異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――その朝、また夢を見た。
予想通りというか、予想通りにならないでほしかったというか。
場所はくすんだ壁の病室と思しき部屋だ。
自殺防止のためなのか、それとも他の目的があるのか、窓には鉄格子が嵌っている。
ミナはよく動かない体で、夢を観察していた。
杏色の着物を着ていた彼女は、今は白い患者衣に着替えさせられ、ぼう、と外を眺めている。
どうやらあの短刀で自殺を図ったのだろう、胸に鈍い痛みが走った。
どう助けられたのか、ここはどこの病院、あるいはそれ以外の施設なのかも皆目見当がつかなかった。
彼女はカレンダーを見る……カレンダーが示す年月は―――昭和二十年十月であった。
(太平洋戦争終わったばっかり……?ってことは、これはやっぱり誰かの記憶の可能性が高いか……?)
相変わらず、頬を涙が伝っている。
彼女は、ミナが扮させられている女性は泣き濡れていた。
彼女の心はわからない。
ただ、彼女が還らぬ何かに悲しみ続けていることだけがわかる。
そして、それが何かはすぐに分かった。
「**さん……**さん……戦死だなんて……もう負けたのに、戦争は、終わったのに……」
拭っても、拭っても涙は頬を流れる。
(そうか……太平洋戦争で恋人か旦那さんを喪ったんだな、この人は)
部屋には何一つ尖ったものや凶器になりうるものは置いていない。
ベッドだけのガランとした部屋だ。
後追い自殺を仕掛けたのだろうから当然とも言える。
(人が人である以上、戦で人が死ぬのも、人が戦を起こすのもの仕方のないことだ……だけど、仕方がないから悲しくはないなんてことはない。この人の悲しみは、正当な悲しみだ……)
ミナはその悲しみを甘んじて受け入れる。
受け入れ、そしてこの夢に通じている何かを解決するために、情報を得ようと彼女の視界の全てを把握しようと努めた。
そして―――視界の端に何かが写った気がした。
その何かは、きっと起きている間に見た何かだ。
思い出せ、思い出せ、と自分を叱咤する。
「……どうすればいいの?私は貴方のいないこの国で、この街で、どうやって生きていけばいいの?ツヨシさん―――」
強い、強い悲しみがミナの心を支配する。
思い出せない現実の何かとリンクする、視界の端に一瞬写った何か。
それが何だったのかわからないまま、ミナはまた夢から放逐された。
「なんだっけなー絶対こっちの世界で見てるやつなんだよなー」
ミナは朝食の目玉焼きをご飯に乗っけて目玉焼き丼にしつつ、カーチャンにそう言った。
夢のこと、そして科戸護国神社であったことを細大漏らさず伝えて相談していたのだ。
今日はバイトから帰ってすぐに寝て、朝食はその後作っていた。
「そんなこと私に言われてもわからんし……この街は戦時中の空襲にも巻き込まれなかったから、市の中央部あたりにはいくらか戦前の建物が残ってるわよ。探してみればいいんじゃない?」
目玉焼きに塩コショウをかける母の言葉にミナは茶碗から箸を離して「マジで!ありがとうカーチャン」と感謝する。
「だいたいあんた、街のことに興味なさすぎなのよ。ずっとここに住むつもりなら郷土史くらい知っておきなさい。そういうところ、あっちの世界でも苦労したんじゃないの?」
「むっ……たしかに、興味持ったもの以外調べない癖のせいでひどい目にあったことは1回や2回じゃないな……念のためだけど、冒険者始めたばっかの頃だよ?今は違うよ?」
「どうだか……」
ご飯の最後のひとすくいを口に放り込んで茜はジト目で口端を歪め、そして立ち上がった。
「んじゃ、行ってくるわ。何回も言うけど、危険なことはするなよバカ娘」
「わかってるわかってるって」
「どうだか……」
同じ言葉を繰り返して、茜はバッグを手に取る。
水道局事務所の再建は予算の都合がつかず放置されている。
今は神森市体育館に間借りして仕事をしていることもあり、普段より10分ほど早く出かけなければいけない。
「それじゃ行ってきます」
「いってらっしゃい」
そうして母を見送ったミナは食器洗いをすると、今日から街の探索だな、と漠然と何をするかを考える。
しっかりしたイメージが固まったのは、10時を過ぎてからだった。
「まずは図書館で戦前戦後あたりの郷土史を調べます」
