異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第135話「持って5年というところでしょうか」

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ミナは牛乳を火にかけ、常温に戻るまで熱が通るのを待っていた。

 

そう、いわゆる豚肉のシチューを作るためである。

 

もう一つの鍋にバターを投入し、薄力粉と粉々になるまで微塵切りにした玉ねぎを入れて炒める。

 

六脚豚のシチューはここでヤグックという香草を使う―――地球で言うとパセリに近い香草だが、その味や風味はパセリよりも弱いものだ。

 

今回は店で出すためのものなのでパセリを少々使用した。

 

パセリはパセリなので、あまり匂いがきつくならないようにひとつまみだけである。

 

グリッチ・エッグの六脚豚シチューの完全再現は難しいと見てのアレンジであった。

 

(ヤグックの種は持ってるっちゃ持ってるけどさ……バイオハザード起こす気はないんだよなぁ……)

 

魔力というものが一般に知られていないこちらの世界では、魔草に分類されるヤグックを安全に栽培する方法がないのである。

 

それが出来るとすれば、薺川博士の今や要塞となりつつある科戸研究所だけであろう。

 

幸いにして科戸研究所への侵入ルートである上層階にはゾンビたちが徘徊する地面が土の洞窟が存在するため、陽光を引き込む仕組みさえ作ってしまえば可能は可能である。

 

錬金工房も順調に拡張中の今、やってみてもいい作業だがそれを店で出すのはNGでしかない。

 

魔草であるそれを料理として使って、自分たちや冒険者現象の加護を得ている仲間たち以外にどんな影響があるかわかったものではないからだ。

 

であれば風味さえ似通っていればそれでいいだろう、とミナはパセリ入のシチュールーを作るためくるくるとヘラで玉ねぎと小麦粉を炒めていた。

 

「うん、もうそろそろいいか」

 

時間は12時を回ったところで、30分ほどかき回していた鍋には見事なシチュールーが出来ている。

 

「うーん、やっぱちょっとだけパセリのほうが青臭いわね。次に作るときはもうちょっと量を減らしましょ」

 

ミナはそう言うとやはり別の鍋で炒めていたにんじん、じゃがいも、厚切りのサイコロにした豚肉、ブロッコリー、そして一番六脚豚のシチューによく入っていたもの―――

 

グリーンスライムの干物を戻したものに一番近い食感の、薄く切った白こんにゃくを入れて煮込む。

 

どこを寄り道しているのか、岬たちはまだ家に帰ってきていない。

 

―――まあ敵に出くわしてたらすぐにわかるから、大丈夫かな……

 

ミナはそう思いながら、塩、香辛料で味を整えながらシチューを仕上げていく。

 

そして、最後に。

 

あのなぜかわからないが、体の中の風の精霊が狂ってしまっている少女のために、ミナが錬金窯で作ったポーションを入れた。

 

無色透明のそれは、正霊薬と呼ばれる体内の精霊の力を正しい状態へと戻してくれる薬効を持つ水薬である。

 

無味無臭で量もほとんどないから味に影響を与えることはない。

 

12時15分を回った頃、玄関のドアががチャリと開く音がして、少女たちが5人居間へと入ってきた。

 

「こちらがあたしが居候させてもらってる水門の家なのです。どうぞどうぞ!」

 

岬はほとんど自分の家―――いや、もう完全に彼女の家でもあるのだが―――であると言った風情で友人たちを家に上げていく。

 

ミナがシチューをおたまでかき回しながらそれを見れば、やはりかけるだけが露骨に元気がなかった。

 

「おー、おかえりー。そろそろご飯できるから岬はこっち手伝って」

 

気になりながらもミナはそう言って、岬にエプロンを投げ渡す。

 

「承知なのです!」と彼女が答えたことに首肯して、今度は2階へと声を張り上げた。

 

「おーいルル!降りてきてお茶入れろー!お客さんよー!」

 

「承知しましたー!」

 

すぐにルルから声が帰ってきたので、ミナはまた満足気に頷いてシチューに集中する。

 

「さて、仕上げに……」

 

ミナはブラックペッパーをシチューにたっぷりかける。

 

六脚豚のシチューはこれが割と決め手と言うか、こうしないとミナというか……多くの冒険者達は納得しないのである。

 

