異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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定時の予約投稿忘れてた……


第109話「塔に挑もう 昔のお話Ⅲ①」

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「はぁぁぁぁ!?なんで!?どーしてぇ!?私、勇者よぉ!?」

 

頭に大きな黒いリボンを結んだ、銀色に塗られたハードレザーアーマーを着込んだ少女が、受付嬢をすごい剣幕で睨んでいた。

 

瞳は翠玉、髪は太陽、透けるように白い肌と目立つ長い耳は上古の森人の証拠―――そんな見目麗しい少女の大音声に周囲がそろって彼女を見て目を丸くする。

 

「そうは言われましても~そのぉ、新しい規則ぅ、でしてぇ……」

 

「どうどう、ミナさん。落ち着いてください。何もバグダンジョンに行っちゃダメとは彼女言っていませんよ?許可を取ればいい、とは言いましたが」

 

ミナと呼ばれた少女を後ろから羽交い絞めにしているのは、彼女の従者である青みがかった銀髪と黒い肌を持つ少女―――否、少女に見える少年であった。

 

「んなこと言っても、さぁ。ルル……?」

 

ルルと呼ばれた少年は、首だけこちらに向けて睨んでくるミナに、「もうちょっと話を聞いておきましょう」と微笑んだ。

 

その言葉にフンと鼻息を吹いて、彼女は受付嬢の顔を見た。

 

「で、どういうことなの?バグダンジョンに行くのに許可だの資格だのって」

 

「は、話を聞いていただけて助かります……その、ですね。あなた方が冒険に出たまま帰ってこなかったこの10年の間に、この西方世界一帯の冒険者ギルドではちょっとした資格制度みたいなものが始まりまして……」

 

耳は尖れども短く、ピンク色の髪の毛を持った受付嬢が申し訳なさそうにミナの目を上目遣いに見上げると、その髪色と同じ桃色の瞳が震える。

 

それは彼女が半分だけ森人であることを示す特徴であった。

 

「ウィルプさんが怯えています。昔馴染みでしょう?」

 

「う……」

 

ミナはルルにそう指摘されて、ふいと目を逸らした。

 

「続けてもいい、ですか?」

 

「いいわ……ごめんなさい」

 

バツが悪そうにそう返したミナに、ウィルプと呼ばれたハーフエルフの受付嬢はニコリと笑って話を続けた。

 

「それでクレーラの瞳の削りクズを加工したこの認識票が採用されたんです。これはギルドが認めた階級によって色を変えていくのですが……」

 

ミナが渡されたそれは彼女の瞳と同じ翠に輝き、即ち彼女が第五位の冒険者であることを示している。

 

「バグダンジョンに自由に行っていいのは第四位の青からでして……翠だと、まだ支部長と所属都市の政庁から許可をいただかないといけないんですよ」

 

「そーれーがー納得いかないのぉー!私ぃ勇者だよ?知ってるじゃん?ウィルプもぉ!」

 

若干涙目になってミナはウィルプの瞳を見つめるが、彼女は目を逸らした。

 

目を逸らして、「ごめんなさい。ミナさんは不在時期が長すぎるのと、その間の功績について申請をした際に過少に報告することと、何よりも外に漏らせない事項が多すぎまして、その……」と本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「……金の最高位、つまり世界規模の大事件を優先に働く、本当の意味での勇者となっていただけないのであれば翠が限界……なんです……ごめんなさい」

 

そんな平謝りするウィルプの後頭部を見ながら、ミナはため息をつく。

 

「……でも、青に上がるくらいなら簡単よね……?上がるためには何をすればいいのかしら……」

 

力ない声でそう聞かれたウィルプ嬢は「そうですねえー」と唇に指を当てて思案した。

 

そうして、依頼の中で上級冒険者向きのそれを一枚剥がして持ってきて、ミナに渡す。

 

「もう少しこういうふうな大きな依頼をクリアしていくか、或いは昔みたいに手当たりしだいに誰も受けないような依頼をこなしていくか、ですね」

 

その依頼書には、巨大な魔塔をおっ立てた魔道士がいるらしく、被害が出て困るから討伐してきてくれという国からの依頼であった。

 

「これ、なに……?」

 

「我がラゴンエス公国の王様である公王様から直々のご依頼というやつですね。公王様の持つ支配の護符が元宮廷魔道士に奪われたとか。それを使って悪魔の軍団を呼び出して、支配地域を広げているとか。バグダンジョンとは化していないようなので、狙い目ですよぉ~」

 

先程までのおどおどした態度などどこ吹く風のようにウィルプはニコニコと依頼の説明を始めてきた。

 

「……私、公王の試練場とかちょっとゴメンこうむ」「いやー助かりますぅー!10年ぶりに戻ってきてくれた勇者様がこの仕事を受けてくれるなんてぇ~!あー助かっちゃうなぁ~!」

 

断ろうとしたミナにニタリと笑いかけて、ウィルプはこれみよがしに大声でそこかしこに聞こえるように言い始める。

 

