異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第115話「魔導師を捕まえよう 昔のお話Ⅲ⑦」

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「世界を停滞に導く我らが厄神よ!」

 

「ミナさぁ!?それは―――!」

 

ウィルプが、ミナが虚空へ語りかけた言葉に疑義を投げかけ―――しかし、呪文は止まらない。

 

「我が願いを聞き届けたまえ!時と空に陥穽を―――世の帳に閑静を。遍く影をお与えください!永劫の地獄の扉を開けたまえ!!」

 

それは遠い昔に、西方世界では異端として葬られた術。

 

光の光たる善神たちの、それでも拭えない暗黒面より力を借りる術。

 

神聖魔法、そして暗黒魔法の奥義の一つ―――即ち、反転の術式が起動した。

 

「食らって消えなさい!ディメンションイーター!!」

 

ミナがそう叫ぶと、闇に染まった客人碎から闇が垂れ落ち―――客人碎が元の輝きを取り戻すとともに、闇は穴となって瞬時に火竜を飲み込みさっていく。

 

『が、ガォォォォォッ!?』

 

火竜は何が起きているのかわからないといった風情で、そのまま―――後にミナが使ったディメンションイーターよりも遥かに小さい―――その穴へと飲み込まれていった。

 

とぷん、とまるで水に沈んだような怪音を上げて、ドラゴンは姿を消し。

 

穴は即座に閉じて、まっさらな地面を描いた。

 

「いよし―――ぶっつけ本番、ざまあかんかんだぜ……!」

 

ガッツポーズを一つ取ってから、吹き飛ばされたラディを確認すると、虫の息だがまだ生きていることに安堵する。

 

「ルル!もう少し抑えてて!」

 

「承知!」

 

ルルの答えを待たずして、ミナはグレートヒールの詠唱に入った。

 

「世界を調律する我らが祭神よ……その大いなる流転より調和の力を命と変え、癒やし直し治し戻す力を死すべき衆生へと賜らん。グレートヒール!」

 

ミナの神聖語は狂いなく発動し、ラディの傷を即座に癒やしていく。

 

やがて虫の息は苦しげな吐息へと変わり、苦しげな吐息は安らかな寝息に変わっていった。

 

―――それは即ち、先程の反転の術式を使っても調和神ディーヴァーガはミナを咎めていないということを示している。

 

そんな光景を目の当たりにしたウィルプに驚きを超えた感情を喚起するものであった。

 

「ミナさぁ……あんたさん、一体何をしたでやんすか……?」

 

「世は総じて表裏一体。善神は悪神に、邪神は聖神になることもある―――ま、バレてしまっては仕方ないから、これが終わったらギルドと神殿の沙汰を待つわ。今はそんなことよりも!」

 

そうして向こうを見れば―――

 

「……もうそろそろ諦めては如何ですかね?それ以上、支配の護符に触れ続けているとですねぇ……あなたも魔物になってしまいますよ?」

 

「う、うぬぬ……!」

 

ルルの魔法の連打によって、憔悴しきったスティンガリウスがいた。

 

「ルル!」

 

「ええ、次で決めます」

 

ルルはそうして精神を集中し、二口水晶に意思力を込める。

 

「「―――世界を支配する偉大なるロジックよ」」

 

ルルの声が完全に重なって聞こえる。

 

「ぬぅぅぁっぁぁぁぁ!しっ!支配の護符よ!!」

 

ルルに警告されてなお、男はその護符に頼ろうとした。

 

「あなたは―――間抜けだ。僕の魔法をこれだけしのげるのなら、そんなものに頼らずば一対一では僕も苦戦したでしょう」

 

彼に聞こえているかはわからないが、小さく細くルルは呟いた。

 

「そういうくだらないことをしてしまう人間心理のいい研究材料となりました。一点突破・全面展開はいつだって悪手なのですよ」

 

二口水晶によって、二つの呪文が同時に唱えられる。

 

「星の光を星海の彼方より降らせ牢獄と成せ。光とは波なり、波とは粒なり、粒は肉となるなり。光と肉は同じもの故に!」

 

「極光の彼方より永久の氷壁をこれへ。凍結とは停止なり、停止とは静止なり。永劫に汝の生を留め置かん」

 

