異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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師走の晴れた日のこと。
ミナは自分の無限のバッグを整理するため、母の軽自動車のいない車庫に外から見えないようブルーシートをかぶせて中身を出していた。
遮音の魔法をかけて音は漏れないようにして、準備は完了である。
ざらざらとバッグを振ると中身が次々にまろび出てくる。
―――もちろん前世の自分の死体は出していない。
大小10本以上の剣や刀、鎧や胸当て、籠手や戦装束、それに脛あてなども併せて10着ほど。盾は小型のものばかりが3つ。兜はなく、鉢金やバンダナ、リボンなどがいくつか。
弓が7張、槍も3本、斧が4本、魔法の杖が10本以上、それに格闘用の爪やグローブもいくつか。
鞭などのマニアックな武具も交じっている。
いずれもがミナのお気に入りの業物ばかりだ。
そして彼女の持つ勇者のための武具である黄昏の剣と上古の妖精の戦装束。
加えて各種魔法や加護の込められたアクセサリが山のように出てきた。
武具の類だけでこの量である。
いつから整理してないのか全く覚えていないくらいで頭が痛くなった。
何しろ無限のバッグは、中身を覚えてさえいれば念じて手を突っ込むだけで取り出せる便利な収納用品だ。
前世今世一貫してズボラな彼女にはぴったりのアイテムである。
今回、整理しようと思い立ったのは、神森半グレ暴走事件で「神隠し」にした半グレどもの遺品を寄り分け廃棄するためであった。
貴金属などバラせば金になるものはほとんどなかったはずなので、冒険の報酬としては骨折り損のくたびれ儲けである。
―――半グレどもの死体はすべて1週間ほど前の夜、月が地平線に落ちた後に、クリエイト・ゾンビの魔法でリビングデッドに変貌させたのち、錘をつけて南の蒼沫湾に捨ててきた。
沖を目指して歩き続けるゾンビたちは時間をかけて魚に食われてスケルトンとなり、そのスケルトンも魔法が続く限り海底へ向けて歩き続ける。
いずれ海溝に落ちるか、海底に埋まるか……いずれにせよ見つかるのはほんのごく一部だけだろう。
「あーもー……」
ミナは大きなため息をついて、気を取り直すと作業を開始した。
武具を種別ごとに手早くより分け、百均で買ってきた名札シールに名前と識別番号を書いてつけると再度バッグの中にしまっていく。
ノートに同じ番号と名前を書くのも忘れない。
弓は弦を張り直し、剣などの刃にはさび止めを塗り、刀の目釘を検めることも忘れない。
伝説や神話に語られる武具はそれをつけられるのに際して嫌がるような輝きを放ったが、忘れてとっさに取り出せなくよりはましだとばかりにシールを貼ってバッグにしまっていく。
それが終わると次は薬や巻物といった消耗品や食料、それにテントや寝袋といった冒険で使用する宿泊道具やロープなどの便利アイテムである。
それぞれに保存の魔法をかけて、同じくシールを貼ってしまっていく。
その次はマジックアイテムだ。その中には半グレ事件で手に入れたエニヴァの黒筆も含まれている。
そうして4時間ほど作業して、終わったころにはお昼であった。
半グレどもから押収したものは、ごくごくわずかな現金と貴金属を回収したのち、分解の魔法ディスティングレイトによって粉末状に分解されて、すべてごみ袋に詰められた。
それにも識別用のシールを張り、何度かに分けて燃えるゴミに出してしまう予定である。
「はー疲れたぁ……あとは乗り物系と封印物系だけね……続きは午後やるか」
ミナは額の汗を拭くと車庫を出て台所へ向かう。
お昼は溶き卵と刻み葱入りのインスタント醤油ラーメンだった。
そして午後。
まずは一つ目の封印物、彼女曰く「危険な爆弾」が取り出された。
車庫の地面に複雑な文様と複数の漢字を用いた陣を描いてからの作業である。
封印物に万一のことがあれば、この陣……陰陽術の第七位階、逢魔転移陣によって次元の狭間へ放逐するためである。
慎重に、慎重に地面に置いて、ほっと息をつく。
そして精神を集中し、センスオーラを行った。
案の定、それからは青く輝く死の気配しかしないことに気分が悪くなる。
