異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第176話「……やはり忘却はある種の救いなのでしょうね。生者にとっては」

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―――ルルはそのまま沈黙した空間で、一人日誌を書いていた。

 

傍らではミナがぐっすりと眠っている。

 

「流石に今日やったら回数許されてても殴られますよね」

 

ルルは苦笑して、飲みかけのまま残っていた日本酒を飲んでみた。

 

「……ふん。酒精だけは幾年経っても何故飲むのかわからないな……いや、当然か」

 

死の王であるルルには酩酊するということがない。

 

酒を飲む要諦と言えば、その酒の効能で神経を麻痺させて酩酊し、楽しく遊ぶか嫌なことを一時的に気にしなくさせるかであろう。

 

「何もしなくてもどんどん忘れていく僕には羨ましい限り」

 

忘れることを救いにするのは生者の特権なのかもしれないな、と少年は思う。

 

「羨ましいことだ」

 

もう一つ呟いて、日誌に向かう。

 

あの日の出来事を描いた日誌だ。

 

「……紐解くのはまた後にしましょうか」

 

ルルにとってもある種苦い思い出なのか、ミナが話すまでは思い出さないでおこうと思った。

 

「……やはり忘却はある種の救いなのでしょうね。生者にとっては」

 

今は自分も生者とともに生きるもの。

 

であるならば、その流儀に従うのはやぶさかではなかった。

 

―――ミナさんもだいぶお疲れのご様子。

 

ルルは口直しに冷えた缶コーヒーを取り出してグイと一息に飲み干す。

 

「この分だと、2時間は起きてこないでしょうね」

 

睡眠短縮のチョーカーの効果を鑑みれば、20時間は眠り続けるだろう、ということ。

 

ミナさんがその間、決してあの日のことを夢に見ませんように。

 

それが今、ルルが心に抱いた祈りであった。

 

 

 

―――翌日、と言って良いのかはどうかわからないが10時間ほど後。

 

「ずるいのですー空悟さんばっかりミナちゃんの話を聞くなんてずーるーいのですー」

 

ジト目でちくらちくら空悟にミナの話が始まるんだったら起こせと絡んでいる岬がいた。

 

朝食時を食べながらなので、周りは夕以外苦笑している。

 

「はいはい。かけるちゃんの件が解決したら最初から話したげるから。どうせ後半は話してないんだし」

 

「そうそう。ぶっちゃけ俺としても生殺しだし……いや、ほんとに」

 

ミナの話が途中で終わってしまったのは、当然のようにミナが辛かったためだとは空悟もわかっていたし、それを知られたくないとも思っているだろうと戯けて誤魔化していた。

 

「む~わかったのです。必ずあたしも聞くのですよ」

 

岬がまるで本物の小学生のように怒っているということは、やはり相当ミナの話を楽しみにしているのだろう。

 

それを感じてミナもルルも苦笑した。

 

「まーまー落ち着けよ、岬ちゃん。ほら、あたいのウインナーソーセージやるから」

 

恋は自分の皿の上のソーセージを岬の皿に移してニカッと笑った。

 

「じゃああたしも恋ちゃんの好きな茹でアスパラをあげるのです」

 

ミナはその光景を見ながら、空悟の息子といい何故か野菜が好きな子供が周りに多いな、と微笑ましい気持ちになる。

 

「ところでミナねーちゃんは肉でも野菜でも食うけどさ、あっちの世界のエルフって誰でもそーなん?」

 

ふと出てきた質問なのだろう。

 

ボリボリとアスパラをかじりながら言う恋に、ミナは「食べながら話すのは行儀悪いわよぉ」とたしなめてから答えを返した。

 

「街で生まれたエルフはまぁまぁ食べるかな。森に近いエルフほど食べない―――うちの故郷はだーれも食べなかったわ。ばーちゃんもそうでしょ?」

 

鞘を少し叩くと、姿が見えていれば絶対に寝ぼけ眼を向けてきそうな声で『そうじゃの~……旦那や愛人の好みで作ってやったことはあるがのぉ~……駄目じゃ眠い。我は肉は食わんし魚も食わん。寝る』と返してカレーナは沈黙した。