右手に持つ杖より光、左腕の二口水晶より冷気が迸る。

 

それは死の王として停止の呪いを使いこなしたルルだからこそ可能な、古代語魔法による突破不能な牢獄の作り方。

 

「ブライトネス・プリズン!」「フローゼン・ウォール」

 

光と氷による完全拘束・封印術である。

 

―――命を保存することのみに特化したものであるがゆえに、生命であればその生命活動を完全に停止させた仮死状態のまま、数百年は蘇生可能な状態で保存できる合体魔法。

 

魂が明瞭に存在するこの世界において、それはまさに永久禁固刑と言えるだろう。

 

「う、うおおおおおお!!?ば、バカな!」

 

「停止の呪いは今は使えないので、こちらで我慢してください。痛くて寒くて辛いでしょうが、まあ―――」

 

ルルは楽しげにくるりと回ってスカートを翻し、「自業自得ということで」と唇に指をあてて酷く蠱惑的に笑う。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

男は支配の護符によって、それを持った腕の先から魔物に変わりつつ、物質化した光と絶対零度の氷壁によって封印されていく。

 

「よっしゃ、ルル。行くわよ。とりあえずあの支配の護符は回収しないと」

 

ミナが客人碎を担いで語り掛けると「いつでもどうぞ」と従者は微笑んだ。

 

「それじゃぁ―――客人碎よ!!」

 

光が弾け、一条の光が走る。

 

「これなら真の力を明かさなくても大丈夫。支えててね―――ルル!」

 

ルルはミナの腰を何かからの衝撃に耐えるように抱いて、すぐさま客人碎から一条の光が放たれ―――

 

そして、スティンガリウスの右腕が支配の護符ごと永久獄から切り離されたのだった。

 

「がぁぁぁぁぁぁ!おのれ!おのれぇ!!」

 

「がーがーやっかましい。魔物になる前に助けてあげたんだから、感謝しろとは言わないけどももう少ししおらしくなさい。男のくせにみっともないわよ」

 

元男であったミナが言うからこそなのか、それは男に覿面に効いたようで。

 

「貴様にはぁ……必ずぅ……復讐してくれるわぁぁ……!」

 

棺に納められながら、男は底冷えのする声で恩讐を誓うが―――しかし。

 

「いつでもどうぞ。ただし、私とこの馬鹿以外を狙った場合、こんな程度じゃない屈辱と苦痛を3000回与えた後に、月刑に処してやるから覚悟しなさい」

 

ミナはそれ以上に怒りを湛えた瞳で男を睨めつける。

 

「ぐうううううう……!!」

 

悔しげに、憎々しげに、怒りを湛えながら―――支配の護符を盗んだ魔導士スティンガリウスは永い刑期に入った。

 

それを面白くなさそうに見遣って、ミナは仲間たちのほうへ歩いていく。

 

「よーし、終わり終わり。後はァ、こいつを公王のハゲに引き渡してね!」

 

「……その前にギルドへの報告っすよ。説明してもらうでやんす」

 

まだ昏倒したままのラディを介抱しつつ、ジト目で睨んでくるウィルプを見てミナは「うん、仕方なかったってやつね」と微笑むのであった。

 

 

 

―――冒険者ギルドの応接室にて。

 

「アルバオト枢機卿、どう思います?」

 

「どうもこうも、我が神殿で彼女以上に神に近いものはいないので、不問に処しますよ……」

 

禿頭に冷汗をびっしりとかいた冒険者ギルド長に、アルバオト枢機卿と呼ばれた老爺は頭痛をこらえるのに忙しそうな苦悶に満ちた笑顔でそう返してミナを見た。

 

「……かの禁呪は神意にわずかでも背くものが使えば、たちまち神に見放されるものです。故に大禁呪として封じられたのです。あなたは神に愛されている……」

 

「そ、そうですね。あははははは……」

 

ギルド長と同じく冷汗をびっしりかきながら、ミナは乾いた笑いを発することしかできない。

 

「そこまで調和神様に愛されているのであれば、ぜひぜひ神殿に最大司教として鎮座し続けていただきたいのですがな?」

 

ニコニコと笑っているにも関わらず、その顔は頭痛を耐え忍び目の前の人間へ圧力を掛けるための表情にしか見えない。

 

