異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――現代。
「マジでスキュタレー暗号がなかったんか?あれ、マジで単純な暗号だぞ」
その暗号方式をミナとなる三郎へ伝えた男は、腕を組んでそう聞いた。
「こっちの世界は魔物が跋扈し、バグダンジョンがよく生えるんで、そこらへんの人間同士の戦争で使いやすい技術よりも、魔法で通信とかそっちのほうに意識が向きやすいんだよな……」
諸地域の文明の格差もそうして生まれている、とミナは嘆息する。
「バグダンジョンがなくなれば、魔物たちがいなくなれば、まぁこっちの世界よりいろんな要素があるから発展する可能性はあっけどさ」
「同時に些細なことで破滅する確率も上がるでしょうねぇ」
勇者の言葉を従者が継いで、小さく嘆息する。
「僕やミナさんほどの魔法の使い手はそうそう現れないでしょうけども、現れたとき、そしてそれが祈りあるものでありながら邪悪であったとき……」
『最悪のテロル主義者が生まれ得るというわけだ』
ルルの言葉にここまで沈黙を保ち、静かに日本酒を飲んでいた夕が口を出した。
「はい、御名答です。実際、僕かミナさんが世界を滅ぼそうなんて考えてしまったら、止められるのは神々か魔王だけでしょう。そういう危うい世界なのです」
ルルがそうしてまたおさんどんをしている。
その様子を咎めもせずに一瞥すると、ミナは一言で「一人でスキュタレー暗号なんか思いついたあの伯爵は、もしかすると生きてたら戦争の名人になってたのかもなあ」と微笑んだ。
その微笑みはどこかうら寂しく、何が起きたのかをうすうすと察せられる遠いもので。
三郎であったミナの横顔を空悟は一瞥して、少しだけ何かを―――怒りか、悲しみか、憎しみか―――こらえるように歯を食いしばった。
そのギリという小さな音はミナの奏でだしたハープの音にかき消されて、また妖精の勇者はか細い遠い日の出来事を謳い始めた……
14ミキュル、おおよそ3cmほどを示す太さの棒を用意し、ミナはそれにピタリと日記から切り取らせてもらった羊皮紙を巻きつけていく。
そこに書いてあったものは―――「酒の魔王、我が城の下にあり。我が声、我が居室に封じたり」と短く綴られた文章であった。
「これは……」
「……これは、間違いない。夫の部屋には古い蓄音機があるんだ。舶来の……夫が先代から譲り受けた貴重なものだと言っていた」
ミナの言葉を待たず、ナターシャはそう言って走り出した。
「或いは!或いは手かがりがあるやも!」
相貌に涙が流れていたことをミナの暗闇を見通す瞳は見逃さなかった。
同じく師も従者もまたその光が見えていたようで、師は黙ってうなずき、従者は興味深いとばかりに鼻を鳴らす。
「行きましょう!ラトリ参謀も!」
「無論!お待ち下さい奥方様!!」
促されて走り出す彼の後ろをミナたちもついていく。
「まぁた厄介事中の厄介事じゃわいぇ。だがぁ嫁様ぁ泣かすだけ泣かして死ぬんぁあかんわなあ」
走りながら、ミナにしか聞こえないようにカイムが言ってきて。
「かなり興味深い出来事です。感情の深奥が見えてきている気がする……!」
ルルはまた殴られそうだからなのだろう、笑いはせず真剣な表情でそう言った。
ミナはハァ、と一つため息をついて「絶対参謀や奥さんの前で言わないでよね」と唇をへの字に曲げるのであった。
伯爵の部屋は―――武辺者の部屋にふさわしく、使い込まれた鎧や武具で飾られ、しかしベッドや机は貴族らしくそれなりに豪奢と言っていい装いをしていた。
その部屋にたどり着いたナターシャは、すぐに硝子の扉を持つ戸棚へと手をのばす。
そこにはレトロな装いの―――かつて地球で19世紀に造られていたものとよく似た、ラッパのような金属管のついたいわゆる蝋管式蓄音機が入っていた。
彼女は後ろを振り向き、ミナたちが部屋へと入ってきたことを確認すると「ラトリ。鍵を閉めなさい」と銀髪の参謀へと命じる。
ラトリはそうして部屋の鍵を内側から締め、「……早速だが」と前置きしてミナたちの顔を見回した。
「始めようと思うが、基本的には他言無用に願いたい」と念を押してくる。
その様子に、ミナはそういえば聞き逃していたことを聞かねばと思い奥方へと声を掛けた。
「この件、城の武官や文官には知らせているのですか?」
「……ああ、古株の者たちにはな。怪物となったことは伝えていない。乱心したので、押し込めたとしてある」
「例えば、私を呼んできたマムスなどはその古株に入ります。それ以外のものには、消毒液の研究をしていると偽っています―――幸い、閣下が狂ってすぐに私と奥方様が留めることができましたから」
ラトリが言葉を継ぐと、ミナは「なるほど……では、何かあったときには……」と聞いた。
「何かあれば、魔王がもし現れるなどすれば、ということだな……」
