微笑んだ。
空は既に白み、そろそろ日の出の時間。
それでもまだ社にはなんの変化もなかった。
「―――そろそろなにかありそうなんだけども―――」
ミナがそう呟いた瞬間に、スマホの時計は日の出の時間を迎える。
迎えて、そして―――
「!?」「これは……!」
二人は急に光の精霊の動きが活発になったことを感じた。
日の出だけではありえないほどに、急激に。
そして視界を光が閉ざして―――そして、その光が消えるとそこにはスーツ姿の副市長が立っていたのであった。
副市長はまだ自分がどこにいるのかわかっていない放心状態であるとミナは見た。
「今のうちに」「承知」
ルルはミナに促され、マーキングの魔法を唱える。
「偉大なるロジックよ。彼の者に危地あらば我は知らん。彼の者の行く末に難あれば我は知らん。その身に虚空の印を作らん。マーキング」
放心している副市長の首筋にそっと触れると、それでマーキングは完成する。
そして今のうちに椅子を持って、テントが設置してある社の後ろへと退避した。
「よし、呪いや精神支配などは受けてないわね」
マメラ教授のルーペで覗くと、彼は放心しているだけで健康状態に問題はなく、持病として高血圧と表示されているだけだ。
数十秒もすると、副市長は我を取り戻したのか、そのまま後ろを一切振り向くことなく道沿いの駐車場へと歩いていく。
インビジブルを使って尾行すると、彼は何事もなかったかのようにそのまま車に乗って去っていってしまった。
「うーん……社は問題ないとすると、これは何者かが一瞬だけ魔法や精霊術なんかを使って彼を拉致しているとしか思えないわね」
「まあ全ては今夜ですね―――さて、崎見店長はもう一日の早上がりを許してくれるでしょうか」
二人は顔を見合わせてため息をつく。
「まあ……これも一つの冒険ね。彼が家に帰らない、奥さんと和解していない理由はどちらかといえば私達の側の問題と推定して行動しましょう」
「ええ。もしかすると、これは……」
ルルが顎に拳を当てて思案すると、ミナは彼の考えていることに気づいたのか「例の女の件かもしれないわね……」とルルの目を見た。
そう考えたのは、自分たちに一切気取られずにあの箱庭と間道の兵士空間を作り出した女であれば、あのような芸当も可能だろうと感じたからだ。
「ま、いいわ。とりあえず家に帰ってご飯食べて、そしたら仕事行きましょ」
「はい、わかりました」
これ以上考えても仕方ない、とばかりにミナは踵を返してガーゴイルの召喚を始める。
まずは副市長がどこに連れて行かれているかだけは確認しなければ。
マーキングでそれが追えれば良し。
追えなければそれなりに強硬手段を取るしかなくなるだろうことに、主従は目を見合わせて、それから天を仰いだのだった。
その日の夕方。
仕事へ行く前に岬と母、それから廻と夕の夕飯と朝食の用意をしていたミナたちは、昨日と同じように副市長を尾行していた。
昨日と同じく、彼が向かったのは同じ社である。
そして―――闇の精霊の波動がおかしな挙動をして、副市長は再び姿を消した。
「マーキングは?」
「―――この世界に副市長は存在しているようですね。マーキングの位置が動いていない」
ルルの言葉に、ミナは「妖精郷……」と呟く。
妖精郷とは、ハイエルフの中でも現世に身を置かないほとんど肉体を失って精霊に寄り尽くした者たちの作り出す異境である。
それは現実とは異なる場所にあり、現実と寄り添う場所でもある差異時空である。
―――或る邪悪に堕ちた同族との戦いで、科学者を自称する錬金術師が解析した結論のことをミナは思い出した。
「僕もそう思います。これは妖精郷と似た現象を意図的に起こしている……」
ミナはその事実にため息をついた。
「―――だとすると、今の装備とアイテムじゃあどうしようもないわね。錬金工房さえあればさっさと解決なんだけども……材料はどのくらい集まってたかしら?」
下僕にそう確認を取ると、彼は「まあ7割というところでしょうか。不思議なレンガの数が足りません」と答えた。
これまで、岬と空悟の修行を兼ねて挑んだチュートリアル・ダンジョンで手に入れられた素材では、不思議なレンガが足りず未だに錬金工房の建造には至れていない。