グリーンスライムの風味を殺す、という人もいるがこれは食事なのだ。

 

即ち、小麦やライ麦のパンを浸して食べたり、えん麦の粥……ポリッジと一緒に食べるおかずなのである。

 

味は濃くて然るべき、味は刺激的で然るべきなのだ。

 

持ち込みでも冒険者ギルドの食堂は調理してくれたので、ミナは東方で手に入れた米を炊いてもらう―――と言っても釜がないから、お粥に近いものになったりしていたが―――のがとても好きだった。

 

お粥にかけてもシチューは美味いのだ、というのがミナの主張であった。

 

「よーしできた!少女たちー!汝ら、シチューの付け合せは米とパンどっちがいいー?!」

 

胡椒の香りに興奮したのか、ミナは呵呵と笑ってテンション爆上げのままそう居間でテレビを見ている少女たちへと声を掛けた。

 

「あたい、ご飯でお願いしまーす!」「あたしもご飯なのです!」

 

恋がそう言うやいなや、ミナの隣でサラダを盛り付けていた岬が答えた。

 

「よしよし。他の3人は?ルルはパンよね?」

 

ミナが3人の少女に問いかけ、次いでルルにもそう聞く。

 

ルルは「はい、僕はパンでお願いします」と答えてコップに麦茶を注いでいた。

 

「……シチューってパンで食べるものなんじゃ……?」

 

とおるがメガネをくいと上げて、疑問を隠せないと言った調子でミナに質問する。

 

ミナは「あっはっは!それは見解が狭い!ドリアが立派な料理として存在している以上、シチューかけご飯もまた立派な料理よ!」と呵々大笑。

 

「そうだよ!ななか、ご飯にシチューかけるの好き!ラーメン乗せるのも好き!」

 

「わかってるわね、ななかちゃん!ラーメンライスとシチューかけご飯は最強だということを知っているとは将来有望ということ!」

 

何故かテンション爆上げし続ける二人をよそに、とおるは「んんー……そう言われると悩むけど、私はパンがシチューを吸った味が好きだからパンでお願いします」と答えた。

 

かけるは、その様子に小さくため息をついて「ボクはご飯が良いです。家だとパンなんで……」と目をそらしてうつむく。

 

どう見ても浮かない顔で、岬とミナに交互に視線を向けるかけるに岬が「大丈夫なのですよ」と声を掛けた。

 

岬にもはっきりと風の精霊がなにかおかしいことがわかるので、これは尋常ではないのでないか、と配膳をしつつ岬は思う。

 

それはミナも同じようで、対策はした、とばかりに目配せをしてきた。

 

岬は少なくともこの手の事態でミナが完全に無力だったことはないので、安心して任せることができるし、自分も全力で自分のやるべきことが出来ると考えている。

 

少なくとも、彼女は自分を願い魔から手遅れであったけれども助けてくれて、あの地獄のように思えたブラック労働の日々から救い上げてくれたヒーローなのだ。

 

―――それはもう大船に乗ったつもりで頑張れるのです。

 

誰かに頼っていい状況は岬にとってはとてもうれしいことだったのだ。

 

かけるもまたそうであるといい、と岬は彼女の前にミナがよそったシチューを置く。

 

「さーて食べましょうか!」

 

ミナはそうして「いただきます」と言って、シチューにスプーンを入れる。

 

ひとくち食べて「うん、肉と香辛料と香草のぶんちょっと味違うけど、十分ね」と小さくつぶやいて笑った。

 

「どう、美味しい?」

 

ご飯に少しシチューを載せてスプーンで掬って食べるかけるにミナはそう聞いた。

 

かけるは一瞬逡巡するが、それでも「美味しいです」とはっきりと答える。

 

岬が「ミナちゃんは外国で旅をしていた人なんで、お料理もうまいんですよ」とかけるに声を掛けた。

 

「そうなんだ……すごいね」

 

少しだけ笑ってそう答えると、また目の前のシチューに目を落として、今度はシチューだけを口に入れた。

 

子供たちが食べるものだから、とは想わずに手加減せず胡椒を入れたが、他の二人や恋も含めて概ねみんな無言で食べていて、よしよし、とミナは内心喜ぶ。

 

