異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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翌日。
神森市図書館へと赴いた二人は、文にまた遠慮ない皮肉と親しみのこもった笑みをぶつけられつつも該当の文献を見つけることに成功した。
「やっぱり、神様の名前は書いてないけど、特徴からして風の上位精霊っぽいのよね……」
その文献―――「科戸山風土記」と呼ばれる文献曰く、葛野裏神社で祀られている神様は名前こそ既に忘れられてはいるが、南風を吹かせて雨と恵み、そして嵐と死をもたらす神なのだという。
いつしかその神は仏教における韋駄天と同一視されるようになり、その名も失せていったと言う。
「……やっぱりね。南より乾きと雨、恵みと嵐をもたらすのは風の上位精霊ノトスの力。ギリシャ神話のアネモイと同じ名を持つグリッチ・エッグの風神とも呼べる精霊……」
ミナは本を閉じてため息をついた。
「ノトスの姿はあちらの世界では確認しているでしょう?分霊の類と思うほかありませんね」
ルルが眼鏡のツルを指でつまんで押し上げてミナを見つめる。
「後は、葛野裏神社に実際行ってみるしかないのはいつもどおりね」
本を本棚に戻しつつ、ミナはへの字に口を曲げた。
「……ところで、さ。流石に忙しすぎて臨時休業になっちゃったの、ヤバイわよね」
ミナは思い出鏡が、崎見老人の過労による体調不良で本日休業であることにため息をつく。
「自律型のフレッシュゴーレムでも作りましょうか?あれなら人件費ロハですし」
ルルもまたこのままでは困ると、彼なりの代案を出してくるが……
「はーーー……案出ししてくれて悪いけど、それはなしにしときましょう。深夜のコンビニの接客くらいならともかく、あの客たち相手にするにはちょっと挙動が雑すぎるわ」
「ヴァンパイアやブラッドドリンカーならその問題もありませんが、流石にそこまで呼び出してバレたら騒ぎですしねえ」
何より彼ら上位アンデッドには吸精や闇の波動など、封じる事が出来ないパッシブスキルが多くそんなものを店に出しただけでもバタバタと倒れるものが続出することであろう。
ゴーレムもアンデッドも却下としか言いようがない。
「やっぱウェイトレスと調理担当一人は増やして崎見さんの負担を軽減するしかねーなこりゃ」
「それしかありませんねえ……」
そうして二人は本件とは関係のない部分で顔を見合わせてため息をついた。
「……神社いこ?」
「賛成です」
その短い会話を最後に、二人は図書館を後にした。
知るべきことは全て知ったのだから、長居する必要はないというものである。
ミナは文に空悟と一緒に今度飲みに行こう、という約束をすると足早に神社へと向かうのであった。
―――神森市中央にある林工業団地。
自動車工場があった頃は部品供給を行う工場が多かったが、それが撤退して後は主に中小企業……繊維や食品工場が多く軒を並べるその工業団地のほぼ中央にそれはあった。
大きさは大したことはないし、工場と工場の間に座していることから相対的に小さく見える……
だが近くまで来ると、吹き抜けるかのように風が吹いていることがわかる。
強い風の精霊の気配をミナもルルも感じていた。
「……うん、ここね。おかしいなぁ……」
「おかしいですよねぇ……」
そこに吹く風が何とも清浄なもので、周囲が工場であるにも関わらずエルフにはきつい排ガスなどの臭いが全然しないのである。
即ち、もしそこに上位精霊がいるのであれば間違いなく正しき精霊であることは疑いようもないのだ。
「……とにかく行ってみましょう」
ミナはゆっくりと横断歩道を渡り、神社の鳥居をくぐる。
ルルも同じように鳥居をくぐると―――そこには、別世界が存在していた。
意識が一瞬揺らいだように思えた瞬間、ミナが立っていた場所は一面の花畑になっていたのだ。
「ここは……妖精郷。それも……ババァの妖精郷……だと!?」
ミナは周囲の気配から、間違いなくそこがカレーナの妖精郷であると確信する。
そして「ルル!ババァブレード出して!」と叫んだ。