「材料さえ足りれば1日で出来るんだけどねえ……」
錬金工房を作る場所を薺川博士が用意してくれている現状、問題は素材不足の一点のみであった。
ミナはもう一度溜息をつくと、「ここにはしばらく使い魔を放っておきましょう。小鳩のこばさんとそっちのミルアでいいわね」と続けてコール・ファミリアーを唱え始める。
「世界を支配する偉大なるロジックよ。我が使い魔を彼岸より此岸へ連れ出し給え。コール・ファミリアー」
そうして出てきた小鳩を放して、ミナは微笑む。
「そっちも早くしてね。そしたら今日はもう家に帰りましょう。おそらく、すぐに命がどうこうはならないでしょう。副市長をマメラ教授のルーペで覗いても、高血圧以外何も異常なかったしね」
その言葉に「ですね。ま、次のダンジョンアタックの際は不思議なレンガ収集を最優先としましょうか」とルルも笑った。
「問題は、ですね」
「うん、問題はね」
「「あの子にどうやって説明するか―――」」
主従は声を合わせて、ぬえ子にどうやってこのファンタジックになってしまった事態について言い訳するかについて頭を悩ますこととなるのであった。
そうして自宅まで帰ってきて、ミナはふと気がついた。
「ん?恋ちゃんかな、この気配」
まさしく、それは恋の魔力の気配であり、即ち彼女が変身して家に向かってきていることを示していた。
「恋ちゃん!?こっちに向かってきてるのですね!?あ!ミナちゃん!」
それに応えるかのように押っ取り刀で玄関から飛び出てきたのは、スマホで通話中の岬であった。
「どうしたんだい、阿南さん……って、おかえり三郎、ルルくん」
その後ろからエプロンを身に着けた茜が出てきて、ミナたちを迎える。
「なんかあったんか、カーチャン」
「おかずあっためてなんか一品入れようとしてたら、阿南さんに電話が来てね……この剣幕さ」
茜の言葉を理解すると、ミナは「うんうん、わかったのです」とスマホに向かって話している岬を見る。
そうしている間に、上空を見ればそこには変身した恋がいてあっという間に玄関に降りてきた。
「どうしたの、二人とも顔真っ青にして」
ミナに聞かれた二人は「ぬ、ぬえ子ねーちゃんが!」「魔法少女にさらわれたのです!」ととんでもないことを言い出したのであった。
「は!?」
「ミナさん、これは……またではないかと思います。つまり……」
ルルが片目に手のひらを当てて、申し訳なさそうな、珍しくも申し訳なさそうな表情で主人を見つめる。
それは即ち―――
「またルルに間違われたってか!?魔力もない女の子をさらってどうしようってんだ悪の組織!あーもう、次から次へと……!」
半グレ事件の時と同じく、彼女が人違いで襲われたことを意味していた。
「……ここね?」
ミナと岬、恋、そしてバイトが終わって帰ってきた夕が森北町の田園地帯のド真ん中にある十字路までやってきていた。
廻は念のためにつぐみの護衛として、相羽家の住所近くで警戒中である。
「ああ、あたいとぬえ子ねーちゃんがさ、森北町っての?そっちで買い物終わって、バス停目指してここらを歩いてたらあの戦闘機女がさ……『見つけた!』とか言って、あっという間にかっさらってたんだよ……」
「完全に誤認なのです……間違いなく……」
肩を落とした岬がステッキを杖に地面にへたり込んだ。
それを尻目に、恋は鎌で女が飛んで行った方角を指差す。
「戦闘機女は森果のほうにすっ飛んでいったから、そっちを探せばいいと思うんだけど……」
「うん、連中魔力や精霊力の隠蔽へったくそな子ばっかなのね……魔力の航跡がばっちり残ってるわ」
「こちらでも飛行の痕跡を検知した。追うぞ、金髪女」
その言葉にミナとルルはこくりと頷いてバッグから杖を取り出す。
そして、すぐにガーゴイル召喚の呪文を唱え追撃の姿勢を取った。
「世界を停滞へ導く我らが厄神よ」
「破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ」
「「翼なる像、異形なる土塊を我に与えたまえ!サモン・ガーゴイル!」」