「美味しい!ご飯に合うなこれ!」

 

「うん、あたいもそう思う。これはご飯だ。ご飯にかける味だ」

 

ななかの言葉に恋は普段の猫かぶりを忘れて、むしゃむしゃとシチューの中のゴロゴロした人参を咀嚼して笑った。

 

「でもパンでも美味しいし……うーん……」

 

とおるがそうして首を傾げると、かけるが「美味しいから大丈夫だよ」と少し元気を取り戻した顔で微笑む。

 

その様子に、こっそりとミナはセンスオーラの呪文を唱え、かけるの中の風の精霊力が徐々に正常な状態に戻っていくのを感じていた。

 

だが……

 

(どうです?だいじょうぶそうです?)

 

(まだね。一回じゃ無理。相当古い契約のたぐい。ほとんど呪いになってる)

 

ミナはシチューをご飯にひょいひょいとかけて醤油を少しだけかけてわしわしと食べながら、そう本当に小声で言って嘆息した。

 

「そうなのですか……」

 

「しばらくあの子のことを見てて。何かあるんじゃないかと思うの」

 

そうやはり小声で言ってから、ミナは恋の茶碗を見た。

 

「お、なくなってるじゃない。おかわりいる?」

 

「いる!」「いるー!」

 

恋とななかは勢いよくそうして茶碗をミナに預けてくる。

 

その様子にもう一度「よしよし」とつぶやいて、ミナはご飯をよそうのであった。

 

 

 

そして階下で小学生たちが楽しく岬の作ったスコーンとケーキに舌鼓を打っているのを尻目に、ミナとルルは自室で話し合っていた。

 

「……どう見る?」

 

「控えめに言って、あの子は長く生きられないでしょうね。このままでは」

 

ルルは岬から渡されたスコーンにザクロのジャムを載せて、ざくりと噛み砕く。

 

「遺憾ですが、精霊力があそこまで狂っている以上、我々の世界のなにか……もしくは例の魔法少女軍団が関わっていることは疑いないでしょう」

 

黒い死の王はそうして「風は風化の力を持つ……土の腐敗と並んで反転すれば死を帯びる……常に生死双方の属性を持つ水火とは異なる……」とつぶやくように言った。

 

「打ち消すための正霊薬はご飯に混ぜて飲ませたけど、まぁ一時しのぎでしかないか……根本原因を探らないと不味いわね」

 

「ええ。持って5年というところでしょうか。衰弱はもうすぐに始まってもおかしくはない……」

 

ミナもルルも浮かない顔で、岬の作った美味しいお菓子を食む。

 

飯がまずくなるとはこのことか、とミナは独り言ちつつベッドに座り直してコーヒーを口にした。

 

「ま、今のタイミングで見つかったのは幸いね。どうしてこんなことになったかも含めて調査しましょ」

 

「ですねー……」

 

ルルもまたバッグの中からごそごそと何かを探し始める。

 

「ずいぶん長いことしまっていたから、どこにあるかわからない……探しますので、少々お待ちを」

 

彼がそう言ってバッグの整理に入ったことから、ミナは自分と同程度には深刻な事態だと睨んでいるとわかってミナはほっとする。

 

「私はとにかく正霊薬を量産するわ。一時しのぎでもやらないよりは遥かにマシだからね」

 

そうして彼女は階下へと降りていく。

 

「あ、ミナさん」

 

かけるが声を掛けてくる。

 

「お仕事ですか?」

 

そういう彼女の質問に軽く「ちょっと急用がね」と答えて、岬と恋に目配せする。

 

それに無言で首肯し、岬は戸棚の中からなんだか大きな箱に入ったボードゲームらしい何かを取り出して「さぁ、ゲームやりましょうですよ!」と宣言した。

 

ミナは何も返さずに、少女たちの視線が岬に集中したことに安堵して玄関を出る。

 

目指す場所は科戸研究所の錬金工房である。

 

「しばらくは素材集めと正霊薬造りだな……」

 

そうつぶやいた声は、急に吹いた一陣の風に飲まれていく。

 

願わくば、これが大きな騒動にはなりませんように、と。

 

その加護たる魔法が使え、声が聴こえるのだから……きっと雲の上におわすはずの調和の神に、彼女は祈らざるを得なかった。

 

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