異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「本名書きました?」
「書くわけ無いでしょ、あんぽんたん。標準語とエルフ語と―――前世の文字を混ぜて書いたから、呪術だのには絶対使えないわよ。あの羊皮紙自体にも浄化かけたし」
ルルに聞かれたミナはそう答えてため息をついた。
「私の前世の文字なんて、この世界じゃどこにも使われてないわよ。読みも『ミラ・ジョヴォヴィッチ』ってなるように書いたし」
けらけらと笑って、腰に手を当て山上の城館を指差す上古の森人は、しかしその顔には冒険への楽しみを込めて楽しげに微笑んでいる。
「ま、ワイらとしてはうめぇ酒ぁさぁ手に入らぁええんじわない」
山人の吟遊詩人はそう言って、革袋の中身を確かめた。
「あ、補充できたんですね、メタノール」
「あーなんとかぁな。前の街でぇこいだけは買うといてよかったわぇ」
白い割れやすい、しかし投げでもしない限りは割れない上等な陶器の瓶。
そこに入っているのはメタノール……木精とも呼ばれる危険物である。
「その木精は便利ですからね。色々と使える。魔術の触媒にすらなりますし」
ルルが訳知り顔でそういうと、「おまぁにはぁやらんぞぇ、悪魔」とへの字に口を歪めたカイムに睨めつけられて少年は肩をすくめた。
「喧嘩しないでよもう……とにかく、あの城館へ行ってみなきゃ話は進まないのだわ」
ミナがため息をつく。
館までは後2時間も歩けばたどり着くだろう。
厳しい山道の果て、山頂に造られたその城は城館というよりは砦に近い。
シースター王国は辺境も辺境、海に落ちた星が浮かび上がって大陸とくっついたと伝えられているホートビアと呼ばれる小さな半島に出来た国。
国境の辺りであるこの辺は大陸との接点でもあるが、何より厳しい山道が多く徒歩で来る只人は冒険者くらいなものだ。
なんならミナたちとてこの地へとその間道を抜けて到着したのである。
海側にも港はあり、そちらからの流入もあるにはあるが、この地は辺境。
そうそうめぼしい産物もないという悲しい事情だけが残っていた。
「まぁ、だから特産がほしいのかも知れないけどねぇ……」
消毒用アルコールなどという裕福な国に住むドワーフでもそうそう生産しない代物を、この寂れた国のそれも更に辺境を超えて一部ルートは魔境と化しているような国境近くで作るだろうか、とミナは首を傾げる。
首を傾げて、しかし、「とりあえずは聞いてみないと話にならないわね」とミナはつぶやいてまた整備はされているものの舗装はされていない山道を一歩一歩踏みしめていくのであった。
―――依頼の内容は、領主が何故酒を集めるなどという行為を行っているかを調査してほしい、というものだ。
青髪の半森人、クルースと名乗った酒場の店主はそう言ってミナたちにハーブティーを出した。
「ほう、ハーブティー……この国では高いのでは?」
「亡母が若い頃から自ら育てていたものですので、そう高いものではありません」
ミナに聞かれて、クルースは苦笑する。
そうして、別の客の相手をする彼の弟アークシを見つめた。
「本当なら弟を働かせたくはないのですが、この通り酒がまずいせいでここも大変でして……何人かいた従業員には皆暇を出しました」
それで冒険者をしている弟に働いてもらっているのだと言う。
そもそも酒が足りないせいで冒険者も他領へ出稼ぎへ出るものが多くなり、必然的に冒険者の数も減って、特にゴブリンやコボルト、小悪魔などの害獣駆除に携わるものが減り被害が拡大しているのである。
―――それに対して領主がなにか対策を打ち出したわけでもない。
ミナにもカイムにもなんとも言いようがなく、二人は無言でその話を聞いていた。
「まぁ、なので領主の様子を見に行ってほしいのですよ。できれば、何故領主殿が酒など集めているかについて聞き出して、出来なければ調査をお願いしたい」
クルースはそうして曖昧な笑みを浮かべて、「報酬は金貨がいいですか?」と聞いてきた。
「そーですねー……このハーブをこの袋に一つぶんくださいな。多分、この味なら他の国で売れば相当な高値になります」
ミナは花が綻ぶような笑顔でそう答えて、それから彼女の詩人の師匠に「師匠もそれでいいです?」と返した。
「あぁかまぁんべかしょ。こん味ぃなら、っちゅうんはぁ、ハァワイもそう思うだにぇ。火酒に漬けらばいい香りを出しそうじゃのぇ」
カイムはそう答えて茶をぐいと飲み干す。
「……ところで、このハーブをお酒に混ぜ込んだら結構いいと思うんですけど……」とミナは降って湧いた疑問を彼にぶつけてみた。
「……最初から混ぜものがしてある酒しか手に入らんのですよ……」