「……「秘されし蒼白き死の精霊」がいる……つまり、放射線はまだ消えてないな……」
裏に殴り書きで「Made in US Army」と記されたそれはいわゆる「核地雷」というやつである。
金剛石の剣を見つけたのと同じ砂漠のダンジョンに埋まっていたもので、遺跡のボスである魔獣が一つ踏んづけて大変なことになった代物だ。
通常核地雷、即ちADMというものは地面に埋められ遠隔起爆される「埋設核爆弾」とでも言うべき対侵攻軍用の防御兵器だが、これは文字通り通常の地雷のように踏んだり強い衝撃を与えたら警告後1分で起爆する危険物である。
なぜそんなものがあったのかはわからないが、バグダンジョンに道理を求めても仕方がないというのもまた道理。
彼女が受肉した精霊であるハイエルフでなければ即死もあり得たダンジョンの核爆発から這う這うの体で逃げ出して、残されたものがこれと金剛石のロングソードだけであったのだ。
「あんときも骨折り損のくたびれ儲けだったなあ……」
しみじみとつぶやくと、濃厚な死の気配が漂うそれに怖気をふるってシールを貼る。
そっとバッグにしまうと蒼白き死の精霊の気配も消えた。
バッグの中で経年劣化し、半減期を超えて起動しなくなるまであと何年かかるかわからないが、少なくとも彼女が生きているうちにはなんとかしたい代物の一つである。
「……本当に製造元かどーかわかんないけど、米軍に処理させるために送付したらどうかしら……いやいやいやいやそれじゃただのテロリストなのだわ……途中で爆発したらシャレにならん……」
世界大戦を引き起こしかねない良からぬ考えを頭を振って消し、ミナは気を取り直して次の物品に挑んでいった。
―――封印物の整理もまた滞りなく終わった。
ミナが封印物と呼ぶ物品は機関銃、ショットガン、レーザーカービンなどなどRPGではシャ●ウ●ンやガー●ス、サ●シリーズやメタル●ック●シリーズに出てくるような近現代・未来兵器が主である。
いずれもが高難易度バグダンジョンの深層でしか見つからない危険な兵器ばかりだ。
ミナはハイエルフであると同時に勇者であり調和神の神官でもある。
浪漫を感じて所持してはいるものの、世界の調和を崩しかねないこれら兵器を使う気はサラサラなかった。
金属以外の精霊は卑金属を嫌い、特に鉛は持っているだけで精霊術の力を落とすため戦闘面でもデメリットが大きく、更には遠距離攻撃は弓のほうが彼女にとってははるかに便利だという事情もある。
宝の持ち腐れであると同時に、あちらの世界のバランスを崩しかねないので、壊すか誰も触れられないよう保管するか以外対処はありえず、核地雷の如き部材の欠片が存在するだけで危険な代物は仕方なく外にも中にも影響を及ぼさなくする無限のバッグの中に保管しておくしかない。
そして冒険者の多分に漏れず、ミナも物を捨てられない女であった。
「ん~この集成主義者の持ってたアサルトライフルもな~壊すにはもったいないしなぁ~」
ぶつぶつつぶやきながらバッグへ放り込む。
「よし、次は乗り物ね!といっても私、魔法のじゅうたんとこれしか持ってないけど!」
そう言ってバッグを振る。
もりもりとその大きさゆえに歪みながら出てきたそれは―――
「あ~好きよ、好きだぁ~このフォルムぅ~~」
角ばった形状の戦車。多少避弾経始は考えられているものの十分ではない。
中心線上に主砲がなく、副砲が装着されている無限軌道車両。
それは間違いなく戦間期から第二次世界大戦初期に開発された戦車であることを示していた。
「九七式中戦車ァ~!大好きチハたん~!」
油で汚れることも厭わず、ミナはそれに頬ずりする。
それは紛れもなく、ミナの言うとおりに大日本帝国陸軍の主力中戦車であった九七式中戦車そのものであった。
密林のダンジョンで手に入れたそれは発見時すでに砲弾も機関銃弾も残っておらず、車体には砲弾が直撃したと思しき大穴が開いていた。
我々の世界から転移したものではないかとミナは推測しているが、証拠はない。
塗装は錆ついて剥げ、内部に遺体なども残っていなかったためだ。
しかし矢尽き刀折れた末の討ち死にと見えるその様に、これは是が非でも持ち帰って修復しなければと決意した彼女は無限のバッグに無理やり入れて持って帰ったのだった。
