異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
墓参りは25日。
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襲いかかってきたのは―――否、ミナたちから数十メートル離れた場所に降り立ったのは巨大な半透明のドラゴンであった。
「……ドラゴン!?」
空悟が吠えると、その龍はゆっくりと顎を開く。
すわブレスによる攻撃かと身構え、ミナがプロテクションを発動させようとした矢先に―――
『待たれよ。戦う前に―――聞きたいことがある』
龍はその口から意味のある言葉を放った。
『わーお、ひっさしぶりぃー!』
その言葉に反応したのは、先程から沈黙を保っていたむくろだ。
『ああ……久しいな……むくろよ』
厳かな声が響き渡る。
その声はダンジョンへ入る時に聞いた風の魔精霊と思しき声ではなく、古くそびえ立つ荒涼たる山を思わせる峻厳な声であった。
『……どうやら攻撃をするのはやめてくれたようだな』
肩に開いた殺人光線でつけられた傷を手で払いながら、戦闘準備をしながらもすぐに動かないミナ達を見て、少しだけ嬉しげな声を龍は放つ。
「……あなた、このダンジョンに取り込まれた者ね。正気を保っているとは驚きだわ」
ミナは祖母の剣を鞘にしまい、龍をキッと睨んだ。
「……たしかに、敵ではないことはわかるのです。敵意が感じられませんですよ」
岬はそうして地面に下りると、その龍を見上げた。
全長は三匹の子豚の城で出会った十七岐大蛇より少し小さいくらいだろうか。
再生力は龍のためか、それともその半透明のボディのためか。
夕の殺人光線でついた熱傷痕がみるみるうちになくなっていくのが誰の目にも明らかに見えた。
「私はイファンタは天護の森、黄昏の氏族のミナ・トワイライト。あなたは一体何者?」
『……龍を前に己が名を臆せずに名乗れるか……良かろう。我が名はガドゥル……かつて天護の森にいた龍よ……お前もまた久しい……黄昏の氏族の末よ』
その言葉にミナは「……どういうこと?」と再び祖母の剣を抜く。
「ちょっと起きてバーチャン」
『なんじゃぁ……もう少し……ってガドゥルではないか!6000年……いや、7000年ぶりか!?』
柄を叩いて起こした祖母は、目の前の風龍へと大声で笑いかける。
「……ミナちゃんの関係者みたいですね」「だなー」
岬と空悟が一歩下がってその様子を見る―――代わりに一歩前へ出たのはルルであった。
「僕はルル・ホーレス。ミナさんの従者をしている死者です……かなり初耳なのですが、あなたは本当に天護の森にいたのですか?」
手早く自己紹介を終えたルルにそう聞かれると、『間違いないぞ!我が生まれるよりはるか昔から森を守護してきたものよ!我が成人した時に姿を消したがのう!』と懐かしさと嬉しさが混ざったような声を上げた。
『……ほう、お主も変わり果てたなカレーナ。死者の王ホーレスよ、そこにいる上古の森人の残滓が我が証を立ててくれよう』
ひと目で自分をノーライフキングであると見抜いたその龍にルルは一瞬だけ動揺するが、それは一瞬だけのこと。
すぐにも我を取り戻して「わかりました……であれば、なぜここにいるのです」と聞き返した。
その言葉に、ガドゥルは静かに瞑目し―――そして重く口を開いた。
『―――簡単なことだ。私は死んだはずなのだ。あの日、この女を―――カレーナ・トワイライトを救うためにな』
そう言の葉が紡がれる。
「……マジか。これで死んだはずだよおとっつぁん二人目じゃない……」
ミナは額に手を当てて、はぁとため息をついた。
『詳しく聞かせてもらおうか』
『ちょっとー久しぶりに会ったのにぃボクにはなんもなしなのぉ?』
興味深げに鎌首をもたげてきたガドゥルの頭の上にむくろが乗って不満を述べるが、それに龍は苦笑して『しばし待て。何、我らを永の軛より解き放つ算段がつくやも知れぬ』と優しげに伝える。
『はいはいーわかったよー』
