異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第148話「……だいぶ重症のご様子なのです……」

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それから一時間、岬は泳ぎ倒しはしゃぎ倒し、ようやくに12時半というお昼に丁度いい時間となっていた。

 

「そろそろレストランに行きましょうですよ」

 

岬が提案すると、四人は「賛成ー!」と元気な声を上げる。

 

ななかもまた水の中で遊んでいたら回復したのか、他の三人と変わらぬ元気さを見せていた。

 

「よし!じゃあみんなで飯だ飯!」

 

恋が宣言すると、全員がプールから上がって更衣室へと向かっていく。

 

客は……本当にプール側は誰もいなかった。

 

何事もなく更衣室で着替え、そしてエスカレーターに乗って上階へと登っていくと―――

 

やはり岬はプールで感じた違和感を少し感じる。

 

それがなんなのかはわからないが、少なくとも良いものではない、と。

 

「むむむ……」

 

「どしたい、岬ちゃん」

 

恋が3階のレストランブースの入り口で唸り始めてしまったのを見て、恋が声をかける。

 

「あ、えーと……なにか見知ったものがいたような違和感というか……そんなものをプールでもここでも感知してしまったのですよ」

 

気のせいかも知れないが、本日2回めだ。

 

3回続いたら間違いなく偶然ではないのだろうが……岬は少し悩んでいた。

 

「マジかよ……とにかく、騒ぎにならないように祈るしかないか……」

 

レストランブースには平日と言うのに、主に1階・2階のスパブースを楽しむためなのか、老人を中心に大人がだいぶいる。

 

……改の会もSMNもここで騒ぎを起こすほど馬鹿ではないと信じるしかなかった。

 

「―――よし!今は気にしないでご飯食べるのです!」

 

「その意気だぜ!」

 

恋が二度岬の肩をバンバンと叩いて、その手を握ってレストランブースへと連れ出していく。

 

その手に不思議な安堵感をいだきつつ、入り口の「秋桜」と書かれた看板を見上げた。

 

「コスモス……ですか。洒落た名前のレストランなのですね」

 

「そう?ちょっと名前ひなびてない?」

 

恋がそう言って中に入ると、その秋桜という名前に相応しく奥の壁にはコスモスの花畑が描かれている。

 

フードコート形式になっているようで、客席となっている部分は中心によっていて、半分は畳の座敷、残りは真新しい木製のテーブル席であった。

 

「食券形式……だけというわけではなさそうですね」

 

「―――ここはカレーしかないッ!!」

 

先に入っていたななかはそう言って食券売り場へと駆けていく。

 

「あー走ると危ないって!」

 

とおるがそれを追いかけて羽交い締めにして暴走を防いでいた。

 

「和食、洋食、インド、蕎麦、うどん、お好み焼き、ハンバーガー。まぁまぁ大体はありますですね」

 

「どれにしようかなあ。ボク、悩んじゃうなぁ」

 

かけるが広いフードコートの入り口近くに立てられている各店舗の看板を見ながら、唇に指を当てて勘案し始める。

 

と、その中に――― 一つ、気になるものを岬は見つけた。

 

「カレーショップ竹山……もしかして、スナック黒十字の店長のところの支店ですかね、これ」

 

「そのとおり!」

 

岬が看板を矯めつ眇めつしていたところに現れたのは……疲れた顔をした潤美であった。

 

「あ、潤美さん。こんにちはなのです」

 

岬が挨拶すると、「こんにちは。お久しぶり……ふふふふふ、疲れた……」とテンションを乱高下させて潤美は笑った。

 

その笑みは、かつて岬が廻に注意されていたものとよく似た、にへらっという嫌な笑みである。

 

「だいぶお疲れのようですけど……」

 

「そりゃ疲れるわ……勝手にうちのバカ店長が出店を決めちゃって……今日はスタッフの教育に私が来たの……」

 

見れば潤美は普段の真っ黒なメイド服めいたウェイトレス服ではなく、きちんとしたウェイトレスに見えるエプロンドレスを着用している。

 

「それは……お疲れさまです、本当に」

 

岬はそうして彼女をねぎらうと、潤美は岬の頭を掻き抱いて「あぁ~なんていい子なのぉ~~うちのアホ店長に爪の垢でも飲ませたい~~!」と感動して泣いてしまったのであった。

 

「……だいぶ重症のご様子なのです……」

 

岬がよしよしとその背中をなでてあげると、「ありがとう~~!でも仕事しないと!」と涙を拭いて岬を離す。

 

「あ、カレーショップ竹山洞森の湯支店をよろしくね!本店と比べたら遥かに!遥かに常識的ですから!!」

 

―――ミナがこの世界に戻ってきて初めて邂逅したときは、無口で暗い雰囲気のメイドさんに見えた、という話であったが。

 

今の彼女にそのような様子は微塵もなく、疲れと怒りでテンションがおかしくなっていることだけが岬にはわかる。

 

