異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第156話「とりあえず乾杯」「乾杯」

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「というわけなんだ。危険なのは承知だが、お前しかもうおらんのだ!」

 

とんかつ定食を前に拝み倒してきたミナに、空悟は「ああまあいいけど。このとんかつもお前のおごりでいいわけ?」と一緒に頼んだビールをグイと飲み干してきょとんとした表情になった。

 

「大体、俺ら親友で仲間だろ。別に俺だけ危険ってわけじゃないんだし、そんなかしこまらんでもいいって」

 

そんな事を言いつつ、とんかつにタルタルソースをたっぷり掛けて空悟は口に運んだ。

 

「急に署にまで来たと思ったらそんなことか、って思ったぜ。今日は午後休で子供たちも文が見てるからな。健康診断もすぐ終わったし、この通り暇も暇だ。いくらでもやってるぜ」

 

とんかつソースをキャベツにかけて空悟は笑う。

 

午後休で、しかも彼は今は緑色のトレーナーにGパンというまるで貧乏学生のような出で立ち。

 

しかも神森警察署からはだいぶ離れた場所にいるからこそ、彼は遠慮なくビールをすすっているのである。

 

仲間とは言え、私用で休む日に付き合ってもらうのは気が引けたミナであった。

 

「すまねーな……正直、岬たちにも試してもらったんだが駄目でな」

 

ミナはそう言って、自分の目の前の素ラーメンに口をつける。

 

鳥取では有名な地ラーメンのひとつであるが、何故か今いるここ豊穣屋にはメニューが有った。

 

ミナのそれには定石通りに胡椒、揚げ玉が大量に入っていて、空悟は(こいつ本当にエルフなんだろうか?)と内心で苦笑する。

 

「妖精郷へワープしちまうトラップを解除……ってやつか。魔力を持ってると駄目ってか」

 

味噌汁をすすり、とんかつを頬張って飯をかっこむ。

 

そうして箸を置いて、二杯目のビールに手を付けつつ非番の刑事は親友を見た。

 

「んだ。かと言って、あの要石らしき石を神社の外に持ってくのは常人には相当厳しい。しかも廻さんや夕ちゃんはゴーレム扱いで触れることも出来なかったんだ。ぶっちゃけお前にしかできないよ」

 

ミナの見る限り、それは重石などというレベルではなく精霊力を用いて「地面に深く突き刺さっている楔」であった。

 

それを引き抜く膂力を持っているものなど、地球ではゴリラなど野生の獣たちのレベルであろう。

 

そんな芸当が出来る、魔力―――オドを殆ど持たないものなどおそらくは目の前にいる親友だけだという確信があった。

 

「まあそれなら仕方ないさ」

 

空悟はとんかつの最後の一切れを口にして、それをビールで流し込むと、味噌汁をご飯にかけてねこまんまにして食べ始める。

 

「……うまいよな、味噌汁掛けご飯」

 

「おう、うまいとも。で、お前一人で来たってことは他にも相談があるんじゃないのか?ルルくんのこととか」

 

ぼーっとねこまんまへの感想を述べつつ素ラーメンの汁をすすっていたミナに、空悟は唐突にそう投げかける。

 

「ぶっ!?」

 

「うおっきたねえ!?」

 

食べていたねこまんまを横に退避させながら、ミナの吹き出したスープを避けた空悟はそう叫び再び席についた。

 

「ぐぇっほ!?げふぉっ!!」

 

咳き込むミナにティッシュを渡しながら、彼は「……違うのか?」と真顔で聞いてくる。

 

「ちっがーう!違うに決まってんだろ!?」

 

その言葉に、空悟は数瞬うーむと唸って「いや、なんとなくお前らセットで動いてる印象がさ」と悪びれもせずに3杯目のビールを店員の金髪オヤジに頼んだ。

 

「……飲み過ぎじゃねえか?」

 

「いやあ、最近この程度じゃ全然酔わなくなってな。これも強くなったからかね」

 

力こぶを作ってニカっと笑う空悟に、ミナはげんなりした表情を向ける。

 

「いや、まあ最近のルルは落ち着いてるし、一人にしても大丈夫だろうって思っただけだよ。ヒトコシノミコト様の幸運の加護で余計なことをしないようになってるって話もあるしさ」

 

