異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第126話「実験は成功みたいだな」

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夕はその頃、ぬえ子がすやすやと眠るベッドを見下ろしていた。

 

「……随分と安らかに寝るものだ」

 

呆れたように、どこか羨ましげに。

 

「ねーちゃんも大変だからなあ……」

 

恋がだいぶ大きな猿の腰掛けの仲間と想われる木に張り付いた半月状のきのこに座って、ふぅ、と息をついた。

 

「つぐみねーちゃんとみはるねーちゃんが地下アイドルめいたことやってることもあって、あんまり学校で評判良くないみたいなんだよね、ぬえ子ねーちゃん」

 

頬をぽりぽりと掻きながら恋はため息をもう一つついた。

 

「ふむ、情報源は?」

 

「クラスの女子。そいつの姉ちゃんがぬえ子ねーちゃんの同級生らしくてさ。その関係で聞いたんだ」

 

夕の言葉にそう返して、ぬえ子の顔を覗き込む。

 

そんな恋もまた、家庭の事情でひどい目にあってはいた―――それもぬえ子と比べるまでもなくひどい境遇。

 

それを鑑みれば、確かに学校で孤立しているくらいではそこまで大変だと彼女には思えなかったのだが―――

 

人それぞれなのだ、ということをこの少女は身を持って知っていた。

 

彼女は「まあ学校くらいどうにかなるっしょ」と笑う。

 

事実、歌自慢大会の練習をしていた時期、ルルやミナと話しながらだんだんと軽い話もするようになっていくのを夕は見ていたので、まあどうにかなるだろう、と考えていた。

 

「しかし脳天気な顔で寝ているな。よほどいい夢を見ていると見える」

 

ごろん、と眠り姫らしくもなく寝返りを打った彼女の顔を見つめて夕はそう感想を漏らした。

 

少し離れて瞑目している空悟を見やれば、そのまま居眠りをしているようだ。

 

「今野殿、休むのは良いが肝心なときは起きてほしいな」

 

声をかけると、「あっすまん、寝てた」と目を覚まして少女たちへと振り返った。

 

そうして周囲を見回して、「異常はないな……」と言って夕らのほうへと歩いてくる。

 

「通信はどうだ?」

 

「ああ、問題はない。超光速粒子緊急通信は問題なく……電波通信も地面をすり抜ける程素通しだからな。妨害はあるが問題はない」

 

夕が答えると、なら安心だ、とばかりに今度は恋が腰掛けているきのこの隣に腰を下ろした。

 

そうして空悟はまた瞑目する。

 

今度は居眠りではなく、何かを考えているようであった。

 

しばし、そのような時間が流れ……静寂が空間を支配した。

 

「しかし、三郎ならこの子やこの子の親御さんを救出したら、そのままこの空間を破壊することなんかはできないんだろうかな」

 

空悟は空を見上げてそう笑った。

 

「そりゃあ……ここにもなんか生きてるのがいるみたいだし、それを殺しちゃうのはどうかと思うからじゃないの?」

 

恋がポシェットからスナック菓子を取り出して食みながらそう返すと、空悟は「まあ、そうだよな」と言ってまた沈黙した。

 

沈黙は長く続き―――やがて、夕が一言言った。

 

「待て、何かおかしい」

 

「……?何がおかしいんだ?」

 

空悟が目を開けて彼女に目を合わす。

 

合わされた少女型の人形は「空間の歪みが検出された。それも、普通のものではない」と答えて立ち上がった。

 

「普通じゃないだって?」

 

空悟は同じく立ち上がって、一〇〇式機関短銃を構えて周囲を警戒する。

 

「この空間は異様なほどに平坦だ―――重力が存在するにもかかわらず、それによる空間の歪みを検出できなかった。だが、今はまるで傍に大質量の天体があるような反応を示している」

 

それは即ち―――

 

「外からなんか来るってこと?!」

 

恋が鎌を虚空へ向けて、ギリと奥歯を噛み締めた。

 