 

「それでいいんかハイエルフ……」

 

「いいんじゃねえか……?まぁ、うちの森でもだーれも肉も魚も食わんし、イノシシとかクマとかを年配の森人の人が殺すじゃん?そのまま風化させるか腐らせて森に返しちゃうんだよな……」

 

何度もったいないと思ったことか、とミナは前世の記憶を蘇らせた後のことを懐かしく思い返した。

 

「まージビエは難しいもんな」

 

恋がそう的はずれなこというと、ミナは「いやまあそうじゃなくて、割と上古の森人は動物を食べる生き物じゃないのよ」と肩をすくめた。

 

『ほう。只人……地球人に似た種族だったな。それらと交配できるのに、か』

 

夕が少しだけ興味を持ったのか、味噌汁の椀を置いてミナを見る。

 

「まぁ、ファンタジー世界だからこっちの世界とは別の理屈で動いてるのよ。うん」

 

腕を組んで、そうとしか思えん、とミナは首肯して一人納得した。

 

「そりゃそうか」

 

空悟が納得した様子で、椀の中の米を平らげて地面に置いた。

 

「野菜ばっかじゃ飽きない?」

 

「生粋のエルフは飽きないわね。私は肉体はハイエルフそのものだけど魂は地球人との混ざり物だから、半霊半人であるハイエルフには影響が大きいのよ」

 

だからこそ―――その地球人の魂が目覚める前からハイエルフにしては大食らいだったし、目覚めてからは肉や魚が恋しくてたまらなかったのだ。

 

「食生活の好みが違うってのは、家族から離れる立派な理由だと思うわけよ、私は」

 

ミナはそう言ってケラケラ笑った。

 

「そういうものですかね?」「そういうものです」

 

ルルがコーヒーを飲みながら聞いた言葉に即座にミナが返して、勇者はすっくと立ち上がった。

 

「既に内部突入から40時間近くが経過しつつあります。外では30分ほど。とにかくさっさとクリアしてしまいたいからみんなもご飯ちゃっちゃと食べて出発しましょう!」

 

ぐっと拳を握った少女に、黒い肌の少年が「賛成です。そろそろ魔物の気配もしてきましたし」と笑った。

 

「えっ、近づいてきてるんです?」

 

「もちろん。寝ている間は僕が使い魔を飛ばしていましたからね。また湧き始めたようです」

 

岬に聞かれて、ニコニコとした笑顔のままそう言ってルルはコーヒーの残りをくいと飲み干して、カップをボウルの中に入れた。

 

「やれやれ。またバトルか。まぁいいけどな」

 

空悟は緩めていたプロテクターのベルトや紐をきちんと締め、一〇〇式機関短銃を手に立ち上がる。

 

変身を解いていた岬と恋も、再び魔法少女の姿へと変わった。

 

その様子を見て、ミナは浄化の魔法を食器が入ったボウルにかけて、分別してからバッグへとしまっていく。

 

全員でさっさとテントを片付けて、そしてコンロをしまって焚き火を消した。

 

後には少しの燃えカスだけが残り、冒険者たちは再びダンジョンへと挑んでいくのだ。

 

 

 

一方その頃。

 

外ではコクピットにかけるを収容してから5分かそこらしか経ってはいなかったのだが、廻と秋遂はある意味でピンチに陥っていた。

 

それは何かというと。

 

「航空自衛隊の緊急出動であるか」

 

『派手にやり合いましたからね。目撃されたのでしょう。どうしますか?』

 

流石に光学記録媒体を完全にごまかすことなどかけるができるはずもない。

 

秋遂には光学迷彩も存在するが、あの超高速での機動ではそこまで信頼できるものでもなかったこともある。

 

「あははは!なに?ジェット機とか来るん?楽しそう!」

 

楽しそうじゃない、と廻はため息をつく。

 