現れた彫像にミナとルルはそれぞれに乗り、「夕ちゃんはこっち!岬と恋ちゃんはルルのほうへ!」と伝えた。
それに従い、3人がガーゴイルに乗ると、「全速で行くわよガッちゃん!」と叫んで、ほぼ同時にフルスピードでガーゴイルは発進した。
「待て待ってはえええ!」
「ジェット機に比べたら遅いのです!」
恋の悲鳴に岬が答え、そして二体のガーゴイルは森果へと飛行し―――そして。
時速300㎞近くで飛行し始めて数分。
そこで突如として飛行の痕跡が一切消えてなくなっていた。
「これは……!」
「痕跡消失……」
ミナと夕が驚きの声を上げ、ルルは眼下の森を見る。
そこには―――「なるほど」―――
そこには、小さな社が。
1時間ほど前にミナたちが後にした、妖精郷へ通じている社があったのであった。
ミナたちは社の境内ともいえぬ狭い庭へと着陸して、周囲の警戒を行った。
しかし、感じ取れたのはミナたちが去った後、闇の精霊がおかしな挙動を再び行ったことだけであった。
「間違いありませんね。ぬえ子さんは戦闘機の魔法少女とともに妖精郷のような場所へ連れ去られたことは確実」
ルルはため息をついて「言い訳はしなくて良くなったでしょうが、それ以上に面倒な事態になってしまいました……」と肩を落として落ち込んだ。
ぎりぎりと歯ぎしりして、杖を地面につきたてたミナは「こうなれば一刻の猶予もないわね。夕ちゃん、廻さんとあなたはつぐみちゃんの護衛で地上に残って」と声音だけは努めて平静にして指示を出す。
「承知した……お前はどうするのだ?」
「説明するわ。これは推定、妖精郷―――この世界と同時に存在可能な差異時空への拉致。その現象に、昨日もちょっと言ったけども副市長とぬえ子ちゃん、そしてSMNの魔法少女が拉致されてしまった……」
質問にミナは丁寧に答える。
「この現象を起こせるのは、ほとんど精霊となったハイエルフかそれを取り込んだものだけよ。強引にこじ開けるには『妖精の雫』というアイテムが必要なの」
そうしてミナはため息をついた。
この妖精の雫というアイテムは、かなりありふれた材料で作成することができる。
なんらかの植物の花弁、純水、そして―――
「ハイエルフの体液―――それらを錬金術に基づく適切な手順で調合し、出来上がった液体を工房の『錬金窯』で精製してあげないといけないの。花弁は私の部屋のプランターから、純水はホムセンで買ってくる、ハイエルフの体液は私がいるからクリア。だけど……」
「工房がどこにもない、のですね」
岬の言葉に、「そう。そのために岬や空悟の修行も兼ねて……エストロヴァの雪片を修復するためもあってダンジョンでゆっくり素材集めしてたんだけど、もはや悠長なことは言ってられないわ」と瞳を剣呑な角度に吊り上げて言った。
「と、すると……」
「私は空悟に連絡するのだわ!後、恋ちゃんと岬は明日学校を休んでもらう。幸い、明日は金曜日だし……最悪3日間ダンジョンにこもって素材収集することになるっ!」
ミナはそう言って、スマホを取り出し空悟へ連絡する。
「空悟か?……ああ、廻さんから聞いてたか。……そうだ。……おう。……奥さんはOKか?……了解。それじゃ、すぐにオレんちに来てくれや。いなかったらカーチャンと一緒に待っててくれ。……おう、またあとでな」
プツリと通話を切り、ミナは獰猛な笑みを浮かべて―――
「よし!今からホムセン行って食料と水を買ってくるわ!恋ちゃんは……」
「あたい、記憶改竄系の魔法使えるから大丈夫!」
恋はそう言って、まだ青い顔でサムズアップをする。
「OK!でも、あんまりやっちゃだめよ!取り返しつかなくした経験あるでしょ?」
「うん、わかってる!」
空元気も元気というが、かろうじて元気にそう答えた恋にミナは「ヨシ」と返してガーゴイルに乗る。
「じゃあルル、恋ちゃんを連れて彼女の家に向かって。恋ちゃんと協力して一ノ瀬家の人に暗示をかけてきてね。特にみはるちゃんには念入りに」
「承知しました」
ルルの言葉が返ってきたことに首肯して、「岬と夕ちゃんは私と一緒に買いだしよ。それが終わったら夕ちゃんは廻さんと合流して相羽家の警備で」と続ける。