夕にそう聞いた恋だが、しかし彼女もまたある意味では理解していたのだろう。

 

何が来るのか。

 

何が―――外から侵入しようとして来ているのかに。

 

木々の間の青空を三人は見つめる。

 

徐々に青空との境目なき雲が歪んでいくのがはっきりと見えた。

 

バリン。

 

まるで薄い硝子を殴ったような破砕音。

 

それとともに空間が赤く、赤くひび割れて―――そこから、桃色の闇が顔を出した。

 

「……あたい、一角○獣だっけか。あれ好きなんだよね」

 

「ああ、俺も好きだよ。でも、あんなエログロで教育に悪い物体に真似してほしくなかったぜ」

 

冷や汗を流しながら二人はそう声を掛け合い、その間に夕は殺人光線を高出力で放った。

 

「―――チ。効果なし。あの穴から向こうは物理が通用する空間ではなさそうだ」

 

眉をひそめて、ガントレットとブルーリボンを装備しながら夕は一歩下がった。

 

「お前たちも下がれ。来るぞ」

 

その静かな言葉に、二人もまたジリジリと後退る。

 

そうして十数秒もたっただろうか。

 

その穴から桃色の闇が―――蠱惑的で艶っぽい印象を隠しもしない桃色のスライムがばちゃりと水音を鳴らして大地に垂れ落ちる。

 

『ぐ、ぶぶぶ……お、出迎え、ありが―――とう、ね?』

 

「出迎えてねえよ!くそっ!そのおふくろの顔をやめろや!!」

 

エネルギーボルトを放ちながら、恋は怒りを女にぶつける。

 

あくまで柔和な笑みを絶やさない―――恋の母親の顔で、恋が見たことのない表情をして。

 

それが恋の怒りに火を注ぐ。

 

しかし、その怒りを邪神の眷属が意に介することはない。

 

ボス、ボスとエネルギーボルトが着弾するが、それが効果を及ぼすことはなく。

 

『ぐぶぶぶぶ……あぁら……いない、の、ね……ゆーしゃ……様……らっ……きー?』

 

にぃ、と唇を半月に割って女は哂う。

 

「くそ……ダンジョンにいた本体の方かあんたは!」

 

空悟がロケットランチャーを構えて女に聞くと、『ご、め、いとう~……肉・宴・胞・浸……ぐぶぶぶぶぶ』とくぐもった声で返してきた。

 

その証拠を示すかのように、恋の撃ったエネルギーボルトを体内から取り出して愛おし気に撫でた後、自分の腹に突き刺して「食う」。

 

「……現象が時間的に停止させているのか。特級脅威と判定」

 

夕が二人を守るようにスライムとの間に立ちふさがり、そうして―――偽装用の躯体は彼女の感情に合わせてか、冷汗を一筋流していた。

 

「畜生!あたいたちの攻撃、このままじゃ全然効かないじゃん!」

 

恋が悔し気に叫ぶと、『あき、ら、めぇて……こちらぁあぁへえ……いら、っしゃ……い?ぐぶぶぶぶぶぶ……』と桃色の闇は楽しげに笑う。

 

目標は変わらず恋の拉致のようだ。

 

「警官の目の前で拉致なんざさせるものかよ!」

 

空悟が吠えて―――そして、ミナから預かっていた今津鏡を握り―――十七岐大蛇がドロップした兜のようなものをかぶった。

 

『無駄……むぅだぁ……ぐぶぶぶぶ……』

 

楽しげに、至極楽しげに、蹂躙する虫を見るような目で女は空悟をあざ笑う。

 

それに対抗するすべがないことは重々承知の上。

 

しかし、ここで恋やぬえ子を奪われるわけにはいかない。

 

そして―――そして。

 

水門三郎であったミナ・トワイライトは、根拠なく人を信頼することはない。

 

彼であった彼女が、この邪神の眷属の襲来があるかもしれない今、この場を三人に任せたのであれば、それは。

 

空悟は吶喊し、今津鏡にて桃色の闇の胸を薙ぐ。

 