「おい、あれが噂の……?」「東方世界に冒険に出て死んだって聞いたぜ……」「まさか生きて帰ってくるとは……」「あんなちんちくりんが……?」「よく見ろ、ハイエルフだぞ」「あれが当世――人目の勇者か……」

 

後ろから彼女の背中を撃ち貫くかのように視線と言葉がミナに刺さっていく。

 

そもそも先程、自分は勇者だぞ、と叫んだのは彼女であった。

 

「受けていただけますよね?」

 

「謀ったな、ウィルプ……!」

 

「受けて、いただけますよねぇ?」

 

「―――はい……!」

 

苦虫を噛み潰したようなミナの首肯に、ハーフエルフの受付嬢は小さくガッツポーズを取ったのであった。

 

 

 

―――それから4時間ほど後のこと。

 

放置しっぱなしだった定宿へ荷物を置き、今月分と滞納分の宿代を支払ったミナとルルは、営業時間終了後のギルド食堂でウィルプとワインを酌み交わしていた。

 

「―――というわけで、東方でいろ~んな珍しいものを見つけてきたわけよ。そっちも元気そうで何よりだわ」

 

「それがこれですかぁ……漬けすぎたピクルスのように見えますね?」

 

つまみとしてミナが取り出したそれは、どうやらきゅうりの古漬けのように見えた。

 

そう、ミナとルルは長い……10年に及ぶ東方世界の巨大国家「録」への冒険より帰還したばかりなのである。

 

今のミナの無限のバッグには、百俵に及ぶ米、或いは醤油や味噌、漬物などの発酵食品や和菓子といった東方でしか手にはいらない調味料、食物が詰め込まれている。

 

そのうちの少しばかりを出してみた、というわけだ。

 

「まぁまぁ、食べてみてよ。結構美味しいからさ」

 

そうして自作の爪楊枝を数本出して、それを切り分けられた古漬けに挿してミナはは微笑んだ。

 

「……ちょっとヨーグルトみたいな臭いでかなりしょっぱいですね。そんなに酸っぱくはないですけど」

 

ウィルプは初めて食べた漬物の味にそう感想を述べた。

 

「ピクルスみたいに酢は使わないし、ザワークラウトみたいに寝かせると強烈に酸っぱくなるような野菜を使うのはあちらでは稀ね。梅干しとかはあるけど……」

 

ミナもまた古漬けを肴にワインを一口飲んでそう言った。

 

「へー、そうなんですね。あ、お酒はあります?」

 

ウィルプは耳をピコピコ動かしてミナに催促する。

 

「あのねぇ……あんた、私にバカみたいに厄介なもん押し付けておいて図々しいわね」

 

額に青筋すら浮かせてミナは引き攣った笑みを浮かべるが、ピンク色のハーフエルフはお構いなしである。

 

「へーんだ。10年も帰ってこない、手紙もろくに寄こさないそっちが悪いでしょうが。みんな心配してたんですよ?」

 

眼が据わり始めているウィルプがワイングラスをミナに向けてそう抗議した。

 

もう結構酔っ払ってきたらしい。

 

「ごめんねえ。まあ交易もない地域に砂漠とか山岳とか突っ切って行ったんだし勘弁してよ」

 

ミナはそうしてバッグの中から陶器の瓶を一本出して机にドンと置いた。

 

そうしてその中身をワイングラスではなく、一緒に出した茶碗に注いでいく。

 

―――その色はほとんど水のようで、漂う香りは確かに酒精を含んでいると思われた。

 

「ほう!これが東方のお酒!綺麗な井戸水のようですね!」

 

前のめりになって茶碗を掴もうとするウィルプだったが、ミナはそれをひょいと持ち上げて躱した。

 

「あぁん、なにするのぉ~?」

 

「ドやかましいわ!泥酔する前に、依頼の話してよね!」

 

勢いあまってゴチンと額を机にぶつけた受付嬢は、涙目になって「しかたないですねぇ~」とミナの瞳を見た。

 

そうして、脇に置いてあった水差しからグラスに酒精の入っていない水を注いで、それを一息にグイと飲み干す。

 

それからミナをもう一度見て、その隣で静かに日誌を書いているルルも見た。

 

その瞳は真剣で、しかも割と切羽詰まった感情を感じる。

 

そんな表情にミナもまた表情を変えて、ウィルプの瞳を覗き込んだ。

 

「……何があった?」

 

「実はですね……」

 

彼女は神妙な顔つきで言葉を紡ぐ。

 

それはミナにとってもまた、聞き流すことなどできない深刻な話であった。

 

 

 

「たっか……」

 

「目算で言えば280キュルくらいあるでしょうか。階層もおそらく100ほどはあるでしょうね」

 

そびえたつ石造りの塔を見上げて、ミナとルルは嘆息した。

 

キュルはおおよそ170㎝ほどの長さを持つグリッチ・エッグでよく使われる長さの単位である。

 

即ちおおよそ470~480mほどの大きさであろう。

 

前世世界のチート国家に存在するセントラルパークタワーとほとんど変わらない高さの物体を前に、これは苦労するなあ、と天を見上げるミナの後ろで何か簀巻きにされた物体がうごうごとうごめいていた。

