異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第133話「私の思い出の品で、縁起物で、何より好物です」

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「あー大変だった……」

 

ミナは遮音の魔法を部屋に掛けて盛大にため息を吐く。

 

スマホを見れば、時間はもう午前2時を回っていた。

 

「す、凄まじく眠いのです……」

 

岬が眼をしょぼしょぼさせながら、ミナの隣にへたりと座る。

 

恋とぬえ子を家に戻し、ルルが掛けた幻覚の術を解いて帰ってきたのがこの時間である。

 

「明日起きられるか不安なのです……」

 

「安心してください、僕が起こしますよ」

 

ルルが微笑んでそう言うと、ミナも「じゃあこのチョーカー使う?便利だったでしょ?」と笑った。

 

「うーん……寿命が10時間縮むアイテムとか使いたくないのですが……」

 

岬はミナの提案にしばし悩んで、「やっぱりいいのです。眠気は魔法でどうにかしますです」と返した。

 

「そうね。それがいいわ」

 

ミナは微笑み、岬にパジャマを渡し―――それから相羽副市長に掛けたと同じ浄化の魔法を唱える。

 

「世界を調律する我らが祭神よ。遍く穢れを清め給え、遍く汚れを祓い給え。ピュリフィケーション―――とりあえず今お風呂入るとカーチャン起こすかもしれないからこれで我慢してね」

 

「はいですよ」

 

二人は手早く着替えてベッドにもぐりこむ。

 

勿論、ルルは押し入れに閉じ込めてからだ。

 

「んじゃ、おやすみ」「おやすみなのです」

 

そうして電気が消される。

 

ルルが日誌を書くために押し入れから這い出してきたのは、それから50分ほど後。

 

ミナが起きる数分前のことであった。

 

「さて、日記を書きましょうか」

 

少女たちの寝息しか聞こえない部屋で、机のスタンドライトを点灯し、静かにバッグから日誌を取り出す。

 

その瞬間。

 

『絶対嫌がらせしてくれるわぁ~~~!』

 

地獄の底から聞こえてくるような美しい声が聞こえた気がして、彼は心の底からうんざりする。

 

「いつか適当な霊地を見つけたら封印してしまおう……」

 

その呟きは誰が聞くこともなく虚空へとかき消えていくのであった。

 

 

 

明けて翌日。

 

バイトを早上がりして、ミナたちは市役所まで来ていた。

 

「水門ミナさんと水門ルルさんですね。会議室で副市長がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

髪をポニーテールにした受付のお姉さんに促され、市役所の小会議室へと案内された二人は中に入る。

 

―――するとそこには。

 

「よう、愚息。何してくれてんだお前は」

 

機嫌の悪い母が鎮座していた。

 

「か、カーチャン……何故ここに……?」

 

「もちろん私が呼んだんだよ、水門くん」

 

その隣にはぬえ子の父がバッチリいて、約束を何も違えていないと示している。

 

うう、と怯むミナを半ば無視するかのように茜は天井を見上げて、そして大きなため息をついた。

 

「副市長さんに迷惑かけたわけじゃないからいいけど、本当にどこまで手を伸ばす気なの、アンタ」

 

危険があることに首を突っ込むのは致し方無いと前に言った彼女だが、やはり心配は変わらないようで、ミナの顔を見てまた小さくため息をついた。

 

「そりゃあ、もちろん伸びるところまでは伸ばすよ。それにしてもなんでここに……?」

 

ミナがパイプ椅子に座りながら聞くと、茜は「そりゃ、私は水道局の人間だからね」と意味深な笑いを浮かべてコップの中の水で唇を潤す。

 

その態度にミナは「……市はこの街になにかおかしなもの……グリッチ・エッグのものが存在することを確証はないものの知っていた、って副市長さん言ってたよな……」と眉をひそめた。

 

「水の流れは永遠で、流転し、それを統制するものはグリッチ・エッグでもこちらの世界でも権力者となっていきました。つまり、そういうことですか」

 

ルルは出されたお茶をズズ、とすすって微笑んだ。

 

