異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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次のフロアも同じような構造であったが、今度は完全にロケート・オブジェクトが効果を発揮しない状態になっていた。
「ねぇ、むくろちゃん?ここはどう行けば良いのかなあ?」
ミナが空中でクロールをしているむくろに聞くと、彼女は『わかんなーい♪あはははは!』と笑うばかりだ。
これ以上聞いても無駄だと判断したミナは、恋に「大丈夫?そろそろ休憩しようか?」と声を掛けた。
現在の黄昏の傭兵団の中では一番の新参であり、当然冒険者現象の恩恵も一番薄い恋が最も疲労しているであろうと思ってのことである。
「うん……もう6時間位歩いてるからな……あたい、ちょっと休みたい」
はーと太ももに手をおいて前かがみにため息をついた恋に「じゃあそうしましょ」と返して、ミナはバッグからブルーシートを取り出した。
「上も下も青空で、なんか感覚おかしくなりそうなのです」
広げられたブルーシートの上で体育座りをした岬がそういうと「あたいもどーかーん」と恋が天を仰いで腕を背中側について足をを伸ばす。
ミナはその様子に、冷えたペットボトルを投げ渡した。
「さんきゅー、ねーちゃん」「ありがとうなのです」
礼を言ってキャップを開けた二人を見て微笑んだ後、隅で不機嫌そうにしている夕にもペットボトルを投げ渡す。
『……感謝はしておく』
彼女はそうとだけ返してまた沈黙した。
『えーなんで黙っちゃうのー?お話しよーよー』
そんな夕の肩にむくろは座ってニヒヒと笑う。
『特に私からお前と話す内容はない』
にべもなくそう言い返した夕は、キャップを開けて中の茶を口に流し込んだ。
『えーいーじゃーん。ボク、もうずっとここに一人でいるんだよー?付き合ってくれてもいいじゃーん!』
不満そうに唇をすぼめる彼女の姿は当然夕にも恋や空悟にも見えているわけではない。
だがその声音からどんな表情をしているか想像がついた恋や空悟は苦笑しつつも、少しだけ疑問を持ったような表情をしていた。
そんな恋の気持ちを代弁するかのように、空悟は笑みを崩さないまま「そんなにずっとなのかい、君。いつからいるんだい?」と聞いてみた。
『そんなのわかんないなあ……ボクはずっとここにいるように作られているって誰かから聞いただけ』
ミナにはその言葉と、この空間の時間の停止具合から見て、ほとんど―――永遠に近いくらいこの少女の形をしたものがこの場にいることが把握できた。
「なるほどね……かけるちゃんとの関係もまぁまぁわかったけど……」
ミナはこめかみに指を当ててしばし呻く。
(多分、この子はシステム……なんらかのシステムね。そしてかけるちゃんとそっくりで、かけるちゃんは呪いを受けている……もう少しでなにか答えが出てきそうだけど、まだ情報が足りないわね)
ミナはため息をついて、クッキーを一枚かじった。
シナモンをたっぷり入れた手作りのお菓子。
それを食んでミナは瞑目した。
ここまでには魔物たちはそこそこの数が現れている。
バグダンジョンであることは間違いがなく、2階層めでは透明ではあるが宝箱もいくらか見つかり、中には意味不明の文章の書かれた物体もあった。
「進んで見るほかない……か」
「ええ、進んでみるしかないですね」
隣にちょこんと座っているルルにそう言われて―――
ミナは空悟に言われたことを思い出して、ため息をついた。
「竜の肉体も朽ち、神の魂も薄れ、上古の森人もまたやがて滅んでいく……か」
ミナの脳裏には様々なものが去来する。
「そんなことは滅んでから考えればいいんですよ」
ルルがミナに飴玉を渡して笑う。
「あたしもそう思うですよ。今はかけるちゃんを助けることだけがあたしには重要なのです」
岬は拳を握りしめてガッツポーズを取る。
その様子にミナは笑い、そして「わかってるわよ、ふたりとも」と返して飴玉を口に入れた。
「このままフロアを彷徨っていても次のフロアに行けるとは思えないわ。むくろちゃんも前のフロアのことしか知らないみたいだし、ロケート・オブジェクトも意味をなしていない」
ミナは問題点を一つ一つ挙げていく。
「そして前のフロアよりも魔物の数が多い。それ以外でなにか気付いたことはある?」
彼女の言葉が途切れると、今度は空悟が手を上げた。
「魔物を倒すごとに雲の流れが早くなってるような気がするんだけど、エルフ的にどう思うよ、お前」
何気なく簡単にそう言って、空悟は手の中のサンドイッチを食む。
それを聞いたミナは天を仰ぐ―――仰いで、空に精霊力が、水と風の精霊力が強く強くうずまき始めていることにようやく気付いた。
「まさか……倒した精霊が精霊力そのものに変換されて大気に還っている……?」
前のフロアでこんな気配はなかった。
いや、今のフロアで気づかなかったのだから、前のフロアでも気づかなかった可能性が高い。
なまじ精霊力感知に頼っていたために気づかなかったことだ。
「……空悟、よく言ってくれた。気づかなかったら大変なことになっていたかもしれん」
ミナは盛大なため息をつきつつ、空を見た。