ナターシャは天を仰いで、「もしもの時の非常通路はある。城館のもの全員が森へと抜けられるものだ」と微笑んだ。
もちろんそれは絶対ではないだろうし、城そのものが崩れてしまえば意味を成さないだろうが、それでも何も知らないまま死ぬ確率はなにもないよりは高い、と彼女は言う。
ミナはその言葉にやや力なく肯んじて、「最善を尽くします」とだけ答えた。
「では蓄音を再生してみよう……」
ナターシャが少しだけ躊躇して、それから恐る恐ると言った風情で蓄音を再生する。
すると、朗々とした男性の声が響いてきた。
『よく暗号を解いてくれた。私はカーツ・ツマイサ伯爵である』
「おお……カーツ……」
「伯爵閣下……」
二度とは聞けないと思っていた人の声が響いたことに、ナターシャとラトリは感極まって涙を流した。
しかし、蓄音機はそんな二人に構わずに録音された声をややくぐもった音で再生を続ける。
『手短に言おう。私は魔王の呪いに蝕まれている。そのため私は今や筆に意を乗せることができない。故、声として残す―――我が館の地下、おそらくはこの後、私が正気を失ったときに『詰まっている』だろう場所に魔力を通すことでしか開かない。その奥に魔王が居ることを私は魔王からの思念によって理解した―――何故私が狙われたかはおそらく―――う、ぐぐぐっ!?』
そこで突如男の声はもがくような苦しみの声に代わった。
「カーツ!?」「閣下!!」
親しき二人の声は虚空に響くのみ。
おそらくは最後となる―――遺言となる言葉が紡がれる。
『お、おのれ……もはや口すら満足に動かせぬか……!ぬぐう!このままでは私は完全に酔漢の悪魔に変えられてしまおう!もし私がそうなりつつあるのを発見したなら、迷わずに殺せ!そして魔王へ続く道を埋めてしまえ!何を使ってもな!!さ、さらばだ……愛していたぞ、ナターシャ!後は頼むぅ……我が養い子ラトリよ!!』
―――男は一息にそこまで言って。
そこで蓄音は途切れていた。
「……やはり、あの伯爵閣下の成れの果てをどかさないと話にならないか……」
ミナは小さな声で、誰にも聞こえないように細心の注意をはらいながら、あえて自分へと言い聞かせるためにそう呟いた。
おそらくは魔王を倒してしまえば、彼の呪いは解けるだろう。
だが、そのためにはあれをどうにか退かしてしまわないとならない。
そして何のために伯爵を狂わせたのか……それに至っては何もわからない状態であった。
バグダンジョンの主である魔王がまともな目的を持って狂わせたとは思えない。
よしんば何の目的もない、ただ祈りあるものを苦しめるためだけに仕組んだものである可能性は十二分に存在するのだ。
「カーツ……!私もだ、愛している。愛しているんだ!だから!!」
ナターシャそう言って、腰に刷いた剣の柄に手をやった。
「必ずどうにかしてやるからな……たとえ、お前を殺しても。否、退かぬとあらば殺めねばならぬ……!」
瞳に暗い怒りと憎しみと、そして伯爵への愛をたたえたナターシャは涙を拭い立ち上がる。
そして、ミナをまっすぐに見て、言った。
「私も同行させてもらえぬだろうか、勇者殿。私は生家の父より斥候としての修行を受けている。カーツと出会う前は数年間冒険者をしていたこともあるんだ。足手まといにはならぬと自負している」
「それは私が保証します、ミナ殿。ナターシャ様にはこの館の兵の三分の一……およそ100人が束になっても相手になりません」
同じく涙を拭いて立ったラトリ参謀がそう言って微笑んだ。
「私も……古代語魔法についてはいくらか、また組討術と弓が使えます」
―――見た目に似合わず、彼は魔法拳士であるという。
ナターシャもまた戦士然とした格好をしている割には、専門は斥候。
彼女の父は名うての冒険者であり、その子である彼女にしっかりと技を叩き込んでいたのだと言う。
「……死ぬかもしれませんよ。いえ、魔王のダンジョンとあらば死ぬのは当然と思ってほしいのですが……」
ミナは居住まいを正し、ナターシャの瞳をよく見た。
ラトリの顔をよく見て、ふたりともがその決意にゆらぎがないことを確認し、ニコリと笑った。
「良いですよね、師匠」
「ワイはかまぁんぞ。手は多いほうが良いさぁ。最悪、そこの悪魔ぁになんとかしてもらうべや」
四人を半ば無視して蓄音機を矯めつ眇めつしている大馬鹿をジト目で見てカイムはそう返す。
返されたミナはルルの様子に天を仰いで額に手を当て、「行くぞバカ!」と少しだけ声を荒げて彼の首を後ろから、まるで猫でもつまみ上げるかのように掴んだ。
「あっ!ちょっと待って下さい!もうちょっとだけ!もうちょっとだけ!」
そうしてパッと見色黒の美少女にしか見えない彼をズルズルと引っ張っていくミナに、ほんの少しだけ呆気にとられたナターシャは小さく汗をかいて「カイム殿、あれは……?」と聞いてみた。
「あいつらぁいつもあんなんじゃきに。気にすんねぁ」
