異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――遠く、恋焦がれる麗しき人の悲鳴を聞いた気がした。
「なにやってんでしょうね。気に食わなければ出ていく、と言えば一発でしょうに」
「そう言うなよ、ルルぅ。ミナの姐御がこの街気に入ってんのはわかってんだろ?」
ルルはお茶、ラディはワインを飲みながらそんなことを話していた。
「それは理解可能です。しかし、僕には鬱陶しいだけにしか思えない。いっそ今のうちにこの公都を灰にして、強制的に出ていかなければならない状態にしてしまいましょうか」
何でもないことのように物騒なことを抜かして、そういえばこいつがそういう存在であることをラディは思い出す。
まあそれもラディにはどうでもいいことであったのだが。
「まーま―そう言うなよ。おめえと姐御のおかげでうちの連中も助かったし、万々歳よ」
バンバンとルルの肩を叩くラディに、ルルは少しだけうんざりして、まあいいか、と冷めた茶を飲み干す。
ふと、彼の隣を見ると女性が一人こちらを睨んでいるのがわかった。
目つきが鋭い黒髪の女性で、その引き締まった肢体は油断なく、いつでも目の前の怪しい少女―――のような少年に飛び掛かれるように準備されている。
「ラディ……この女、いったい何者だ?」
「あー、おめえは知らなかったよな。こいつが例の勇者の姐御のしもべやってる不死者の男さ」
「男……だとぉッ!?」
ダンっと机をたたいて立ち上がった女性を見て、ラディはそのジョッキになみなみと割っていないワインを継ぎ足した。
「あんまでかい声出すなよ、ヴィス。宗教上だのしきたりだのって理由とかで女の格好してる奴なんて探したらいくらでもいるだろ」
ヴィスと呼ばれた女性は、ひとしきりルルの周りをくるくると回って観察し、「……女にしか見えんのだが」と怪訝な表情を浮かべる。
「それは隠していますからね。僕はいわゆる『死の王』ですから。ヴィス殿でしたか。別に僕はラディさんを取って食うわけじゃないので安心してください」
お茶のお代わりをウェイトレスに頼みながら、ルルは内心で酷く面倒くさい気分になっていた。
しかし、ここでこの女を殺したり壊したりすればミナが確実にキレることだけは明白である。
結果として、ルルは黙って茶と料理を楽しむしかやることはなかった。
「取って食うなどと……そ、そんなことは思っていないが……」
「ラディさん、あなたはこの人をどう思っていらっしゃるんです?」
ルルが目を瞑ったままカップをテーブルに置いて、指を組んでその上に顎を乗せた。
「頼りになる仲間、だけども?」
「これだ。これじゃあ僕が相談しても無駄なはずですよ」
ルルはため息をついて、今度は若干恐怖を覚えていると見えるヴィスへ振り向く。
「大変そうですが頑張ってくださいね」
「む、むぅ……わかった。わかったが、そうか、貴殿が噂の勇者ミナが使役するリッチーか……」
「おや、怖くなりましたか?」
ルルが微笑んでそう聞くと、女性は「獅子の檻に丸腰で入れられたくらいにはな」と席についてワインを口にした。
「君自身だけが殊更に怖いのではないが……知恵ある魔物でも人の僕であることさえ証明できればそうして酒場で茶を飲んでいられる我が国が怖くなっただけだ」
ざくり、と目の前のナイフで切り分けられた六脚豚のステーキにフォークを刺して、ヴィスは少し微笑んだ。
「……いや、な。この阿呆は女性との距離感の掴み方がおかしい。またぞろ新しい女を引っ掛けたのかと不安でなぁ」
「なるほど。それはまたお気の毒で。僕も似たようなものですが……」
くるくるとフォークを回して塩味のパスタを絡め取り、ルルはしっとりと笑う。
その顔に、親近感を得たのであろうか、ヴィスもまたしっとりと笑った。
そんな二人に咎められているような気がしたラディは「おいおい、俺は仲間はずれかよぉ」と寂しそうにラインを呷る。
「そうされたくないのであれば、少々お仲間との関係を見直しては如何でしょう?」
言っても無駄だろうな、と思いつつルルはそう忠告してみた。
しかし、ほとんど無駄なようで「……見直すことなんかあったか……?」と首をひねって唸るばかり。