空自のスクランブルを回避するまで海中に潜るのが一番だと判断した廻は、そのまま秋遂に無言で指示を出す。

 

もはや、有事には神社を吹き飛ばすなどということはかなり難しくなってきた、と廻は考えて人間のようにため息をついた。

 

「あれ?なんで元気ないの?」

 

「君のせいだよ」

 

「あはははははっ!ごめーん☆」

 

短く感情を交えずに返した廻に満面の笑みで手足を縛られたままの魔法少女が笑いかけてくる。

 

5分が1時間、否、1日であるかのように錯覚したのは彼の人工知能が人間以上である証拠であろう。

 

そこで―――廻に、秋遂に通信が入った。

 

「薺川博士!?」

 

『今すぐにその海域を空路にて離脱したまえ!その海域にそれ以上とどまることは許さん!理由は後でミナくん達がいる場所で説明しよう!』

 

いつになく慌てた声の薺川博士に、廻は「了解です。秘匿速度の使用を許可いただけますか?」と努めて冷静に返す。

 

『もちろんだ!音速の20倍までは許可しよう!それであれば現代の技術ではほぼ追尾不能だ!』

 

薺川博士の怒鳴り声と呼んですらいい大音声を聞いて、即座に秋遂は上空にまっすぐ―――1分後にはマッハ7、極超音速、世界最速の航空機X-15を凌駕する速度で―――音もなく上昇を始めた。

 

いくら慣性制御と未知の技術で衝撃もソニックブームもキャンセルしているとはいえ、この速度を瞬間的に出すのは即ち秋遂の限界と言って良い。

 

当然のごとく、機体フレームが振動をたててばらばらになってしまいそうなほどガタガタと揺れていた。

 

その凄まじい振動にかけるが「わーすんげー!」と無邪気に喜びだす。

 

「黙っていたまえ!舌を噛むぞ!」

 

廻が叫ぶが、後ろの少女の笑いは止まらない。

 

「ええい、どうなっても知らんぞ!」

 

珍しく、本当に珍しく廻は怒声を上げてそれから沈黙した。

 

秋遂の上昇が終わったのはそれから20分後。

 

上空1000km、外気圏と熱圏の境目。

 

―――即ち宇宙への入り口まで到達していた。

 

瞬間的な速度は薺川博士の言ったとおり、マッハ20―――弾道ミサイルの終末速度にすら匹敵する速度であり、それを自衛隊の航空機が追尾することは不可能である。

 

速度はやがてゼロになり、地球の重力に引かれて落ちていく。

 

推力は切られ、表面上の冷却機構が起動し、同時に光学迷彩が起動して高感度のレーダー以外にその姿は見えなくなった。

 

それもステルス機能を持つ秋遂は豆粒のような大きさでしか映らない。

 

―――そうしてやがて地上へ落下していく漆黒の機体は、隕石のように見えるだろう。

 

後は衝突痕をうまくごまかせるかどうかだが、海上に落ちればそれもまずわからない……

 

「―――ひとまずはどうにかはなったか」

 

廻は一息ついて、天を仰ぐ。

 

いわゆる全天周囲モニターである秋遂のコクピットからは宇宙がよく見えた。

 

その星々の光を浴びながら、後ろで騒ぐ魔法少女の声を無視して廻は考える。

 

(博士はあの海域でなにを慌てていたのか……いや、博士はミナのいる場所で話すと言った。その時を待つべきだな)

 

「ねーねーねーねー!ここ宇宙なの!?すっげー!やべー!!」

 

後ろで騒ぎ続ける少女の声は、廻の耳にはもう入っていなかった。

 

「さて、どうやって神社まで戻るべきか……」

 

廻は青く輝く大気圏を眺めながら、またも人のようにため息をついたのであった。

 

『空自の通信を傍受しました。混乱に陥っているようですね』

 

他人事のような秋遂の報告に、廻は「戻るぞ」と言って姿勢制御を行い自由落下の態勢に入る。

 

天地返しに見た地上はどこまでも美しかった。

 

 

 

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