心配そうな岬の顔を見て「私、頑張るから!」と空元気極まる言葉を吐いて、踵を返してカレーショップ竹山の販売カウンターへと潤美は去っていった。

 

「……確か、廻にーちゃんと夕ねーちゃんが働いてるカレー屋の店員さんだよな、あれ……」

 

「なのです……この間の櫛田先生があれになった日に、あの人が厨房で店長をぶん殴ってたって夕ちゃんが言ってたのはこの件だったのですね……」

 

岬は去っていく潤美を遠い目で見守りながら、「今日はカレーにしておくのですよ」と微笑むしか出来なかった。

 

「そう?じゃああたいは秋桜直営定食の日替わりにすっかな……ほらこれ、鴨南蛮とミニ中華丼セット」

 

恋が指差してほうを見ると、写真付きで今日の日替わりメニューの看板が置いてある。

 

写真写りが良く、乗っている鴨肉は実に美味しそうであった。

 

「んー……じゃああたしはカレーショップ竹山のカレー南蛮にするです」

 

そうして券売機で食券を買って、二人はそれぞれのカウンターへと向かう。

 

「あー!離して!岬ちゃんたち行っちゃうよ!」

 

「だから!走ろうとするなって言ってるでしょ!!」

 

「ボクは和食屋さんの日替わりお刺身定食にしよーっと。今日はサワラだって!」

 

それを見た三人娘はそれぞれの反応をして―――彼女らが卓についたのはそれから十数分後のことであった。

 

「一番安いお蕎麦……返すのは待ちますですし、もっとお高いの食べたほうがいいのではないです?」

 

岬が卓に運ばれてきたとおるのかけ蕎麦を見て、うーん、と唸ってしまった。

 

「ううん、いいの。私、お小遣いあんまりないし、それにプールで泳ぐとすごい汗かくからしょっぱいおつゆのお蕎麦が食べたかったの」

 

あまり強がっているふうにも見えない様子で、とおるはかけ蕎麦に唐辛子を振る。

 

「そうなのか?じゃあななかのエビフライを一本わけてあげる!」

 

そう言うななかの選んだメニューは、カレーだのデミハンバーグ丼だの言っていた割には、フライ山盛りだ。

 

食券の半券には、「特製スーパーもりもりミックスフライランチ」と書かれていて、値段は1500円と記載されていた。

 

「ちょっとななかちゃん……そんなにお小遣い残ってたの?」

 

とおるが姉かなにかのようにそう聞くと、ななかはニパっと笑って変なポーズというか何かのヒーロー物の変身ポーズを取って「実は岬ちゃんにおごってもらった!半分!!」と事実を開帳してしまう。

 

「……岬ちゃん?」

 

「いやー、どうしても食べたくて食べたくて仕方ないというのです。その様子がなんだか可愛くてつい」

 

岬が後頭部をかいて弁明すると、とおるは「そんなまたおばさん臭いこと言ってななかちゃんを甘やかすぅ……」と恨みがましい目で岬を見た。

 

「むむむ……」

 

岬がちょっと困ってしまう。

 

おばさん臭いとリアルロリに言われるのは構わないが、たしかにななかをあまり甘やかすと良くない気もしている。

 

しかし、そこに割って入ったのは恋だ。

 

「別に良いじゃん。おごるってのはそう言うことだし。まあ、いつまでもおごってもらってばっかだといけないけどさ」

 

ねぇ、と猫かぶりのときの笑顔をななかに向けた。

 

その笑顔に「うっ……わ、わかってるって。今日だけ、今日だけだから」とバツの悪い顔になる。

 

かけるはその言葉に、「ほんと?うそついたらハリセンボン飲ますよ?」と屈託のない笑みを向けた。

 

「わーってる!わーってるよぅ!月末だからお金ないだけ!次んときには岬ちゃんになんかおごる!」

 

ななかは空気に耐えられなくなってそう言って、とおるのお蕎麦にエビフライを一個乗っける。

 

「あはは、出世払いで良いのですよ、ななかちゃんもとおるちゃんも。お蕎麦400円、定食半分750円。今は大きな金額かも知れないのですけど、すぐに大したことのない金額になりますですよ」

 

岬はそれをよく知っている。

 

こうなる前の彼女もまた、高校の頃からアルバイトを始めていたし、コンビニ店長になってからは何人も高校生バイトを採用したり、クビにしたりしてきたのだ。

 

後3~4年待つことなど、彼女にとっては造作もないこと……なのだが。

 

「それは駄目。ななかちゃん絶対忘れるし」

 

「わかる~絶対忘れて、とおるちゃんに怒られちゃうよぅ」

 

ななかをよく知るとおるとかけるは、とおるは目を瞑って指を立てたしなめるように、かけるはいつものことだよね、と笑ってNGを出してきたのであった。

 