肩をすくめて胸で右掌を空に向けたむくろを横目に、『では……』と言う。
『かんたんなことじゃ。我も森に飲まれて死んだ。お主が我のために死してより後7000年以上。そう言うこともあろうというものよ』
カレーナはそう笑い出して、『我が孫じゃぞ。ようく見よ。我によく似ておろうが』と何故か自慢を始めていた。
「やめてよバーチャン……とりあえず、みんなの自己紹介からやろうか……」
頭を振って頭痛に耐えるようにこめかみに指を当てた孫娘に『なんじゃツマラン』と興が削がれたとばかりに静かな声を返してくる。
『ふむ……では、頼む。そのゴーレムの少女からな』
もうすでに傷は消えてしまっているが、自分の肩を貫いた光線を放った夕へ瞳を向けて龍は笑った。
『……道野枝夕。科戸研究所で作られた自律戦闘艇だ。先程は警告も行わずの攻撃、失礼した』
相手が知的生命体であることを理解した夕は、軍人の礼法通りに頭を下げて後に敬礼をする。
その様子に『気にせぬよ。私は龍といえど、人とともにあったものだ』と返して微笑んだ……ように見えた。
巌のごとくに古びた鱗で覆われたその顔は、龍であることも相まって表情がわかりにくい。
『感謝する』
一言そう返して、夕は沈黙した。
その様子に、ミナは「大丈夫よ。理性ある龍はこの程度じゃ怒らないから。それに戦闘開始を宣言したのは私だし」と苦笑する。
『……そうか。わかった』
短くそう答えて再び沈黙した彼女にこれ以上なにか言うのは憚られたミナは、前を向いて龍を見た。
「続けても良い?」
『無論だ』
その言葉に、岬と恋がそれぞれの名を伝える。
『……ほう』
「ほうって、なにか言いたいことでもあるのですか?」
岬と恋の顔を覗き込んで、ふんふんと鼻で匂いをかぐ龍に、岬はそう返して少し不機嫌な顔になる。
唇と眉を歪めて抗議する少女に、龍は『すまぬな……懐かしい匂いを嗅いだのだ』と答えた。
「懐かしい?あんた、あたいらのことを知っているのかい?」
恋が驚いた顔でそう聞くと、『おお、かつて遠い昔に……見たことがある……それがなんだったのかあまりにも昔過ぎて、私もなかなか思い出せぬほどの昔のことだ』と答えて顔を二人から離した。
「遠い昔……ってそちらの世界で7000年以上前にってことなのですか?」
『そのとおりだ』
岬の驚きに、ガドゥルは何事もなくそう言って『我々の世界はとかく人と人以外の争いが多い……長命種も多く、文明の発展は地によってまちまちで最初の神の言葉に比べて遅いのだ……万年程度では総ての長さの十分の一というところだろう』と続ける。
『グリッチエッグで最初に文明が勃興したとされるのが八万年ほど前であるからなあ……』
「せいぜい古代の古代を含めても8000年か1万年ってところのこっちの世界とはわけが違うのよねえ……」
ミナが嘆息すると、ルルが「まぁそこらへんの違いは良いでしょう。物質文明としてはこちらの世界のほうが優れてはいますし、比較する意味もない」と微笑んで話を続けるように促した。
「天敵が少ない世界に乾杯ね。とりあえず、最後は……」
ミナが親友の顔を見る。
その顔には特に気負いも恐怖もない。
いつもどおりの親友の顔がそこにはある。
「神森で刑事……まぁ、官憲を務めさせていただいている今野空悟です。よろしく」
なんの衒いもなくそう頭を下げた空悟に、龍は沈黙した。
しばし沈黙した古馴染みにカレーナが声をかける。
『如何したガドゥル。コカトリスが鏡を見たような顔をしてからに』
地球で言う「鳩が豆鉄砲を食ったよう」とほぼ同じ意味の例えを投げかけられ、龍は『―――勇者であって勇者ではなく、只人であってそうではない。なるほど……これは見たことがない相だ。魔法少女殿等よりもなお珍しい……』とその表情をまじまじと覗き込む。
「……珍しいっすか」
『ああ、珍しい。ああ、そうだ。そう。魔法少女殿等は魔女、君のような人間は英雄と呼ばれておった。その称号は我が生きた時代には別の意味となっていたが、元来はそう……』
龍は遠い瞳で空を見上げる。