フッと遠い目で窓の外を見上げるクルースに、ミナはそれ以上何も言うことが出来ないのであった。
そんな回想をしている間にミナたち一行は領主の城館の近くまでやってきていた。
小山の上に建てられたそれは、近くで見ればより一層「砦」の趣を見せていて、訪うものを拒むかのように立っていた。
周囲では兵士たちが多く警備をし、臨戦態勢と言った風情である。
「うーん、近づいて大丈夫かしら」
「行ってみればわかるのでは?」
「それで問答無用で犯罪者扱いされても困るんだってば」
あっけらかんというか、何も理解していないふうにそういうルルにチョップを一発食らわせて、ミナは彼の抗議が来る前にずんずんと兵士たちへと近づいていく。
―――確かにそうするしか今はないのだ、とあきらめを心にいだきながら。
「待て!止まれそこのエルフ!この城はツマイサ伯爵の城だ!御用のないものは通せぬ!」
当然、お定まりのごとくに兵士に止められ―――「どーも、こんにちは」と調和神の聖印を切り、高位の神官しか身に着けられない紋章つきの杖を出して頭を下げた。
「……むっ……どうもこんにちは。それは……」
兵のうち年若いほうが律儀に頭を下げて、ミナの杖を見つめる。
隣の年重の警備兵が「よく気づいたな。褒めてやる。あー、遠路はるばるようこそ、調和神の司祭殿。此度はいかなる仕儀で当館へといらっしゃった?」と槍の柄を地面に立てて威嚇する態度だけは崩さずに、そう聞いてきた。
「我が名はミナ。民草より、この地の領主が御酒を調和を乱すほどに集めて何かをしているというお話を聞きました。そのため一つ、ご領主、あるいは責任者の方とお話がしたいと考え罷り越しました」
普段の態度からは想像できぬほど清楚に恭しくスカートの裾を広げて挨拶するミナの姿に、年若い方の兵士はあっけにとられたのか顔を赤くして彼女を見つめだした。
いい子ぶりっ子はするべきときのためにするものだ、とミナは深く深く自分の神官としての師である老女司祭の言葉に感謝してから、そっと内心で苦笑した。
そう、ミナは黙っていれば美人、立てば芍薬座れば牡丹口を開けば冒険者のたぐいの残念美少女。
少なくとも竜はまたいで通らない程度の分別はある、と自認しているが、その自認がどの程度他認と一致しているかはミナとしても自信のないことであった。
しかし、女っ気など殆どない場所で生きてきたであろう砦の若兵士は、「あっはい、その」としどろもどろになってだんだんその顔を真赤に変えていく。
その様子に小さなため息をついた隣の壮年兵は「よろしいでしょう。上に取り次ぎまする。少々お待ちいただければ」と答えて、若兵士を小突いた。
「休憩所へ案内しろ、マックス」
「わ、わかりましたマムスさん!」
慌てて敬礼するマックスと呼ばれた兵士を置いて、マムスと呼ばれた壮年兵は一礼して去っていった。
「ど、どうぞこちらへ……」
恐縮しているのか、それとも別の勘定によるものか、ミナたちはマックスに促されて兵たちの休憩所と思しき建物へと入っていった。
……今は誰も兵士がいないのか、ガランとしたそのシンプルな兵舎ともつかない机と椅子ばかりが置いてある広間へと通される。
おそらくは兵士たちの食堂なのだろう。
端っこのほうに烹炊所への出入り口と思われる煤がついた扉が見えていた。
「こちらでお待ち下さい!」
そう言ってマックスは食堂から出ていく。
出ていく時ミナがひらひらと手を振ってあげると、彼はまた顔を真赤にして最敬礼してから扉を締めた。
「新鮮な反応だ……」
「あらぁおまぁさんに惚れちうのぇ」
カイムがそうからかうと、ミナは「うーん……ま、第一印象って大事だもんね。まぁ、服装は鎧だけど清楚な僧侶ちゃんって感じの態度取ってたし」と自分の浅葱色のレザーアーマーを見下ろした。
アウグスティヌス兄妹と別れる前の冒険で手に入れた魔法の革鎧で、フルプレートアーマーよりもなお高い防御性能を持つ一品である。
「その鎧、だいぶ露出度高めですし、それもあるんじゃないですか?」
メモを閉じて、「やはり混ぜものがしてある酒を酒精を残して浄化する方法は今のところありませんね」と言いつつ、ルルはそう答えた。
「ああ、そうかも……太ももも二の腕も丸見えだし……よく考えると、この鎧どっかで見たな……?」
ミナは今やっと気づいた、といった風で自分の着ている鎧を見回す。
確かに、それは前世のとあるアクションRPGの3作目に出てくる人気女性キャラの鎧のようにも見えるものであった。
「そう考えると恥ずかしいような気もするけど、まあいいわ。別に私の肌なんて誰に見せてもタダだし」
ミナはそうあっけらかんと言って、椅子に座って天井を見上げる。