さじを投げたかのように手を後方へ振って、そしてそれを見たラトリが「側から見た閣下と奥方様も似たように見えていましたよ」と微笑む。
「……ああ、なるほど。まぁ、確かに」とナターシャも少し微笑んでミナの後ろを追いかける。
その言葉はミナにもルルにも聞こえていたが、ミナはその意味を感情から無意識に否定してしまっていたし、ルルもまた経験の拙さ故に理解することは出来なかったのだった。
5人は装備を整えて、伯爵だったものが鎮座する地下へと戻ってきていた。
途中でマムスやそれ以外の事情を知る兵、文官へとナターシャが説明をする一幕もあった。
―――ミナはこの時、一言言っておけば、と後で後悔をする。
だが後悔とは必ず明日にやってくるものだ。
今、未来に起きることを悔やむことができるものなど、それは時間を繰る悪魔か神しかできるはずもないのだ。
「私達が突入後、折を見て館より若い者たちを連れて離脱せよ」
ナターシャにそう言われた館の古株たちはざわざわとどよめいた。
「そして生家の父に預けてある我が子のもとへ行くが良い。悪いことにはならないはずだ」
すでに国はこの事態の一端を知っている。
知っているからこそ、何かあったら彼らを邪険にはすまいとナターシャは考えていた。
ミナは最悪の場合、口封じのために殺害されるのではないか、とも考えていたが―――それはどういう形にせよ杞憂に終わる。
そうして目の前で樽の中身を飲み下した怪物を見据えた。
「どーすっかな……フォーリングコントロールで軽くして退かせると思う?」
「反撃してこないのであれば可能かと。ただ……」
完全武装の5人に、その怪物はすでに警戒態勢を取っていた。
『Ahhhhhhhhh―――Geeeeeeppppppp―――』
シュウシュウと全身から酒の蒸気を上げながら、その怪物はどでかいゲップを吐き出す。
「……旦那さん、酒癖悪かったです?」
「そんなことはない。いつもほどほどにしか飲まなかった―――が、強かったは強かったぞ。山人が我らが城を訪ったときなどは火酒をガブガブ飲んでも平気だったとも」
冷や汗を流したミナに、少しだけ誇らしげに、そして懐かしげにナターシャは返して腰の―――短刀を抜いた。
先程まで身に着けていた剣は儀礼用のものだったようで、それが本来の得物というわけだ。
「閣下は本当に御酒が強くあらせられた……」
ラトリはそうして短いワンドを懐から取り出す。
それが彼の魔法発動体のようであった。
「だが、こんな鯨飲をする方ではなかったのだ。今は退いていてもらいます!」
そうして魔法の詠唱を始める。
事前の打ち合わせ通り、まずは眠りの魔法を試してみるのだ。
無数の手がにょきにょきと伸びて此方へと殺到せんとしたその時、ラトリ、そしてミナとルルの魔法は完成した。
「「「世界を支配する偉大なるロジックよ。大気を眠りの雲とせよ、微睡の空気を作り出せ。スリープクラウド」」」
三人の呪文が唱えられると―――
『UUUUuuuGaaaaaaaaaaaaaa―――Zzzzzzzzzzzzzzzzzz―――』
白い眠りを誘う魔法の雲が肉塊を覆い、もって眠りの底へ落としていく。
今のうちにミナが蹴り飛ばし、その魔王のダンジョンの内部へ侵入するのみだ。
「ルル!」
「承知しています。世界を支配する偉大なるロジックよ、彼の者が身にのしかかる大地の軛を緩めたまえ―――フォーリングコントロール」
すでに人間の体格の10倍にもなっていよう怪物は、ルルのその言葉でおそらくは元の伯爵と同じ程度の重さへと変換される。
「師匠!」「わぁっとぉわい!」
ミナとカイムが全力で伯爵だったものを蹴り飛ばし―――その蹴撃は事前に掛けられていたフィジカルエンチャント・オールボディの威力を加えて、彼を壁へと弾き飛ばす。
そして、そして。
その足元には暗く、昏く、闇く、冥く―――深き大穴が開いている。
「ごめんなさい、ナターシャさん。あなたの好きな人を蹴飛ばしてしまったのだわ」
「いや、あいつなら蹴飛ばすなど生ぬるい、殺せと真顔で言うはずだ。とにかく突入しようじゃないか、ミナ」
いつの間にかタメ口になっていたナターシャは、そのまま旦那のようななにかの顔を一切見ることなく洞穴へと飛び込んだ。
それにくすりとしてミナとカイムも飛び込み―――最後に後衛の二人が飛び込んで―――
すぐにもその孔は閉じて、ただの階段になる。
そして数分もしないうちに眠りから覚めた伯爵の成れの果ては、その閉じた孔の上に再び鎮座して。
『Ahhhhhhhhhhhhhhhh―――!!!』と巨大なあくびを吐いてそのままいびきを放ち始める。
その音は、地上には届かない。
故に、後はなにもかも地の底へと飛び込んだ勇者とその仲間たちに任せるほかなくなったのであった。
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