ミナも面倒くさくなったのか、「おっちゃん、私にもビール……じゃなくて、日本酒を冷で。後、板わさに餃子と麻婆豆腐」と酒モードに入ってしまった。

 

「おう、飲め飲め。別に嫌いじゃあないんだろう?彼のこと」

 

今はお前も女なんだろ、とは言わなかった。

 

そんなことは彼女自身が一番良くわかっていると、前世の彼をよく知る男は思っているからだ。

 

「……出来の悪い弟みたいなもんだな、今んとこ。ルルのせいでアホみたいな事態になったことも多いし、マジでそんな感じだよ。ぶっちゃけ恋愛感情芽生える相手とは思えんぞ、オレは」

 

届いた日本酒を自分のお猪口に注いで、ミナはそれを突き出した。

 

「とりあえず乾杯」「乾杯」

 

猪口とジョッキを合わせて、二人は苦笑した。

 

「つか、なんでお前がオレの恋愛相談めいたことしようとしてんねん」

 

「いやあ、そりゃおめーめんどくせーこと考えてるな、って思ったからだよ」

 

そうして、空悟は「俺が文と結婚したときのこと、覚えてるだろ?」と笑う。

 

「あーそりゃ覚えてるよ。忘れるわけねーじゃん。オレが普通に飯食ってる隣で、いきなりプロポーズだもんな。オレはビビったよ」

 

そうしてめでたく婚約者となった二人は程なくして結婚した。

 

今からおおよそ10年ほど前のことである。

 

「お前みたいにドストレートにはやらねえしやれねえし、うちのあっち側のババァ見たろ。あれの逸話聞いてりゃ恋愛なんて後500年はゴメンだね」

 

5000年と言わないだけマシだと思ってくれ、とミナはお猪口の中身を一口で飲み干した。

 

「なんでそんな気にするんだよ。そんなことより、今はかけるちゃんのことなんとかしねーといけねえだろうが」

 

ミナに指をさされた空悟は、「親友のことは気にするだろ。俺はお前と違って地球人なのさ。俺が爺になっても、死んじまってもそのままなんだろお前」と3杯目のビールを飲み切る。

 

「まあ、そりゃそうだが……」

 

「少なくともなんだ。茜さんだけは安心させてやれよ。悠長にしてる場合じゃねえぞ」

 

空悟は至極真面目にそう言って、出てきた麻婆豆腐を取皿に取って口にする。

 

「……わかってるけど、ルルは無理だって」

 

「そうかねえ……まあこれ以上は言わんよ。神社が閉まるの何時だっけ?」

 

ミナが拒否モードに入ったと思った空悟はそれ以上は言わずに今回のミッションの話に移った。

 

ミナもそれがわかっているのか、ふー、と息をついてから「16時で終わり。今が14時半だから……まあこれ食い終わるまではいようぜ」と微笑んだ。

 

餃子を胡椒と酢がたっぷり入った醤油皿にとって、口に入れて咀嚼する。

 

「ま、時間はないからな」

 

―――ミナは空悟に聞こえないように小さくそう言った。

 

それがこの昼食がてらの飲み会のことなのか、それとも自分がこの世界に居られる……否、この世界にいる大切な者たちがいなくなるまでの時間なのか。

 

それはミナ自身にもわからないのであった。

 

 

 

―――16時半、葛野裏神社。

 

ミナは鳥居の外で神社を睨めつけていた。

 

「あー、ここかあ。ガキの頃何回か遊びに来たっけか。周り工場だからあぶねえって親に言われて、そんで来なくなったんだったな」

 

空悟は既に酒も抜けた様子で髪を掻いた。

 

「しかし、このエルフの酔い醒ましって便利だな。スカッとアルコール抜けたぞ。検知器にも反応しなくなったし」

 

そう聞かれたミナは、「ああ、割と便利なんだよな。錬金工房も出来たから、そのうち数も増やせんだろ」と答える。

 

既に周囲には遮音の術が展開され、会話が誰かに聞かれることはない。

 

ミナは怪しまれないように神社の脇のバス停のベンチに座った。

 

「んじゃ、よろしくな。この形の石だ。ちょっと……5cmか10cmくらいでいいからずらしてくれ。そのくらいなら器物損壊にはならんだろ」

 

そう言って、少しいびつな小さな庭石が描かれたメモを渡す。

 