「最初からお義母様はなにかすごく物分りがよくあらせられた。そこが少し引っかかっていたのですが、どうやらその答えが出たようですね」

 

三郎が転生して戻ってきたというミナ、そして人間の体温を持たないルル。

 

その耳は長く尖り、地球人が持つことはありえない。

 

それらをただ「ヲタクだから」という理由で完全に信じ切るというのは―――

 

「そういう存在がもとからあるってことを知ってた、ってことか……」

 

ミナは頬をポリポリ掻いて、茜に向き直った。

 

「カーチャン、怒りはしねえけどもさぁ……言ってくれりゃ良かったのに」

 

「ストレートに言ったらアンタが無茶するのがわかりきってたからだっつうの」

 

そんなミナの心を見透かしたような言葉を放ち、ヤカンの中のお茶をミナのコップに注ぐ。

 

「まあ、そりゃあ……でも……うーん……」

 

ミナはどう言葉を紡いでいいか悩んでしまい、腕を組んで唸り始めてしまった。

 

「まぁまぁ。お義母様が知っているというのなら大変好都合です。副市長殿や空悟さんのことも含めて、公的機関の援助が見込めるのは大きい」

 

ルルは冷たい緑茶を飲み干して、そう微笑む。

 

「まぁ、そうね……SMNはともかく、改の会はいずれ特撮めいた事件を起こすのは明白だもんね……」

 

ミナがそうつぶやくように、もしあの人型戦車が街に出れば多大な被害があるだろう。

 

それを止められるのは現状、目の前にいる勇者とその従者、そして仲間たち以外にはありえない。

 

確かにこの神森市には自衛隊の駐屯地があるが、そうそう簡単に陸上自衛隊が街中に出動できるはずもないのだ。

 

「まぁ、そういうわけだから水道局が把握していることを貴方に―――そのうち教えるわ。こっちも整理しないといけないからね。何しろ管理要員、この二十年間私だけだから」

 

「マジか……」

 

肩をすくめる母にそう問いかけると、答えたのは副市長であった。

 

「それはそうだろう。そんな非現実的なこと、目の前で起きなければ誰も信じないし、もし映像や記録に残せないのであれば誰も幻覚を見たと思い込むだろう―――商店街の事件のようにね」

 

ここまでほとんど沈黙を保っていた副市長は、そう言ってギシリと軋むような笑みを浮かべた。

 

「事件のすべてが君たちの世界の何者かが持ち込んだものであれば、私は君たちに要請するほかない。それらを殲滅してほしい、とね。ああ、報酬はもちろん用意しよう。何がいいかね?」

 

ミナは相羽新司副市長のその言葉に、微笑んで頷いた。

 

「出来うることならば、高校卒業の認定試験を私と我が義弟、従僕たるルル・ホーレスが受験できるよう取り計らっていただきたく。後は……いくらかの便宜をいただければそれで満足です」

 

その言葉に副市長は「その程度なら問題はあるまい……と言うか、書類さえ揃えられれば受けられるはずだが……」と答える。

 

「それがそうでもなくて……外国人どころじゃないんで、私達」

 

ミナがそう言うと「戸籍はもう日本人でしょ?」と母が言ったが、「なんかそこらへん中卒認定を最初に通らないと駄目っぽい。それが面倒だから聞いてるんだよ」とミナは返して嘆息する。

 

「まあ、その程度の便宜なら友人に頼めばなんとかなるだろう。一足飛びに高卒認定試験を受けたいと言うだけならば」

 

それに満足して頷いたミナは「では、此度の報酬……十瑚元議員の居場所を確認したく存じます」と真顔で聞いた。

 

副市長は茜に軽く首肯すると、同じく会釈した茜がメモを一枚ミナに手渡した。

 

「結構な秘密情報だから、慎重に扱いなさいね。できれば、覚えたならこの場で焼き捨ててほしいのだけど」

 

「オレはハイエルフだぜ。記憶力っつったら、只人の何倍もあるぜ」

 

ミナはそんなもんそこまで欲しくなかった、と言う顔でその紙を受け取って、その内容を見終わったらサラマンダーを呼び出して跡形もなく燃やし尽くしたのだった。

 

