異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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次の日曜日。
全員の都合がついたその日、黄昏の傭兵団の七人は葛野裏神社の境内に集まっていた。
廻はいつもの姿で―――夕は何故か晴れているのに雨合羽を着込んでいる。
『ここか……』といつもよりくぐもった声が境内に響いた。
そう、彼女だけは戦闘用の躯体を装備してここに来ているのだ。
「今回の後詰めは私だが……無理はするなよ、夕」
『わかっている。私はお前の方が心配だよ』
半ば揶揄するような口調で廻にそう言った夕は、足早に社殿へと歩いていった。
「……うむ。迷いは切っ先を鈍らせる」
廻の悩みはこの頃には岬にもはっきりわかるようになってきていた。
兵器か兵士か、それとも人なのか。
それを選んで答えを出すのは、廻自身であるし、岬にも夕にもできることではないだろうと岬は思っていた。
「大丈夫ですよ。答えなんかただの人間だってちゃんとは出せないのです。ゆっくりやっていきましょうですよ」
岬が励ますように言って、社殿の中へと消えていく。
それを見て廻は気持ちを切り替えた。
「当初の予定通り、最悪の場合は君たちが脱出した後光学隠蔽を施した秋遂で神社を爆破する。それでいいのだな?」
廻が袖をまくってそう聞くと、ミナは「うん、オッケーです。神主さんとかには申し訳ないですけど」と苦笑する。
既にいつもいる神主などの人々にはノスタルジーの呪歌でお帰りいただいていた。
「それに秋遂さんの攻撃は基本物理攻撃ですから、私とルルがリペアーかけまくればいいので―――魔法や精霊術がかかっている物品以外は直せますので」
ミナはニコリと笑った後、踵を返す。
「じゃーいくぞー恋ちゃん、空悟ー」
「あいよー」「わかったねーちゃんー」
少し離れた場所にいた二人に声を掛けて、そして―――
「んじゃ、やろっか。ルル」
「ええ、ミナさん。やりましょう」
社殿の扉の前で微笑むルルを促した。
「なんでかしらねえ……かけるちゃんのことを助ける話だったはずなんだけど、なんかとっても重大なことがわかりそうな気がしてるのよ、私」
「奇遇ですね。僕もです。まるでここに来いと最初から言われていたような気すらしていますよ」
二人はそうして笑い合って、社殿の中で待つ仲間たちのもとへ赴く。
そこでは黒い球体を前に、岬が「……間違いなく科戸研究所のダンジョン入り口と同じ感じなのです」とそれを見つめていた。
「ええ、間違いないわ。バグダンジョンでも厄介なのはこういうワープポイント系の入り口が多いのよね。それだけじゃないのだけども」
ミナはそうして黒い球体に手をかざす。
「……うん、大丈夫。入りましょう。科戸山地下ダンジョンよりは……素直なダンジョンだといいなあ」
ミナは少し遠い目でそう言った。
「おいおい。わからんのか?」
「わからんって。とりあえずバラバラに飛ばされることはなさそうだってことだけはわかったけどな」
空悟の疑問にそう返して、ミナは球体に触れる。
「うん……発動タイプのワープポイントだな。みんな足元に注意してな!」
「「はーい」」
子供二人の声が響く―――その瞬間に六人は社殿の中から消え失せた。
まるで最初から何もなかったかのように、伽藍とした空間に風だけがただ吹いている……
一面の空と水晶の床と壁。
下を見れば、同じようなフロアがあるのだろう。
ただただ透明な空間がずっと続いていた。
「これは……土の精霊の術は触媒分しか使えないわね」
開口一番、ミナの口から出たのはその言葉であった。
『透明度九十二%以上の壁と床で構成されている。強度はほぼ鋼鉄と同等。やはり地球上でありえる物質ではないな。この構成素材のため、どこまで迷宮が続いているかは目視では観測不能だ』
夕はそう言って『ついでに言えば地面の曲率は文字通りの『真っ平ら』だ。電波も壁面素材で乱反射するため、電波探信儀及び音波探知機での探索も近距離を除き不可能』と続ける。
「平面宇宙説の世界ってか?」
「バグダンジョンではよくあることですよ」
ルルが杖を掲げて、呪文を唱え始める。
「偉大なるロジックよ。夜道に光を。我が求める影を照らしたまえ。ロケート・オブジェクト」
―――すると捻れた杖からまっすぐに光線が流れ出し、壁と思わしき部分に沿って走っていった。
