異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第161話「そうであったとして、簡単にやらせるものですか」

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―――命を賭けるには相応の理由がいる。

 

誰が言った言葉だろうか。

 

ぽっかりと奈落そのもののように空いた穴を前に、ミナはふとそんな気持ちへと至った。

 

至ったところでどうにかできるわけでもないことは自分でもわかってはいたが、それでも命を賭けるには理由がいるのだ。

 

自分のように冒険が楽しいからと命を賭けられるイカれた人間はそう多くはない。

 

ミナにはそれがよくよくとわかっていた。

 

「浮かない顔してんなよ、親友」

 

「っせーな。変なこと思い出させたお前が悪い」

 

「じゃー自衛官目指してた話すんなよ、アホ」

 

親友二人はその奈落を覗き込みながら、先程の軽率な話の反省と罵倒をしている。

 

やがてひとしきり話が終わると、「どうやって降りればいいと思う?」と空悟が聞いてきた。

 

「そりゃまあ……もうこれはフォーリングコントロールとグライドで下りるしかねえんじゃねえかなあ」

 

重量を操作する古代語魔法と翼を生やす精霊術であれば、おそらくは300mはあるこの奈落も容易に降りていくことができるだろう。

 

「ああ、半グレ事件の時におめーがやったアレな」

 

「そうそれ」

 

ミナがそう言って立ち上がり、膝と腿をパンパンと叩いて埃を払う。

 

その様子に岬が「グズグズしてる暇はないと思うのです。こうしている間にもかけるちゃんには危険が迫っていると見るべきなのですよ」と拳を握って、早く行こうと急かしてきた。

 

恋も無言でそれに首肯すると、ミナは「よし!じゃあ早速行くわよ!」と叫ぶように拳を固めた。

 

「じゃあ、ルル」

 

「はい、落下制御はおまかせを」

 

ルルがうやうやしく傅いて、その黒血にまみれたローブをそのままに立ち上がり古代語を唱える。

 

ミナもまた風の翼を生やすためにこそ精霊へと呼びかけていった。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ、我等が身にのしかかる大地の軛を緩めたまえ―――フォーリングコントロール」

 

「シルフよ、風の乙女よ。我等に風を受け取る翼を与えよ!」

 

二つの呪が六人に翼を与えていく。

 

「落下時の衝撃に注意ね。最悪、フライトの術とかも唱えるから」

 

そうミナが言うと「飛べる魔法なら最初からそれ使えば良いんじゃねえのか?」と空悟が聞いてきた。

 

「ハングライダーと航空機、どっちが操縦難しいと思う?」

 

「あ、だいたいわかった」

 

ミナの言葉に瞬時に納得して、空悟が一番最初に飛び降りた。

 

「おおおおお……ゆっくり落ちていくなこれ……!」

 

徐々に声を遠ざからせながら、空悟が奈落へと滑空していく。

 

それを見てミナはルル以外の他の3人を促した。

 

「まあ、後は岬も恋ちゃんも飛べるから大丈夫よね?もし空悟が制御不能になったりしたら助けてあげて」

 

ミナが促してやると、二人は「はいなのです!」「わかってるぜ!」と元気に叫んで、そのままいつもどおりに空を駆けていった。

 

『……なにか言いたいことがあるのかもしれんが、私も脚部に噴進推進装置は装備している。また、数百米の自由落下に耐える筐体であるので心配無用だ』

 

夕はミナに自分の重量について何か言われる前に、そう言ってとっとと飛び込んでいってしまう。

 

その様子にやはり彼女も女性なのだなと苦笑したミナは、ルルに「じゃあ私達も」と言って飛び込んだ。

 

ルルが一瞬遅れて飛び込んだのを横目に、まるで深海へと落ちていくような、しばしの空の旅が幕を開けるのであった。

 

 

 

ふわふわと浮かぶがごとくに落ちていく。

 

重力の軛を中途半端に取り払った、まるで月世界の歩行のごとくに降りていく。

 

その終わりの知れない落下を味わいながら、ミナは腰に佩いた祖母の声と魂を持つ剣に声を掛けた。

 

「……まだ続くと思う?」

 

『南の風が育む地の森は、深く暑く人を拒む。奴めがノトスなのであればまず間違いなく後数層はあるであろうよ』

 

眠たげな声でそう答えた祖母に「……まあそうだよね」としかミナは返すことが出来なかった。

 

『ふははっ!そう心配するではないぞ。奴めは何ぶんポントスやボレアスと並ぶ古き精霊。思考は半ばボケておる……魔精霊となっているのであればどうかわからんがの。ただ、やつは単純であった。汝なら乗り越えられようよ』

 

