異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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戦闘入るとどうしても長めになりますね。


第173話「門までやってきた 昔のお話Ⅳ⑥」

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森はぶどう畑でありながら下草が鬱蒼と生い茂り、道以外を覆って人の侵入を拒んでいた。

 

ミナが「吹雪」でもって草を刈ってみても、すぐに再生して元の草むらへと戻ってしまう。

 

魔力を帯びた大剣であっても断ち切れぬとあらば、まずは順路になるであろう道を歩くのが良いだろう、と即席のパーティーはそのとおりに歩んでいった。

 

「ところでミナは調和神の神官なんだろう?刃は持っても大丈夫なのか?」

 

「私は正式な修業を受けて神官になったものではありませんので。調和神の信徒となって10年ほどした頃に、後ろでキョロキョロしてる阿呆に係る事件がありまして。その時に神の声を聞いたのですよ」

 

ミナはそうしてようやくこの濃密な酒の匂いに慣れたナターシャへと水袋を手渡した。

 

「ああ、ありがとう。なるほど。それでアンデッドであり闇の森人でありながらあなたの従者になっているというわけか」

 

ナターシャは調和神の固有奇跡の一つである「契約」の魔法を知っているのだろう。

 

その奇跡は人を、魔を縛る。

 

「ええ、そうです。あいつを放置すれば世界が滅び、あいつを滅ぼしてもまた世界に大災厄が訪うという調和神様からの御神託がありましてね」

 

ミナは苦笑いしてそう答えると、無言になった。

 

ここまでに出た魔物の数はそう多くない。

 

ぶどうモンスターと蛾やカミキリムシといったぶどう関連の害虫とゴブリンやコボルトが合体したようなキメラが数体ばかり。

 

ミナやカイムの刃を突破することは出来ず、概ね物理攻撃だけで撃退されていた。

 

「よし」

 

アルコールで汚れた果汁を振り払い、ミナは「吹雪」を鞘に収めて息をついた。

 

「マミドリムシが出てきてないのが気になるけど、概ね歩いていくぶんには問題なしか」

 

マミドリムシはやはりこの世界のぶどうを食害する害虫で、稀にモンスター扱いもされる体長15cmばかりのアメーバ状の生物である。

 

原始的な多細胞生物である彼らは、アメーバめいてはいるが核がありそれを焼くか切らなければ死ぬことはない。

 

ブドウ農家には厄介な怪物であり、冒険者が駆除依頼を受けることもままあるのだ。

 

「この国ってぶどうとかワインって有名でしたっけ……」

 

ミナが軽口にそんなことを聞くと、ナターシャが「ははは、何を言うんだ。我が国の南部は大陸北東では有数のぶどう生産地であるぞ」と無知だなあ、とばかりに苦笑した。

 

ミナにとっては知らないことそのものは罪ではないため、この機に聞いておくことにする。

 

「へぇ……でもシースター王国って寒くて植物があまり育たないって話では?」

 

「そのとおりだ。だが半島南部の一部には熱水鉱床が大規模に存在する場所がある。その熱を利用してぶどうを栽培しているのだよ」

 

彼女はそうして鼻をフフンと得意げに鳴らした。

 

ナターシャが誇らしげにいうあたり、彼女の出身はそのぶどう栽培地なのかもしれない。

 

「それは今は良いでしょう。前を見てください、ミナさん」

 

ルルがそうして指差すと、向こうから黒雲が飛んでくる。

 

「あれは……」

 

「雨雲、のように見えますね」

 

ミナがそうして目を凝らすと、その黒雲が通常ではありえない速度で周囲を覆っていく―――

 

ぽたりといつしか水滴が落ちてきた。

 

それは―――

 

「げっ!これ透明だけどワインだわ!」

 

「こいなぁ火酒みてぇな濃さの葡萄酒があるけぇ!!」

 

ついついカイムが叫んでしまう。

 

「ぬぬぬぬぬ……これは……!」

 

冒険者現象のおかげでミナはまだまだ平気だ。

 

酒に強いカイムも問題はないが、ブルーリボンですら防げないほどの酒精を大気中に撒き散らされてはナターシャたちは如何ともし難い。

 

同時にガサガサと草むらが蠢く。

 

「くっ!ここで出るのかマミドリムシ!!」

 