「はいはい……」
「ええい……日々にかまけてまだ事情を確認してなかったことが仇になったか!起きろババァ!寝腐ってんじゃねえぞこらぁ!!」
カレーナの剣を受け取ったミナは、その刀身を地面に突き刺しながらそう叫んで祖母を叩き起こす。
『なんじゃぁ……?なにか用かぁ……?』
今起きたと言わんばかりの寝ぼけ声で、祖母の魂を宿す剣は目を覚ます。
『……おおっ!ここは我の妖精郷ではないかぁ。なんじゃ、我を解放する気にでもなったのかの?』
「そう思うなら、あなたはオレと父上を未だに舐め腐っていると捉えるがいいか……?」
ビキビキと青筋を立てて怒りの波動を向けられると、ハイエルフの長老であったそれは『ヒィ!?』と悲鳴を上げた。
『……わ、わかった。わかったからその剣呑な気を鎮めぃ……何があった?我、美少女と美少年と渋いオヤジのためならなんでもするぞ?』
若干引きつった声音でそう返してきた祖母に、ミナは少しだけ怒りを鎮めて微笑んだ。
「……今すぐ話してバーチャン?どうやってこっちの世界に来た?どういう経緯でだ?白状しろ」
孫娘に凄まれたババァは、また若干引きつった笑い声を出して、そして静かに語り始めた。
『ありゃあ、我が森と一つになって10年ほどしたころのことじゃ。ああ、このまま意識が溶け消えていくのじゃなぁ、と思いながら微睡んでおった時―――』
その時、何が起きたのか。
懐かしい南風が吹き、木に覆われた自らの変わり果てた肉体を認めた時、それは話しかけてきたと言う。
『我もまた東西南北の風皇の一、南風のノトスと契約したもの。それが風の上位精霊―――いや、ノトスにそっくりな声と姿の―――全く違う何者かだったのよ』
神妙な声で、カレーナは続ける。
『我も困惑した。契約なぞとうの昔に失われたと言うに、天護の森にまであやつが来る理由などあるはずもない。なぜ来たのか問おうとした時やつはゆっくりと話しだした―――』
曰く、お前の肉の檻を解き放て。
さすればその精神を保ったまま、お前は妖精郷の女王となるだろう。
そして万年を享楽のうちに生きるといい。
そう言われたのだと。
「それにホイホイ乗ったわけ?」
『うーん、半ば強制であったと我は思う……あの声の後、気づけばここにおったからのう。そもそも我、曲がりなりにも汝やシリウスを助けるために森と一つになったんじゃがのう……』
流石にそれだけはない、とばかりにカレーナは苦笑しているような感情の波をミナに向けてきた。
『まあそれはそれとして再び自由になる身体を得たので、せっかくだからあの男を拉致ってみたんじゃが』
そうしてあっけらかんと答えて、カレーナは続けた。
『まあ汝も気付いているであろうがの。ありゃあおそらく魔精霊のたぐいだえ。それもかなり不完全な、な』
「やっぱりそうか……バーチャンが言うならもう確定だわ……魔精霊でもなきゃ、こんな簡単に主を失った妖精郷の扉を開くことなんか出来ないしね……」
ミナは腕を組んでそう唸る。
――― 一方でルルはずっと沈黙を通し、顎に手を当てて何かを思案しているようだった。
「どうしたの、ルル?」
「……おかしくないですか?魔精霊に神社が支配されているとしたら、この神森の地は大厄災に襲われていなければおかしいというもの」
ルルは主にそう答えて、口をへの字に引き結ぶ。
「……たしかに。そしてあの神社から吹いていた風は清浄で正常な……」
ミナはそこまで言って、はたと気付いた。
「気づきましたか」
「……バーチャン?真面目な話、ちょっと働いてもらうわよ」
ルルの言葉に深い溜め息をついたミナは、カレーナの柄を握って地面から抜き放った。
『わかっておる。いくらなんでも汝のこちらの世界の母が住む地を壊させるような真似はせぬよ。我、こう見えて色事以外は真面目に里運営してたし』
ミナはその言葉に苦虫を噛み潰したような顔つきとなる。
父シリウス曰く、彼女は色を好む暴君ではあったが、里をうまく回すことにだけは長けていたという。
そのため、敵も多いが味方も多く、なかなか彼女以外の長老たちも長から引きずり下ろすことが出来ずに結局はシリウスの暴力に頼る羽目になってしまったのだと。