「カーチャン、副市長。ありがとう。それじゃ、また……」

 

ミナはこれで話は終わったのだ、と立ち上がる。

 

「今日は一緒に夕ご飯作ろう。な、カーチャン」

 

「いいよ。それじゃ、また家でね」

 

そうして茜の下で義理の姉弟となっている二人は部屋を出ていく。

 

その姿を見つめながら、茜は「やれやれ」と肩をすくめ。

 

―――彼女の娘であり息子であるものに助けられた男は、ねぎらうようにその茶碗にヤカンの冷茶を注ぐのであった。

 

 

 

「―――っていうわけですね」

 

ミナはそうして崎見老人から初代ジープ・グラディエーターの所有文書を受け取りながら肩を落とした。

 

ようやくにして自動車免許を取ったミナは、堂々とその書類を受け取る資格を得ていたのである。

 

「なるほどねえ、君も大変だ」

 

崎見老人は書類を渡すと、すぐにコーヒーを淹れるためにカウンターに入って苦笑した。

 

「ま、君たちとしても好都合だったのだろう?私からは、ご愁傷様としかいいようがないな。実際には試験を受けられるというだけでしょう?」

 

それもまあ、仕方あるまい、とミナも崎見老人も、向こうの方でデブいおっさんを相手にしているルルも同じようなことを思っていた。

 

「まあそれでもかなりマシです。私、こちらの世界では中卒ですらないので、高卒認定試験受けられるか怪しかったもので……中卒認定受けてってなると面倒くさくて」

 

そんな事を言うミナのバッグの中には、先日までの運転免許資格のための教本だけではなく、高校の教科書や参考書が詰め込まれている。

 

「それならいっそ夜間学級などに通ったらどうかね?この街にもいくつかあるはずだが」

 

老人はそう言うが「高校までの学校には馴染めそうにないんで……」と勇者は遠い目をした。

 

その遠い目を目撃したルルは、50年以上前に賢者の学院でミナが起こした騒動のことを思い返す。

 

―――あの時は本当に大変だった。

 

嘆息しつつ、目の前のデブのおっさんからの注文を書き終えた。

 

「注文を承りました。それでは、少々お待ち下さい」

 

ケーキだけではなく軽食もいくつか頼んだおっさんを一瞬見て、ルルはニコリとする。

 

その笑顔に手をふるおっさんを見て、(僕やミナさんが目的で来ている……食料としては豚のステーキなどのボリュームあるものを食べたいタイプだな、アレは)と気づかれないように小さくため息をついた。

 

このところそういう客が増えているのはわかっていたが、メニューの不備は否めないな、とおっさんの容姿にも格好にも一切の関心を寄せずにルルは注文書を崎見老人に手渡す。

 

「杏のタルトとチーズケーキ、カロリーオフコーラにクラブサンドとペペロンチーノ入ります」

 

ミナは自分ならペロリだな、と思いつつも流石に食べ過ぎでは?と席に座って何故か幸せそうな顔をしているおっさんを見て、内心で心配するのであった。

 

―――それから2時間ほど経って、営業時間も終わりを告げ、ミナたちが厨房でまかない飯を作っているところへ場面は転換する。

 

「……冒険者風の新メニュー、ですか?」

 

ミナはきょとんとして目の前のダンディな老人に聞き返している。

 

「そう。ここ『思い出鏡』はファンタジーでファンシーな喫茶店だけどね。店を続けるとなれば漫然とそれだけを続けるだけではいかんので、ハイファンタジーフェアなどをやってようかと思うんだ。前はそんなことをする暇も売り上げもなかったが、今は君たちのおかげで売り上げは倍増しているのでね」

 

崎見老人はモノクルを外して、それを眼鏡拭きでツヤツヤに磨きながらそう笑った。

 

今はバイトが終了した20時半。

 

今日は茜と岬、それに道野枝兄妹は外食に出る予定だったので、二人は崎見老人のために賄い飯を作っていた。

 

メニューはミナが作った焼きそばスパゲッティと本日の営業で余った野菜を使ったサラダである。

 