「いや、そのぉ……」

 

「上古の森人であるあなたがそうなってくれるのであれば、我が神殿、否、調和神信仰そのものが万年の安定を得ましょう。それは神の意志にも沿うのではないかと私は思うのですがねえぇぇぇ……」

 

要するに、これ以上好き勝手をやらかさず国家大事、神殿大事の時以外は神殿に籠っていろと言っているのだ。

 

「何度も言いますけどぉ……それは絶対嫌ですぅ……」

 

「―――まあいいでしょう。機会はいくらでもあります。我が神殿の永久申し送り事項ですからね。忘れないでくださいね」

 

唇を尖らせてそっぽを向くこの場で誰よりも年上の少女に、老爺はニコニコと怒りをぶつけてくる。

 

「しゅ、執着は流れを曇らせますよ?」

 

「でしたらあなたも冒険に執着するのをお止めなさい」

 

ミナの苦しい言い訳に、アルバオトはそう返して天を仰いだ。

 

それからハァ、とため息をついてアルバオトは笑みを崩す。

 

「繰り返しますが、この件―――反転の術式を使用したことは不問に処します。コムドアギルド長もそれでよろしいですかな?」

 

その様子にウィルプが「良かったですねえ、ミナさん」と普段の受付嬢の姿で、口調も元に戻して笑っていた。

 

「よろしいかどうかと聞かれますと、20人からの討伐隊の全員を救助してくれたのだ。俺としては文句のつけようもない」

 

もし彼らが全員死んでいれば、ラゴンエス公都の突発的な事態への対応力は完全に破壊されていただろう。

 

そのくらい上級の冒険者ばかりが派遣されていたのだ。

 

彼らはスティンガリウスが意識を失い、塔がその形を失って消滅すると同時に石化から解放され目を覚ました。

 

幸いなことに後遺症が残るようなこともなく、もうすでに冒険者稼業に復帰しているものがほとんどだ。

 

支配の護符とスティンガリウス本人は―――調和神神殿が預かっている。

 

そう、支配の護符の正体がバグダンジョン由来のものであったことが、調和神神殿が認める勇者によって白日の下に明らかにされたからである。

 

ここから先はもはや政治的な駆け引きの問題であろう。

 

支配の護符は調和神神殿の奥深くの封印の間に今は置かれ、スティンガリウスは地下の氷室の中に監視付きで「保管]されている。

 

後は公王をどう問い詰めるか、である。

 

「おそらくは……我々神殿やあなた方冒険者ギルドの力が強くなりすぎることを嫌っての所持でしょうな。長年、我々にもそれを見せなかったことからしても」

 

アルバオト枢機卿は「困ったものだ」と瞑目する。

 

とはいえ、国軍と対抗できるほどの武僧の集団を擁する各神殿と個人の武勇でそれらに匹敵する力を持つ冒険者ギルドはなかなか難しい関係にある。

 

それぞれに守るものが微妙に異なる三つの戦闘組織は、それぞれの国家で、それぞれの歴史の中で、常に牽制しあい時に諍い時に和合しつつ発展していった。

 

それは此処ラゴンエス公国でも例外ではない。

 

あの支配の護符は、有事の際の公国政府側の切り札なのであろう。

 

三つの組織のバランスが崩れた時のための……或いは、魔王や強大なバグダンジョンが発生したときのための。

 

「……まあとりあえず、ですけども……あのハゲ公王を問い詰めに行く前に、なんでアレの奪還をギルドに依頼を出したか、ですね」

 

「俺たちゃ軍の外の実力組織扱いだが基本的には組織としては国に属してるし、支配の護符そのものを扱えるのは例の宮廷魔術師のような高位の古代語魔法使いだけだ。まぁまぁ安心だという判断だろう」

 

腕を組んだコムドアは瞑目して、「ミナよ、ギルドからの依頼だ。公王に真実を問いただしてきてくれ。それが終わったら、無条件で青にしてやる」と深いため息とともに言葉を紡いだ。

 

「それだけ?」

 

「無論、通常の報酬は王宮から預かっている。それはお前と従者、参加した連中には渡すよ」

 

