異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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一面のぶどう畑。
それがミナたちを最初に出迎えた場所であった。
「う……ぶどう臭……」
ミナは噎せ返るようなぶどうの匂いにミナは鼻を押さえる。
ぶどうだけならそうではないだろう。
交じる香りに酒精がなければ、森の精霊でもあるミナは良い香りと思っただろうことは言うまでもない。
「葡萄酒ん匂いがここまでぇかぁい……ワイは平気んだどぉもぁ」
カイムが僅かに顔をしかめて、周囲を見渡した。
見回しても、見回しても―――遠くぶどう畑が続くのみ。
強い酒精の匂いが混じったぶどうの群れだけがそこには存在している。
「こぃは……鼻がバカになるぅわぇ」
エルフは聴覚と精霊を感じる感覚に優れるが、ドワーフはその鼻こそが強力な感覚器官である。
タイニーと同じようだが、ドワーフはタイニーよりも更に鼻が良い。
以前のルルの森のように死の匂いしかないのであれば別だが、今はぶどうと酒精とそれ以外の匂いが入り混じっていることが手に取るようにわかるほどの嗅覚を持っていた。
「ミナァ、でえじょぶかいや?」
「な、なんとか……ちょっと気持ち悪いっす……」
ミナはなんとか平静を保つと、ブルーリボンを二つ出して後ろで絶句しているナターシャとラトリへと放り投げた。
「それつけて……このままだとルルや師匠みたいに酒毒の耐性ないと倒れるやつ……」
ブルーリボンは麻痺や睡眠、多くの毒を無効化してくれるマジックアイテムである。
それを二人はなんとか受け取り―――
「ぶぉはぁ!?い、息ができなかった!?」
ラトリが盛大に吹き出し咳き込んで膝に手をおいてぜぇぜぇと息を吐いた。
「……はっ!?生きてる!?」
ブルーリボンを受け取ったナターシャは、酒の空気のせいで完全に朦朧としていたようで、そのままキョロキョロと周囲を見回す。
「よ、良かった……真面目に死んだかと思ったぞ、私は……」と部下であり養子である男と同じくに膝に手をついて荒い息を吐いた。
「これはほぼ毒の空気ですね。僕みたいなそもそも状態異常無視できるタイプか、カイムさんというかドワーフ全般のように酒精への耐性が一定以上ないと呼吸すらままならないでしょう」
ルルはそうして小さな紙片―――羊皮紙ではなく、彼が植物の繊維から作り出した紙を取り出して火をつけてみる。
すると―――
バンッ!と大きな音を出して紙が爆ぜた。
文字通り爆発したのである。
「……見てのとおりです。最小限の着火術ですらこの有様。完全に火気厳禁です、これ」
わずかにしかめっ面をしてルルは口をへの字に曲げて吐き気をこらえるように舌を出した。
「―――ルル殿はアンデッド……動く死体なのだよな?匂いも普通に感じるか……?」
「感じちゃうんですよねえ、不本意ながら。感覚のカットをしすぎると思考が不死者よりになってしまうので、あまりやらないのですよ」
鼻を押さえたナターシャに聞かれたルルは、不承不承と言った体でそう答えて小さいため息をついた。
「何しろ数百年そう言う状態でボーッとしていたので、僕」
腕を組んで瞑目し、はぁ、と小さくため息をついた少女のように見える少年に、ナターシャは「……その華奢な少女の身でそれは辛いな……」と返してきた。
「いえ、僕は男ですが。勘違いさせて楽しい系の方でもないのでお教えしますけど、僕は男です」
大事なことは2回言います、とばかりにルルはそうして微笑んだ。
「……ミナ?」
「こいつの100%趣味です。私には何の関係もありません」
首を90度勇者に向けて急旋回して質問した領主夫人にミナは真顔でそう答え、「こいつを森に縛っていた何者かの呪縛は解いたはずなんですけどね?」と引きつった笑みを浮かべた。
「悪魔ぁん考えんがワイらにわかっものけえ。そいより、おいでぇなすったげぁ!」
そこに現れたのは―――手足が生えて剣と盾を持った紫と緑のぶどうそのものであった。
いっそ目さえあればまだコミカルさが出ているだろうに、目も鼻もなく、しかしなぜか口だけは存在し、そこから異様なアルコール臭のするワインらしき液体をダラダラとこぼしている。
「うげっ!?くっっっっさ!!」
「こ、このマジックアイテムを装備していてすら気持ち悪くなる……手早く倒してしまわねば!」
ラトリはそうしてワンドをぶどうモンスターへと向けた。
「偉大なるロジックよ!大気より水を、水を氷と成さん!氷は礫と成し、我が敵へ向かえ!アイス・バレット!!」
氷の礫がいくつも生成され、それがぶどうモンスターへとぶつかって砕ける。
果実がいくつか潰れて、ぶどうモンスターはその不快な臭いの液体を垂らす口から『Hegyfgewtgaeeee!!』と人間には再現することが出来ない謎の音声を出して苦しんだ。
「うお気持ち悪!」
ミナはそう言いながらもバッグから「吹雪」と銘打たれているグレートソードを取り出して構えた。