焼きそばスパゲッティは単に店のパスタメニューで使うパスタを茹でて、もやし、キャベツ、豚肉と共に炒めてからカレー粉少々ととんかつソースで濃い目に味付けしただけの代物だ。

 

パスタの歯ごたえとみちゃっとしたソース味がマッチしている自信作である。

 

それを食べている途中で、ミナたちは崎見老人にそう切り出されたのであった。

 

しかし、ミナにとって冒険者と言えば、である。

 

「……あの、冒険者をイメージしたものってなると、ちょっと割かし……」

 

パスタらしくフォークで麺を絡み取りながら言いづらそうに口澱む彼女の言葉をつないだのは、コーヒーをちびちび飲んでいる彼女の従者であった。

 

「ぶっちゃけて言いますと、酒!肉!魚!パスタ!チーズがあったらなお良し!くらいですよ、僕らの知る一般的な冒険者の食事というものは」

 

「魚も白身よりがっつり脂の乗った青魚系列が好まれますし……あんまりこの店には不釣り合いかなー……って」

 

たはーと困った笑みを浮かべながらミナはそう言うが、崎見老人は「いやいや、何も本物を出すというわけではなく、冒険者風のフェアメニューを作りたいだけなのさ。最近は食事目的で来店する人も増えているから」と指を組んでニヤリと笑う。

 

「なるほど……ファンタジーなイメージを崩さない程度にがっつり系のメニューを増やしたいということですか?」

 

「端的に言えばそうなる。薄暗い酒場で冒険者たちが酒盛りをしながら食べるようなメニューがね、ほしいってやつなのですよ」

 

その言葉に、ミナは「ふーむ」と指を頬に当てて考える。

 

「と、なると―――うん、この店のイメージを崩しすぎず、かといって冒険者風でもある……」

 

「そのうえで製作コストは小さく上げるとなれば、ミナさんの好物のあれでしょうかね。それなら最近多いガッツリと量を食べたそうな肥満の地球人たちも喜ぶかと思いますよ」

 

「あ、うーん……好物ってわけでもなくて、思い出の品というか……まあ好物は好物か……」

 

ミナとルルが顔を見合わせ、そう言いあっていると、崎見老人が身を乗り出してくる。

 

「何かいいものがあるですかね?」

 

その歯に青のりがついていることは黙って、ミナは「まーあることには」と曖昧に笑った。

 

それは―――

 

思い浮かんだのはいくつかあったが、今食べている焼きそばスパゲッティを見ながら、これだな、とミナは思う。

 

「丸焼きから切り出すのがホントはいいんですけどもまあそういうわけにもいかないと思うんで、豚のステーキをですね……」

 

ミナがそう言って書き出したレシピは―――「六脚豚のサンドイッチ」とタイトルが振られていた。

 

「まあこちらの世界に六脚豚はいないので、普通の豚で代用しますけど」

 

豚のステーキを焼いて、鉄板の上で切り分け、出てきた肉汁で根菜を炒める。

 

それをいくつかの香味野菜と切り分けたステーキとともに、バターを塗ったライ麦のパンに挟むだけのもの。

 

本来は豚の丸焼きを鉄板の上で解体して大量生産する、冒険者のための朝食昼食の一つである。

 

―――そして、ミナが冒険者になった時に―――つまりハイエルフの体を得てより初めて食べた肉料理でもある。

 

「ほうほう。これならたしかに店で出しているクラブサンドよりも遥かにボリュームがありますね」

 

「使ってるのライ麦のパンなんで、歯ごたえもあって食べたー!って感じがするんですよ。私の思い出の品で、縁起物で、何より好物です」

 

胸を張ってそう言える、と薄い胸を自慢気に張ってミナは笑った。

 

「他にもいくつかほしいですね。考えてきてくれますか?」

 

「いいですよ。色々ありますから、こちらの世界で作れそうなものをいくつか見繕ってきますよ」

 

焼きそばスパゲッティを食べ切って、ミナは莞爾と笑う。

 

―――さて、これが今回の騒動の発端とはいい難いが、ある救いに繋がったということは―――これから語ることとなる。

 

 

 

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