異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「率直に言うと、お前が先にグロッキーになるとは、俺は思っていなかったよ」
3つほど罠を食い破ってたどり着いた森で、目の前で腰砕けになって赤い顔をしているミナに、空悟はそう言って肩を落とした。
「や、やかましい……ここを突破できなきゃ仕方ない……」
バッグから小瓶を取り出してミナは中身を素早く飲み込む。
中身は鎮静剤のようで、すぐにミナは顔色がもとに戻っていった。
「あんのクソババァ……エルフに一番効くように術を作ってやがる……!」
「因みに僕にはまるで効きません。僕は肉体に影響するバフもデバフも完全無効なもので。イーニラの術は物理的なものなのですよ。あの女は知らなかったでしょうけどね」
ルルがミナに出来るだけ触らないように、気付けのポーションを渡して微笑んだ。
「あー、空悟さんはあまり近づかないでください。僕もですが、異性に近寄られると更に亢進するので、この術式は」
ルルがそうしてすっと後ろに引くとミナは立ち上がって、目の前のピンク色の触手の群れをジト目で見た。
「……どう見てもエロトラップダンジョンなんだがよ、真面目に付き合う意味、あると思うか?」
「なんだよそのパワーワード……」
結婚して以来特撮以外のヲタ趣味から離れている空悟は、最近―――と言っても数年前にSNS関連の入力した名前による診断を行うツールによって生まれたその言葉を知らなかった。
しかし、目の前の森がピンク色の触手に覆われているのを見れば、当然それがエロ用のなにかだとは想像がつく。
「焼き払うべきだと思いますです。或いは、防御魔法ガッチガチにして進むべきなのです」
ミナより遥かに魔法への防御が弱いはずの岬は、ピンシャンして杖を触手へと向けた。
「……そうね。触手を相手しないと次に行けないってわけじゃないみたいだし」
ミナはハアと大きなため息をついて―――
『ちょっと待てい!そのまま焼き払えば扉は開かぬぞ!ここまで来るのも我が罠をすべて力業で解いてからに!』
祖母の盛大な文句が聞こえた。
「やかましいわ!あんなもん私らの術とアイテムがあればなんの意味もない!1500円かそこらの同人エロゲーじゃねえんだぞ!!」
ミナは激高し、触手へ向けて詠唱を始める。
「優しく麗しく淫らなる森の乙女ドライアードよ!森の王エントの許しは出た!この地に巣食う我が敵をその腕に抱き、永遠に甘き眠りにつかせなさい!」
ミナが腕を振り上げると、辺り一帯から大量のドライアードが現れ、片っ端から触手たちを「枯らせて」いく。
精霊術の第七位、エナジードレインを広範囲に掛けたのだ。
『ほ、ホホホ……ここでドライアードの術とは!無駄なことを……我が何者か知ってやっているのだろうな、我が孫よ!』
「知ってるわよ!だから、これを着て!これを持ってやってんのよ!!」
祖母が声を震わせながらも勝ち誇るが、ミナはそれをあざ笑うかのごとくに黄昏色に煌く剣を掲げる。
その体を覆うのは、薄緑色の植物の葉を模した装束―――
即ち、それは。
『ま、まさかそれは……!た、黄昏の剣!それに上古の戦士の装束!な、何故そなたが黄昏の氏族から永遠に失われた宝を二つも!!』
黄昏の剣は勇者の装備にして、太古―――エルフの王の証として上古の森の民が、その髪を集めて素材とした王の剣。
虹の帝が滅び、上古の森人たちが世の支配という凡俗の仕儀より離れて後に調和神ディーヴァーガが拾い上げ、破邪滅神の力を賦与したもの。
そしてその装束は何千年も前にある勇者のためにハイエルフの古老とドワーフの匠が作り上げた勇者の鎧だ。
即ち、それは上古の森人が操る精霊たちに―――
「あんたの操る精霊が如何にあんたとの契約に縛られようと、正常の精霊への絶対の支配権を持つこの二つがある以上、何もかも無意味よ!!」
そうしてミナは怒りに燃える表情のまま、枯れた触手を焼き払うために。
「―――偉大なるロジックよ!寄る辺なく燃える炎を我に!玉となり丸となり弾となし燃やし尽くせ!ファイヤーボール!」
火球の魔法を全力で放り投げた。
投げて着弾するまでにあった触手はすべて焼き払われ、そしてミナは憤怒を崩さぬままガニ股でノシノシと歩いてそのまま透明な壁の前にまで立つ。
『や、やめよ!せめて最低限のルールくらい……!』
「うるせー!やかましい!エロトラップダンジョン相手に真面目にやってられるか!!」
虚空からたまらず現れたババァを、ミナはそう叫んで睨めつける。
『そ、そんな……その大平原の小さな胸を大きくしてやろうと、ここの触手には色々仕込んでおいたのじゃが……』
「いるかばーーーーか!!てめえや母上の血を引いてんだから、後1200年もすりゃあ勝手にでかくなるわい!でかくならんとも一向にかまやしねえけどな!!」
怒りのままにそう叫ぶミナを見て、「うーん、時間的なスケールが違うのです」と岬は呆れ気味に焼けた地面を見た。
「ま、それはいいだろ。おーい!任せて良いのかー!」