これではどうしようもないのではないだろうか、とルルは疲れた笑みをヴィスに向けると、彼女もまた疲れた笑みを浮かべていた。
「これで我が一党の頭目気取りなのだから、私には笑わせるとしか言いようがない」
やれやれと頭を振って、ヴィスはワインを呷った。
「んなこと言ってもよう……お前にわからんことが俺にわかるわけねえだろぉよ」
真顔でそう言って、六脚豚のステーキを頬張る彼にヴィスは盛大に溜息をついた。
「ま、いいでしょう。とりあえずそろそろ話も終わったようですし……」
ルルがそう言った途端、奥の扉がバタンと開かれ、また思い切りバチンと閉められた。
中から出てきたのはホクホク笑顔の受付嬢と不機嫌極まる顔のままがに股で歩く森人の少女の2名である。
何があったのかは、聞かずとも大体は察することが出来た。
「お疲れさまです、ミナさん。どうでした?」
グラスにエールビールを注いで、それをミナに渡しながら優しく微笑む従者。
それを取り返すようにもぎ取って、勇者は一気にそれを飲み干した。
「うおのるぇぇぇぇぇえ……結局、依頼達成で青に上がることと昇進試験もう受けなくていいってこと以外向こうの思うツボになったわぁぁぁぁぁ!」
どっかと席に座り、呻くような声音でそう絞り出すと、ミナはステーキを三切れ掴み取って一気に口の中に入れて咀嚼し始める。
「おー、良い飲みっぷりっすね、姐御。どーだったんです、ウィルプの姐さん」
「姐さんって呼ばないでくださいます?まあ、ミナさんの荒れっぷりを見れば分かる通り、概ねギルドと神殿の思い通り、と」
ケラケラと笑って、ヴィスからワインを受け取ったウィルプは「かんぱーい!」と二杯目のエールを受け取ったミナにグラスを合わせに行く。
「はいはい、乾杯乾杯。まーこうなった以上、昇進しなくていいってだけでもういいわ……明後日で良いんだっけ?ハゲのところに行くのは」
「はい。これでも迅速な方ですよ。うちのギルド長とそちらの枢機卿様が連名で謁見要請しましたからね」
ウィルプはワインを口にしてまたケラケラと笑う。
余程ミナの思い通りにならなかったことが愉快なのか、それとも上司や偉い人の醜態が見れたのが面白かったのか、表情からは推し量ることはできなかった。
「まーねー偉い人なんてみんな分単位で予定が詰まってるからねーだから偉い人になんかなりたくないのよぅ」
ジョッキを持ったまま机に突っ伏して、あーうー、と言葉にならないうめき声を上げる勇者に、ルルは「じゃあ街ごと吹っ飛せばいいのでは?そうすればしがらみはなくなりますよ」と先ほどラディに話したのとほとんど同じことを抜かす。
「てい」
「……痛いですよ」
頭にチョップされた少年は額を抑えて、そんな通り一遍の抗議を返すが、ミナは意に介せずに「痛くしてるのよ……いい加減その悪役思考と目を離すとやらかそうとするのやめろや」とにべもなく言い放って、ジョッキの麦酒をまた飲み干した。
「そう言われましても。ミナさんが苛立っているのを見るのは僕には耐えられない。全員滅ぼすべきだと思うんです」
純粋な?瞳でとんでもないことを言って見つめてくる従者に、「やったらマジでぶっ殺すかんな?」と釘を刺して、おそらくほとんど初めて会うであろうラディの仲間を視界に止めて、唖然としている彼女を見た。
「お、あなたがヴィスさんね。はじめまして、イファンタの森は天護の森、黄昏の氏族のミナ・トワイライトよ。よろしくね」
丁寧に頭を下げて、ミナは彼女に握手を求める。
その手をきょとんと見つめて、「あ、ああ。ラディの相棒のヴィスだ。拳士で、彼と共に一党の前衛を務めている。こちらこそ助けてくれたこと、感謝しなければなるまい。ありがとう、勇者殿」とヴィスは握り返して頭を下げた。
「どういたしまして!後遺症もなさそうで何よりね!よし!じゃあどうでもいいことは忘れて今日は呑みましょう。ところで、ラディくん。他のお仲間は?」
ミナがヴィスのジョッキに再びワインを注ぎながら、彼女の脇で腸詰を頬張っている戦士に聞いてみる。
すると彼は頭を振って、「ゼクスタントは石化が治った時に転んで腰をやっちまって、もう二日は休むそうで。イライザは酒神の神殿に報告に行ったんで、あと3日は戻ってこねえっす」と答えて、ジョッキの酒を半分ほどまで飲み込んだ。