「穿つがごとくに集まる精霊の力……なるほど、正規ルートはそういう力技で来いやってことかよ……」
―――それがどういうことか。
簡単な話である。
「つまり、あれか。力技でフロアをぶっ飛ばさないとだめとかそう言うのか」
ミナは空悟のそのサッシの良さに苦笑して、肩をすくめた。
「せやで。このフロアの精霊を倒し尽くすと多分あの雲の流れを作っている風がこのフロアを全部吹き飛ばすんだ、多分な。で床に大穴が開いて次のフロアに行けるって寸法よ」
ミナはその言葉に続けて「もちろん、その爆発に近い暴風をこっちが耐えれるって前提があるけどね」と苦笑する。
「……大丈夫なのか、それ」
「やってみなきゃわからん!後はこのクッソ透明な世界で前のフロアでむくろちゃんを見つけたみたいにリドルを解かなきゃならんが……」
ミナは頭を振ってルルを見た。
代わりに説明してくれ、と言わんばかりのミナの態度にルルは瞑目して笑い、「ロケート・オブジェクトが効果を成さない以上、虱潰しにフロアを探索しなければならないでしょうが、おそらく見つける前に空の精霊力チャージが終了して大爆風が起きるでしょうね。だったらいつでも防御できるよう準備しつつ狂った精霊たちと戦っていたほうがマシでしょう」と空悟に言った。
「マジかあ……」
「つまりなんだ。あたいらのレベルアップも兼ねてバトらなきゃ死んじゃうかも知れないってこと?」
目を掌で覆って天を仰いだ空悟を見て、恋が不安そうにそう返してきた。
「ご安心を。肉片の一つも残っていれば、1時間以内なら何をどうしてでも蘇生する手段は持っています。僕も、ミナさんも」
ルルはまるで安心させる気がない口調でそう笑って恋に何やらおどろおどろしい指輪を渡した。
「……なにこれ」
「最悪の場合でもこの指輪を嵌めていれば、嵌めていた部分からそうですねえ……この世界でいうと半径10cmほどの部分の構成物質をたとえ完全に第一原質にまで分解されていようとも、それを構成していたエネルギーや残骸、それと使用者の霊魂全部が僕の手に戻ります。そこで蘇生手段を行使すれば生き返れますよ」
しれっとそんな恐ろしいことを抜かしたルルに、恋は「何も安心できないんだけどぉ!?」と大声で叫んでしまう。
「いやまあ、これ相当すごいアイテムなんですけども。高位の冒険者や下手な死に方したら大変なことになる大国の王族はそこそこの割合で持ってるレアアイテムなんですよ?」
贅沢だなあ、とルルは不満げに腕を組んだ。
すると「はいはい、怖がらせてんじゃないわよ」とミナがいつもどおりにルルの頭にチョップを食らわせて苦笑した。
「痛いじゃないですか」
「痛くしてんのよ。まぁ、そんなに怖がらないで、恋ちゃん。これはリインカーネーションリングって呼ばれてるもので、実は死んだときの数十秒間の記憶は消してくれるのよ。だから死んだときの激痛とか苦しみとかは忘れさせてくれるわ……って安心できねえなこれも」
ミナはアイテムの説明をすると、セルフツッコミを入れて頭を抱える。
その様子に岬が「まぁまぁ。死ななければ良いのです。あたしも恋ちゃんもプロテクションもどきは使えるようになっているのですし、空悟さん以外全員バリア技使えるじゃないですか、あたしたち」と笑いかけてくる。
『まあな。私も電磁防壁は張れるし、戦略核兵器の直撃でもなければ平気だろう』
ミナはその言葉に苦笑する。
……そう、台風の持つエネルギー量たるや平均的に10の18乗ジュールと言われ、それはおおよそ核出力―――通常はTNT爆薬の量に換算される―――にして数百メガトンという途方も無いエネルギー量を持つ。
もちろん核兵器と台風、そして精霊力の爆発的解放は単純にその比較になるとは言い難いものだ。
だが、それでもミナは一度遭遇した―――精霊の怒りが巻き起こした災害がまさに核兵器の如き爆風によってある国の首都を灰塵に帰した事実を知っている。
今回もそのレベルの爆風であれば、ミナとルルが全力で防護魔法を使えば防げるだろうが、そのレベルを超えているのであればもっと対策を取らなくてはならないだろう。
「とりあえず敵はこっちを積極的に攻撃してきてるから、上空の精霊力の集まりの中心点に近づかないようにフロアを巡っていくようにしない?」
『はーい』
ミナが提案した言葉に真っ先に賛成したのは、退屈そうに空を泳いでいたむくろであった。
『爆心地になりうる場所から離れるのは当然だ。否やはない』
次いで夕が賛成すると、他の4人も首肯する。
「よし。じゃあそうしましょう」
イーガックの時計を信じる限り時間は無限にあれど、仲間の半分は地球人なのだ。
そんな長い時間をなにもないここで過ごさせれば、精神に影響を来す可能性もなくはない。
無論、邪神の空洞に共に挑んだスハイルやハニーファを始めとする極まった冒険者たちであったのならそうではないが、空悟たちはそのレベルには達してはいないのだ。
悠長にリドルを解くよりも手っ取り早い方法を選択したことが吉か凶かはまだわからない。
ミナはそう思いながらも立ち上がり、休憩の終わりを宣言するのだった。
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