その歴史を知るがゆえにミナは苦い顔をするし、ルルもジト目でその剣を睨むのも仕方ないと言える。
少なくとも完全な味方であるということが保証されている今であれば、頼りになることは間違いあるまい。
『ホホホホホ、そんな目で見てくるのは里の同輩共以来じゃわ。シリウスめはもう少し真っ直ぐな目で見てきた……やはり汝は我似じゃ。なればこの機巧も容易いことよ』
嫌な顔で見られたことを何故か喜び、言葉を紡ぐ。
『反転の結界くらいは見たことがあるであろ?高レベルのバグダンジョンにはつきものの代物じゃ』
「そりゃあ、まぁ……でも、いや、まさか……」
ミナは顎に手を当てて考え込む。
―――精霊を封じるだけならば、それなりの儀式と供物があれば可能。
しかし、それもせいぜいが中位精霊までだ。
上位精霊とは、荒ぶる自然神に等しい猛威である。
彼らが祀られている場所というのは、彼らが最初からそこを見定めて居着いた場所を人が崇め始めて成立するものなのだ。
彼らは気に入った人間に、契約という形で力を貸す。
そうなればその精霊に属する術は、連なる精霊力そのものがない場所以外では自在に操ることが出来るようにもなるのである。
「……魔精霊を封じる結界。そしてその周りに反転の結界を張れば、たしかに社の中枢の外はその力を転化したものと出来る……いやいや、ちょっとまって?そんな魔精霊は力の強さだけで言えば上位精霊とほとんど同義よ?」
「となると……精霊封じを併用したのやも」
ミナの言葉にルルが反応する。
「こちらの世界は我々の世界よりも遥かに多くの鉄を作り、利用している。精霊封じは鋳鉄を主な原料とする。それで上位精霊の力を弱め、封じている可能性は無きにしもあらず、というところですか」
その言葉にカレーナが『我の予想もそんなところじゃ。鉄を汝らが驚くほど使って作っているなどとは知らんかったがの』と返してきた。
『妖精郷の時間は、郷の主の随意。我がここに来てから幾星霜……どの程度の時間が経ったのかわからぬが、おそらくは利用しようとしたのであろうな、我を』
面白くもなさそうにそう言ったカレーナはしばし沈黙する。
「そうか……力あるものを妖精郷へ飛ばすトラップを作り、その中に魔精霊を封じた。いや、違う……魔精霊が自ら封じられた?そうとでも言うの?」
ミナは自問自答するかのように呟く。
―――もしこちらの世界へカレーナを連れてきたものがいるとすれば、そしてそれが祖母が感じたように南風の大精霊ノトスに似た魔精霊だとすれば。
魔精霊が自らを封じるためにカレーナを連れてきたということ。
そしてその推測は―――
「……正常の精霊とバグに歪んだ精霊が入り交じる科戸山地下のバグダンジョン―――!」
その存在こそが補強してくれているのだ。
「そしてそれがかける殿を呪っている精霊だとすれば、彼女の祖先は葛野裏神社の社殿に入ってしまったことを示している……」
ルルが眉をひそめてそう零すと、『であろうな。黒い死体殿の仰るとおりよ。魔法少女……であったか?そのようなものは良う知らぬが、魔精霊の呪いであれば風化病だろうが暴走だろうが、あるいは闇の魔力だろうが……ありとあらゆる災厄が予想できよう。むしろその少女の家族に障が及んでおらぬのが不思議ですらある』とカレーナが言った。
「……だけど私達じゃ、神社の中を調べることが難しいわ……妖精郷トラップがある限り」
「ここは空悟さんに頼むしかないでしょうね。彼は力は強いが、魔力をほとんど持たず、更に勇者の兜らしきものに認められている。彼以上の適任は今はいないでしょう」
ルルに肩を叩かれながら、ミナは陰鬱な表情を彼に向ける。
その表情が謳わんとしていることは唯一つ。
「……まぁた清水さんにどやされるなぁ……」
ミナの脳裏に浮かぶのは、ニコニコしながら拳を振ったり包丁を研いでいたりする文の姿。
即ち、純粋な文への苦手意識であった。
トワイライトの氏族の名前はみんな横浜市の建物や場所から取られています。
ほかもだいたい元ネタはあります。
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