「そりゃ仕方ない。ゼクスタント爺さん、魔法使いったってもう70超えてるもんね。イライザって人はヴィスさんと同じ新しい仲間かしら」
甘辛いソースで炒められた腸詰を一つ取ってボリンと頬張ってミナは笑った。
「そうですよぉ。ヴィスさんもイライザさんもミナさんが東方に出て行ってしまってからすぐにこちらのギルドに入った方です。イライザさんはラディさんたちの一党『麗かな痛み』に所属する酒神様の神官さんですね」
ネームプレートも腕章も外して、今日の業務は終わりであることを示している受付嬢は、そう答えて芋のフライを口に入れた。
「そんでもって、俺の従妹ってやつだ」
「へー初耳。まあとはいえ、君が私にくっついてたのはギルドに来て最初の半年だけだもんねえ」
良く知らなくて当たり前か、ときゅうりのピクルスをボリとかじる。
「いやあ、ありゃあやばかったっすね。なんで俺あの頃姐御についてって生き残れたんだかわからんのですわ」
遠い目で昔を想うラディに「男なら前だけを見ろ!くよくよするな!」とミナは少し冷汗をかきながら彼の背中を叩いた。
―――早く強くなりたい、というので、ミナの超速でのゴブリンコボルト小悪魔退治に付き合わせただけであるが、当然それは強行軍に継ぐ強行軍、ゴリ押しに継ぐゴリ押し、そしてどこかのみすぼらしい鎧のゴブリン駆除業者の教え?を素地に100年以上鍛え上げてきた和マンチによる滅殺である。
鉱山に巣食う犬鬼を、巣ごとマグマを呼ぶ精霊魔法を使って生き埋めアンド焼死させた時はドン引きしたものである。
「まあ新しい鉱脈化したとかで、現地の鉱山経営者には喜ばれましたけどね、あれ」
ルルが腐すようにそう言うと、ミナは「しゃーねーじゃん……どれだけいるかもわかんないうえ、鉱山自体が掘りすぎて崩壊しそうになってたんだからさぁ……」
精霊魔法を使って坑道を補強しつつ、とにかく深くまで掘っていくという方法でその鉱山は掘られていた。
周りにあまり森も街もなく、労働者の大半が鉱山奴隷という労働環境では割とよく使われるファンタジー世界ならではの採掘方法であるが、魔力での補強のため物理的な補強に比べると壊れやすい。
長年その方法で掘られていた山は内部から傷つき、そのまま放置していれば無秩序に坑道を掘るコボルトの跳梁と相まって、山ごと崩れて―――
下手をすれば山の精霊を怒らせ、大規模な地震や山崩れを誘発するところであったのだ。
「最後にゃあ官憲に摘発されて、まともな掘り方になったらしいっすよ、あそこ」
「ああ。今では街道が伸びたこともあって、鉱山街になっているな、ラディが良く言ってるテムダルト鉱山は」
ヴィスの言葉を聞いて、ミナは「そうなんだ。じゃああの時マグマバーストで坑道全部埋めたのは無駄じゃなかったわね」と笑った。
「ま、マグマバーストて……火土の精霊魔法で一番怖いやつでは……?」
「全力でブーストしてやったからねぇ……山頂から坑道に向けて使って、完全に坑道が埋まるまでやってもらったわ。何が大変だったって、労働者と鉱山奴隷を全部退避させるのが大変だった!」
ケラケラと笑うミナの手には、いつの間にかサンドイッチが握られている。
それをガブリと食んで、エールで後口を洗い流した。
「パンをエールの当てにすると太るぞ、ミナ殿」
「ふふふ……これは世間にもバレていないことだけども、ハイエルフは太らないし痩せないの……!余程の暴飲暴食をしない限りね!」
ヴィスに炭水化物取り過ぎを注意されたミナだが、ニヤリと笑ってそう返す。
実際、ミナが外の世界に出てから130年ほど経つが、その間どれだけ食べても体型が変化したことは一度としてなかった。
そしてそれはミナのこちらの世界での家族や親戚、同郷の者たちも同じで、やはり精霊の仲間に近いのだなあ、とミナは思う。
「なんと!羨ましいことだ……」
「純粋なエルフでもハイエルフみたいな体型維持は出来ませんものねえ……」
ミナの女性としては貧相ではあるが、造形としては大変美しい肢体を矯めつ眇めつしてヴィスとウィルプはワインを舐める。
その様子にミナはふぅっとため息をついて肩をすくめた。