見上げた先に何かを見て、ガドゥルは『己の心そのものを魔に転化する原初の魔導の使い手を古く魔女と呼んだ。彼女らは決まって女性であり、そして只人であった』と懐かしく笑った。
「魔女ですか。実は早死したりとか……?」
『ふふ、そう不安な顔をするでない……早死は、するはした。主に世界蟲どもとの戦いによってな。そして生き残った彼女らは決まって『死ねなくなった』』
おそるおそる聞く岬に、ガドゥルはとんでもないことを言い始める。
「し、死ねなくなる!?」
『それもそれほど恐れる必要はないことよ……エルフよりもなお不老長命となり、やがて只人の心では耐えきれずに自死を選ぶという自然の摂理の中で起きたことだ』
恋の驚きに、なんでもないようにそう返して……岬たちは頭を抱える羽目になった。
「あの、ミナちゃん……エルフって何年生きるんでしたっけです……?」
「……普通の森住みエルフなら600年、700年。森から離れて生きる街住みでも500年は生きるわね……」
ミナの言葉に、恋も岬も額を手で抑えて天を仰いだ。
「どーしよ岬ちゃん……あたい、何百年もアイドルやってられるってさ……ハハ……ショックぅ……」
「それはこちらも同じ話なのです……流石にちょっとショックなのですよ……」
落ち込む二人に代わって、空悟は一歩前に出て「魔法少女についてはわかったよ。で、英雄ってのは?」と怒りでも憎しみでもなく、淡々とニュートラルな表情で龍の顔を見据える。
その目に龍は頷いて答えを紡いだ。
『英雄とはそのままそれだ。平たき山より来たりし勇者が現れる前、かの原初の魔王と戦いし者たち。皆が勇敢で、人を超える力を持ち……そしてやがて元の形を失った者たちだと伝えられている』
「元の形を失う……?」
怪訝な瞳で龍に聞くと、彼は『そのままの意味だ。とはいえ、多くはその異形を補うすべを心得ていた……彼らはやがて消えていったが、なぜ消えていったかはわからぬ』と正直に答えた。
「なるほどねぇ……まぁ、そのくらいならいいか……」
空悟がそう言って両手を頭の後ろで組んで口笛を鳴らすと、ミナが「おいおい、それで良いのかよ。オレはだいぶショックだぞ」と返して目を見開いた。
「構わん、構わん。この爺様が言ってるのは何十年ってスパンの話だろ。うちのガキどもが育つまで持てばいいし、何よりお前らが変装の術くらいなんとかしてくれるだろ」
そうして腰を下ろして、「それはともかく子供たちにショック与えるようなことを言うなよな」とジト目でガドゥルを見ると、『……たしかにそうかも知れぬな。只人には辛い事実であった。すまぬな、幼子等よ』と頭を下げた。
「……わかったのです。これはヒトコシノミコト様には一度文句を言わねばならないのです」
「あの女神様、その件については何も言わなかったからな……!龍の爺ちゃんは気にしなくていいよ。あたいらの問題だ」
その謝罪を、岬はどこか諦観を含む言葉で。
恋は多少の怒りを交えた声で受け入れたのであった。
「とりあえずすぐに死ぬのでなければ良いのです。若い時が長いのは女性にとっては嬉しいことなのですよ……多分!」
「そうだな!豚どももといファンからも美魔女扱いされるかも知れねえしな!」
空元気とも見える声音で立ち上がった二人に、ミナは「最悪グリッチ・エッグに来ればいいわよ。うちなら長く生きてようが誰も気にしないわ」と慰めになってるかどうか微妙な慰めをする。
そして龍へと向き直り「やはり、総てはグリッチ・エッグから来るものが原因のはず。あなたはこの空間から出たことはある?」と聞いた。
『死してよりのち、もはや永劫に近い時をこの中のみで過ごしている。そこのむくろもそうだ』
『そうだよーいつからいるかはわかんないけど、ボクとガドゥルはここから出たことないねー』
二つの不可解な存在は、そうして瞑目する。
ミナにはその言葉にはたしかに嘘はないように思えた。
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