ぬったりした液体に覆われた単細胞生物に一見見える物体がいくつも草むらから這い出してくる。

 

「ミナ殿!水中呼吸の精霊術は使えますか!」

 

ラトリの叫びに「モチロン!心得た!」と返して、勇者は水の精霊へと声をかける。

 

「凪の日はいと優しく嵐吹かば厳しき水の娘ウンディーネ!水面の下に生きる者たちのごとく、我らの口に鰓を与えたまえ!!」

 

ウォーターブリージングの魔法は正しく唱えられ、鼻が曲がるアルコール臭を除けば普通に息ができるようになった。

 

「助かる!」

 

ナターシャは短剣を構え、そして周囲に気を配った。

 

「木の上!ぶどうモンスター2!」

 

「了解!」

 

ミナは使い捨ての鉄の短剣を二本投擲すると、一歩下がって短弓を構える。

 

「木の上はナターシャさん、ラトリさん頼みます!ルルもね!私と師匠はマミドリムシもどきを倒します!」

 

ミナが叫ぶと、先程ミナによって短剣で叩き落されたモンスターだけではなく木の間を伝うようにカミキリムシゴブリンとモスコボルトが迫ってきていた。

 

しかし、直近の脅威はマミドリムシである。

 

こいつにへばりつかれると火で焼かないと剥がすことは難しい―――が、ここは火気厳禁なのだ。

 

更にはバグダンジョンで出てくるマミドリムシなのだ。

 

どんな能力を持っているかわからない。

 

「師匠!」「わぁっとぉ!」

 

ミナが短弓で鉄の矢を二射する―――放たれた四本の矢はマミドリムシの核を正確に貫く。

 

「まずは4つ!後―――20!」

 

「いやぁ、19だわいぁ!」

 

カイムが近づいてきたマミドリムシを斧で迎撃し、核ごと真っ二つにする。

 

次々に襲い掛かってくるが、後ろからのミナの射撃、撃ち漏らしたものをカイムが迎撃する流れで後ろへは行かせない。

 

その後ろには木の上から矢を放ってくる怪物たちへ対処する仲間たちがいた。

 

「ちっ!」

 

「僕のプロテクションが効いてますから、あの程度の矢はおそるるに足らずですよ」

 

ルルがニッコリと言うと、神話においては破壊神の好敵手とされる戦神の信徒らしいナターシャが「戦神よ許せ!」と叫びながら短弓でモスコボルトを一匹撃ち落とした。

 

「なぜ彼女は神に許しを請うているのでしょう?」

 

不思議そうに聞きながらアイス・バレットの氷礫を20個ほどナターシャが射撃している方とは逆へとうち放つ。

 

ラトリは苦笑して「破壊神の使徒でアンデッドで闇の森人で……そんな方に守られているのです。戦神へ謝罪くらいはせねばなりますまいよ」とナターシャを援護すべくアイス・バレットを放った。

 

ぶどうモンスターはアイス・バレットか鉄の矢で頭(?)の中心あたりを粉砕してやると簡単に死ぬとわかってきたので、慣れたものだ。

 

しかしながら、魔法は冒険者現象の恩恵を強く受けたものでもなければ日に数度、多くとも10と使えないのが普通。

 

ラトリは軍人であるためそこまででもないのだろう。

 

「術は残り4発と行ったところです」

 

「ではこちらを。ミナさんからいただいた短弓ですので大事に使ってください」

 

「承知!」

 

ラトリはその無骨な印象の短弓に鉄の矢を番えて打ち出す。

 

近づいてきた者たちは―――

 

「許されぬ罪を恨むものを呼び覚ませ。白き枯れ枝よ、大地より現われよ―――サモン・スケルトン!」

 

ルルの魔法陣からアンデッド、スケルトンソルジャーが4体ほど召喚される。

 

『カタカタカタカタ……』

 

カタカタと骨同士がぶつかる音を立てながら、彼らは一体ずつラトリとナターシャの隣につき、そして一体は射撃を続けるミナのところへ。

 

もう一体は遊撃に回り、草むらから這い出してきたモスコボルトを切りつけた。

 

「す、スケルトン……」

 

「良かった。バグダンジョンでは呼び出せないこともあるので」

 

顔をひきつらせるナターシャに、ルルは朗らかな笑顔でそう答えてまた一つアイスバレットを放つ。

 