重々しくそう答えると、ウィルプが「あのー……私もだいぶ手伝ったんですが……」と恐る恐る手を挙げた。

 

「わかってるよ。無理やり行かせたのは俺だしな。お前には特別賞与2年分と月給5割増だ。これで我慢しとくれ」

 

あーあーどうしてこうなった、とハゲのおっさんは頭を振って、ピンク髪の半森人を睨めつけた。

 

「助かります~」

 

三下口調で戦っていた時を思わせない、少しおっとりとした言葉づかいでウィルプは微笑んだ。

 

「ん~~~……」

 

「どうしました、勇者様?」

 

「あ、いえ。その……ちょっともうちょっとほしいかなって思ったもので。具体的には、青から先に上がらんでいいっていう確約が欲しいんですけど」

 

腕を組んで唸るミナに、アルバオト枢機卿は慇懃に聞くと―――そんな答えが返ってくる。

 

その言葉に「おぉめぇよぉ……そんなに普通の冒険するのも勇者の仕事するのもいやかい?」とギルド長がもはやこの日何度目かもわからない深いため息をついた。

 

「我が魂の愉悦はバグダンジョンの踏破にあり……!それ以外の冒険は他の冒険者に回しますぅ」

 

唇を尖らせて、口笛など吹きつつミナは頭の後ろで手を組んで目を逸らした。

 

「おう、俺様の目ぇ見て言えや……」

 

「誰も取っていかない依頼を根こそぎ取っていかれるのは助かるんですけども、ねぇ……」

 

ウィルプも困ったように首をかしげて、その髪先をいじり始める。

 

「でもさぁ~~」

 

ひとしきりブーブーと文句を垂れた勇者に、コムドアは隣のアルバオトを見て―――ハゲとジジイは顔を見合わせて、諦めたように息を吐いた。

 

「わかった、わかった。少なくともギルドからは昇進試験の勧誘はしねえよ。ただ、周りの冒険者に何と言われるかはわからんぞ」

 

自らの禿頭を撫ぜてコムドアは不機嫌そうに唇を歪める。

 

「ただでさえお前は、昔っから誰も取らねえ僻地に出た小鬼だの犬鬼だの小悪魔だのの退治みたいな食い詰めた駆け出しがやるような依頼ばかりやってて、上級の連中には疎んでたやつもいたんだぞ」

 

いた、と過去形で彼は言う。

 

それは当然のことで―――

 

「10年もろくに連絡もなしで冒険してたお前のことを生きて覚えてる奴らは、半分以上が上級に行ってる。あの頃、お前のことをありがたがってた連中から、あの頃お前に文句言ってた連中と同じような文句言われるのだけは覚悟しとけ。そこまでは責任持てん」

 

うんざりと天を仰ぐ上司の様子に、ウィルプは「じゃあうちもその件永久申し送り事項にしてはどうでしょう」と人差し指を立てて微笑んだ。

 

「そうですなあ。この件、ほとんどあなた方2人と石化より回復した冒険者1名、そして例の不死者1名で解決したようなものですからな。功績という意味では、冒険者の基準で言うのなら銀以上。特に勇者の槍を西方世界へ持ち帰ったミナ様は金の最高位に昇られるのが相応しい」

 

ニヤリと老獪な笑みを浮かべて、アルバオトがそう続けた。

 

「え……?なんか雲行き怪しくなってきたぞぉ~……?」

 

冷汗をかいて青ざめた笑みを浮かべるミナに、コムドアはアルバオトと同じような笑みを浮かべる。

 

「そうするか。ギルドとして何か強制することはない。ないが、この件はラゴンエス冒険者ギルドの永久申し送り事項として記載させてもらう」

 

―――それは即ち、延々と歴代のギルド長から小言を言われ続けるであろうことを示しているのは、目の前の神殿代表、アルバオト枢機卿を見れば一目瞭然である。

 

「オーノーだずら……!?」

 

コムドアの静かで無慈悲な宣告とともに、ミナはラゴンエスに留まる限り半永久的に調和神神殿のみならず冒険者ギルドからまで、それぞれの最高位に就くことをたびたび小言レベルで要請されるという権利を得ることとなり、「なぁぁぁ~~んでよぉぉぉぉぉ!!」と大声で叫ぶ羽目になったのであった。

 

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