「わかった。じゃあ行ってくる」

 

そうして空悟は鳥居をくぐった。

 

罠は―――反応することなく、空悟はそのまま境内を歩いていく。

 

やがて彼は、神社の境内の脇の方に置いてあったそれをすぐに見つけた。

 

「……ソフトボールくらいの大きさしかないな……」

 

予想よりも小さかったことに彼は少し驚いて、そしてそれを思いっきり持ち上げようとした。

 

「!―――ぐぬぬぬぬぬぬ……!」

 

しかし、それは凄まじく重かった。

 

空悟はその庭石がおそらくは500kg余りあるであろうことを直感する。

 

「んぐぐぐぐぐぐ―――!」

 

腹に力を入れ、腰を落として、まるで頑丈な岩盤に突き立たれた杭を引っこ抜くかのような重さを持ち上げる。

 

「―――!」

 

もはや無言となり、それを掴み、なんとか持ち上げて―――

 

1歩歩いたところで限界が来た。

 

ミナの言うとおりに、その場から少なくとも一歩―――50cmは離すことが出来たことを確認して彼はその庭石を地面に落とす。

 

ドスンとかズシンとか、そういう重量物が落ちるような音がするかと思ったがさにあらず。

 

ころん、という小さな石が転げる音と―――バキン、という何かが砕ける音が空悟の耳朶を打った。

 

「これは……」

 

空悟が言った瞬間、ミナがこちらへ走ってくるのが視界の端に見える。

 

「よしサンキュウ空悟!これで結界は解除されたぞ!」

 

鳥居をくぐったミナにも罠は発動せず、今のばかみたいに重い石を動かしたことがその結果につながったのだと空悟にもわかった。

 

「……なんだこれ。軽い……」

 

落としたその石をもう一度持ち上げようとすると、それはなんともあっさり持ち上げられてしまい彼は口をへの字に歪める。

 

つまりは、精霊の力がその石から失われたのだろう。

 

その証拠にミナが鳥居をくぐって境内へと走り込んできた。

 

「よっしゃ!よくやってくれた親友!復活する前に中に踏み込むから、ここで待っててくれ!」

 

空悟の脇をすり抜け、誰も居ない境内を走り社殿に至る。

 

そして「世界を支配する偉大なるロジックよ、我が声に従い閉ざされたものを開け。アンロック」と鍵開けの呪文を唱えて扉を開く―――すると。

 

「……ビンゴ。まさかな!ここにもあるなんて……」

 

「おい、三郎……それは、なんだ?」

 

後ろから親友の声が聴こえる。

 

しかし、ミナの目はそこから動かない……

 

社殿の中にあったのは、そう、黒い穴。

 

即ち。

 

「……俺にはダンジョンの入口に見えるんだがな……?」

 

「ああ、オレもだぜ。もう一つのバグダンジョンがこんな場所にあるとは……そりゃあ、こんな七めんどくせー結界を作んなきゃいけないはずだぜ」

 

空悟の苦笑交じりの質問に、ミナはそう答えて肩をすくめる。

 

その瞬間。

 

―――ようやく来たな。我が契約者に連なるものよ。

 

少年の声を思わせる、しかしどこか乾いた声音が社殿に響いた。

 

「……あなたは」

 

―――その答えはこの下で答えよう。まずは試練を突破することだ……森人の勇者ミナ・トワイライトよ……

 

そうして声と気配は消えていった。

 

「……三郎、今のが魔精霊ってやつか?」

 

「わからん。だが、少なくともここに潜ってみなきゃあかけるちゃんのことも、魔精霊のこともわからんということだけはわかる」

 

ミナはそう言うと、社殿の外に出てその扉をしっかりと締める。

 

「……とりあえずやるべきことはわかった。次回のダンジョンアタックは、こっちからだ」

 

ミナはそう言って境内まで飛んだ。

 

「よし!オレはルルんところに行ってみるわ!空悟はどうする?」

 

「俺は家に帰るよ。そろそろ文が飯を作り始める時間だ。俺がガキどもを見てないといかん」

 

ニコリと笑った空悟に「ならよし」と笑いかけ、ミナは家路につく。

 

その背中を見送った空悟は、バスの時間を確かめて「……文に遅れるって電話しとくか」と苦笑するのであった。

 

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