「今のはなんなの、ルルにーちゃん?」
「ロケート・オブジェクト。特定の物を探すための魔法ですね。今回は『階段』または『次のフロアへの入り口』を示すように」
恋の質問にそう返して、ルルは「とはいえ、これは本当にこの手の方向すらおぼつかないようなダンジョンでしか使えない方法ですけども。本来は宝箱とか罠とか、そういうものの位置を大まかに知るための魔法です」と続ける。
「そうそう。階段とかだと曖昧過ぎて見つかんねーってパターンが多いのよね。でも、今は方向がわかるだけでもありがたいわ。夕ちゃん、ペイント弾とか持ってる?」
ミナはそう言って、いつでも抜けるようにルルからカレーナの剣を受け取る。
『Zzzzz.........』
どうやら休眠しているカレーナを今は起こすことなく、夕を見ると『無論だ』と彼女が睨めつけてくるのが見える。
「ならOKね。ロケート・オブジェクトの示すあたりで片っ端からペイント弾で壁に色を塗っていきましょう。私もいくらかペンキとか持ってるからそれも使ってね」
「おう。じゃあ進んでみるか」
そうして空悟が今津鏡を佩き、右腕に一〇〇式機関短銃を持って歩き出す。
ふと気付いたかのように振り向いた彼は、親友に「ところで時計はちゃんと動いてるか?」と聞いた。
「…………」
「なんでそこで黙るんだおめー」
「……いや、まあそのだな。まただよ。イーガックの懐中時計が動いてねえ。中の時間おかしいわこれ」
押し黙ったミナが懐中時計を空悟に見せると、「またかぁ……」と彼は呟く。
「よくあることなのか、これ」
「よくあることじゃねえんだなあ、これが。まぁまぁ見るものではあるけども、そんなフロアがあるダンジョン2連続なんて始めてだよ」
空悟にそう返して、ミナはその隣を歩き出す。
「今回は前衛は私と空悟、夕ちゃんと恋ちゃんは中衛、ルルと岬が後衛ね」
ミナの言葉に全員が無言でうなずいた。
「夕ちゃん。レーダーが利かないって言っても、どのくらいまで利かないの?」
『二〇米ほどだ。この壁だと光学目視の方がマシだと思う。やれやれだ』
ミナの質問に、夕はそう答えて肩をすくめてため息をついた。
「へぇ、じゃあこの壁は電波もある程度透過してるって言うことになるわね」
ミナが感嘆してそういうと、「実体であって実体でなく、虚像であって虚像ではない風水晶の塔……か」と謳うように呟いた。
ミナの見るところ、土の精霊は全く活動していないし、石や家の精霊も同じ。
炎や水は光と水分を含む大気があれば使用できる。
やはり完全に風の精霊の領域であることを確認できたミナは、無限のバッグの中を確認した。
―――中には3週間分の食料と水が詰まっている。
土の精霊がいない空間で食べられる魔物や植物、動物が見つかることはまずない。
この食料が尽きるときがタイムリミット、というわけであった。
「でも外との時間とも半ば切り離されているし、これはクリアするまで帰れないやつね……」
ミナがため息をつく。
脱出する方法の一つや二つはもちろん存在する―――というか、最悪の場合記憶陣で戻ってしまえばいい。
この空間がミナの術の発動を遮るほどの力を持っていないことは―――ミナもルルも平然と行動していることからも明らかである。
二人は体内の精霊力をこの空間に乱されていないのだ。
ミナは半人半霊のハイエルフ、そしてルルはその存在そのものが死に等しいノーライフキングである。
彼女らの本質にまで干渉する力はこのダンジョンの主にはない―――可能性が高いのだ。
「ルル、あんた食料どんくらいまだ持ってる?」
何気なくそう聞くと、「はっはっは。そういうと思って、いつも半年分くらいは入れてありますよ」とルルが返してくる。
その軽い声音に、ミナは「いや、邪神の空洞でほとんど食べたでしょ。いつの間に……」とジト目で返す。
「そりゃあもう。水木ななかさんでしたか。彼女の実家は食料が安くていい。あそこで買い揃えました」
ニコニコとルルは笑う。
その笑みにミナは「いやいや、ちょっと待て。流石に6人7人の半年分つったら何十万円もかからんか?」と疑問を呈した。
「あー……実は、そのですね。僕の持っている特に魔法のかかっていない装飾品をスナック黒十字の店長に買い取ってもらいまして。何故か存外に気に入られてしまって」
「おう、いつの間に何やってんだオメーは」
自分にジト目を向けたミナに、ルルは「仕方ないじゃありませんか。本当にただのネックレスでしたし。いくらでも払うから、と廻さん夕さんの働く店の主人に頭まで下げられては」と不本意そうに目を閉じた。
