異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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中に入れば、そこは確かにレジャープールであった。
全長50m、全幅25m、水深1mの大プールに、ウォータースライダーも設置されている。
端っこの方にはジャグジーもあって、体が冷えても平気だ。
小さな子供用なのか、丸い直径10m、水深50cm程度の小プールも用意されている。
今は平日のためか、プールには何人かくらいしか人がおらず、事実上貸し切りと言っていい状態であった。
「流石に流れるプールやウォーターホルンみたいなものはないですね。でも、十分なのです」
「水温も常に33度か……ほんとにこれ神森みたいなところにあっていいものではない気がする」
岬ととおるがそう感想を述べながら準備運動を始める。
定番のラ○オ体操である。
「なーなー!早く行こう!飛び込もうよ!」
ななかが促してくるが―――
「ちゃんとアキレス腱や肩、腰くらいは準備運動でほぐしておくですよ。水中で足が攣って溺れるのはごめんなのです」
岬はそう言って歯牙にも掛けなかった。
「そうだぜ。今日は保護者同伴じゃねえから、溺れても助けてくれる人がいないからな」
ラ○オ体操をするほど本格的ではないが、同じく準備運動をしながら恋はそう言って笑った。
もちろんこれだけ広いプールだ。
監視員は何名か配置されている様子だが、それだけで安心とは言えない。
「溺れるのは……どこであっても苦しいよ?」
かけるも同じように、特に脚部に重点を置いて準備運動をしながら微笑んだ。
「う……かけるちゃんに言われると……」
一瞬恐怖に怯えて、すぐに不満げにななかも準備運動を始める。
そして岬は体を捻る運動をしながら、かけるとななかの言葉が気になっていた。
(……溺れる?かけるちゃんは溺れた経験があったのですか……?)
その二人の会話に、彼女の足が治っている……
つまり、岬たち二人が転校してくる前、影山総司がインタビューで答えていたという「彼の妹は足が悪い」という情報との齟齬となにか関係があるのではないか、と疑念を抱いたのである。
(でも、今気にしても仕方ないのです。後で聞き取りしないと)
岬はそうしてラ○オ体操を終えて、プールへと入っていった。
「ひゃっはー!なのです!!」
―――そう、我先にはしゃいで思いっきり飛び込んだのである。
「あっ!ずるい!」
ななかがそれに釣られて駆け出して、やはりほとんど誰もいないプールに飛び込んだ。
「うおおおおお!気持ちがいいのです!なんて久しぶり―――!!」
岬は水面に顔を出してそう叫ぶように笑った。
―――実際に彼女はもう10年以上こうして泳いだ記憶はない。
それでも身体は泳ぎ方を覚えていて、あまりの気持ちよさに叫ばざるを得なかった。
彼女が何年ぶりかどうかを口にしない理性を保てたのは、ある意味奇跡的である。
「は、速いッ!?」
そのままクロールでザブザブと泳ぎだした岬は、その強化された身体能力であっという間に泳ぎ去っていく。
「ぬぅ~!負けない!競争だ!」
何故かプライドを刺激されたらしいななかがそれを追って泳いでいった。
「……ゆっくり遊ぼう!」
その様子を見た恋は、かけるととおるを振り返ってそう言った。
キュピーンと効果音が出そうなほどのいい笑顔で白い歯をむき出しにして。
「はーい」「賛成」
そう言って、かけるととおるは恋にパシャパシャと水を掛けだす。
「むっ!?そうきたか!」
恋もまた二人に反撃する―――もちろん、手加減をして。
「きゃははは!冷たい!」
かけるのはしゃぐ声が響き、とおるも「あはははは!」と明るい声を上げる。
今日の遊びはまだ始まったばかりであった。
「ぜーはー……ぜーはー……ぜーはー……」
約30分後、休憩コーナーでななかはテーブルに突っ伏して荒い息を上げていた。
「あたしについてこようとするとは、無茶するのです……」
「み、岬ちゃ……お、オリンピックかなにかの……きょーか選手とか……じゃない……?もしかして……?」
息も絶え絶えにそう聞いてくるが「なわけないのですよ」と彼女にプール端の売店コーナーで買ったかき氷を渡しつつ岬は苦笑した。
かかっているシロップはいちごと練乳だ。
「うおお!かき氷ッ!」
取り返すように受け取ったななかは、そのままザクザクと貪るようにそれを食べて―――