「それでここに来たんですか、ニセ水門先輩。私、思いっきり仕事中なので話しかけないでいただけますか?」
「うわひどっ!そんなにせウ○トラ○ンみたいに言うことはないだろ、清水さん……」
ジト目でミナを見る司書さんは、水門三郎の大学時代の後輩の今野文、旧姓清水文である。
平日昼の図書館は閑静で、まばらに老人や主婦、大学生らしい若者などが見受けられる程度でガランとしている。
だからミナはちょっと話しかけてみたのだが、この態度である。
「うーん、まあ僕もミナさんの前世と今世はいまいちイコールでつながらないのでそう言いたい気持ちはわかるんですが、まずは認めたことにしてはいただけませんかね、フミ殿」
ルルはその様子を見て、呆れ顔で話を進めろとせっついている。
「仕方ないですね。郷土史資料コーナーは2階の展示室にありますから、そちらをご覧ください」
文はそう言ってパンフレットを渡してきた。
「ちなみに20年前から同じ場所にあるそうですよ。なんで東京者の私より知らないんですか、先輩」
「うっぐぅ!そういうのやめて……心に痛い……過去の自分を張り倒したくなる……」
半目で批判してくる司書さんの容赦のない言葉にミナはぐさっとダメージを食らう。
ここまで心に痛い攻撃は異世界でもなかなかないため、彼女には心や感情に関する精霊術の素質があるのかも知れないとミナは思った。
もちろん気のせいである。
埒が明かないと思ったルルはさっと文からパンフレットを受け取ると、ミナを置いて2階へ向かおうとした。
「あっ待ちなさい!清水さん、ありがとう!後、ニセはやめてくれ!」
大声にならない程度の声で感謝と抗議を述べ、頭を下げるとミナはルルを追って行ってしまう。
文はその様子に手を振って見送り、仕事に戻るのであった。
ぺらりと「神森市郷土史」というタイトルの本のページをめくる。
神森市が市政に移行したのは、大正十四年のことだ。
科戸招魂社、後の科戸護国神社が落成した頃、神森町と呼ばれていたこの地に一つの転機が訪れた。
現在は廃工場群となっているあたりに鉄道の修理工場が建設されたのである。
鉄道修理工場を中心に工場街が整備され、それをきっかけに人口が増えていき市政移行が成されたのだった。
そうなれば病院や学校など大きな施設が必要となり、更に人口は増えていく。
水門三郎の母校である森近高校……旧学制では森近中学校と呼ばれていた学校が開校されたのもこの頃だ。
そして時代は進み、満州事変から太平洋戦争まで連なる第二次大戦期へ。
鉄道修理と並行し、昭和十三年には陸軍の戦車修理工場が置かれ、戦車中隊も東森町の現在は陸上自衛隊第16特科隊が駐屯する神森駐屯地に配備されていたらしい。
「すごいな……戦車なんて日本軍では数少なかったはずなのに、こんな田舎に配備されてたなんて」
「ミナさんの持っているチハたんと同じ形ですね、これは」
ルルは昭和十六年頃の資料写真を見てそう言った。
「ええ、そうよ。九七式中戦車チハ。敗戦までに3000両くらいは作られたんだったかな?詳しいことは調べないとわからないけど」
「あれを3000……?それでなんでこの国、戦争に負けたんです?」
「言わなかったっけ?チハたんを片手で捻れるようなのを20倍作れる国と戦ったからよ」
驚愕するルルに、ミナはなんでもないようにそう答えた。
「やはりこちらの世界は侮るべきではない……!魔法がないから容易いなどとは見当違いか……」
「おっ待てい何企んでやがるこの大馬鹿野郎」
「ぐぇぇぇぇ……」
ぎりぎりとヘッドロックをされた少年はたまらず蛙が轢き潰れ続けているような声を上げる。
上げて、資料から一つの写真を見つけた。
「こぉれぇなんでしょうねぇぇ……」
「ああ、これは学生が兵士として出征するときに撮った写真じゃないかしら。末期は誰も彼も徴兵されたって言うし……」
写真は、何人かの学生と「万歳」だの「討ちてし止まん」だの勇ましい文句の垂れ幕や幟が写っている。
説明には「昭和十九年春撮影 科戸駅前にて」と書かれていた。
写る少年たちは、不安そうなもの、笑顔のもの、真面目そうに表情を引き締めるものと様々な表情をしている。
彼らの内、何人が戻ってこれたのだろうか。
ミナは夢の悲しみを思い出し、チクリと胸が痛んだ。
その後ろに満開の花を咲かせた木が写っている。