そして知人のドワーフの匠を訪ね、山人の都を巡り、ようやく修復が終わったのは10年もの長きにわたる大冒険を経た後だったことを昨日のように思い返す。
鉄山の赤い鷹の紋章とうろ覚えの迷彩塗装、そして日本の国旗たる日の丸が彼に描かれたのはその時だった。
砲と銃は修復してくれた鉄山の王国の王から「完全に修理しその動作も確認したが、この道具は山人の禁忌に触れるものであるため弾は渡せぬ」と申し渡された。
前世の世界で敗れたとはいえ最期まで戦い抜いたであろう彼を再び戦場に戻すつもりもなかったミナはそれを快諾し、踏破が難しい荒野での移動に利用していたのである。
その後、彼の砲から複製されたものを巡っての陰謀に巻き込まれるのは別の話であった。
工具を用いて一通り問題がないことを確認すると、ホースとブラシで洗車を行い、乾いたら他の道具と同じくしまう。
こうして特に問題なく道具整理は終わった―――はずだったのだ。
バッグをかぶせながら、ふっとミナは―――チハのヂーゼル発動機の音を聞いたような気がした。
数日後。
「そういえば来たことほとんどなかったのよね、ここ」
山道を超えてたどり着いた場所は神社である。
入口に建つ石碑には「科戸護国神社」と彫られている。
科戸山の中腹に大正の昔から存在する鳥居はきちんと塗装され、朱く荘厳であった。
国家のために殉じた人々の魂を祀り鎮めるために建てられた護国神社は、通常街中やその周辺にあることが多い。
だが、この科戸護国神社は招魂社として建設された大正時代、戦士の御霊は山に帰るという言い伝えを重視した地元民の強い要望でこの場所にあった古い社を増築する形で建設された。
そのため、標高700mのこの場所まで登山しなければ参拝できないため、あまり参拝客はいなかった。
昭和末期のバブル期にはロープウェイを建設しようという動きもあったようだが、バブル崩壊に伴いなかったことになって30年ほどが経過している。
そのため正月も参拝客が少ないのだが、登山客には休憩スポットとして人気があったりする。
そのクソ長い石段のことを忘れれば、であるが。
なぜ出戻りエルフとその従者がここを訪れたかといえば、最近になってこの神社の神主が支援サイトを用いてのバーチャル参拝を始めたということを、ミナが神社のホームページで知ったからである。
「そういう遠隔で財貨や信心集めるのって罰当たりじゃないんですかね」
「あんたも暗黒神官でしょうに。破壊神がそんなの気にしてます、ってオラクル寄こしたことある?」
「そういえばありませんね」
「調和神様も同じよ。神様はどこにでもいらっしゃるのだから。わかりやすく信心が集まる場所として神殿があったほうがいいってだけよね」
「それもそうですね」
長く険しい石段をひょいひょいと足取り軽く上る二人の目の前に、今度は大きな石の鳥居が現れた。
磨かれているとはいいがたいが、掃除がされていないわけではないその苔むした鳥居はこの神社の歴史を感じさせる。
「この鳥居とちっちゃい社だけ残ってたらしいのよ、この神社。それを大正時代に立て直したんだって」
ミナが遠い昔の記憶からほぼ正確な情報を引っ張り出し、手水舎で手と口を清めた。
ルルも続いて行おうとするが―――
作法通りに右手に持った柄杓で左手に水をかけた時異変が起きた。
じゅっ、と熱い湯がかかったような湯気がルルの水をかけた場所から上がったのである。
「あの……ここ、ちゃんと聖なる力残ってますよ……めちゃくちゃ痛いんですけど、この水……」
顔をしかめて痛みを訴える。
傷になっていないかミナが触れるが、ただれたりなどはしていない。
だが、確実に痛みを感じているようだった。
つまり、この手水舎の水にはアンデッドであるルルにダメージを与える聖なる力があるということだ。
ミナはほんの少し集中してみる。
すると、やはりこの神社は聖なる力を社殿や手水舎など一部ではあるが微かに放っていることがわかった。
「……あ、マジだ。こっちの世界神様いるんだ……すごい。大発見だ。魔法が使えたからそうかもとは思ってたけど……」
「うそつきぃ……こっちの世界に神はいないって言ったじゃないですかぁ……」
「ごめんって!証拠の一つもないのにいるなんて言えないわよ!」
ぐいぐいと恨めしそうな涙目で袖を引っ張る少年の頭をなでながらミナは弁明する。