それは氷の魔力を持つ大剣。
20年前にルルのいた森へ挑んだ時よりも使いこなせているらしく、ミナはその刀身のみを白く輝かせてぶどうモンスターへと切りかかった。
『ryuyhijokyuigohijopk!!』
「やかましいわ!死ねぇ!!」
大上段よりほとんど力任せにそれを振り下ろすと、ぶどうは真っ二つになってそのまま氷となって砕け散る。
「危ない!」
後ろから葡萄が襲ってくるのを見て、ナターシャが短剣を一本投げ放つ。
『gtyur!?』
それはぶどうの剣を持つ手に寸分の狂いなく突き刺さり、剣を取り落とさせる。
そのスキを逃すミナではない。
「せいりゃあ!」
「吹雪」を横薙ぎに振り抜き、ぶどうモンスターは絶命の断末魔を上げることもなく一息に両断されてしまった。
「おおおりゃっ!」
その隣では追いついたカイムがぶどうと切り結ぶ。
その間に―――
「ミナさん!カイム殿!ブリザードを使います!早く退避を!!」
ルルが叫ぶと二人はさっとルルのところまで戻ってきた。
すぐにルルの呪文が完成する。
「世界を支配する偉大なるロジックよ、吹き荒れよ、氷雪の嵐となり、眼前を吹き洗え!ブリザード!」
猛烈な吹雪がルルを中心に吹き荒れ―――
『……』
ぶどうのような何かはその全身を凍結させて、やがてバラバラに砕けていった。
後には大量のブドウ果汁とアルコールの混合物が残され、凄まじい臭気を放ちながらやがて消滅していった。
「……ヨシ!冷凍系の術や武器なら全然大丈夫そうね!」
ミナは臭気が収まったことを確認すると、小さく咳払いしてそう言ってぶどうモンスターが消えた地面を良く観察した。
「―――やっぱりアルコールだけは消えないで残っているわね。さっきみたいには臭わないけど」
ミナが嘆息すると、ルルが「つまり……地面に染み込んだこれは魔力で造られたものではない本物の酒精ということですか」と眼鏡のブリッジをくいと上げてミナを見た。
「多分そうでしょうね。この先はずっと火気厳禁……ってことは、あんまり長居はできないわね」
ミナの言葉にラトリが「でしょうね……辛うじて私達が集めた兵糧は加熱しなくても食べられるものですが……」と冷や汗を流す。
「そうそう。この非常用兵糧……まっずいのだ。それもかなりめたくそに」
髪を掻いてナターシャは嘆息した。
その殆どはミナとルルの無限のバッグに収納されているが、一部は彼女たちの荷物にも紛れ込んでいる。
カイムはそれを取り出すと、わずかにちぎって口に入れた。
「しょっぱぁてにがぁて、鍋で煮ぃうるかして粥にして食うもんじゃァもんにぇぇ、こいは」
塩辛く煮込んだ肉と麦、野菜を更に煮詰めて特殊な製法で練り固めた兵隊用の保存食。
兵には基本的にめっぽう評判が悪く、カイムの言うように元来は鍋で煮て粥状にして堅パンと一緒に食べるものだ。
その代わり出来てすぐに保存の魔法を掛けてしまうため、非常に持ちは良い。
これも保存の魔法がなければ早晩腐ってしまうものである。
古代語魔法使いがそれなりにいなければ大量生産は難しいものであり、よって運用しているのはもっぱら軍か深いダンジョンへ赴く冒険者が主であった。
「正直、これ丸のまま食べるくらいなら姉さんからもらった焼き菓子あげるわ……本当はやっちゃいけないんだけども」
ミナはそう嘆息した。
「ほう。音に聞こえしハイエルフの焼き菓子というやつですか。なんでも食べる霊薬だと」
「そうですね。なかなか美味しいし、腹にも貯まるんですが―――いかんせん食べすぎると精霊になることがあると姉は言っていました」
肩をすくめたミナの笑顔に「伝承は本当なのだな……」とナターシャが首を何度も縦に振っている。
「他にもまともな味のする食料は持っていますので、これは最終手段にしましょう」
そうしてカイムの持っている携帯食料―――と言う名の茶色いキューブを受け取って無限のバッグに放り込んだ。
「エルフの焼き菓子か……あなたは作れるのかしら」
ナターシャがそう聞いてきたので、ミナは大真面目に「まぁ一応……ただまだ完全に教わったわけじゃないので、そういう霊的な効能とかはないですよ。こう見えて成人するまで後1500年はありますので」と答えた。
故郷を出て冒険を始めてまだ100年は経っていない。
彼女が天護の森のハイエルフとして成人となるには、彼女が思う通り後1500年以上の時を必要とするのだ。
そうしてまた肩をすくめるミナに、「なんと。まだ500に達していないとは……吟遊詩人の言うことは当てにならんな」とニヤリとした笑いを返してくる。
その顔を見てから、「前衛は私と師匠、中衛はナターシャさんお願いします。後衛はラトリさんとルル」と言ってミナは彼方を指差した。
「さぁ、ここでじっとしていても始まらないわ!冒険を始めましょう!」
ミナはあえて探索とは言わなかった。
そして、確かにこの後には危険を冒すに価値があり―――そうでないものがあったのである。
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