「そうですか?じゃあ本物の夏休みまでには返してもらえるように、あたしのスマホに登録しておくのです」

 

そう言って終業式の日である7月某日に岬はアラームを設定する。

 

「くっ……こうなれば一生懸命に食べてやる!いただきます!!」

 

まだ恋とかけるの分が来ていないのに食べだそうとしたななかに「はい、おさきにどうぞなのです」と笑って返して―――

 

「おまたせしました。日替わり定食と和食膳・生利香の日替わりお刺身定食です」

 

すぐに店員がお膳を持ってきたのである。

 

「じゃ、みんなもいただきましょうですよ」

 

岬がそう言って、全員がいただきます、と返す。

 

岬もいただきますとカレー南蛮―――潤美の好意で温玉付きとなったカレー南蛮を拝んでからそれをすすり始める。

 

「美味しい……」

 

濃厚なカレーときちんと作られたそばつゆ、そして炒められた長ネギの風味が食欲をそそる。

 

「これは無限に食べられてしまいそうなのです。やはりカレーは無敵ということですね」

 

ちゅるちゅると音を立ててすすり、レンゲの代わりについている豆おたまで汁を掬って飲むと、たしかに幸せの味がした。

 

これは本店・スナック黒十字のメニューにはなく、カレーショップ竹山オリジナルのものらしい。

 

「これはミナちゃんにも教えてあげないといけないですね」

 

「こっちの日替わりの鴨南蛮も美味しいなぁ。これなら宣伝してもいいかも。写真だけ撮って後でプロデューサーに相談しよ」

 

「忘れがちだけど、恋ちゃんアイドルだもんね……定番のサングラスもかけてるし」

 

とおるは辛党なのか、かけ蕎麦に唐辛子を追加しながらそう言ってきた。

 

恋は苦笑すると、「この街来てから一人ででかけてもあんまり声掛けられたり、ジロジロ見られたりがなくなって楽になったよ」とレンゲで中華丼を掬って口に入れる。

 

―――実はこれにはからくりがあり、ミナからもらったとあるマジックアイテムを用いソング・オブ・アムネジアの効果を常日頃から微量に発することで周囲から自分の印象を消しているのだ。

 

個人的に知る人物にはほとんど影響がないようにするためのコツもミナやルルに教えてもらっているので、ほぼ問題はなかった。

 

「へー、そうなんだ。うお、やばいよこのタルタルソース!うちで売ってる量販品の100倍美味しい!」

 

タレで味付けされたとんかつをタルタルソースの皿につけて咀嚼し、ななかは大声でそんなことを宣った。

 

―――なお使用されているタルタルソースは量販品に醤油を少し加えただけのものであるので、ななかの感想は錯覚である。

 

そのミックスフライ定食を売っているのは、その量販品を販売している会社の系列会社が経営しているファミレスのため当然のことであった。

 

そう、プールで泳ぎまくったせいで、岬と恋以外の3人は既に正常な味覚が一時的に失われているのだ。

 

つまり汗を知らずかきすぎてエネルギーもミネラルも水分も足りていないので、だいたいのものは美味しくなっているだけである。

 

特に洞森の湯のプールは32~33度という温水プールなのだ。

 

それはもう覿面であろう。

 

とおるはそれがわかっているのか、ほとんど無言で蕎麦をすすっていた。

 

かけるもまた兄がスポーツ選手であることもあり、そこら辺はわかっているのかそんなに騒ぐこともなく。

 

「このさわらのお刺身、柔らかくて美味しいよ」と普通の感想を述べるばかりである。

 

「ドリンクバーもなにか頼めば飲み放題ですし、ここはいいところなのです」

 

岬はそうして、プラスチックグラスに入った灰色の液体をストローで飲む。

 

「……ところで岬ちゃん、それは?」

 

「カルピスソーダとコーラとメロンソーダを均等に入れて少しオレンジジュースを足したオリジナルカクテルなのです」

 

ニパっと笑って、プハーと息をつく。

 

そう、いわゆる子供じみた全ドリンクマゼマゼ系のジュースらしきものをすする岬である。

 

「やめようよそういうこと」

 

「割と恥ずかしいってば」

 

とおると恋に非難されると、うっ、と岬は一瞬怯む。

 

怯んで、ななかの方を見ると―――

 

「その手があったか……!!」と目を輝かせていた。

 

「あーあーななかちゃんが余計なことに気付いちゃった……」

 

かけるが味噌汁をすすりながらそう言うと、瞬間ななかがグラスを持って立ち上がる。

 

「ななかもすごいジュース作ってやるぜッ!」

 

そうしてななかは喜び勇んで駆け出していってしまった。

 

「岬ちゃん……後でお話があります」

 

「は、はいなのです……」

 

年甲斐もなくはしゃいでしまった岬に、とおるの冷たい視線が突き刺さりつつ、食事の時間は平和に過ぎていくのであった。

 

 

 

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