「羨ましいか?体型が変わんねえっつーことは、筋肉もつかねえんじゃねえの?冒険者現象でパワーアップしても素の筋力が鍛えられないのって駄目じゃね?」
ミナの様子に気づいてか気づいてないのか、全く女性の機微とは関係ないところからラディは疑問を呈する。
「そうなのよね……いや、私はハイエルフとしてはまだ全然子供だからさあ。そこすんげー問題なのよ」
そうミナはまだ子供の体。
筋肉の絶対量が足りず、それを冒険者現象による祝福で補っている。
一見、小さく軽いミナが巨大な筋力を扱えるようになるということはメリットだらけのように見えるが、それは長時間筋力をフルに使う行為をした場合、常人よりも遥かに筋肉痛になりやすくなるという大きなデメリットがある。
身体能力賦活などの強化魔法をかければなおのこと。
未来において廻や夕、そして戦略兵器の魔王と戦った後のように、数日間動けなくなることも十分にあるのである。
「そういうわけなんで、冒険者としては問題なのよ……いくら筋トレしてもねー焼け石に水っていうか、まあ効果はほんの僅かにはあるんだけども……」
ミナは困った笑顔でサンドイッチの残りを口に放り込む。
「ハイエルフの高度な身体能力と魔法能力、植物や動物と意志を疎通させる能力があるのだから妥協するべきではないか?」
眉をひそめるヴィスにミナは「それでも、やっぱり力押ししなきゃいけないことは稀によくあるからねー仕方ないと言えば仕方ないんだけどぉ……やっぱり持つべきは仲間。仲間は足りないところを補い合ってこそよ」と笑った。
「まあ、たしかにな……」
「あ、そうだ。河岸を変えるのって大丈夫?私、珍しいお酒や食べ物を東で手に入れてきたからさ、ラディくんが手伝ってくれたお礼にそれらを振る舞いましょう」
ミナはそういって、腰の無限のバッグをPONと叩いた。
その様子に、ウィルプは「いい考えですねえ。個室が欲しければギルド内でお貸し出来ますよ」と言って、ニヤッと笑った。
「ほう……受付嬢殿がその笑みを浮かべているのが実に不安だが、東方の酒というのは純粋に気になる……いいだろう」
「俺は食い物のほうが気になるな……ってかいいのかい、姐御。助けてもらったのは俺たちだぜ?」
「いーのよいーのよ。みんなでパーッとやりましょう」
乗り気のヴィスと申し訳無さそうなラディ、そして掌をひらひらと振るミナ。
三人を見つめながらルルは、この後の惨状を想像して(―――これは大変そうだ)と内心で呟いていた。
―――それは予想に難くない二日酔いの冒険者二人と受付嬢が一人、そして状態異常無効化してピンピンしている勇者が出現する未来であった。
―――そして現代。
「その後は、スティンガリウスの分身に操られた公王を止める羽目になったり、結局支配の護符は焼却処分になったり色々あったけど、とにかく仲間がいなきゃあ話にならなかったわ。恋ちゃんも困ったら今回みたいに必ず仲間を頼ること。いい?」
ミナはハープを置いて、話をそう締めくくった。
話していた時間は2時間ほどだったろうか。
「すげえ……わかった。絶対、自分ひとりでは先走らないようにする」
「連絡がつかない場所で孤立した時も、なんとか仲間に連絡取れるように動くようにね」
そうしてお弁当を片付けながらミナは魔法少女二人に「ほら、そろそろ23時だし寝なさいね」とテントへ入るように促した。
「はいなのです。あ、ところでなんだかヴィスさんとウィルプさんとラディさんの三角関係的な関係はどうなったのです?」
聞かれたミナは、コップにコーヒーを継ぎ足しながら、「それはまたの機会にね」と微笑んだ。
これ以上は今日は聞けないと思った岬はおとなしく「わかったのです。それではおやすみなさいですよ」と返してテントに潜り込んだ。
「じゃあ俺らも寝るか、三郎」
「ああ、そうだな。いつもどおり、見張りはお願いねルル」
「承知しました」
テントの外でそれぞれに寝袋へと身を包んだ勇者とその親友もまた瞳を閉じた。
……それからおおよそ1時間後に、全員が目を覚ます。
そこからは思い出の中ではなく、再びの今の冒険なのであった。
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