「はいなのです」
「承知した。武装を預かるぞ」
二人が答えたと同時に「では行動開始!」とミナが大声で言った。
「ぬえ子ちゃんがまた狙われる可能性は確かに考えていたけど、狙ったのがSMNでしかも二重に拉致されるなんて想定外だわ!」
ミナはこの事実に呆れたように笑って「さあ冒険の始まりなのだわ」とどこか楽し気に言ったのであった。
2時間後、水門家。
「事情は分かった。すぐに行くんだな?―――あ、日曜の出勤は同僚に変わってもらったから心配はいらんぞ」
「ああ、すまん……だが、それを計算に入れても時間がない。皆にはこれを身に着けてもらう」
空悟の質問にミナはそう返して、ミナが身に着けているものと同じ、複雑な文様が描かれた黒い布で出来たチョーカーを渡していく。
「ミナちゃんのいつも着けてる睡眠短縮のチョーカーなのですね?」
「そうよ。これを身に着ければ、睡眠はおおよそ長くても1日1時間で済む―――んだけど、今回限りね。ほとんど寿命に意味がない私たちと違って、あなたたちは地球人なのだから」
ミナはそうして着け方を3人に説明する。
「なんで今回限りなんだ?」
「いや、聞かなくてもわかる……これって、体内の時間の進みを早くするアイテムなんじゃないか?昔、漫画に出てきたやべーのを思い出すぜ。そいつは時を止める時計なんだが、使ってる間に体内の時間がすごい速さで進んじまうってとんでもない呪いの罠アイテムでだなぁ。それを使って悪さした奴が寝てる間に老衰死したっつーホラー話だ」
恋の疑問に空悟がそう返すと、ミナは「その通りだ、空悟。これは寝てる間だけ体の時間を10倍以上早く進めるんだ。だから1時間で十分な睡眠がとれる。ただ、これを常用できるのはオレみたいなハイエルフだけだ。常用してたら寿命のある普通の人間は早死にしちまう」とサムズアップしつつ回答を言った。
「こっわ!結構なレベルで呪いのアイテムなのです!」
岬が首に巻かれたチョーカーを撫ぜて怖気を振るうが、「どうしても強行軍しなきゃいけない時なんかにはすごく便利なアイテムなんだけどね」と妖精少女は苦笑した。
それを常に巻いているミナ―――つまり、ハイエルフという種族に属するものには基本的に寿命という概念が薄い。
彼らにとっては寿命とは世界に飽き切った時のことだ。
1万年を超えてなお若々しい姿を維持する上古の森人たちの寿命死とは即ち自死である。
世界に人に飽き切った彼らは、家族に印を一つ残してただ一人森に赴く。
赴いた先で瞑想と睡眠を繰り返し、やがて森に飲まれて死を迎える……とミナは聞いている。
幸いなことに、天護の森のハイエルフは最長老でも7000歳と比較的若い。
そのためそうした「同族の寿命死」をミナは見たことがなかった。
―――そのために起きた転生直後の騒動もあったのだが、それは今は語らない。
ともあれ睡眠短縮のチョーカーは、そんな古木の仲間みたいな生態をしているハイエルフだからこそ常用できるアイテムなのだ。
「まあそんな感じで、真面目に今回は強行軍になると思う。みんな、申し訳ないけどよろしく!」
「新フロアで素材が手に入るかわからないため、転移したら引き返してチュートリアル階層で素材集めをします。これまでのことを考えると、ランダムでどの魔物も所持している可能性があるので、とにかく数を倒す方針で行きます」
主人に代わって今回の方針を説明したルルは、玄関のところで弁当箱を5つ持った茜を見やった。
「慌ただしいわね。ほれ、弁当作っておいたから持ってきな。なんも食ってないでしょう?中身はお前が作った今晩のおかずだけど」
母のその言葉に、息子であった娘は「ありがとうカーチャン!んじゃ行ってくる!」と返して帰還の指輪を使う。
「とにかく急いでやるぞ!」
「おう!」
ミナと空悟の声だけを残して、5人は転移していく。
その様子に、茜はフゥ、と少しだけ疲れたため息をつくのだ。
ため息が何のためにつかれたのかは、春の嵐に消えて何もわかることはなかった。
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