「……これは……もしかして、これ……?」
「ミナさん?」
ルルがミナの顔を覗き込むと、ミナはニヤリと笑った。
「これよ、この花を咲かせてる木!花は咲いてなかったけど、この木よ!間違いない!」
梅の花より大きく華やかな花を咲かせた木を指して、ミナは微笑んだ。
―――翌々日の科戸駅。
「見つからな―――い!」
資料室の本を一通り読み終わった二人は、郷土史に乗っていた木が間違いなく夢の端に映った木であると確信をもって駅へ赴いていた。
時刻は夕方を迎え、冬の日はすでにとっぷりと落ちて真っ暗である。
夜目の利く二人にとって、この程度は何でもない。
探し始めてから数時間、科戸駅の周辺をうろうろと探してみた二人であったが、しかし、彼女らの目当てである科戸駅前の写真に写っていた木はどこにも見つからなかった。
「もしかして切られちゃったりしたのかな~……」
科戸駅は戦後、新幹線駅となった際に周辺の大規模な開発とともにその装いをSL時代から大きく変えている。
当時の遺構はほとんど残っておらず、在来線のホームの一部にその縁を残すのみだ。
それでも立派な木だったので、もしかしたらなくなっていないかもしれない、という期待はすでに半ば裏切られていた。
「うーん……そう急ぐことではありませんし、明るいときにもう一度探しましょうよ。そろそろ家に帰ってご飯作らないといけないでしょう?」
「そうね、そうするわ……甘かったかなー……でもヒントは手に入ったわけだから……今日は良しとしましょう」
ミナはそう考えて科戸駅に背を向ける。
ルルもそれにつき従い、本日の探索は終了した。
夕飯は家を出る前に用意していた炊き込みご飯と、帰ってから作った野菜炒めに塩味の野菜スープだった。
―――そしてその夜。
急ぐことではない、とルルが紡いだ言葉は、見事に裏切られるのである。
森北山町、午前2時。
ミナたちが西之森のコンビニでアルバイトをしている時間帯。
草木も眠る丑三つ時である。
ふらふらと一人の男が道を歩いている。
禿げ散らかしたビール腹の中年のおっさんである。
「終電も~終バスも~なーくなっちまったぁぁ~~い!」
どうやらどこかでしこたま酒を飲んだ後なのだろう。
機嫌よく笑っては躓いたり、吐いたりしている。
楽しそうに叫ぶ周囲は、収穫を終え今は土肌をさらしている田んぼ。
明かりも電柱についた街灯がまばらにある程度で、端的に言えば真っ暗だ。
空は雲に覆われ、星も月も見えない。
放射冷却が起きていないためだろうか、気温そのものはそう低くなかった。
「ちょっと飲みすぎたぁ~」
そうして道の先のバス停にベンチを見つけた男はそこにぐったりと座り込む。
「もう今日はここで寝るかぁ~~~!」
―――異変が起きたのはそう叫んだ時だった。
きゅらきゅら……きゅらきゅらきゅらきゅら……
突然キャタピラの音が周囲に響き渡る。
それは徐々に近づいてきたようだった。
「……なんだ?工事か?」
頭にネクタイを巻き付けた男が音のするほうを見るとそこにあったのは―――
角ばった形状の戦車。多少避弾経始は考えられているものの十分ではない。
主砲口径は小さく、機関銃の一つは主砲同軸ではなく車体に装着されている無限軌道車両。
それは間違いなく戦間期から第二次世界大戦初期に開発された戦車であることを示していた。
―――そう、ミナが持つものと同じ戦車―――
九七式中戦車が道を走っているのだ。
塗装を見れば、鉄山の紅き鷹は描かれておらず、迷彩塗装はミナの施したなんちゃって迷彩ではない。
帝国陸軍の正式な塗装が成されていると思しきチハは、ゆっくりとバス停に近づいてくる。
「ひ、ひぇ……」
男の足は金縛りにあったように動かない。
バス停の前をきゅらきゅらと音を立てて、九七式中戦車が進んでいく。
「あ、あ、ああ?うぇぇ……?」
男の口から情けない声が上がる。
困惑と恐怖の入り混じった声音だ。
目の前を古ぼけた戦車が通り過ぎる。
酔いから急に非現実に放り込まれたことがよほど堪えたのだろう。
開いたハッチから蒼白い男が顔を出しているのを見たハゲの中年は、げぼっと吐瀉物をぶちまけて気絶した。
ポロディン!
新砲搭チハの主砲配置のこと忘れてたでおじゃる。
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