「あたりきしゃりきのこんこんちき!そんじゃあ、この透明の壁をぶっ壊しますかぁ!」
ミナはそうして精霊へと呼びかけていく。
「四界の王たる者たちよ!我が触れたるものを契約の軛より解き放ち給え!塵は塵に、灰は灰に、精霊は自ら然るべき姿へ還るべし!」
地水火風の上位精霊と契約したものだけが使える、それ以下の精霊の総てを契約から解き放つ術―――エレメンタル・キャンセレーションが発動する。
地水、そして氷の精霊の力を使って作られたと想われる水晶の壁は、一瞬で跡形もなく分解されていった。
「よし!ババァ、待ってろよ!いいか!絶対に逃げるんじゃねえぞ!!」
『お、おのれぇ……!ずるいぞ、孫!』
「私がずるいならアンタは自分勝手なの!いいか!幽閉してグリッチ・エッグに連れ帰って、父上と母上に土下座させたっからよ!覚悟してろや!!」
それと、なんでこっちの世界に妖精郷の入口を作れたのかもきっちり糺さなければ。
ミナはそうしてその先を―――崖になっているその向こうを見た。
そこには池―――湖レベルの巨大な池が存在していて―――
そのすべてがピンク色の粘液で満たされていた。
「なんなんですかこれは……」
「解析―――現在は質量増加は認められない」
岬が怯えだしたので、彼女を背に隠して廻はそうミナに言った。
「……流石に私は頭痛だけではなく、吐き気までしてきたような気がする。私にそんな機能はないはずなんだが」
夕が渋い顔をして眼下のピンク色の粘液の池を見てうんざりとした声を上げた。
空悟は「これ全部あのスライムかよ……」と口をへの字に曲げている。
そしてその池の中心に――― 十字架型の棺があって、そこにぬえ子の父が横たわっていた。
「……よし。此処まで来たら問答は無用。一気に粘液を殲滅しに行くわよ。空悟、火炎放射器を博士から預かってるからこれ使え」
ミナは無表情でバッグからランドセル付き大容量火炎放射器を取り出して空悟に預けた。
「お、おう……大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ……そろそろまたあの状態になりそうだよ。マジでお前にも岬ちゃんにもなんの影響も出てないの?どうなってんの?」
心配して空悟が聞くと、ミナはそう言って空悟から2歩離れた。
よくよく見れば瞳は潤んでいるし、頬は怒りではない何かで赤くなっているし、膝も小刻みに震えていることに気づいて空悟は顔を手のひらで覆って天を仰いだ。
「ルルゥ……鎮静剤と気付け薬頂戴……」
「承知しました。全くあの女ときたら……」
ルルは素早くミナの所望の品を渡して、空悟の隣まで下がる。
そして「まだいけますか?辛いなら、僕が行きますけども?」と聞いてみた。
するとミナは「いやいい……その言葉でもなんかキラキラした感じで無駄なときめきを感じる時点でもうやばいからさっさと前に進むわ……」と苛ついた答えを発する。
「ならいいですけど……」
ルルがそうして、すぐに湖の粘液を焼き払うために術を唱え始める。
その直径1kmはありそうな湖を蒸発させるに相応しい、火葬の魔法である。
「世界を支配する偉大なるロジックよ。地獄の業火を呼び覚ませ。我が前のものすべてを焼き尽くし原初の姿へ葬送せよ。フレアー・クリメイション!!」
ルルがそう唱えると、ファイヤーボールの魔法の何倍、十数倍もある火球が生まれて、それが湖へと落ちていった。
「大丈夫か、アレ」
空悟がぬえ子の父を巻き添えにしないか、と心配する。
鎮静剤と気付け薬が効いてきたミナは、それを見て「なーに。妖精の涙は物理的なダメージを与える魔法じゃ壊れないし、中のものにも影響はねーんだぜ」と嘯いて、自らも同じ魔法を詠唱し始めた。
着弾した火葬の弾は、湖の四分の一ほどを消し飛ばすが、中央に浮いている棺にダメージを与えているようには岬にも空悟にも見えなかった。
「ようし!そういうことならあたしたちも行くですよ、廻さん、夕ちゃん!」
岬が翼をはためかせ、湖へと飛んでいく。
それに合わせて、廻と夕も崖から跳んでいった。
「―――来たですよ!あのスライムなのです!!」
岬がそう言うと、確かに湖からは大量の人型スライムが行進し始めているのが見える。
その顔は、ミナであり、岬や恋であり、或いはそれのどれでもない姿をしていることが見て取れた。
「―――なあ、三郎。なんか俺の嫁とか娘の顔も見えるんだが?」
「そりゃそうだろ。あいつはオレやお前らの記憶から印象深い女の顔と記憶を拾ってんだろうよ!」
憎々しげにそう答えると、空悟は「よーし、お父さんふざけたスライムをぶち殺しに行っちゃうぞー」と半ばおどけて―――しかし表情は目を細めて不気味な笑みを浮かべたまま。
―――あ、キレてるな。
ミナがそう思った瞬間、親友は「ブッッッッッコロス!!!」と絶叫を上げて垂直に近い崖をニンジャめいた走行で駆け降りていく。
粘液との最後の戦いはこうして始まったのであった。
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