楽しげに信頼すら感じる声音で言ってくる祖母に、ミナは苦笑い「マジかい、バーチャン」と返す。

 

『信じられぬのはわかるがのう。我は汝の祖母。何、生命を賭けた場所のみは嘘も遊びもやるまいよ……我らの血族の祖、虹の帝がそうであったようにの』

 

くつくつと煮込まれた鍋の起こす音のような笑いが響いてくる。

 

「ま、そうなんだろうけどさぁ……バーチャン、まじで真面目に生きる気ねーのな……」

 

呆れたような声に祖母は『ファファファファ!汝とて冒険という享楽と友との語らいにしか生きれぬ武辺者ではないか!あーはははは!これはなんとも面白き事を言う!愉快じゃ!我が血族はこれと見定めた執着にこそ一生の総てを費やすのだ!そう覚えておくが良い、我が血族において最も強く優しき者よ!』と哄笑を上げた。

 

その言葉をいつかに聞いた覚えがある。

 

そのいつかに怒った記憶がある。

 

だが、今のミナにはそれに怒る理由はなかった。

 

事実、大切な者たちと酒を酌み交わし、慈しみ合い、冒険に血道を上げることこそ彼女の生涯の喜びであるのだから。

 

ふっ、と鼻で小さなため息をついて「うちの一族、やばくね?」と冗談交じりの言葉が祖母へと投げかけられた。

 

カレーナは何を今更、と。

 

姿が見えたのであれば、きっと肩をすくめてニヤリと笑って、その瞳を嘲るがごとくに彼女に向けたであろう。

 

『その本能こそ、我ら黄昏の氏族の本懐よ。汝は何より近いのかも知れぬなあ……仕方がないことだが、我が守るのも吝かではなし』

 

カレーナはそう面白そうに言う。

 

その言の葉にミナは覚えがあった。

 

他ならぬ父からの言葉。

 

忘れてはいけない一つの言葉を。

 

「……わかってるわよ、バーチャン。そうであったとして、簡単にやらせるものですか」

 

ミナは邪神のこともそうだが、それと同じくらいに対処が難しい件を一つ思い出す。

 

それがいつ黄昏の傭兵団に牙をむくかは、今はわからないことであった。

 

そんなことを思う間に、大地―――否、形を持った空というべき雲の群れたちが足元を出迎える。

 

その頼りなげな地面は、SMNの首魁によって歪められた白き空にて感じた雲の道よりもなお柔らかく頼りのないもの。

 

ミナとルルにはそんなものは慣れっこであったが、そのクリームへと沈んでいくかのような感覚に岬と恋は辟易としていた。

 

「わーうぅ!あーうう!沈むのです!空飛んでないとあたしたち沈むのです!」

 

岬が大慌てで空へ舞い上がるが、当然のように空中での推進力を持たない空悟だけはズブズブと沈んでいく。

 

「おわー!?沈む!沈む!」

 

ずぶずぶと沈んでいく空悟に、恋は「うおおおお!沈むなぁあぁァァ!!」と叫んで彼の腕を掴んで引っ張り上げる。

 

幸いにしてそのクリームのような雲はそこまでの拘束力はなく、空悟はあっさりと空へと浮かんだのであった。

 

「びっくりしたぁ……ありがとう、恋ちゃん」

 

「びっくりしたのはこっちだぜ……なんだこれ……メレンゲみてえ」

 

恋はその雲のような何かを足で蹴っぽりながら怪訝な瞳となる。

 

「うーん……また珍しいものがあるわね」

 

そのメレンゲめいた白い海の上に降り立ち、ミナは微笑む。

 

「これは精霊の海よ。風と水の精霊の塊……ってやつね。まぁまぁ珍しいものだから、よく見ておきなさいよ」

 

ミナはそういってふわふわと泡の上を跳ねるように歩き出した。

 

そうしてみていると確かに妖精の一種なのだな、と思える典雅な足取りに『普段からそうしていれば貴人のたぐいなのだがな』とジェット噴射で浮かぶ夕が皮肉を語る。

 

「普段からこうしてたら誰も彼もうやうやしく扱ってめんどくさいでしょ。下品で酒と肉好きなバカエルフくらいの扱いで丁度いいのよ」

 

ミナが掌をひらひらと振って笑うと、周囲をぐるりと見渡して呪文を唱えはじめた。

 

「偉大なるロジックよ。夜道に光を。我が求める影を照らしたまえ。ロケート・オブジェクト」

 

まず唱えられたのは物探しの魔法。

 

しかし、その光はミナの杖から離れるとすぐに淡雪のように消え去ってしまう。

 

「でーすよねー……まあ流れた方向はあっちだからそっちにいきますかぁ」

 