「いやぁ……そいがぁねぇわ」
「同意します。ミナさんが然るべき場所でその格好をしたなら、金貨の10や20は簡単に稼げるでしょう」
珍しくカイムに同調したルルは、「値千金の肌をそうして露出している意味も意義も見いだせないのですが」と静かに怒りをたたえてミナを見つめた。
「とりあえずあのバラガキをミンチにしてきたいのですが、駄目ですか?」
それからノータイムでそう言った馬鹿に、ミナはチョップを顔面に叩き込んだ。
「痛いです」「痛くしてんの!そういうのやめなさい!仮にあの子が私に惚れていても、私には応じる気なんかないわよ!」
抗議するルルにノータイムでそう返して、足を組み腕組みをしてミナはそっぽを向いた。
「大体、見た目中学生……いえ、只人で言えば見た目12~13でしかないのよ、私。そんなのに惚れたの腫れたの欲情したの、って変態じゃない」
ミナがそういうと、カイムが「只人の女ぁも12~13で嫁さいぐんはぁめずらしくねぇがや。特に騎家武家のたぐいはぁよぉ」とジト目になった。
「む……でもそう言う場合でも、契るのは15になってからが常識でしょ、師匠」
そこまで言ったときに、マックスが出ていった扉が開き、豪華とは言えないが十分に身綺麗にしている品のいい男が一人入ってきた。
「そうでもありませぬよ。輿入れしたらすぐに契り、子を12のうちに産むなどは神官を抱え込んでいる領主の家などではよくある話です」
品が良く、髪は黒髪、着ている服は彼がこの城でそれなりの地位を持つものであることを示していた。
慌てることもなく足組みを解いて立ち上がったミナは、「お待ちしていました」と先程までの言葉がなかったかのように彼ににこやかに言葉を投げた。
「いえ、お待たせしていたのはこちらです。私はラトリ・サウスカーヌと申します。この城館で参謀を務めさせていただいているものです」
入ってきたのは彼と壮年兵のマムスのみ。
どうやらマックスは仕事に戻ったようで、先程の会話を聞かなかったことは彼にとって幸いだったかどうかはわからないが、少なくともミナの本性をすぐに知ることはなさそうである。
「マムスさん。席を外していただけますか?」
「しかし……」
「護衛なら結構です。調和神の司祭殿なら私を害するようなことはなさらないでしょう」
ラトリと名乗った参謀は、そうして人払いをする。
マムスは無言で一つ敬礼をすると、そのまま扉の外へと出ていった。
気配がまだしているため、おそらくは扉の前で警護をしてくれているのだろう、とミナは考える。
そしてラトリへと向き直った。
「挨拶が遅れました。私はイファンタは天護の森、トワイライトの氏族にして調和神ディーヴァーガ様の使徒、ミナ・トワイライトと申すものです」
「ラチョマー山のカイム。吟遊詩人ばぁしとるんわぇ」
「……ルル・ホーレス。ミナさんの従者をしているものです」
丁寧に頭を下げるミナ、軽く会釈をするカイム、そして少しだけ不審げに目を伏せるルルと、三者三葉の態度で挨拶をすると―――ラトリは目を見開いて驚愕する。
「驚いた……黒いエルフを従者にする神官と聞いたので、もしやとは思いましたが。勇者ミナの一行でしたか……!」
懐から眼鏡を取り出してその顔にかけて、ミナの顔をまじまじと見つめてラトリは笑った。
「……これで助かるかもしれません」
その笑みは安堵の笑みである。
深い安心の笑み。
しかし、どこか陰りがそこにはあった。
「単刀直入に行きます……市井のものから、ご領主殿が庶民が生活に困るほどにお酒を集めていらっしゃる、と聞きその理由を確かめに参りました。一体、どのような理由なのですか?」
ミナがそう言うと、参謀は難しい顔になって眼鏡を上げる。
窓から差し込む弱い光がそのガラスに反射して、一瞬視線を隠した。
「……来ていただけますか。これは誰にも、私と領主様、そして奥方以外誰も知らぬこと。否、決して誰にも知らせられぬ事ゆえ」
声を落とし、万が一にも外で待機するマムスへ聞こえぬように小さな、蚊の鳴くような声でミナへ耳打ちをする。
「なるほど……?」
おおよそは何が待っているかミナにも察せられたが、それでも正体不明は正体不明。
詳細は聞かねばならないとうなずいて、後ろの仲間たちを見る。
二人共が首肯したのを確認して「わかりました。教えてください」と答えて、右手を差し出した。
「ありがとうございます……!」
ラトリはそうして彼女の手を握り、涙すら流した。
それを見て、ミナは――― 一抹の不安を抱いたのである。
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