「それにしても数が多い。もっと呼び出していいですか、ミナさん!」

 

「触媒はまだあるのよね!十八!」

 

ルルの言葉にミナはそう返して、更に増えつつある巨大マミドリムシの核を狙撃した。

 

「くそー!ファイヤーボール使えれば楽なのにぃ!!」

 

ミナはそう叫んで、今度は精霊術を唱え始めた。

 

「師匠!ちょっとだけ抑えててください!ルル、骨1つこっちに回して!」

 

ミナは叫んで、すぐに詠唱に入る。

 

『……BBBRRRRR』

 

マミドリムシもどきが何故か震え始め、ミナはこれはまずいとして詠唱を急いだ。

 

「大洋であるものよ!原初の海たる王ポントスよ!その生命なき海より我にすべてを飲み込む最初の海原を示し給え!!」

 

その詠唱が終わった時、ミナの頭上に王冠をかぶった水―――とでも形容すべき不定形の海が浮かんでいた。

 

「みんな!私の周りに!」

 

ミナが言うなり、全員が戦闘を放り出してミナのもとへと駆けた。

 

「わぁぁぁぁぁ!?!?!」「うおおおおお!?!?」

 

海とは即ち、太古の海の民にとって尊敬と恐怖の対象であったろう。

 

海より来たりし生命は荒ぶる海に原初の恐怖を抱く。

 

即ち。

 

「大海嘯よ!獣たるレヴァイアサンが如くに我が敵を飲み干し給え!!」

 

そうして最後のひと押し、浮かぶ原初の海を解放する精霊の言葉が紡がれた。

 

ミナたちは大いなる海の只中で、人魚の泡に包まれている。

 

「これは……!?」

 

「タイダルウェイブ。海の大精霊ポントスの力を借りる精霊術です」

 

そして彼女らを守っている泡は、ウンディーネたちが父たるポントスより人を守るために作ってくれているものなのだと。

 

弾けた海は津波となり、すぐさま陸津波へと姿を変えて、人の背丈の10倍はあるだろう水の壁が広がっていった。

 

その起こした結果は、バグダンジョン故に破壊不能オブジェクトなのであろうぶどう畑や草むらを除いて、総てを押し流していく。

 

結果として、半径3kmの総てを押し流し、更に残った海水で大地を汚染するのがこの精霊術であった。

 

津波によって洗われたのか、酒の雨も止み。

 

辺りは静寂に支配されていく。

 

「……なんと恐ろしい術……!」

 

「ほとんど戦術核兵器級だから……使いたくなかったんですよ……魔力もドカ食いするし……」

 

ふらついたミナは「吹雪」を杖にして、そして無限のバッグからマジックポーションを取り出して一息に飲み干した。

 

思わず前世の用語を使っていたことにも気づかないほどに疲労した彼女は、そのまま地面にへたり込んだ。

 

「はぁ……疲れた。でも、しばらくは魔物も襲ってこないでしょう」

 

ミナは汗を拭うと、再び立ち上がってメンバーを見回した。

 

「とりあえず全員無事で良かった」

 

「……あぁ、無事ぃだわいや。だけんじもよぉ、使うならぁ使うて言わんかぇ!」

 

カイムが怒ってミナの頭に拳骨を落とした。

 

「あいたっ!?いや、ごめんなさい!でも緊急避難としては良かったっしょ!?」

 

ミナは一瞬悲鳴を上げて、しかしすぐに立ち直って謝罪と言い訳をする。

 

それで後ろで恐怖の表情を浮かべている二人が許してくれるかどうかは……

 

「良い、良いよミナ。これはすごいが恐ろしい力だ」

 

ナターシャはそうして周囲をぐるりと見回す。

 

魔物の気配どころか、生命の気配すら感じられない。

 

今感じられるのは、不気味なバグの波動とまだかすかに臭うアルコール臭のみであった。

 

「……大丈夫、ナターシャさん?」

 

「ああ、問題ない。だが、これは地上では使ってはいけない術だな……」

 

ナターシャは顔を青くしたままそういうと、ミナの目を見た。

 

「ミナ、この術は地上では使わぬと約束してはもらえないだろうか。いや、どうしても使わざるを得ないことはあるだろう。だが、それまでの間はやめてほしいのだ」

 