『やぁだ……おさわりはぁ……だぁめぇよお……ぐぶぶぶぶ……』

 

その攻撃が自分を冒すことはないとわかって、女はわざとそれを受ける。

 

それもわざわざ身を捻って、乳房を切らせるように。

 

「くっ!?」

 

粘液を触手として、女は空悟を捕えんと其を放つ。

 

『だぁめよぉ……にぃがさなぁぁぁい……快・楽・浄・土……』

 

そうして女は空悟を引き倒して―――その腰にまたがった。

 

そうだ。この女は、カバの魔王と同じように空悟を食い散らかそうというのだ。

 

「くそっ!ふざけやがって!」

 

空悟は自由になっている左腕で拳銃を取り出し、3回撃った―――しかしそれは粘液に少しめり込んだだけで効果を及ぼすことはなく、チンと小さな音を立てて地面に落ちる。

 

「今野殿!」「おじさん!」

 

二人の絶叫が聞こえ―――べちゃり、と女の股が空悟の腰に落ちて―――

 

『……?』

 

女はきょとんとして、粘液に覆われた空悟の腰を見た。

 

『……あ、れ?』

 

不思議そうに首を傾げて、そして空悟の顔を―――見ようとした。

 

見ようとして、目に入ったのは―――光り輝く兜。

 

それはまるで―――

 

『は……じゃ……!?』

 

女の瞳―――らしき部分が驚愕に見開かれる。

 

それは即ち、兜が破邪滅神の蒼き光を放っていたからに違いない。

 

「なんだこの兜!?急に光り出したぞ!?」

 

「解析―――金髪女の槍と同じ組成の特殊な光線が出ているな、それは」

 

自分に乗っかっているスライム娘と同じく驚愕する空悟に、夕は冷静にそう答えた。

 

「そんなことより早く脱出しろ!奥方に浮気と伝えるぞ!」

 

夕が機関砲を女に向けてそう叫ぶと、空悟は「それは勘弁してくれ!」と叫んで、今津鏡を一閃。

 

自分に乗っている女の胴を真っ二つに切り裂いた。

 

そうして四つん這いでシャカシャカと虫のような体で抜け出し、夕と恋のところまで帰ってくる。

 

「大丈夫かおじさん!」

 

「あ、ああ……しかし、これはいったい……?」

 

空悟の頭を再生しつつも呆然と見つめるスライム女へ視線を向けて空悟は訝しがる。

 

―――それは。

 

 

 

その頃、森を歩いていたミナはピクリとその長い耳を震わせていた。

 

それからニィと意地悪そうに笑って、「実験は成功みたいだな」と男の口調で言った。

 

「やはりそういうことですか。彼らの成長の速さを見れば、そうではないかとは思っていたのですが」

 

ルルはニコリと笑ってミナを見る。

 

「最悪、取って返すべきかと思ったが、何のことはない。あの兜は空悟を選んだ」

 

「何の話なのです?」

 

岬に顔を覗き込まれて、ミナは「あなたたちの力がよくわかったのよ」と彼女に抱き着いた。

 

「わわっ!?何をするのですか!?」

 

「あなたたちは勇者ではないけれど、地球人はそれに近い何かを持っている―――」

 

ミナはそう歌うように喜ぶと、「目にもの見さらしたるわ、くそやろうめ」と小さな声で呟いた。

 

「ふむ……何か重大な事実が分かったというわけだな?」

 

廻が顎に手を当てて笑う。

 

「そうです。最悪の場合に備えて、リジェネーターとか復活薬とか置いてきましたけど、無駄になりそうで良かったですよ」

 

ミナはそう笑って岬から離れた。

 

「もう!いきなりなんなのですか!説明してくださいです!」

 

「詳しいことはまた後で言うわ。ともあれ、これでぬえ子ちゃんたちは安全なはずよ―――」

 

ミナはそう言って―――後ろを一瞬振り返って親友を心の中で激励するのであった。

 

 

 

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