「……実は意外とやばいのか、こっちの世界?」
「しーりーまーせんよー……ここが神殿なら僕は長居したくないですよっ!」
「そうね……私はお参りして戻ってくるから、ちょっとここにいてちょうだい」
普段物静かでミナの言うことなら大体何でも聞いてくれるルルが嫌がる数少ない事物が、善神の神殿に寄ることである。
流石にここまで来て何もしないというのはもったいないため、お参りしてお札とおみくじくらいは買ってこようとミナは足早に境内を歩き出した。
それらを終えて戻ると、不貞腐れるルルをなだめて石段を下りる。
予定が狂ってしまったので、ならば山頂まで登ってやろうと石段の最後の段を下りた時に、ふっと声が聞こえた。
―――気をつけなさい。
優しい男性の声が。
「!?」
驚いて振り向くが、そこには何もない。
「……ルルは聞こえた?」
「いえ。一瞬聖なる気配が膨れ上がったと思いましたが、それだけです」
ルルには何も聞こえなかったが、気配だけは感じたようだ。
声も気配も調和神のものとも、会ったことのあるどの神や邪神とも、先日救出したヒトコシノミコトとも……当然ドミネーターとも異なるものだ。
つまり、この護国神社の祭神の、あるいは祀られた英霊たちの警告としか思えないものであった。
「……清水さん、やっぱりこっちの世界もファンタジックなものあるみたいよ……」
そうつぶやくと、心の中で警告をしてくれた存在に感謝をして山頂を目指すのであった。
その朝、夢を見た。
森人は眠っているとき滅多に夢を見ない。
存在が生物に近いただのエルフでもそうなのだから、精霊に近いハイエルフは年に一度も見れば多いほうだ。
正確には夢を見ていたことを認識できないというべきだろう。
”記憶の整理が夢の役割であるが、エルフたちは長く生きる分その機能も優秀なのだ”とかつてミナが師事した古代語魔法の達人は言っていた。
曰く、只人や小人が頻繁に夢を見るのは、無意識による記憶の整理が不完全で、意識がそれを覚えているという間違いを起こしてしまうからなのだ、と。
それが正しいかどうかは実験をしたわけでもないミナには言えない。
ただ、事実として魂が地球人との混じり物であるミナもまた、只人や地球人に比べればはるかに夢を見る頻度は少なかった。
せいぜい月に一度、それも前世の夢を見る。
それもおぼろげになって半世紀は経っていた。
こちらの世界に戻り、前世の自分の記憶を吸収、合一したはずのミナであるが、帰ってきて一度見たそれは前世の夢が鮮明になっただけだ。
だからこれはおかしい。
こんな記憶は彼にも彼女にもないと断言できる。
杏色の着物を彼女は身に着けている。
こんな和服を着たことが彼にも彼女にも存在しなかったからだ。
どうやら田んぼと田んぼの間の農道に立っているようだ。
夢らしく、体は自由に動かなかった。
ざぁ、と気持ちのいい風が駆け抜ける。
金色の波が夕日に映えて、美しいと思った。
―――**さん。
自分ではない自分の声が、口の端から洩れる。
―――もう帰ってきてはくれないのね。
その手には一枚の手紙。
何と書いてあるのかはわからない。
ただ、とても悲しいことだけが、頬を伝う涙で分かった。
―――どうして。
杏色が汚れるのも厭わず、彼女は大地に頽れる。
くしゃり、と地面と触れて手紙は元の形を失った。
―――どうして。
手紙をかき抱くように握りしめ、彼女は嗚咽した。
嗚咽して、懐から短刀を取り出しそれを自分の―――
「ふぁっ!?」
ミナはベッドから転げるような勢いで飛び起きた。
時間は午前9時。バイトから戻った彼女が母を見送って眠りについて30分ほどした時間だ。
魔法のチョーカーの力を借りて、常日頃から日に1時間ほどしか眠りを取らない彼女であるが、眠って30分で起きてしまうことはごくまれであった。
「なんだあの夢……?」
くしゃくしゃとわずかな間についてしまった寝ぐせをつぶすように髪をかく。
「……わからん……頭が回らん……もっかい寝よ……」
くぁーと大あくびをかいて、日誌を書くルルの怪訝な瞳を無視して横になる。
今度は夢は見なかった。
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