真摯に見つめられたミナは「それは当然のことですけど……約束します。私も地上で自然破壊と大量殺戮なんかやりたくないですから」と返した。

 

「……精霊の中にはこのような悪魔の如き力を持つものも要るのですね……」

 

ラトリが眼鏡のブリッジを押し上げて定位置に戻しつつそういうと、ルルが「ええ。まぁポントスは原初の海、創造神たちが命を作り出す前から存在した荒ぶる命なき海の象徴ですから」と太古の自然について思いを馳せる。

 

「興味深いでしょう?」

 

「興味深くはありますけども、それ以上に恐怖が勝りますね、私は……」

 

ラトリが感想を述べると、カイムが「気にすなぁ。今んとこミナしかぁつかえねぇ術だでなぇ」と口直しとばかりに妖精の果実酒を呷って「あっま」と不満を漏らす。

 

「ははは……そうであればいいのですが」

 

不安事があるのか、ラトリは目を伏せた。

 

「なぁほぉど。ミナが死んだ後ぁどうするてなぁ?でえじょぶよぉ……ポントスだのフェニックスだのと契約できるやつなんざぁ世界ぐるぅり見回ぁてもそうそうおらんがぇ」

 

カイムがそう言って、カラカラと笑い出した。

 

「さぁって進むかいのぉ。こいままがぁ埒が明かんがぇ。今んうちにざぁっとすすめるだけ進んじまわねぁのぇ」

 

ドワーフの言葉にハイエルフの少女は「そっすねーとっとといきますかぁ」と返して前を見た。

 

どこまでも続く青空と、青空に全く似合わぬまた強くなってきた酒精の香り。

 

それだけが世界を支配していた。

 

―――アルコールの匂いさえなければ、どこまでものどかな田園風景でしかないダンジョンをただてくてくと歩いていく。

 

魔物たちは先程の津波を恐れたか、否、バグダンジョンの存在である彼らゆえに本能的に避けているのか。

 

3時間ほど歩き、タイダルウェイブの範囲を過ぎても魔物たちは一向に襲ってくることはなかった。

 

そうして―――しばらく。

 

道の真ん中に―――耳鼻目がなく口しかない―――老人が一升はありそうな大きな徳利でもって酒を飲んでいた。

 

「……なんだあれは……」

 

「油断しないでください」

 

ミナが「吹雪」を向けて、ジリジリとその老爺へと近づいていく。

 

やがてミナなら三足で切り捨てられる距離にまで近づくと、その口しかない老爺はおもむろに口を開いた。

 

『おんや珍しいお客さんだこと。ワシの酒が飲みたくてきたのかい?』

 

徳利の中の透明な液体―――山人の火酒でもなく、かと言って白ワインでもない。

 

その匂いはミナにとってはなんとも懐かしいものであった。

 

「……あんた、何故その酒を?」

 

『ホッホッホ……そうかそうか。この酒はお前さんの記憶の酒かい。通りで甘くてうまいが濃くはないのう』

 

男口調で聞いた勇者に、老爺はそうはぐらかすかのように盃を傾けた。

 

ミナの見る限り、それは―――日本酒。

 

遠い日の記憶にしかもはや存在しない酒であった。

 

「……師匠。師匠にはあの盃の中身は何に見えます?」

 

一歩下がって、カイムにそう聞くと「透明ぇな酒じゃわいな……果実酒のたぐいけぇ?」とミナの考えに近い答えが帰ってきていた。

 

つまり―――幻覚で飲みたい酒に見せかけているとかいうわけではなく。

 

「私の記憶を読み取った、とでも言うの……?」

 

「大丈夫か、ミナ。あの魔物は―――まずい気がするぞ、私は」

 

ナターシャの声にハッとなる。

 

その老爺は、言葉を解するバグダンジョンの魔物。

 

一筋縄で行くとは思えなかった。

 

「―――別に酒を飲みに来たわけじゃないわよ。魔王にこの人の旦那が呪いを掛けられたの。だからこの先に行く必要があるの」

 

ミナは気を取り直してそう臆することなく背筋を伸ばして声を掛けた。

 

『ほうほう。そうかえそうかえ。酒の魔王様の酒気にあてられたものがおったということじゃのう』

 

半ば面白がるように、半ば警戒して老爺はフェフェフェと笑った。

 