 

車輪のついたソリに乗せられ、端っこから癖の強いピンク髪が飛び出ている。

 

それは―――

 

「ぶぁぁぁ!?なんてことを!なんてことをするんですかぁ!!」

 

簀巻きの中から出てきたのはなんとギルドの受付嬢ウィルプであった。

 

「あ、ようやく出てきた。遅かったわね」

 

「ギルド長にはご許可いただいているのでご安心ください」

 

にべもなく彼女を見下ろしてそんなことを抜かす二人を前に、ウィルプは「誘拐だぁ誘拐されたぁ腐れガキアンデッドの麦酒瓶で大変ガバガバなことにされちゃうんだぁぁぁ!」と叫び始めたので、びしり、とミナは彼女の額をチョップする。

 

「おどえっ!?なにしゅるんでしゅかぁ……」

 

ふらふらと頭を揺らす彼女に、ミナはサニティとリトルヒールを掛けてやった。

 

そして数十秒ほど落ち着くのを待って、ミナは「おはよう、ウィルプ。気分はどう?」と聞く。

 

返答は当然のように。

 

「最悪に決まってるじゃないですかぁぁぁ!!なんであっしまでここに連れてこられてんすかあぁぁ!」

 

という絶叫であった。

 

「口調、昔に戻ってるわよ」

 

「仕方ないじゃないでやんすかぉぉぉ!!」

 

泣き叫ぶ彼女に、ミナは「あんたが言ったことがホントなら、あんた以外に私たちと一緒に来れる奴いないでしょうが」とニコリと笑った。

 

「納得いくまで何度も言いますけど、ギルド長殿には許可をいただいておりますので。酔い潰してから簀巻きにして連れてきたのは逃げるからです。あなたの性根ならば十割がた」

 

ルルがジト目でそう言って、ここまでずっと目深にかぶっていたフードを取って髪を振った。

 

「ミナさんを散々てこずらせた泥棒の癖に往生際が悪いですよ」

 

「泥棒はやめてください!大盗賊ですッ!」

 

ルルに睨めつけられるが、それを跳ねのけるかのように睨み返して、ウィルプはグルルルと獣のように唸った。

 

「ギルド長まで私をなんだと思ってぇ……!てか、ミナさんッ!なんですかあのお酒!睡眠薬でも入ってたんですか!?」

 

その言葉に、ミナはにっこりと笑う。

 

「うんうん、そーよねー、わかるわかる。そう言いたくなる気持ちわかるわ。あれ、だいたい全体の5~6分の1が酒精なのよ」

 

「あれで!?なんかの果実酒にしかおもえなかったっすよ!?」

 

そう、昨夜ミナが彼女に飲ませた酒は清酒―――つまり、現代世界で言えば一般的な日本酒に近い代物であった。

 

それも録の大名のお殿様からもらった「水の如き」銘酒である。

 

飲んだ人間にしばらくの間酒精を摂取したことを悟らせないその酒を、彼女は依頼に潜む事情を話し終えた後にかっぱかっぱと何杯も飲んで―――

 

「見事酔いつぶれた、と……?あっし、が……?」

 

「そういうこと」

 

ミナは前世のことを思い出し、アルコール度数が15~18%となる日本酒は初めて飲んだ欧米人を軽く酔い潰すことがある、という都市伝説めいた話を思い出した。

 

曰く、欧米では度数15%を超える醸造酒がそこまで多くないとかなんとか。

 

前世では本当かよ?ワインにも15%超える奴あるだろ?と三郎は思っていたが―――

 

目の前で項垂れる受付嬢に水の入った水筒を渡しつつ、ミナは少なくともその説がこの世界では真実であることを確認する。

 

「ま、二日酔いで辛いっしょ?1日ここでキャンプ張るから、積もる話でもしましょうよ」

 

そうしてミナはその見晴らしのいい、塔を一望できる崖の上に茣蓙を敷いて微笑んだ。

 

「むぐぐぐ……そうでやんすね。ここまで来たらミナさぁから逃げる前にあの塔ばらめに放り込まれるだけ……でもって今あれに踏み込んでも、二日酔いで手足痺れちまっていやすし……昨日のお酒、まだありますか?」

 

「今日は飲みすぎないでね?」

 

そうして花が綻ぶような笑顔でお弁当を出してきたミナに、ウィルプは盛大に溜息をついて。

 

「話聞いた瞬間から巻き添えにする気でやんしたね?」と聞いた。

 

「そりゃそうでしょ。魔塔に挑むんだから、有能な盗賊だの斥候だのは要なのだわ」

 

水筒から注がれた日本酒を受け取って、ピンク髪の元盗賊はまたため息をついて「相変わらず強引な御仁でやんす」と笑って迎え酒を呷った。

 

「昨日の酒よか、全然酒って感じでやんすね。これって何で出来てるんです?」

 

「ああ、これはね……」

 

ミナたちはそうして、思い出話や旅の話を取り混ぜながら、冒険へ挑む前の酒盛りを始めるのであった。

 

 

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