ミナが歩き出すと、ルルがその後ろをついていく。

 

「明らかに罠と見るべきだと思うのですけども」

 

「いつもどおりに食い破るわよ」

 

ミナが静かにそういうと、ルルがニタリと不気味な笑みを浮かべてうなずいた。

 

「ええ、ええ。方向がわかれば僕らには十分ですとも。まずは彼奴に打撃を与えてくれましょう。先程の階層ではよくもやってくれたものです」

 

くつくつと煮えたぎるような怒りを従者に感じて、ミナは「お、おう」と言うばかりだ。

 

「……さっきは暴風と雷撃にひっでえ目に合わされたから、あれ行っとく?」

 

ミナが少しばかり思考して、そう言った主にルルは「いい考えだと思いますね」と笑い返す。

 

笑い返したルルにミナは微笑みを返して、呪を口の端に上らす。

 

ルルもまた同時に―――

 

「「世界を支配する偉大なるロジックよ!撚りて繰りて奉らん!天地を穿つ雷となれ!我らが敵を討ち滅ぼせ!!ダイ・サンダー!!」」

 

瞬間、轟雷が世界を覆う。

 

『ぐっ……ひどい電波の乱れようだ……』

 

あまりの大電圧大電流の放出に、夕は顔をしかめてしまった。

 

それに対して「ごめんごめん。でもまあこれだけなんにもないとこのくらいしかやることなくて……」とミナは頭を下げる。

 

『次から気をつけろ。あの強度の電磁波だと、私でも電磁防壁が必要になる』

 

夕は腕を組んでそう怒りを混じらせた声で答えて、周囲をぐるりと見回した。

 

『この空間は……欺瞞に引っかかっている可能性はあるが、電探が機能している。というか……何もないな……』

 

そうして空をにらみ、雷霆が突き抜けていった方角を注視した。

 

その先にはなにもないと見せて、何かが降り注いでいることが夕にはわかった。

 

『……透明度が〇.九五を超える砂のような物体が空から降り注いでいるぞ、金髪女。アレは何だ?』

 

方角を指してそう聞くと、ミナは目を見開いた。

 

「―――あれは。時の氷雨」

 

謳うかのごとくに、ミナの口からその言葉がこぼれ落ちる。

 

「……三郎?」

 

ただならぬ様子でその言葉を漏らした親友に、空悟は話しかけると――― 一瞬だけ、ピクリと跳ね上がるように驚いてミナは空悟へ振り返った。

 

「あ、いや、なんでもねえよ―――時の氷雨は、結晶化した水の精霊が上位精霊の影響を受けて時間に干渉するエネルギーになった状態のことを差す……時間が停止しているこの世界だからかろうじて見えるんだろうな」

 

ミナはそうしてその方角を見上げて、「やっぱりあっちに行ってみるしかないな」と笑った。

 

―――その様子に、ふと空悟は嫌なものを感じた。

 

「……三郎」

 

今度は疑問形にはならなかった。

 

何かが空悟に「時間がない」と言い出したかのように感じている。

 

そう感じている自分に、なんの不思議も思わない自分がいて空悟は数瞬戦慄する。

 

しかし、しかしそれも数秒もない僅かな時間のことだ。

 

「おう」

 

短くそう答えて、前衛としての位置に就いて「よし、決めたわ」と何故か真剣な顔でそんなことを言った。

 

「何を決めたんだ?」

 

「それは秘密だよ。なぜか、そうやるべきだと思っただけだ」

 

ミナはその言葉に、三郎であったものの言葉で「お節介はやめろよな」と唇を尖らせる。

 

その様子に言葉で返すことはなく―――言葉で返す暇もなくなったのはすぐのこと。

 

『電探に感!七百米進行方向に敵性体実体化を確認!』

 

夕の言葉に「おいでなすったみたいだな!」と空悟はリュックから兜を取り出して被り、それから腰の今津鏡を抜いて不敵に笑った。

 

その様子に一瞬フンと鼻を鳴らして、ミナも祖母の剣を抜き放つ。

 

「みんな!行くわよ!」

 

その言葉に「はい」と静かに答えたのはルルで、その後に無言で殺人光線を発射する夕と「はいなのです!」「行くぜぇ!」と元気な声で返す子等が続いた。

 

接敵は近い。

 

迷いは禁物だとミナは自分に言い聞かせて、迷いや逡巡を捨て去った友の顔を見た。

 

(……やれやれだな)

 

心の中だけでそう笑って、ミナは剣に力を込める。

 

「戦闘開始!」

 

ミナの号令を合図に、仲間たちはそれぞれ動き出すのであった。

 

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