『なに、ワシはここで酒を飲んでいるだけじゃ。先に行きたければ行くが良いとも。先程海を作ったのはおんしじゃろう?』

 

ミナを指差してまたフェフェフェ、とすきっ歯で爺は笑う。

 

その姿はなんとも奇妙で滑稽で、しかしどこか恐ろしげであった。

 

『そう恐れなさるな妖精の姫様や。魔王様はワシと同じで永遠の酔っぱらい。迷宮とて複雑なものは作れぬよ―――この一言に答えられれば先へ、魔王様の間へ行けようとも』

 

「へぇ……?謎掛けですか?」

 

「その謎掛けに答えることで、我々が先にすすめるという保証は?」

 

ルルとラトリがふたりともに眼鏡の位置を直して言葉を紡ぐと、老爺は『じゃが先へ行くには答えるべきじゃのぉ。答えんでいけばまた時間もかかろ?』と笑う。

 

「しゃああんめぁ。乗ったるべぃ」

 

静かに、これ以上は埒が明かぬとカイムが乗ったのを見て、ミナもまた「いいわよ、答えてあげようじゃない」と言って、フンと鼻から息を吐いた。

 

老爺はそうして――― 一つの謎掛けを出す。

 

『酒は百薬の長という。じゃが酒で身を持ち崩すものは多いのぅ?故に酒は百毒の長でもある』

 

そこで区切って、老爺はグビリと徳利の中身を嚥下した。

 

『ぷはぁ……飲めば飲むほど死へ近づく薬じゃわい。なぁ、それでも何故酒を飲む?』

 

ミナは即答できなかった。

 

ラトリも、ナターシャも。

 

答えたのはカイムであった。

 

「遠きぃ終わりにぁ死すらも死せんち言うわいや。考えてぇ酒を飲むのは阿呆のすることぞな」

 

次に答えたのはルルである。

 

「故に死を知らず、死に向かうを知らず、死を知って、死に向かうを知って、死となり、やがてまた生まれくる。果実や麦は醸されて酒となり輪廻となる」

 

掴みどころのないその言葉には、魔力がこもっていた。

 

「そうじゃぁ。酒も人も輪廻する。輪廻すりゃあ忘れるぁ。ワイら山人は楽しむために酒ぁ飲むんがぁ、酒ぇの理は知っとぅわ。只人、小人らぁに多いんがよぅ、もう一つぅ酒を飲むんは忘れるためじゃぇ」

 

そんな酒はつまらん酒だが、つまらん魔王にはふさわしい酒だろう、とカイムは嘯いて沈黙した。

 

『ほっほっほ。そうじゃの。楽しむための酒もあれば忘れるための酒もある。そして魔王とは滅びじゃ。滅びれば何もかも忘れる……魔王様が酒を飲むのは忘れるためよな。ホッホッホ』

 

楽しげに口だけの老爺は笑って、徳利を地面に置いた。

 

『忘れるため、潰れるための酒は悪い酒じゃ。おんしらは弁えておるようじゃ―――では行くが良いよ』

 

―――そうしてまるで幻のように、大きな徳利だけを一つ置いて老爺は消え去り―――

 

そこには一つ、酒蔵の門と思しき頑丈そうな扉が現れていた。

 

「ありがとう、師匠、ルル」

 

「いえ、どういたしまして」

 

ルルがはにかむと、カイムはそれをまるで気持ちの悪いものを見たかのように一瞥すると「なぁにぃ。酒んことで山人が知らんことはないわや」と、ニッと笑って斧を構える。

 

「油断さぁすでねぞ」

 

「わかってる―――てりゃあ!」

 

ミナはそうして扉に思いっきり蹴りを入れる。

 

「ちょ、ミナ!もう少し慎重にやれ!」

 

ナターシャが抗議するが後の祭りである。

 

扉は乱暴で流麗な妖精の御足によって割り砕かれ、そして―――

 

『げぇぇぇぇぇえっぇぇぇっふ』

 

巨大なゲップの音が聞こえてくる。

 

―――全員が顔をしかめたと同時に、それは声を、大音声を発した。

 

『酒が足りねええええええええ!!!もっと持ってこいやァァァァァァ!!!』

 

はっきりと意思を感じる、そんな催促の声が。

 

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