「あ、ちょっと」
とおるの静止の声など届くはずもなく―――
「ぎゃーっ!?キーン!ってきた!キーンって!!」
お約束のかき氷頭痛を食らって、また悶絶したのであった。
「なにやってんのさ……」
恋はカロリーオフコーラのカップからストローでそれを吸いつつ、呆れてそう言って休憩コーナーの壁にかかっている「プールコーナーでの飲食は休憩コーナー以外では行わないでください」という注意書きを見る。
「売店には大したもの売ってなかったし、昼飯は3階のレストランで食べるよな?」
恋にそう言われたとおるとかけるはコクリとうなずいた。
「今日の日替わり定食が美味しそうだったからボクはそれがいいよ!」
「私もうん、そうしたいかな……あ、今日の分のお金は岬ちゃんにちゃんと返すからね」
かけるは手を挙げて元気に、とおるは少しだけ申し訳無さそうにそう言って賛意を示す。
岬は「気にしなくても良いのですよ!出世払いでいいのです!」とななかの額に手のひらを当ててあげながら微笑んだが、とおるは「友達同士でお金の貸し借りは駄目ってお父さんから言われてるから。ちゃんとゴールデンウィーク終わるまでには返すからね」と腕を組んで片目をつむって返してきた。
しっかりした子なのです、と声には出さずに岬が感心していると、「ぐ、ぐおお……ななか、デミハンバーグ丼食べたい……」とうめきながらななかがバタついてくる。
「デミハンバーグ丼ですかぁ……たしかに、上で見たメニューではマッシュルームも乗って美味しそうだったのです」
回復しつつあるななかから手を離して、岬は指を唇に当てた。
とはいえ、ここですぐに決める必要はない。
お昼までは後1時間以上あるのだ。
プールでもっと泳いでからで構わない、と考えた時、ピリピリと笛の音が鳴った。
「あ、休憩時間終わりみたいだな」
30分に1回の休憩時間が終わったのだ。
「じゃあまた遊ぼうなのです。今度はもう少しゆっくりと遊びましょうですよ」
岬が立ち上がり、ななかの食べ終わったかき氷のカップを近くのゴミ箱へと投げ捨てた。
―――ふと、その時、プールの監視員の女性がこちらを見た気がした。
(……?)
その視線の意味はわからないし、そもそも気の所為だったかも知れない。
ショートボブの髪型をした監視員を一瞬だけ見た岬は、それを気にすることもなく再びプールへと飛び込んでいくのであった。
―――さて。
ショートボブの髪型をした女性と思しき監視員は、交代の時間が来たことを確認して立ち上がった。
監視塔の金属製のはしごを、カンカンと音を立てて降りていく。
そして、従業員専用の入口を開けて、彼女は大型のロッカーの前に立った。
―――そこには。
「う、うーん……もう食べらんにゃい……」
古典的な寝言を言う、手足を縛り上げられた彼女と同じ顔の女性がいたのだった。
「よく眠れているようだ。やれやれ。休憩させてあげたのだから、感謝してくださいね」
その瞳は怪しく光り、再びロッカーの扉が閉められる。
ロッカーの隙間から彼女は指を入れて、静かに小さな声で―――古代語を唱えた。
「世界を支配する偉大なるロジックよ。大気を眠りの雲とせよ、微睡の空気を作り出せ。スリープクラウド」
それは睡眠を促す霧を発生させる魔法―――つまり。
怪しげに輝く瞳の色は、たしかにルルのものであった。
即ち。
暇そうにしていた監視員を眠りの雲の魔法で眠らせ、縛り上げてロッカーに押し込んで、自分は変装の魔法で彼女に化けていたのである。
「プールで彼女らが遊んでいる間だけ、僕が代わりに働いてあげますので、どうかごゆっくり」
ルルの分身体はそう微笑むと、スタスタと別のスタッフと交代の手続きを取った。
「……いつもより眠そうじゃないね?」
「今日はよく眠れたもので」
短く言ってニッコリと笑うと、まだ出来たばかりの施設で付き合いが浅いせいか交代要員の男性は全く気づくこともなくプールへと向かっていった。
監視員の同僚を手のひらをひらひらと振って見送り、今度はスタッフルームの監視カメラからプールの監視を始める。
「便利なものだ。雷精がいなければなんの役にも立たないということを除けば」
女性の姿を借りたルルの分身はそうして、カメラを見つめる。
―――異常は、今の所―――なにも見受けられなかった。
ゲリラ行進。
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