「……ん?ネックレス?」
ミナは思い当たるフシがあるようで、露骨に嫌な表情を浮かべる。
それに気付いた恋が「なんのネックレスだったんだい、ルルにーちゃん?」と聞いてみた。
「ああ、実際に見た夕さんは知っているでしょう。クァワセドルファトギィフジコループという伝説上の生き物を象ったネックレスです。バグダンジョンではない、古代の遺跡で見つけたんですが、まあ黄金と白金、それから複数の宝石で出来ているという事以外魔術的にも歴史的な意味合いでも価値のないものでした」
「くぁ……?」
『クァワセドルファトギィフジコループ、と言っていたな。それはどういう生き物なんだ?』
長すぎてとっさに言えなかった岬に代わって夕がそう聞くと、ルルは「本当に伝説上の正体不明、ってやつですね。こちらの世界だとそうですねぇ……赤い洗面器の男とか牛の首とか……そういうオチのない怪談とか漫談に出てくる存在です」と答えてケラケラと笑った。
「ああ、あたいも芸能界の先輩にその赤い洗面器の男の話聞いたわ。危うく騙されるところだったけど、ドラマのネタだった……それみたいな?」
恋がそういうと、「そういうことです。まぁ喜劇でも怪談でもよく使われる生き物ですね」と答えて肩をすくめる。
慎重にほとんど透明な壁を叩きながら進むミナが、「ホントまじであれはなかったわ……」と嫌な表情を崩さないまま、ロケート・オブジェクトの示す方向へと進んでいった。
「どういうことだ?」
空悟がミナと同じように、刀の鞘で壁を突きながらそう聞くと―――
「古代の遺跡ってのがガセだったんだよ。お定まりの悪の魔術師が、自分の領地を作ろうとして遺跡めいたものを作ってたんだ。まぁまぁ金になるものはあったけど、それだけでな。当時のオレらはもうその程度では端金にしかなんねーくらいには上級だったんで、骨折り損のくたびれ儲けだったんだよ」
ミナはその時のことをあまり思い出したくないのか、そう言って深い溜め息をついた。
「で、そこで魔術師から巻き上げたものは大体はお金にしてしまって、パーティーメンバーや友人知人の飲み代に消えました」
ルルは逆に楽しそうに言って、綻ぶような笑みをミナに向ける。
「そうそう。んで、どうしてもあのネックレスだけ売れなかったのよね。あまりに造形がひどすぎて」
想像上の生き物でしかないそれを、魔術師が造形してみたもののようだったが、出来が悪くその魔術師の美的センスのアレさを如実に表す代物であったと言う。
「それはともかく、どういう経緯でそのネックレス店長に見せたの―――その話はまた後で」
ミナがロケート・オブジェクトの光が曲がっていく角を見据えると同時に、夕もまたそちらを向く。
『―――電波が歪曲されて誤情報が入ってくるような罠になっているな……この空間は。私の探知はここからは当てにするな!』
叫ぶように言った夕が殺人光線を発射すると、曲がり角から突然何かが飛び出してきた。
『実探知範囲、八米―――これでは光学目視以外は役に立たん!』
「そうみたいね!空悟!精霊は鉛玉を嫌う!存分にぶっ放してやれ!」
ミナがそう言ったが早いか、空悟の一〇〇式機関短銃と夕の腕部機関砲が火を吹いた。
現れたのは獣の姿をした青く透けている獣……ウィンドライオンと呼ばれる精霊系の魔物である。
『ガァァオオオオ!!』
鉛玉は確かに効いているようで、透明な獅子は雄叫びを挙げつつも怯みたたらを踏む。
「よし!死ねぇ!」
言うが早いか、ミナが飛び出してその手のカレーナの剣で獅子の首を跳ね飛ばした。
悲鳴すら上げることなくウィンドライオンは風に溶け消え、ミナは剣を鞘へと納めた。
『……アレ?我、寝てたかの?』
インテリジェンスソードはその衝撃をなんでもないかのように起き抜けのだらしない声を孫娘へと向けてくる。
「まだ寝てていいわよ、バーチャン。バーチャンの出番は当分先だから」
『わかったぁぁ……我を使うときはもう少し優しう頼むぅ……Zzzzz……』
孫の言葉にそのまま眠ってしまった祖母を起こすつもりはミナにはなく、そのまま「よし、行くわよ」と歩みだした。
「……その婆さん、寝るんか」
「インテリジェンスソードだから、寝るんだよなぁ……」
空悟の呆れた声に、ミナもまた呆れた声で返す。
まだまだ先は長そうであった。
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